第5話「裁き(リベンジ):トト」

※今回のみ、一人称にしてあります。久しぶりの更新だったので形式失念しておりました、ごめんなさい(;´・ω・)。


大学の講師控え室で法学部教授の出雲真(いずも・しん)を見かけた俺は咄嗟に声をかけた。

「小室先生?珍しいね」

真さんはそう言って、小さな丸めがねの位置を指先で抑えて直しながら返事をした。水曜日の三限目が終わって研究室に戻るところだという。そういえば、この人は昔から朝が弱く、講義も極力三限以降しか持たないようにしていた。

人の良さそうな顔に細く長い目。穏やかな物腰に、実際お人好しで面倒見の良い性格をしていることから、生徒からも他の教員からも評判が良い。俺は大学の先輩にあたる真さんから講師のクチを紹介して貰い、その後はせっつかれながら論文を書いたり学生を指導したりで、なんだかんだでテニュアになった。要するに、恩人である。


真さんは法科大学院在学中に旧司法試験に合格して検察庁に入庁。ある事件がきっかけで退庁してからは弁護士として独立。幼なじみで妻のアリス姐さんと夫婦で弁護士事務所を立ち上げた。大学教授となってからは、同じく弁護士のアリス姐さんに事務所の経営を一部任せている。江府市の出身で、俺が通っている喫茶店の常連でもある。と、いうか、紹介してくれたのは真さんだった。

「実は、先輩に相談がありまして・・・」

「君から相談とはね。これはいよいよルーンマスカーの二巻が出るか?」

言いつつ「まぁいいや。研究室に来なよ」真さんは歩き出した。


お言葉に甘えて、研究棟へ戻る。

大学教員の研究室は、利用者の整理能力やマメさがモロに出る。どんなに立派な老教授でも、人一人辛うじて椅子まで入れるかどうかという惨状を呈する例もあれば、中に自分のオートバイや自転車を入れておけるくらいに片付けている変人までいる。後者の場合は何かあったときに火事を起こされて資料が燃える危険があるので止めて欲しいのだが。これが誰が何度言っても聞いてくれない。

「うわ・・・」

真さんの場合は後者だった。

見事に片付いた部屋に、昼飯を買ったときについでに買ってきたであろう食玩が陳列さている。

「相変わらずですね」

「アサルトキングダムは何故に組み立て式になってしまったのか。値段も高いし、組み立てづらい上に色も足りない。これでは余計に売れなくなると思うのだがなぁ」

言いながら、紅茶を淹れてくれる真さん。

「で、相談って何だい?」

「それが・・・」

俺は、ゲームの中での出来事を話した。


今、俺はヴーラー殺害で刑事訴追されている。

ともあれ、ロボット同士の戦闘の中でヴーラーを殺してしまったのであり、当然、ヴーラーも俺を殺そうとしていた。ついでに言えば、俺はあの世界、HRA(ヘキサレイアクト)において、PM同士の戦闘で相手パイロットを殺すことが罪に問われるとは思っていなかった、ということを説明する。

「・・・君、大丈夫か?」

丸めがねの中で細い目を丸くする真さん。

「いやあの、変なことを言ってるのは自覚してます。でも、とりあえずどうしたものか、専門家の意見を聞いておきたいんです」

「うーん・・・、そうねぇ、まぁ、お前がやったことは殺人にあたるわな。誰がどう見ても殺人罪だ。その、ゲームの中の検察官みたいな奴が殺人罪で刑事訴追してるんだから、①ヘキサレイアクトではお前のやったことは殺人罪に該当する、訳だが、話を聞く限りだと、相手もお前を殺すつもりで襲ってきていて、殺すつもりで反撃しなければお前自身の命が危なかった、つまり、②正当防衛が成立する余地がある、な」

ご丁寧に聖書サイズの手帳に増設したホワイトボードを使って説明する真さん。マメだなぁ。

「ですよね・・・あ、でも俺、ヘキサレイアクトではPM同士の戦闘やダインの決闘で死人が出るなんて当たり前だと思ってたんで、ヴーラーとの戦いで相手を殺してしまうことが罪にあたるという自覚がそもそもなかったんですよ。これって何か有利になりませんか?」

「なるっちゃなるけど・・・例えばこの国の刑法の考え方で言えばだな、法律の知識があって、その上で法に抵触すると知っていて、つまり違法性の自覚があって罪を犯した場合を悪意があるといい、違法性の所在について知らない、知り得ない状態にあった場合を善意がるというんだが、この場合、知らなかったんだから善意ってことになる。ところがだ、これとは別に、法律知識の有無に関わらず、社会通念や一般常識、倫理的に許されないことというものがあるだろ?ウルトラセブンをウルトラマンセブンと呼んじゃうとか、そういうの」

