第一章【5】 S.N.S
自炊を諦めた真斗が牛丼チェーン店で簡単に夕食を済ませ、学生寮に帰宅したのは二十時過ぎのことだった。ぶらぶらと寄り道をして帰った為、少し遅い帰宅だ。
学生寮の建物は比較的新しく、オートロックや宅配ボックスを完備している。部屋は六畳のワンルームだ。さほど広いわけではないがフローリングは床暖房、ユニットバスに洗浄機付きトイレもあり、学生が一人で暮らすには十分すぎる設備といえる。しかも寮なので、家賃は破格の安さだ。
風呂上りの身体をベッドに放り投げ、入浴前に充電器に繋いでおいたスマホを手に取る。
「充電終わったかな」
そう呟きながら、真斗は電源ボタンを押してみる。
…………
コンセントに繋いだままにも関わらず、変わらずスマートフォンの画面は真っ暗だ。
「むぐっ……」
思わず唸る真斗。もしも故障したとなると、手痛い出費だ。
祈るような気持ちで、めげずに復旧を試みて何度かボタンを押してみる。その努力に応える様子もなく沈黙を続ける端末。
真斗は半身を起こし、顔を近づけて真っ黒な画面を覗き込む。
「うわっ!」
その瞬間、画面の向こうから、こちらを見つめ返す大きな瞳。アップで映し出されたその顔に、真斗は思わずスマホを取り落しそうになる。
「あっ。やっとつながったぁ♪」
画面に映る顔――少女だ――が、少し引きの絵になって笑った。
歳の頃は十代前半といったところか。
さらりと伸ばしたクセのないミディアムロングの髪は左側のみリボンで纏められており、幼さの残る顔に、くりくりとした大きな眼が可愛らしい。
ここまでならどこにでもいそうな少女だが、髪は薄い翠に染まり、瞳は澄んだエメラルドのような輝きを放っている。およそ人間のそれの色味ではなかった。
服装もかなり特徴的で、つやつやと光を照り返すエナメルのような素材でできた、白いノースリーブのワンピースを着ている。その要所にはエメラルドグリーンでラインや幾何学的なデザインが描かれ、ぼんやりと光を放っているように見える。
例えるなら企業イベントなどでコンパニオンが着ていそうな、近未来感のある服だ。
「……?」
少女に対し、真斗はどことなく既視感を覚える。なぜか懐かしい気持ちになる。
「なんだ? このCG? なんかのキャラかな……。見たことないけど、随分よくできてるな……」
真斗が呟くと、画面の中の少女が、むっ、と膨れて真斗を睨んだ。
「わたしはCGでもキャラでもありませんっ!」
驚くべきことに、画面の少女は真斗の呟きに対して反応した……ようだ。
な……何なんだ?
真斗があっけにとられていると、緑の少女は、なにやらごそごそと探している素振りを見せる。
やがて分厚いファイルを取り出して開くと、こほん、と小さく咳払いをする。
「えっ……と。この度は『21』の利用規約へご同意頂き、ありがとうございます。あなたの魂を基準に則り、厳正に審査いたしました。んで……、結果、適合資格ありと判断され、あなたの魂は……えっと、無事ソウルリンクに成功し、マスターとして認められました」
ちらちらと視線を落としながら、つっかえつっかえ話している……ように見受けられる。手元のファイルに書かれている内容を読んでいるのだろうか? それに今、確かに『21』という単語があった。真斗の貴重な週末を奪った、お騒がせアプリのことだ。
真斗の頭の中をぐるぐるといろんな思考がめぐる。
「そしてわたしは『ソウル・ナビゲーション・システム』です。これからマスターのお手伝いをさせて頂きますので、ええっと……、ご不明な点などございましたら、遠慮なくお申し付けください。それでは早速ですが……」
「凄い! AIか? それにしてもこんな自然に会話できるなんて!」
真斗が感動すると、画面の少女が苛立ち気味に反応した。
「だーかーらっ! AIでもありませんっ! わたしはマスターの魂の記憶から生成されたソウル・ナビゲーション・システムですっ! さっき言った通りにっ!」
信じがたいことだが、間違いなく真斗との会話が成立している。それも、到底現代の技術のAIで実現できるレベルのものではない。
ここで真斗はある可能性に気が付く。
「待てよ……。もしかして誰かが通話してるのか?」
真斗が警戒の色を滲ませ、すかさずスマホの画面の上にあるインカメラのレンズ部分を指で押さえる。
「……なにしてるんですか?」
上を見上げながら――真斗がカメラのレンズを押さえている辺りだ――不思議そうな顔で画面の少女が問う。
「いや、こうすれば少なくともこっちの顔は見えないだろうと思って」
