第四章【3】 激闘

 怜奈が本校舎の角をまがり、その姿が視界から消える。一人残された真斗は、オブジェに深くもたれかかり一息つく。

 沈みかけた太陽の光を背に受けながら視線を落とすと、地面に延びる自身とオブジェの重なった影が目に入る。何気なくその輪郭を目で追っていく。自分の肩から首、頭へと有機的な曲線が続き、そこから先はオブジェの無機的な直線が続く。先端に行くに従いそれは細くなっていき――そして再び有機的な曲線が……姿を現す。

 !? オブジェの上に……何かいる!?

 真斗はもたれかかっていた首をそのまま上に反らし、オブジェの上を見上げる。

 逆光でよく見えないが、逆さまに男のシルエットが視界へと入る。そして……男の右手に握られた細い何かが西日を浴び光を反射させ……それが真斗目がけて落とされる!

「!!」

 咄嗟に真斗は横に転がるように飛び出す! 先ほどまで真斗の居た地面にかつん、と音をたてその銀色の物体は突き立った。

「……ふん、いい勘してるじゃないか」

「お、お前は……!」

 言いながらその男――袴田は地面から彼の魂装具であるレイピアを引き抜く。

「この前は、世話になったな……」

 袴田はレイピアをしげしげと眺めながら言う。まるで切先の鋭さを確かめているかのようだ。

「ナナっ!」

「はいっ! マスター!」

 真斗の左手に刀が具現し、右手でそれを抜き放ち、両手で構える。手を離した鞘は地面へと落下することなく、ふわふわと宙に浮く。

「ほう……」

 それを横目で見た袴田が感心するように声を出す。まるっきりの新人と思っていた真斗が少なからず魂装具を使いこなしていることに対しての感想といったところか。

「ふん……まあいい……あの借りはきっちり返してもらうぜ……」

 ゆっくりと袴田が右手を引き、左手を切先の辺りに添える。真斗も正面で刀を構え直す。

「……まずは、お前からなぁ!」

 同時に袴田が動く! 一気に間合いを詰めるこれは……突進突きだ!

「くっ!」

 反応した真斗はこれを左に跳び躱す! しかし間合いを詰めた袴田はすかさず高速の連続突きを放つ!

「この間はあのオカマ野郎に邪魔されたが……さあ、一人でどこまで持つかなぁ!」

「ぐぐっ!」

 真斗は集中し、構えた刀で迫りくる白刃を弾く! 切先の軌道を反らし、少しずつ後退しながらも、攻撃を凌ぎ続ける!

 ……これなら……いける!

 そして左からの一撃を外へと弾いた直後……そのまま左下から右上へと刃を振るう!

「ぐっ……貴様……!」

 さすがに袴田は身を引きこれを躱すが、予想外に真斗へ一撃を与えられないことと相まってその顔に苛立ちを見せる。

「……ならば……これでどうだぁ!」

 袴田は屈みがちになり、大きく両肩を引くと……全身のバネを使い、一気に突進と突きの速度を上げる!

「きええぇぇぇぇぇっ!」


 ――きんっ、きききききききききんっ!!


「……く……くっ!」

 なんとか刀で軌道を反らし致命的な一撃を防ぐが……そのパワーを完全に殺し切れず、弾いたレイピアの切先が真斗の二の腕や肩をかすめ、血を滲ませる。

「くくく……どうしたぁ!? さあ、このまま少しずつ切り刻んでやろう!」

 後退を余儀なくされ、じわじわと下がり続ける真斗。そしてついに広場の端にまで追い込まれる! 背後に迫るのは鉄板で作られた駐輪場の側壁。

「ひひ……もう逃げ場はないなあ……!」

 壁際に追いつめた真斗を仕留めるべく、再び大きく身を反らせた袴田が必殺の突きで迫る!

「くっ……!」

 真斗は上へと飛び、伸ばした左手で駐輪場の屋根を掴み、一回転。その上へと退避するものの、回転の勢いを殺せず這うように着地する。

 荒れた呼吸を整える真斗。その時――

「それで逃げたつもりか!? お前は追い込まれたんだよ!」

 袴田の声が聞こえたと同時、屈んだ姿勢の真斗の眼前に駐輪場の屋根の鉄板を貫き、レイピアの刃が現れる!

 !! 思わず上体を反らす。もし今の一撃が十センチずれていたら……喉を貫かれていただろう。

 立ち上がり真斗はその場を離れようとするが……その踏み出した足の先に再び鋭利な刃が出現する! ……そして手ごたえが無いとわかるや否やすぐに刃は消える。そして再び真斗を貫くべく、別の場所から刃が襲いかかる!

「マスター、この位置は危険です! 早く下へ!」

 ナナの助言通り、真斗もなんとか下へ降りようと足を進めるのだが、袴田は真斗の動きを見越しているのか、的確に刃が出現しこれを阻み続ける。

「くくく……下に降りたいみたいだなぁ……それなら……!」

 足元から袴田の声が聞こえる。

 再びレイピアの刃が真斗の正面に姿を現す! しかしその後はこれまでと違い、引っ込むことなくそのまま真斗目がけて疾走する!