刑法を知らなくたって、人殺しは普通に考えてダメでしょうが。ってことらしい。そりゃそーだ。

「やっぱりダメですか」

「ダメだね。人殺しをしてタダで済むなんて考え方をする方がどうかしているんだよ。そんな不埒で危険なことを考えて、あまつさえ実行してしまったことについては、きちんとけじめをつけなきゃいけない。これは君だけの問題じゃない。人殺しがまかり通ってしまった当該社会の秩序をいかにして回復するのか、そういう問題さ。法は復讐のためにあるわけじゃない。あくまで社会とその構成員たる市民のためにあるんだからね」

「とすると、あくまで正当防衛を主張するしかない、というわけですね」

「ま、そうなるね。ザンボット3じゃあるまいし、誰がそんな面倒くさいゲーム作ったのか知らないけど、僕が法令監修ならそういうルールにするだろう。攻略目的を無罪放免とするなら、下手に殺人を正当化するような手口ではクリアさせない。クリアするなら、あくまで正当防衛、それも緊急避難で致し方なく・・・だ。刑法35条で正当防衛が規定されているが、これは正当防衛を直接取り扱う条文ではないんだ。医者や警察官が職務上の必要に駆られて行ってしまった殺人については罪を問われないことを規定していて、これに、急迫不正の侵害、つまり、差し迫った回避しがたい生命への侵害を防ぐため、緊急避難としての殺人を正当防衛として加えている。つまり、正当防衛なんてそうそう簡単には認められないし、認めてはいけない、法律ではそう考えるわけさ。それでも正当防衛を認めさせようというのなら、余程、酌量されるべき事由を並べ立てなきゃいけないだろうね。ああそうだ、裁判の形式は?陪審員制?」

「違います」

「そりゃ良かった。君みたいなのは第一印象で嫌われるからなぁ。裁判員や陪審員制度みたいなルールだったら、かなり不利だったろうね。尤も、ゲームなんだから、アルゴリズムを把握してしまえば楽っちゃ楽かもしれないけどね」

「正当防衛を証明するための証拠集めをする。知らなかった、は通用しない。それから、心象を良くしろ、ですか」

「そんなところだ。頑張れよ、ゲームやってる暇があるのも3月までだぞ。っていうか、ちゃんと論文書いてるのか?」

真さんはいつまでも後輩を心配してばかりいる先輩だった。


その後、真さんの淹れた紅茶を飲みながらビックリマンチョコの消化を手伝って解散した。お人好しにも7限というアレな時間帯の講義がある真さんは、俺を研究棟の入り口まで送ってくれた。

「ああそうだ、そのスマホゲーム、俺にも教えてくれよ。ロボットものだろ?面白そうだ」

「後でサイトのアドレス送りますよ」


帰宅。

買ってきたコンビニ弁当を平らげ、風呂に入り、書類仕事と資料読みをこなしてからベッドに入る。枕の下にスマホをセットし、ベンチレーターの電源を入れる。

ベッドの中にコクピットの感覚が現れ、コンソールを操作してメモツールに真さんに言われたことをto Doリストとして書き込む。

「随分と面倒なことになっちゃったなぁ。そもそもロボットゲー・・・なのかこれは(汗」

まどろむまもなく、ユーラインのラボ兼事務所の格納庫に安置されているステラバスターのコクピットの中に視界が置き換わった。


「ちょっともー、毎度毎度フラッと居なくならないでよ!」

事務所に入ってみるなりユーラインにかみつかれた。

やつれた顔で法律書らしきものや書類を読みあさっている。

「いやほら、俺字が読めないし」

「えー」

露骨に残念そうな顔をするユーライン。

事務所では、ベルケとアレクサンドラがやはり書類を読んだり整理したりしていた。

街道の戦いの後、俺はヴーラーの実家から殺人罪で訴えられていた。殆ど向こうから殺しにかかってきたのを返り討ちにしただけなんだけども、どういうわけだか、俺は一方的にカレルレン・ヴーラーを殺したことになりつつあった。