「…………」
「…………」
ふぅ、と軽く溜息をつくと、やれやれといった表情で少女は言う。
「言っても無駄だとは思いますけど、実はわたしはCGで、ほんとは裏で誰かが通話してるとかそういうのじゃありません。なので、カメラを塞がれていてもわたしの目にはマスターの顔も、部屋の様子もしっかり見えていますよ。その証拠に……」
そこまで言うと、今度は下の方を覗き込むようにして、続けた。
「マスターの足元にあるその雑誌。見えてるんで隠したほうがいいですよ」
「……へ? うわあっ!」
真斗は視線を落とすと……慌てて床に置きっぱなしだった男性向け成人雑誌をベッドの下に隠した。
…………
「……じゃあ、本当に」
「やっと信じてもらえたみたいですね」
「その、ソウルナビ……なんとかってのは……」
「ソウル・ナビゲーション・システムです! あー、もう略してS.N.Sでいいです。マスター、頭弱そうだし」
「ぐっ……」
現実の人間にならまだしも、まさかスマホの中の少女に馬鹿にされる日がこようとは。
「んで? そのS.N.S様はオレに何の用があるんだ」
屈辱のあまり、やけ気味に真斗は聞き返す。
「はい。『21』の規約に従い、マスターにはエーテル回収の義務が課せられます」
「……? は? エーテル? っていうか義務?」
「ええ、そうです。利用規約に書いてあった順守する指令、ってやつです」
「やだ」
真斗は即答する。なんか面倒そうだと感じ取ったからだ。
「はい?」
「い・や・だ、って言った」
「…………」
――そしてしばし、沈黙。
「……なんでそんな義務を課せられなきゃならないんだ? そもそもエーテルって何だよ?」
意外なことに先に沈黙を破ったのは真斗の方だった。
「はい! 魂の源となるエネルギーのようなものです。通常はごくわずかですが、大気中に存在しています」
待ってました、とばかりに少女は答える。
今度は話がオカルト染みてきた……が、今はそんなことを気にしている場合ではない。いろんな疑問が口を突いて出そうになるのを堪え、真斗は最も肝心なことを確認する。
「それはわかった。でもそれを集める義務を背負わされるいわれはないだろ?」
「だって、利用規約に同意したじゃないですか」
少女の答えは事務的だ。
「じゃあ利用をやめる。そもそもオレはこんなアプリ必要としていない」
「それもできません。利用規約に書いてあった通り、マスターの意思で『21』の使用をやめることはできません」
「規約、規約って……融通利かせてなんとかならないのか?」
珍しく少し苛立ちを覚えつつ、真斗は言う。
「お気持ちはわからなくはないですけど、わたしの役割はS.N.Sとしてマスターへの指令のお手伝いをすることです。それ以外の権限や、力はないんです」
嘘をついている様子はない。どうやらこの少女自身もルールの範囲内でしか行動できないよう制限されているらしい。
むう、と真斗は唸り、発想を変えることにする。
「……まあいいや。ともかくオレが何もしなきゃいいだけの話だ」
「……いいんですか? それで」
「ああ」
ベッドに仰向けに倒れ込み、頭の後ろで腕を組んで、真斗は答える。
「……困りました」
「オレは困らん」
「そうなると……マスターの魂から直接エーテルを抜き取るしかないですね……」
!?
がばっ! と再び上半身を起こす真斗。
「それも利用規約……だったっけ……?」
「はい」
「抜き取られると……オレはどうなるのかな?」
気になって一応聞いてみる。いや、確認しておかなければならないことだと本能が告げている。
「えっ……と、ちょっと待ってください」
言いながら少女は手元のファイルをめくる。
「……あ。ありました。えっと、抜き取るエーテルの量次第ですけど、仮にもし全部抜かれると……」
「……抜かれると?」
ごくり、と真斗は唾を飲む。ああ、嫌な予感。
「良くて廃人。悪くて死人。……って書いてあります」
はい、予感的中。
目の前が真っ暗になり、意識が朦朧としてくる。本日二回目だ。
「そ、それって、やめてもらう事って……やっぱ……」
真斗はおそるおそる訊ねる。
「はい。できません。だって――」
少女はファイルから目を離し、真斗のほうを見ると――
「そう規約に書いてあるんですもの」
ぱらぱらとファイルをめくりながら、少女――S.N.S――は悪びれる様子もなく、てへっ、と笑った。
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