「くそっ!」

 真斗はこれを左へと避ける。真斗はその行方を見守るが、刃はそのまま脇を通り過ぎ……水面からヒレだけを出したサメのように周回した……と思ったその瞬間、真斗の身体は重力に吸い寄せられ落下する! 刃が真斗の乗る屋根を円形に斬り抜いたのだ!

「うぁっ!」

 体勢を崩したまま落下した真斗は腰から尻餅をつくように地面へと叩きつけられる。痛みに耐え、顔を上げると……既に眼前に刃の閃光が迫っている! 右手で魂装具を振り上げ、かろうじてこれを弾く! ……が袴田はその勢いのまま拳を振り抜き、レイピアの手甲部分で真斗の左頬を殴打する!

「ぐはっ!」

 真斗は停められていた数台の自転車を巻き込みながら吹き飛び……駐輪場の角の壁へと激突する。

「くっ……」

 身を起こす真斗に袴田がゆっくりと近づいてくる。

「今度こそ……くくっ、逃げ場はないぞ……! それに今頃はあの女も始末されてる頃だ……安心しろ。すぐに会えるさ……!」

 にたりと笑いながら袴田が構える。身体からエーテルが湧き出し、全身が虹色を帯びる。

「チェストォーーーーっ!」

 必殺の突進突きで袴田が迫る! 真斗は踵を返し……壁に向かって走る! そして右足で壁を蹴り、さらに上へ飛ぶ! 続けて左足が天井へと延び……力を込めて蹴る!

「な……なにいいッ!」

 渾身の突きが空を斬り、勢いのまま前進する袴田が叫ぶ!

 真斗はそのまま空中で一回転し、突進する袴田の背を見ながら着地すると……

「マスター! 今ですっ!」

「おおおおおっ!」

 真斗が気合いを込めて魂装具を振るう! 刹那、白銀の刀身が漆黒に染まる! 驚愕の表情で振り向く袴田。そして――


 ――ざっ……ごぉっ!!


 刃は太刀筋にそって黒い軌跡をのこし……袴田の胴を右から左へと一閃する! 漆黒の衝撃波が袴田の身体を通り抜け背後に三日月を描き……消えた。

「……ぐっ! ごはぁぁっ!」

 袴田の身体が‘く’の字に曲がり、そして……そのまま吹き飛ぶ! 壁に激突すると一瞬の後、ずるり、と力なく落ちた。

「はぁ……はぁっ……!」

 肩で息をする真斗。やった……のか!? しかしさっきの黒いものは一体……? いや、考えるのは後だ……今はともかくこのことを二人に知らせなくては……!

 よろよろとした足取りでその場を後にしようとする真斗。しかし――

「! ……マスター! まだです!」

 !? 真斗が振り向くとずるずると壁にもたれるように袴田が立ち上がる。しかしその足取りはおぼつかず、先ほどの衝撃の強さを窺わせる。

「ぐ……ぐ……ゆ……許さんぞ貴様ぁー!」

 最後の力を絞り、袴田が鬼の形相で突っ込んでくる。

 真斗は魂装具を構え、これを迎え撃とうとするが……袴田が口から何かを吹く! これは……目つぶしの毒霧か!

「うっ……!」

 予想外の攻撃に真斗は目を潰される! しまった……!

「ひゃはははっ! 死ねぇぇぇっ!」

 迫りくる袴田の声。しかし視界を奪われた真斗にそれを凌ぐ術はない! なんとか軌道を予測し身を捻るが……

「マスター! 伏せてっ!」

 ナナの叫び声が響く! 駄目かっ!?


 ――ぎぃぃぃぃぃ……ん!


 …………

 次第に目の刺激が弱まってきた。真斗はゆっくりと目を開ける。見知った背中がうっすらと見えてくる。

「さ……早乙女先輩!」

 魂装具で袴田の一撃を受け止める雅美に真斗は安堵と歓喜の入り混じった声で叫ぶ。

「くっ……貴様……! またしても……!」

 袴田が苦々しく声を絞り出す。

「前に言ったわよね? 真斗くんを狙った罰は受けてもらう、って」

 そう言うと雅美は巨体を捻る。逞しい腕にスナップを利かせると、魂装具の巨大な槌をほぼゼロの距離から振り抜く!

「……なっ!?」

 予想外の動きに袴田の顔が青ざめる。次の瞬間――


 ――どごぉっっ!!


 袴田は声を上げる間もなく大質量の一撃の餌食となり、水切り石のように地面を何度もはねながら吹き飛んでいく! そして……そのまま本校舎の壁に激突する!

 袴田は白目を剥いてずるずると崩れ落ち……もう立ち上がることはなかった。

 …………

「大丈夫? 真斗くん」

「え……ええ。なんとか。」

 真斗は雅美の手を借りながら立ち上がる。……とその時、視界に入った人物に動きが止まる。

 本校舎二階の窓。そこからこちらを伺う男――宝條茜。真斗の視線に気づき、雅美もそちらを見る。しばし交わる視線。しかし……やがて宝條は窓から離れ、奥へと消えた。

 くっ……様子を見ていたのか……!

「そういえば……怜奈は?」

 雅美が訊ねる。そこで真斗は袴田の言葉を思い出す。『今頃はあの女も始末されてる頃だ……』

 ……!

「……怜奈先輩が危ない! 早乙女先輩! 急ぎましょう!」

 真斗はル・ジャルダン目指して走り出した。

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