「あの・・・弁護士とか雇えないの?」

「それが出来たらやってるわよ。アレクサンドラがお金出してくれるっていうから探したんだけど、誰も相手にしてくれないの」

ユーラインが口を尖らす。

ベルケが「だーっ」床に突っ伏しながら「もうダメー、頭の中が文字で一杯!これ以上一文字だって読めないわ!」うめき声を上げた。

アレクサンドラが「一息つきましょう。ヒサシさんにも状況を説明しておいた方がよさそうです」そう言って席を立った。

ユーラインとベルケも作業に一区切り付けて、みんなで応接室に移動した。

「あれから、こっちの弁護をして貰うために専門家を探したんだけど、誰も依頼を受けたがらない、っていうか、みんな断られちゃったのよ」

ソファーにもたれかかったユーラインがため息を吐く。

「おそらく、ヴーラーの家が圧力をかけているのでしょう」

アレクサンドラがお茶とお菓子を持って入ってきた。

「圧力?」

それを聞いたベルケがまたかと言った顔で資料を手渡してきた。

「カレルレン・ヴーラーの父メシュカリン・ヴーラーはこの国の最高裁判所裁判官の一人なのよ。弁護士ったって、最高裁の判事に睨まれたら仕事がやりづらいったらないでしょ。圧力ってのはそういうこと」

「お、俺が殺しちまったクソガキってのは一体何者なんだ・・・?」

「カレルレン・ヴーラー、統合騎士団の役員や国家の重鎮に一族を送り出してきた名門ヴーラー家の御曹司です」

「統合騎士団ってことはダインなのか?」

「いえ、ヘキサレイアクトはエスカレスタ100年戦争以来、ダインを総責任者には頂かないことになっています。ダインは基本的には不死身で、いつどうやって死ぬか自身でも定かではありません。戦死した例や暗殺された例はありますが、放っておけば、言い換えて、安定した治世下ではいつまでも君臨し続ける可能性が高く、そしていつどこで死んでしまうか解らないのです。ですから、政治的停滞や独裁状態の継続を防ぐため、そして、死因不明の不安定な政治空白を避ける、この二つの理由から、ダインは政治的要職には就けないのです。これはあくまで政治形態の一つで、BT帝国、GP公国、聖国家プライマス、イクティノスといった例外もあります。ともあれ、四大戦争以後に成立した、この『殲光(シャイニング)』国も含む六大国は非ダインによる政治機構を採用しています」

「なるほど、ヴーラーの家もダインじゃないから要職に就けていたってことか」

「そうなります。ただ、戦後はダインの数自体が不足していますから、ダインでなくてもPMドライバーになることは珍しくありません。カレルレンのように、権力に物を言わせて高性能な機体を弄ぶ人間も少なからずいます」

「ステラバスターのことも狙っていたようだしな・・・だがまぁ、クソガキの次は馬鹿親ときたか。息子殺された腹いせにこっちを訴えてくるとはたいした裁判官様だぜ」

「子ども殺されたんだから当然とも言えるけどね。そもそもね、ヒサシは知らないみたいだけど、戦後のヘキサレイアクトでは、PM同士の私闘で人を殺すのは違法なの。戦闘記録を見たけど、相手のドライバーが慌てて命乞いしてたじゃない?あれ当然なのよ。普通殺さないんだから。あれはあくまで私闘。公的な交戦では無いわけだからね。タワー侵入みたいな国家への敵対行為とは訳が違うわ」

「今更言われてもなぁ・・・それによ、ヴーラーはアレクサンドラの親父さんを殺してミリオンホーネットを奪ってるわけだし、俺たちのことも殺そうとした。これは正当防衛だよ。俺が俺の生命を護る権利の行使だと主張できないか?」

「勿論可能よ。でも、殺すことは無かった、過剰防衛ということになるでしょうね。ステラバスターは六英雄シャイン・クローバーが駆った最強のパンツァーメサイアの一つ。その機体に乗っていたあんたが、ミリオンホーネットに乗っていたヴーラーに殺される可能性がそもそもあったのか、その辺の証明が難しいのよ」

ベルケが「あーっ、もう、こんなところでステラバスターが問題になるなんて!」また頭を抱えた。

「おいおい、結構危なかったんだぞ!?苦戦してたって証言はあるだろ?!見てた奴らもいるんだからさ」

「それが口止めされちゃってるのよ・・・街道を管理してた騎士団にまで箝口令が出てらしくて、監視カメラのデータすら貰えなかったわ」

「マジかよ・・・」

今度は俺が頭をかかえる。

「私は何があってもヒサシさんの味方です。カレルレンが父を殺したのは動かぬ事実ですし、ヒサシさんが命がけで仇を討ってくれたのも確かです。そして、それを依頼したのは私です。一蓮托生なんです。私とツーボウ商会は最後までヒサシさんと闘います!」

アレクサンドラがグッと拳を握りしめて宣誓した。おじさんはさしあたりおっぱいがもみたいです。

「そりゃ私たちだってそのつもりだけど・・・これは分が悪いわよ。いっそのこと逃げちゃう?あんたよく居なくなるわけだし、あんたが消えてる先に私たちも移住しちゃうってのはどうよ?」

