第五章【2】 急転
十二時十二分。真斗たちは見込んでいたよりも少し遅れて学校に到着した。ここに来る道中、昨日の一泊分の荷物を各々の自宅に置きに立ち寄ったのが原因だろう。遅れを少しでも取り戻すべく、二人は速足で研究棟エリアへと向かう。
立ち入り禁止になっている小早川研究棟の前を通り過ぎ、二つ隣りの建物――磯崎研究棟の前へと到着する。研究棟の重い金属製の扉のドアノブに手を掛け、開ける。
中へと入った真斗は途端に妙な違和感を覚えた。
薄暗い廊下の床には、申し訳程度につけられた採光窓から差し込む日差しが四角い陽だまりを等間隔に成している。手前から数えてその二つ目と三つ目の間にある一室の扉。これまで何度か利用した磯崎研究棟の書斎兼応接室へと続くその扉が半開きの状態になっている。
なんだ……? 胸騒ぎを覚え、真斗は怜奈に目で合図を送る。それに応え、怜奈が頷く。二人は足音を殺し、ゆっくりとドアに近づき、そっと中を覗き見る――
「!?」
その光景に真斗は目を見開く。それはまるで部屋の中に嵐が訪れたかのような惨状。身の丈を超える高さの本棚は倒れ、大量の資料や書物は散乱、テーブルはひっくり返り、応接用の椅子は横転している。床の至る場所にはガラス片や割れたコーヒーカップが散乱し足の踏み場もない。そして……爪痕のような巨大な斬痕が壁や倒れた棚に残されている。
「こ……これは……! 一体……!?」
部屋の中へと入り、立ち尽くす真斗。やがて怜奈が何かを見つけ、はっとする。
倒れた棚の端から覗く人間の足首。それが誰のものであるか……考えるまでもない。
「……先生! 磯崎先生!」
駆け寄る怜奈。真斗も慌てて駆け寄り、うつ伏せで倒れる教授の身体に手を回し、返すと肩を支えて抱き起す。
「う……うっ……君たち……か……」
どこか痛むのか、眉間にしわを寄せ、瞼を震わせながらもうっすらと目を開ける磯崎教授。
「先生! 大丈夫ですか!?」
怜奈が半ば叫ぶように言う。
「あ……ああ、大丈夫だ。少し殴られたが、大したことはない……それより……」
どうやら気を失っていただけのようだ。目立った外傷もない事を確認し、真斗と怜奈はほっと胸を撫で下ろす。
「おそらく例の……大鎌を持ったホルダーだ。……奴が現れて……そして、私と君の記録水晶を奪って……くっ……すまない……」
如月が……!? くそっ! 磯崎教授とのことがばれていたのか……! これで全ての記録水晶がスコーピオンの……宝條の手に渡ってしまったことに……!
真斗は拳を床に打ち付けた。
「……真斗くん、気持ちはわかるけど、今はまず磯崎先生を!」
「……えっ、ええ」
珍しく感情を露わにする真斗に怜奈が言葉をかける。真斗はなんとか冷静さを取り戻す。
「私は大丈夫だ。それと……このことは誰にも知らせなくていい。これを他の人間に説明したとなると君たちも厄介だろう。それよりも君たちはこれからの事を考えるんだ」
自分で身体を起こしながら教授は言った。意識はもうはっきりとしたらしく、ひとまずは大丈夫そうだ。
真斗は怜奈の顔を見る。
「今日の十八時。行って、その時に取り返すしかないわ」
怜奈の答えは明確だった。
「でも……記録水晶を全て揃え目的を達成した今、宝條は本当に現れるでしょうか?」
「もともと、こうなることを踏まえた上での誘いだったのかもしれないわ」
「……というと?」
「宝條が全ての記録水晶を手に入れたとなると、今度は私たちが取り返しに行く番。向こうもそれはわかってるはずよ。だから事前に直接会う機会を作っておいて、私たちが策を練る前に早めに決着をつけさせようと仕向ける作戦よ」
「でも……! じゃあ尚更罠なんじゃ……!?」
怜奈の言う通りだとしたら、誘いが罠なのは火を見るより明らかだ。のこのこと出ていくのは、真斗には余りにも無謀に思えた。
「……当然、私たちが無視した場合の事も考えているでしょうね。吸収増幅機構を手に入れるのにどれくらいの手間や時間がかかるのかはわからないけど、時間が立てば立つほど向こうが有利になるのだけは確かよ。私たちを躊躇わせることで、万全の状態までの時間稼ぎをする事が本当の狙いの可能性も否定できないわ」
「くっ……確かに……」
宝條が記録水晶を集めた今、既に主導権は握られているということだ。どっちに転んでも不利は覆らない今、最善の策は少しでもその不利が取り返しのつかないことになる前に対応することだ。
「兵貴神速、よ」
そう言うと怜奈は立ち上がった。
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