プロローグ【2】 陰謀

 赤い――。周囲はとにかく赤かった。

 その部屋はまるで嵐と火事が同時に訪れたかのような有様だった。

 大人の身長をゆうに超える高さの棚は倒れ、そこに収まっていたであろう書物や紙は散乱し、あちこちで炎に包まれている。横転した三人掛けのソファには刃物で引き裂かれたような無残な傷痕があり、まるでそこから吹き出したかのような激しい炎がそれを包む。その紅蓮はうねり、火の粉を撒きながら、天井をも焼いている。

 熱に炙られ、木目の肌を赤く染めた机の引き出しは、力なく横を向いたまま転がり、乱雑にその中身を床にぶちまけていた。その横で、倒れた椅子の下敷きとなり、ガラスの割れた壁掛け時計が二時三十八分を指し示したまま事切れている。

 惨状の中、うつ伏せで倒れる一人の男の姿。白衣を羽織った、中年の男だ。その周囲の床には黒い液体が広がり、炎に照らされ、赤黒く、てかてかとした光を照り返している。それは――血だまりだった。

 男の指が、かすかに震えた。

 残る力を振り絞るように、男はゆっくりと首を上げる。その視線の先には――燃え盛る炎の向こうに揺らぐ人影。手には刃物のようなものが握られており、ぽたぽたと黒い液体を滴らせている。

「お前の……思い通りにはならん……ぞ」

 人影に向かい、男は声を絞りだし、そう言った。

 炎の向こうに立つ人物はそれが聞こえているのか否か、さして気に留めた様子もなく黙って床から何かを拾い上げると――それを眺め、満足げに口を歪めて笑う。

 倒れた男はその様子をじっと見ていたが、やがて――人影は燃え盛る炎から遠ざかり、視界から消えていった。

 …………

 コンクリート壁の小さな建物の扉がぎぎいっ、と金属の軋む音と共に開く。そして……刃物を手にした人影が現れ、闇に蠢く。

 辺りは――宵闇。

 外界に風はなく、夏の蒸し暑い空気が纏わりつく。等間隔にぽつりぽつりと立つ街灯には蛾が群がり、飛び交う姿が見える。完全な静寂。人気はない――と思われたその時。

「ひっ――ひいいいいいいいっ!」

 静寂を破る男の悲鳴。闇はゆっくりと声の方へ振り返る。血の滴る刃を凝視したまま、その男は腰を抜かしたように背中から倒れ込んでいた。

 刃が鈍く光る。闇は男を見るとにやり、と笑い近づいた――

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