「できるわけねーだろそんなこと」

「何よ!このままじゃ私やベルケだって危ないのよ?!」

「そりゃ解ってるよ。どうやら今の俺は、無敵のスーパーマシンでいたいけなうんこガキ様をぶち殺しちまった登場初期のラーメンマン並みの残虐超人らしいからな」

そんな野郎に味方はおろか、受け入れてくれるような場所も人間もそうそういやしないだろう。嗚呼無情。

「社会的にはね。でもまぁ、こんだけ露骨に世間様に圧力かけて証言曲げさせてるんだから、ヴーラー家ってのも大概よね。どっかから恨み買ってるんじゃないの?」

「あ、それなら心が当たりがあります。カレルレンは家の権力を使って相当な数の狼藉をもみ消しています。被害者なら私以外にもいるはず。それに、ヴーラー家は名門。有力な貴族ですが、それだけにその座を狙う政敵も少なくありません」

「面白くなってきたじゃないか。ヴーラー家の失脚を狙っているクソ貴族とつるんで被害者の会を立ち上げれば、最高裁判所判事のメシュカリン・ヴーラーは迂闊に手を出せないってわけか」


「ま、そういうこったな」


事務所にU・Wが入ってきた。

隣には、深紅の髪を派手に結い上げ、白い派手な意匠のドレスと派手な帽子、これまた真っ白の、を目深にかぶっている。

「あなたがヒサシ・コムロね?」

白と紅の女のふっくらした唇が動いた。

年の頃は30代後半くらいか。決して美人ではないが、男好きする顔立ちだった。

女は帽子のつばを扇子の端で持ち上げると「私の名前はトト・ノーレッド。覚えておいてン。貴方たちのスポンサーになる者の、ン、名前よ」そう宣告した。

「な、なんだこのアパホテルみたいな女は?」

「ノーレッド家現当主、レディ・トトだ」

U・Wが紹介した名前を聞いてユーラインたちが一瞬ざわめく。そんなに有名なのか?

「『洗礼者(アクペリエンス)』トト・・・!」

苦虫をかみつぶしたような表情でユーラインが呟いた。

「なんだよ、知ってるのか?」

「知ってるも何も・・・この業界じゃ有名な悪人よ。ダインに近づき、すごいチャンスをくれるの。けれど、その代償に強烈な悪条件で試合をさせる。その試合に勝てば、いいえ、生き残れれば無尽蔵の支援を受け、そのダインは例外なく成功者となる。けれど、その殆どが無残に敗れて死んでいく・・・一か八か、命を引き当てにするような大勝負をさせて名誉と富をもたらす戦後の死神(ナイトメア・ジ・アフターウォーズ)の一角よ」

それを聞いたトトは「ンまっ!失礼しちゃうわね」口元で扇を開いて何故か俺を一瞥すると、「私(わたくし)は、成長と躍進の機会を与えているだけよン?」そう反論した。

「それが迷惑だと言っているのよ!失敗したら死ぬような試練なんて邪道だわ!試練は成長のためのもの。殺すための試練なんて口減らしと同じよ!」

食い下がるユーライン。

「成長しない人間、いつまでも大人にならない子どもは人間とは言えない。ただの穀潰しじゃなくて?成長して大人になる子どもとなれない子どもをきちんとふるいにかけるのは、決して間違いではないと思うのだけれど」

ドッ脳裏で水っぽい重みを伴った音がしたような、錯覚。

文句があるなら言ってみろ。全力全開でお相手するわよ?

そう言わんばかりの圧倒的なオーラ。

「・・・で、死神が何の用かしら?」

舌打ちをしながらユーラインが話を進めた。

「言ったでしょう?私がスポンサードしてあげる。でも、タダでとは言わないわ。資金援助と、貴方たちの立場を護ってあげる。その代わりに、ン、あなたはヴーラー一族の命を差し出しなさいな」

「・・・はぁ?」

暫く考えたが、何を言っているのかよく解らなかったのでそう言ってみた。

「ンん?難しかったかしら?貴方たちはヴーラー家に命を脅かされている被害者。権力者の前に跪かされる哀れな弱者。そうでしょう?だったら、か弱い市民をいじめるヴーラー家には裁きを受けさせるのが社会正義というもの・・・でも、誰がそんな危険なことをするのかしら?ヴーラー家の権力は小さくないし、私兵化しているダインだって少なくない・・・そこで、私が高貴なる者の義務(ノブリスオブリージュ)を果たそうというの」

