第三章

第三章【1】 ガーデン

 大学内にある唯一の喫茶店『ル・ジャルダン』――その上に広がる開放的な屋上庭園。

 通称――『ガーデン』。

 木製のテーブルやベンチなどが設置され、カフェテラスも兼ねるこの場所は、多くの学生の憩いの場として親しまれている。

 ちなみに、喫茶店の名前とセットで『ジャルダンガーデン』と呼ぶ学生もいるが、フランス語で‘庭’を意味する『ジャルダン』と英語の『ガーデン』が被ってしまうので、それは些かおかしな呼称だ。

 園内にはソメイヨシノをはじめ、ゲッケイジュにヒメユズリハ、キンカンにエゴノキ、ヒイラギモクセイ、イチゴノキ……と実に多種多様な樹木が植えられており、四季折々の表情で観る人を楽しませる。

 ちょうど今の時期は白と黄の花をつけるものが多く、優しい風に揺れる様は初夏の日差しを表現しているかのようだ。

 あちこちに置かれたオブジェのように巨大な植木鉢には、レモングラスが青々と生い茂り、クジャクサボテンの紅く鮮やかな花や、芝桜のピンクとホワイトのコントラストが彩りを添えている。

 …………

「それにしても真斗くん。随分よくなってきたわよ」

 ピンクチャイムの桃紅色の花を眺めながら、雅美が紅茶に口を付ける。

「えっ、そうですか?」

 夜の街での一件からはや一週間。あの日以来、怜奈と雅美の三人でエーテルの回収をこなしつつ、雅美から戦闘の手ほどきを受けるのが真斗の毎晩の日課だ。

「ええ。たった一週間でここまで上達するとは、正直思ってなかったわ」

 雅美の特訓メニューは構え、体捌き、技と言った基礎の基礎から、打ち込みや切り返し、防御や受け身といった対人技能、さらには実戦を意識しての組手、と段階を踏みつつ要点をしっかりと網羅しており、武術の心得など皆無であった素人同然の真斗でも短期間で効率よく技術を学べる内容だった。

 魂装具のポテンシャルを引き出すにはまだまだらしいが、何より相手に対して怯まない心構えができてきた事に、真斗自身は大きな手応えを感じていた。

「ほんと。マサミ先輩に手ほどきを受けてた頃の私と比べると、全然成長が早いみたい」

 同じ丸テーブルに座る怜奈が、ストローでグラスに入ったコーラを軽く回しながら言う。からん、と氷が涼しげな音をたてる。

「筋がいいのかしらね?」

 後で知ったことだが、怜奈も『21』を手にしたばかりの頃、雅美と知り合って真斗と同じように鍛えられた過去があるらしい。

「ホントですか? 二人とも、そんなに褒めても何も出ませんよ」

 真斗は苦笑するが、二人の先輩から成長を認められて悪い気はしない。

「ええ。教えることがあっという間になくなっちゃいそうで残念」

 その台詞とは裏腹に、雅美は嬉しそうな表情を浮かべる。弟子の成長を喜ぶ師匠といった感じだ。

「真斗くんも、いずれは怜奈みたいにアタシより強くなっちゃうのかしら」

「え? そ、そうなんですか?」

 真斗は訓練でこれまでに何度か雅美と組手をやってきたが、その実力は相当なものだと感じていた。全力の真斗の攻めを余裕の表情で受け止め、返す雅美よりまさか怜奈が強いとは思ってもみなかった。

「そうよ。一部のホルダーの間じゃちょっとした伝説になってるんだから。実は一年前にね……」

「もうっ、マサミ先輩、その話はやめてくださいよー。それに実力だって、戦闘のスタイルが違うだけで先輩とは大差ないですっ」

 何かを言おうとした雅美に、怜奈がふくれっ面で抗議する。初めて見る怜奈の一面に、真斗はまた新たな魅力を発見したような気持ちになる。

「それより……エーテル回収のほうも順調ね。真斗くん」

 話題を変えたかったのだろう。怜奈が言う。

「ええ。怜奈先輩がエーテルの集まりやすいポイントの見極め方を教えてくれたおかげです」

 真斗が笑顔で答える、と――

「わたしが頑張ってマスターのお手伝いをしてるおかげもあるでしょっ!」

 胸ポケットに差していたスマホからナナが叫ぶ。

「わわっ! 馬鹿、こんな場所で大声出すなよっ!」

 真斗は慌てて周囲を見渡すが……幸いガーデンには学生の姿もまばらで、ナナの声に気づいた様子もない。

「まったく……なんでお前はエフやビリーと違ってそんななんだ」

「だってマスター、最近回収も小慣れてきちゃって、わたしへの感謝の気持ちを忘れてるなーって感じだったしー。ここはひとつ、びしっと言わなくちゃって思って」

「やれやれ……子は親を選べない……じゃなくて……親は子を選べないってとこか……」

 はぁ、と真斗は溜息をつく。

「実際のところは、そういう感じではないがな」

 テーブルに置かれていた怜奈のスマホから声がした。今度はエフだ。落ち着いた口調で、真斗たち以外に聞こえてはいないだろう。

「というと?」

 真斗が聞き返す。

「我々はソウルリンクによりマスターの魂の記憶――想い、と言ってもいいな。そういったものから生み出された存在だ。S.N.Sとしての役割は『21』による後付けのようなものさ。だから同じ魂が源であるマスターとS.N.Sは人間の親子関係よりもむしろ近い関係と言える」

「……それって、S.N.Sはマスターの記憶にある人間が具現したって事なのか?」

 更に真斗が聞く。

「いや。S.N.SはあくまでもS.N.S。その人物が具現したわけではない、が性格や癖、外見などに特徴は表れるだろうな」

「へぇー。そうなんですね」

 ナナが感心する。

 真斗は、お前ホント何にも知らないんだな……と、呆れて半眼でナナを見やる。しかし――

「ああ。だから例えば俺の場合、外見は……」

「エフ、それ以上言ったら承知しないわよっ」

 怜奈がびしっ、とエフの言葉を遮る。なんだか頬が少し赤らんでいる。

 エフのほうはというと、やれやれといった感じで両腕を開き頭を振った。

 ――しかし、真斗はずっと抱いていた疑問が解けた。

 やはりナナは――みおの――妹の記憶だ。

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