第三章【2】 磯崎教授
丸テーブルを囲み、しばし話し込んでいた三人とS.N.S。初夏の陽気に、残りわずかだった真斗のアイスコーヒーは、すっかり氷が解けて薄まってしまっている。
「やあ、神崎くん」
ふいに真斗の背後からかけられた声。
「あっ、磯崎先生」
怜奈はエフを隠すようにスマホを手に取りつつ、声の主へと顔を向ける。真斗が振り返るとそこには、数冊の本を脇に抱えて立つ初老の男性の姿があった。
ロマンスグレーに染まったオールバックの髪、上品に整えられた顎鬚。細く角ばった眼鏡の奥の、わずかに皺が刻まれた目元は穏やかな印象で、かつ細い目から時折覗く瞳には知性の輝きが見て取れる。
年齢の割に身体は引き締まっているようで、細身の白いワイシャツに暗めのベストを合わせ、ループタイを締めている。タイにはめ込まれた楕円の石は深紅のカーネリアンか。実に落ちついた、知性を感じさせるダンディな大人の魅力が溢れ出ている。
「友人かね? ああ、君は確か……」
真斗の方をみながら磯崎教授が言う。
「夜霧です。先生の情報科学の講義、大変為になってます」
「そうかね。それは何よりだ」
満足そうに柔和な笑顔を浮かべ、教授は頷く。
と、そこでスマホに映ったままのナナに気づき、真斗は慌ててスマホをズボンのポケットに突っ込む。
「……? 誰かと電話中だったようだが……いいのかね?」
「あっ……あ、ああ、いえ、大丈夫です! ちょうど話が終わったところです!」
動揺を隠しきれぬまま、どうにか取り繕おうとする真斗。
「それより先生、ゼミのレポートの件、ですよね? すみません、実は予定より少し遅れてしまっていてですね……」
にこにこと笑顔を作り、怜奈が話題を逸らす。
「ああ、いやいや。実は明日から数日ほど出張になってね。だから、今週中に提出してもらえれば問題ないよ」
教授は怜奈に向き直る。どうやらナナ――S.N.S――のことはばれていない様子だ。
「そうですか。じゃあ出来次第、先生が研究室にいらっしゃるときに伺います。連絡先頂いておいてもよろしいですか?」
怜奈はスマホを手に取る。怜奈はあの夜の一件の後、今時スマホじゃないほうが珍しいくらいなんだから隠しても効果は薄いのでは? という真斗の説得でスマホを解禁していた。
ストラップの水晶盤が揺れてきらきらと輝く。
「……うん? 随分と綺麗なストラップだね」
その輝きが目に止まったようだ。
「ええ、大分前ですけど……父からもらったものです」
「ほう……それは実に素敵なプレゼントだね」
ストラップの紐の先端で揺れる水晶盤を、教授はじっと見つめていた。
…………
「では、これで失礼するよ」
ほどなくして連絡先を交換し終わった磯崎教授は、そう言い残すと去っていった。
遠ざかるその背中を見つめながら、真斗は連絡先の交換中も教授がストラップを気にする素振りで視線を送っていたことに、かすかではあるが、妙なひっかかりを感じていた。
「どうしたの?」
真斗のそんな様子に気づいたのか、怜奈が不思議そうな顔で首を傾げる。
「あ……いえ、なんでもないです」
「そう。さて、私たちもそろそろ行きましょうか」
怜奈が立ち上がり、つられて真斗も腰を浮かせる。真斗の中にあったもやもやとした気持ちは、既に消え失せていた。
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