扇を反らし、グッと顔を近づけてくるトト。

ムワっと何か熱っぽい匂いが漂う。香水の類いはあまり付けない主義のようだった。

「ぐ、具体的には何をするってんだ?」

被害者面してヴーラー家を加害者に仕立て上げろってか。

クソったれた手段だが、クソ虫並の弱者である俺たちの犯行、反抗手段としては悪くない。

そう思った瞬間


ニィッ


唇を奪われたような感覚と共に、トトの眼が笑った。

それは酷く好意的な、この女が纏っている濃厚な生物的違和感から想像もつかないほど素直な微笑みだった。

「な、なに見つめ合ってんのよ!薄気味悪いわ中高年!」

「う、うるせぇ!」

ユーラインの声に慌てて目線を反らす。

ン。

耳元に吐息を残して、トトは姿勢を戻した。

せり上がるように持ち上がる上体。ボリューム感のある胸元から暴力的に引き締まった下腹部からウェストにかけての存在感を鼻先に感じる。つられて見上げてしまったトトは、白く異様な毛皮を纏った美しい肉食獣のように思えた。

「被害者を密かに買収し、ヴーラー家の悪事を告発しましょう。それに、監視カメラ映像や目撃者の証言の回収も手伝わせて頂くわ。これで、貴方たちは裁判で五分に戦える」

「五分じゃ勝てないけどな」

「そこからは、貴方たちの試練ではないかしら?」

「まぁ、無いよりはマシだ。そうだろ、ヒサシ」

U・Wが言う。

「そ、そりゃそうだけどな・・・」

要するに、トトは俺たちを権力闘争の道具にするつもりなのか。いかにもきな臭い話だが、孤軍奮闘よりは幾分かマシというところだろう。


話はまとまった。

トトの支援で俺たちは裁判に必要な情報と協同証言者を得る。その代わり、俺たちはヴーラー家失脚を視野に入れた裁判対策に全力を注ぐ。これがおおまかな今後の行動方針だった。ユーラインとベルケは書類作りに血道を上げ、俺は俺で訴状の準備をしながらU・Wと答弁の練習を続け、その間もヴーラーの家の圧力もかかり続けていた。


最初は、近所の店に入るなり店員の顔が曇るようになる。その後、間を置かずに程度の低い店員から聞こえよがしに陰口を叩かれるようになった。近所づきあいもあっさりとなくなり、ゴシップ誌に俺たちの関わった仕事で迷惑を被ったとか、死傷者が出たとかの被害報告が匿名で載る頃には、すっかり悪者扱いされるようになっていた。大口の取引先も撤退し、パーツや燃料始め消耗品の確保にも困るようになってきた頃、ヴーラーの回し者であろう弁護士や交渉人が何度かアプローチしてきた。彼らは大抵こう言うのだ。このままでは仕事どころか生活もままならないだろう。生きていくために、ヴーラー家と和解し、謝罪をするべきだと。救いの手にも思えたが、一時緩まった醜聞責めと村八分も、それを突っぱねると途端に酷くなる。飴と鞭とでも言うのだろうか。いずれにしても、金と権力とでパワープレイをすることができる身分の圧倒的な攻勢の前に、俺もユーラインもうんざりしていた。


最初に訪ねてきた弁護士は交通事故で死に、交渉人は売春宿の摘発にあって素っ裸でガキのケツを掘っているところを現行犯逮捕され、続いてやってきたヴーラー家の回し者たちも個々各々奇々怪々、実に個性的な退場劇で俺とユーラインをげんなりさせた。醜聞責めに対する反撃と報復。当然、俺たちは何もしていない。ただ、嫌がらせや圧力を食らって閉口する俺たちを見ながら、扇で隠した口元から厭らしい薄ら笑いを漏らしながら事の成り行きを観察しているトト、ノーレッド家が糸を引いているのは明らかだった。醜聞合戦と、関係者の相次ぐ不審死と失脚劇。ヴーラー家とノーレッド家という名門貴族の代理戦争の舞台と化したドント市内。その台風の目となっている俺たちは完全に孤立していた。


やがて始まった裁判。その初日は、蒼白い顔をしてガタガタ震える裁判官が哀れに思えてくるような搦め手と圧力の応酬となった。

思えば初めて直接対面することになるヴーラー夫妻。俺が殺したカレルレンの父メシュカリン・ヴーラーと、母メルセデス・ヴーラー。メシュカリンは白髪を短く刈り込んだ軍人のような風格の大男であり、よく手入れされた口ひげと精悍な顔立ちから、いかにも厳格な法曹人といった感じの印象を受ける。対して、のっけから俺のことを睨み付けている貴婦人然とした女性、メルセデスは感情で生きるタイプの人間のようだ。その面を拝んでいるだけで今回の大攻勢はこいつの一存なんじゃないかとすら思えてくる。


