第二章【5】 マスターの心得

 先ほどの一件から少し後、既に時刻は午前に入っている。

 真斗は怜奈たちに連れられ、アーケード街の路地裏のさらに奥、周囲を雑居ビルの壁で囲まれた小さな空き地にいた。

 そこは様々な建物がごちゃごちゃと密集しているアーケード街においては不自然な広さの空間だった。おそらく長い年月の中で、入れ替わり立ち代わり土地の所有者が変わって開発を繰り返すうちにできてしまったデッドスペースなのだろう。

「それにしても驚いたわ。まさか真斗くんだったなんて」

 その空き地の片隅に積まれた古い資材。その上にちょこんと座った怜奈が言う。

「しかも、怜奈が偶然助けるだなんて。ねぇ」

 重ねた手の甲に寄り掛かるようにして顎をのせた姿勢で雅美が続ける。

 寄り掛かるその手の下には、巨大な斧。刃渡りは六十センチはあるだろうか。さらに柄を挟んで斧の刃の反対側には槌状の金属がついている。ちょうど戦闘斧バトルアックス戦闘槌ウォーハンマーを半分ずつ足したような形状だ。見るからに大質量のこれが、雅美の魂装具なのだろう。

「ええ……オレも驚きました。まさか先輩たちも『21』を持っていただなんて……」

 と言いつつ、真斗には疑問が浮かぶ。

「……あれ? でも怜奈先輩ガラケーしか持ってないですよね? どうして『21』を……」

「え? ……ああ、そっか」

 怜奈は悪戯っぽい笑みを浮かべると、すっ、とカーディガンのポケットからスマートフォンを取り出し、軽く振ってみせた。少し旧型のタイプだ。円盤状の水晶のようなストラップが付けられており、手の動きに合わせてキラキラと光を反射しつつ揺れる。

「隠しててごめんね。でもそれは『21』を持ってるってことがなるべく他の人にばれないようにする為だったの」

「ええっと……つまりスマホを持ってないということはアプリである『21』を持っているはずはない、という理屈ですね。……でも、どうして?」

 真斗には隠すその理由が今一つピンとこない。

「さっき真斗くんを襲った男がいたでしょ。怜奈はああいうのに目を付けられにくくするように、スマホ自体持ってないように見せかけてたってことよ」

 雅美が補足する。

「それって……『21』を持っていると他の『21』を持ってる人間に襲われるってことですか?」

 先ほど襲われたのはあの男の縄張りを荒らしたからだと真斗は思っていたが……それだけでは説明がつかない点に気づく。確かあの男が『テメーの魂で、補ってもらう』などと叫んでいたことを思い出した。

「絶対ってわけではないけれど……エーテルを回収する為に手段を選ばないホルダーも居るのは確かよ」

「ホルダー? それにエーテルはあの人魂とかから回収するんじゃ……?」

 怜奈の答えに対し、真斗がさらなる質問を投げかけた、その時――

「それは俺から説明しよう」

 怜奈のスマホから男の声がした。低めで落ち着いているが、まだ若々しさを感じさせるものだ。

 声のほう――つまり怜奈のスマートフォンの画面だ――を見ると、そこには逆立った銀髪の、如何にも真面目そうな顔立ちの男の姿があった。見た感じ年のころは二十代後半から三十代前半といったところか。白く光沢のあるライダースーツのような服を着ており、その服には赤いラインでやはり幾何学的な模様が描かれている。

「そう。それじゃあお願い。エフ」

 怜奈が画面に向かってそう答えると、真斗の方を向き直り、スマートフォンの画面を見せる。

「これが私のS.N.S。エフよ」

「え? ああ、よ、よろしく。夜霧真斗です」

 スマートフォンに向かって自己紹介するという、慣れない挨拶に少し戸惑う真斗。

「エフだ。よろしく。真斗くん」

 画面の男――エフが落ち着いた様子で挨拶を返す。

「あ、真斗でいいですよ」

「そうか。ではお言葉に甘えてそう呼ばせてもらおう」

 礼儀正しくも堅苦しさのない、頼もしい大人の男といった雰囲気だ。真斗は好感を抱く。同時に少女の言動を思い返し、あいつはほんとに同じS.N.Sなんだろうか、と思ってしまう。

「さて、先ほどの質問についてだが……まず、『ホルダー』というのは『魂装具ホルダー』の略称だ。つまり『21』に選ばれ魂装具を具現化できる者――我々S.N.Sにとってのマスターを指す。結局は同じだが、この差は言葉を使う者の立場の違いだ。例えば……怜奈は君に言わせればマスターではなく、同じ魂装具ホルダーであるということだ」

 真斗は頷く。

「そして、そのホルダーがなぜ他のホルダーを狙うのか? についてだが……知ってのとおり、魂装具はエーテル回収ルーチンだ。そして魂装具は高密度のエーテルに対し、その効果を発揮する。そして魂は正にエーテルの塊のようなものだが……通常、魂に外部から干渉することはできない」