「判事さん!この男が息子を殺したんです!証拠も証言も提出しましたでしょう!抗告だなんてナンセンス!六大国の司法機関は殺人犯の悪あがきをお認めになって、殺された息子の尊厳も子を奪われた親の苦しみも悲しみも無視なさると言うのですか!?」

開廷するなり立ち上がってまくしたてたメルセデス。

いきなりだなぁ。

陪審員制度じゃなくて良かったと思いながら、俺はトトが雇ってきた弁護士である騎士ラズレーの方を見る。

「いきなりですなぁ、ヴーラー夫人。ご子息を亡くされたことにはご同情つかまつるが、国の司法とは全ての国民に平等なもの。そして、ご子息が命を落とされた戦闘は、ステラバスター1機に対して、レッドスナッパーズが複数機で襲いかかったという内容であり・・・その、決して一方的な殺人とは言えず、ことはむしろ正当防衛や緊急避難の成立可否どころか、一方的な強襲によって生命と財産とを脅かされたツーボウ商会とΔ893の現状をいかにして回復するのか、そして、その責任を誰が負うのか、そういう議論に及ばんとするものでありましょう?」

ラズレーという男、初老の外見に柔和な雰囲気を合わせて持っているが、口を開けば腐った油が糸を引くような老獪さを発揮する。とんだクセモノのようだけど、とりあえず味方としては心強い。


ざまぁみろ。

思いつつ、メルセデスを一瞥すると、薄い皮膚を引きつらせた母親が憤怒の表情でこちらを睨み付けながら「馬鹿なことおっしゃらないで!息子を殺したのは貴方で、今はその罪について論じているのです!正当防衛とか、息子とツーボウ商会の間に何があったかとか、そういうことは話していないし話すつもりもございませんわ!」怒鳴ってきた。

感情的にまくし立てながらも、不利なところには立ち入らない、話を転がさないようにしている。意外に冷静だな。

「困りましたな。論点がかみあわない。とりあえず、どの議論をどういった順序で論じていくのか・・・その辺りから一つ一つ、順を追って展開してまいりましょう。よろしいですかな、判事殿」

殆ど言いがかりに近い形だったが、これで、カレルレン殺害を一方的に責められる展開から、そもそもその殺人が違法であるのかどうかについて議論するところまで上手い具合に論点を後退させることになる。老獪ラズレーが更に続けようとすると、

「お待ち下さい」

ヴーラー家の弁護士が立ち上がった。

金髪ロン毛のサラサラヘアーに色白碧眼の涼しげな顔立ち。立ってみりゃ俺より二回りくらい背が高い。死ねば良い。

「騎士ラズレーのおっしゃり様はこの裁判の本質を歪める可能性がりますので訂正をさせて頂きます。本案件は、カレルレン・ヴーラー君がヒサシ・コムロに殺害されたことにつき、その違法性を国法に照らして確認させ、その法的性質と社会的評価とを確定させることで、社会の安定とこの凄惨な殺人事件についての理解を一致させ、それによってこの殺人事件を巡る保証や爾後手続きの円滑化を図らんとするものであるはずです。裁判官にも、訴状に照らして私の言に間違いが無いことを確認して頂きたい」

殺人事件とフレーズだけ妙にハッキリと、繰り返し使ってくるのが解るが、論理的な矛盾は無い。こっちが搦め手を使っている分、こうして清流・正攻法で来られると辛い。

クソ野郎が。

「え、ええ・・・原告側弁護人クレスハーンの言を認めます。確かに、訴状にはそのように書いており、本法廷はそれに沿って立ち上げられたものであることを、ここに改めて確認します」

ユーラインの露骨な舌打ちが法廷に響き渡り、どうやら反感を買ったらしい視線がこちらに集中する。

「やれやれ、簡単にペースは掴ませてくれないようだ」

飄々とした様子でラズレーが腰を下ろした。

名門の覚えよろしからんとしっぽを振って出世するのも良いが、それでは死んでしまうぞ。青年。

口ひげの奥でそんな音がしたのが漏れ聞こえた。


翌朝、クレスハーンが惨殺死体となって発見された。

「く、食い殺されてたって・・・??」

俺はニュースを聞きながら思わず呻いた。

いけ好かないイケメン弁護士が体中食いちぎられた写真がえぐい。

「あら厭だわ、野犬でも出たのかしらン」

どさくさに紛れて事務所に居ついているトトが背中越しにのぞき込んできた。

「ちょっと、朝っぱらからベタベタしないでよ居候共!」

朝食を運んでユーラインが入ってきた。

「これはアルテナ教徒の仕業ですね」

アレクサンドラが言う。

「アルテナ教徒?」

俺は例によって知らない。

で、毎度の如くユーラインがため息をつく。

「はぁ。あのね、アルテナってのは、アルテナ・ファーレンス・ファティクス。またの名を、高麗(こおり)・ミリュティス。13英士(ミーマ・ジーニアロジ)の一人で、初代白紋『最強凶の力(エクスダイン)』純麗(すみれ)・ミリュティスの妻、そして、ステラバスターのオーナー、釈韻・クローバーこと風美・ミリュティスの母親よ」

「また有名人か。知らんけども」

「んン、超重要人物よ?何てったって、この世界最強最高の存在である『EX』を産んだ聖母にして、翼の三女神の一角。ガルーダ戦役以来この世界最強のダインの一人として信仰の対象にすらなっている神格の一柱なのよン?」

なんだお前ほんと何も知らねぇな。U・Wが朝食を一段落させて会話に入ってくる。

「インファントリィ・ゼロ『ディアブロ』のオーナーで、アルテナの特注で作られたフレームが後のディアブロ・フレームのオリジンになってたり、まぁ、この世界の戦史じゃ知らんモノがいない超大物さ。圧倒的すぎる戦闘力と神算鬼謀、深淵にして広大な知識・・・と、自称超越的美貌、そして、食欲。これがまぁ、色々と灰汁の強い奴だったんだが、自分のことを女神だとか言ってはばからん奴でなぁ・・・物好き共が真に受けおって、いつの間にかアルテナ教などという下らんカルト教団ができあがっちまった」

U・Wがげんなりした風に続ける。。

「この教団の特徴は、全員がダインで構成されていることなんだが、もう一つ、女神アルテナに倣って人間を食うことを教義にしていてな」

「うわマジ最低だなその教団」

「最低も何も、連中が信仰するアルテナは実際に人間を食べてたのよ。信者は女神アルテナの行いに倣っているってわけ」

「うへぇ、あのクソ弁護士はけっこう体中ガブってやられてたよ?なんかもう、B級スプラッター映画みたくなってたよ?」

「まぁ、ダインの再生能力なら生で人間食べたって死にはしないわよ」

ユーラインが興味なさそうに、次の話題に移ろうとしているが「そういう問題じゃねぇよ」俺は食い下がる。なんなんだ此の世界観。巨大ロボットでプロレスやってる文明で、人食いの風習なんか普通にあんのか?!じゃあ俺が殺人で訴えられてんのは一体何なんだよ?!

「あの教団が使う特殊な武器があるんです。シャーカールっていう、槍の先が肉食獣の顎のようになっている特殊棍を使って疑似人肉食をするのが彼らの流儀で、勿論、刮ぎ取った肉のうち一部は食べているようですけど。いくらダインでも、ダイン同士の高速戦闘や生身とは言え暴れる人間に迂闊に噛みついたら衣服の繊維に歯を持って行かれたりしますからね」

「いや、歯の心配じゃなくてだな・・・人間の肉を食うってのがそもそもアリなのかって話だよ、倫理的に、習俗的に」

それを聞いた一同が怪訝な顔をする。そんなに変なことを聞いているのか?思っていると、U・Wが口を開く。

「ヒサシ、お前、身体を再生しながら戦った事は無いのか?ダインの超能力や超再生は当然だがそれに応じたエネルギーを消耗するんだ。卑近なところで言えば体力だが、そいつはどこから補う?失った部位の再生の原材料はどこからもってくる?ダインの中にはあらゆる物質を組み替え、変質させ、再構築してしまう化け物もいるが、一番手っ取り早いのは同じ種(いきもの)の肉体だろ?だから食ってんだ」

「んン、ま、そんなところよね。女神アルテナ、『白翼』の高麗はたった一人で国一つ滅ぼすこともザラだったっていう、エスカレスタ一〇〇年戦争、ガルーダ戦役の生きた災厄だった。そのアルテナは敵の砲撃で身体ごと吹き飛ばされても平気で再生して戦い続けたというけど、その秘密は、近くに居た人間の肉体を片っ端から強奪して再生を効率化していたってところね。もう一つ、妙な理由があるらしいけど」

「聖母アルテナ・・・信仰の柱になっている伝説ね」

ベルケがデータベースから情報を引き出してきた。

U・Wはそれを読みながらため息をつく。

「そうだ。アルテナは大戦中に風美を身ごもった。妊娠中の食欲は凄まじく、一部の戦闘はその食欲を充たすためだけに行われたとも噂された。まぁ、HRAの神格の中でも最高位とされる風美を身籠もっていたんだ。言ってみりゃ神を妊娠していたってなもんよ。そりゃまぁ、食欲も尋常じゃなかろうな」