「じゃあ……やっぱり魂装具で他人の魂のエーテルを奪うことはできない、ってことか」

 真斗の言葉に、エフはゆっくりと首を振る。

「それはあくまでも普通の人間に限っての話だ。『21』のソウルリンクに成功したということは、魂に外部から干渉できる環境になったという事を意味する。だからこそ君たちは、S.N.Sを生み出し、その結果、魂装具を具現化したり、我々の干渉による身体能力の強化などが可能なんだ。そして……」

 真斗はエフの言葉を待つ。

「……それは即ち魂装具の効果も受けるということになる。つまりホルダーに対しては、魂装具で攻撃することで魂からエーテルを回収できるんだ」

「……!」

 衝撃の事実を知り、真斗はもしさっきの男にやられていたらどうなっていたのか……と考えぞっとする。エーテルが無くなるということは、死とほぼ同義だ。いや、それより先に外傷による影響の方が深刻な事態を招いていたかもしれない。

「そう。だからさっきの男みたいな迷惑な連中も少なからずいるのよ。しかも真斗くんを狙うだなんて、ホンっと、許せないわ。ビリーもそう思うわよねえ?」

 私情の入ったコメントをしつつ、雅美はスマホ――自分のS.N.S――に同意を求めた。 雅美の手にあるスマホの中で、短髪の天然パーマの黒人男性が、満面の笑みで強く頷く。ボディビルダーのようながっしりした体躯。服装は例の素材でできたタンクトップに短パン。幾何学を描くラインは黄色だ。

「あらぁ、ゴメンなさい。紹介が遅れたわ。S.N.Sのビリーよ」

 ビリーは無言のまま真斗に向かってにかっ、と笑う。

「……。ま、真斗です。よろしく」

「悪く思わないでやってくれ、真斗。ビリーは無口なやつでな。だが気のいい男だよ」

 エフが戸惑う真斗を見て苦笑し、フォローを入れる。

「魂装具はマスターにも有効だったんですねー。勉強になりました! みなさん」

 急に能天気な声が響く。真斗の胸元からだ。

「おっ……お前知らなかったのかよ!」

 真斗はスマートフォンをポケットから取り出し、画面に向かって叫ぶ。

「真斗くんのS.N.S? 可愛いわね。お名前は?」

 怜奈が真斗のスマホの画面の少女に言った。

「えっ……? 名前……ですか?」

 困ったような表情を少女は浮かべる。

 そういえば名前を聞いてなかった、と真斗も今更になって気づく。余りにいろいろな事が立て続けに起こり、そんな余裕もなかったのだろう。

「悪い。そういえばオレも聞いてなかったな」

「何言ってるの。S.N.Sに名前を与えるのはマスターよ」

 怜奈がぴしゃりと言った。

「え……? えぇぇーーっ!?」

 少女はもじもじとしている。

「そ……そうなのか?」

「……えと、そうです。でも、マスターも忙しそうだったのと、その……なんだか恥ずかしくって、なかなか言い出せなくて……」

 真斗の問いかけに、頬を赤らめ、上目使いで答える少女。

「真斗くん。レディに恥をかかせるものじゃないわ」

「は……はぁ」

 雅美に諭され、真斗は腕を組んで脳ミソをフル稼働させる。しかし、そうは言ってもとっさにいい名前が思い浮かぶわけもない。うーん、と頭を悩ませる。

 …………

 しばし黙考する真斗。ふとスマホの型番表示が目に入る。

 《 MO‐77 》

 ……『77』

 ん……? これはなかなかいいんじゃないか?

「じゃあ……『ナナ』……ってのは、どう、かな?」

 真斗はちょっと照れくさそうに少女に提案する。

「ナナ……」

 少女が反芻する。

 真斗は緊張しながら、反応を待つ。

「ナナ……! ……気に入りました! ありがとうございますっ! マスター!」

 感謝の言葉と共に喜ぶ少女。

 真斗はどこかむず痒いような感覚になりながらも、なんだかほっ、と嬉しくなる。もしかすると親になる気持ちというのはこういう感じなのかもしれない。

「よろしくね。ナナちゃん」

「よろしく頼む」

「よかったわねぇ」

 (にかっ)

 各々がナナを祝福する。

「はい! みなさん、よろしくお願いします!」

 ナナが嬉しそうに応える。

 …………

「さて……と、真斗くん」

「なんでしょう、怜奈先輩」

「それで、これからのことなんだけど、しばらくは私たちと一緒に行動するというのはどうかしら?」

「そうねぇ、それがいいわ。エーテル回収も慣れるまでは大変だし」

 つまり怜奈と過ごす時間が増える……真斗の表情がぱっ、と明るくなる。

「ぜ……是非! よろしくお願いします!」

「それに、いざというときに身を守れるように、戦闘訓練もしないとね」

「うふふ、それはアタシに任せて。手取り足取り、しっかり教えて、あ・げ・る」

 つまり雅美とも過ごす時間が増える……真斗の表情がぴしっ、と引きつる。

「……よ、よろしくお願いします…………」

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