「神を産む為に人間を食ったってことかよ」

「食ってたのは人間だけじゃないらしいわよ」

ベルケが神妙な面持ちで資料を回してきたが「げぇ・・・」中身はあまりにグロテスクだったので、とりあえずこの場ではそれ以上聞かないことにした。要するに、アルテナ、或いは高麗・ミリュティスは、ステラバスターのオーナーだった釈韻、風美・ミリュティスの生母であり、その図抜けた戦闘力と業績に人肉食という逸話が結びついて爾後に奇妙なカルト信仰をも生み出してしまった。

そして

「つまるところ、今回はアルテナ教徒をけしかけたってことか」

トトを見る。

「さぁねン」

彼女は涼しげな表情でグラスに口をつけた。

「さて、こっちも備えておかなきゃならんな」

「ああ、あくまで本命は裁判だもんな」

「ヴーラー家の報復に、よ」

ベルケが言うと、U・Wが立ち上がった。

「じゃあ、ま、俺はラズレーを呼んでくるわ。しばらくは一緒に行動した方が良さそうだ」

U・Wが飄々と部屋を出て行く。

「お、おいおい、一人で大丈夫かよ?!」

「ユーマをどうにかできるダインが居たらこの場で固まってたって勝ち目無いわよ」

ベルケは朝食を平らげると「さ、こっちはこっちでやることやっちゃいましょ」さっさと食器をまとめてキッチンへ向かった。


次の公判には、ヴーラー家は別の弁護士を立ていた。

今度は統合騎士団の有名なダインらしいが、短期間に強力かつ有名な弁護人を呼んでくるあたりは流石の名門といったところだろうか。


あれからすぐ、ヴーラー家の報復と思しき嫌がらせであろう、明確な証拠は無いにしても意図はハッキリとした出来事が立て続き、得意先の主人が組み立てかけのプラモデルのような格好で箱詰めになって連日届けられた。トトは言下に報復を行ったらしく、こちらは珍奇な方法で殺された死体を視るまでもなく、ニュースで知る羽目になった。公判までの間に暴力と悪意の応酬は幾度となく続き、俺もユーラインもいよいよドントでの商いを諦め始めた。このままじゃ勝訴したって危険人物であるという評価は変わらない、どころか、より濃厚に悪いイメージが刷新されつづける。といって、トトにしても、これだけ派手に動いておいて手ぶらでは済まさないだろう。どの行動も、ヴーラー家のポジションを強奪することを見越した上での無茶であるはずだ。どの道、後には退けない。毒を食らわば皿まで。あの毒婦の覚えよろしくあらんがためにも、行儀良く綺麗に平らげるしかない。

でなけりゃ、証拠隠滅のためにアルテナ教徒をけしかけられるかもしれんのだから。

ここ数日で目にした色とりどりの死体を思いだした俺は、ベッドの中でじんわりと厭な汗をかいた。


裁判は一進一退しながらだらだらと続いた。

判事が答えを、結論を出さない。

当然だろう。殺人上等の脅迫合戦となったこの裁判で、ある意味最も不利益な立場にあるのが裁判官たちであり、どちらに有利な判決を出しても報復の対象となり、或いは口止めの対象にさえなり得た。

この状況、真さんがいたら何と言うだろうか。

多分、許さないだろうな。


襲ってきたのはカレルレンの側であるとし、あくまで正当防衛を主張する俺たちに対して、ヴーラー家は、ステラバスター使用を根拠に過剰防衛を、そして、ステラバスターとミリオンホーネットの性能差を持ち出した上で、俺が身を守るためにカレルレンを殺す必要は無かったのだと主張した。

厄介なことに、こちらが集めていた証拠は正当防衛を主張するために、カレルレンがレッドスナッパーズを結成して活動していたことと、その過程でツーボウ商会を攻撃し、アレクサンドラの父親を殺したという証拠のみ。ヴーラー家は殺人の罪状を過剰防衛の方向から責めるように手筋を変えたことで、こちらの証拠を相反することなく、むしろ、ステラバスターの圧倒的な性能という客観的な証拠を立てて攻め込んできた。証言や取引記録といった証拠は、そこから一定の事実を推定するような類いのものであったが、ステラバスターの存在とその性能については、誰の目にも明らかであり、かつ、リアルタイムで確認可能なものであり、証拠としての強度があった。

裁判は俺たちに不利な状態で展開し始めていたが、それでも俺やユーライン以外は飄々と、淡々として事に及んでいた。

何か証拠が出たところで、また誰かが死んで、証拠や証言が消えたり変わったりするからだ。


「いかんな、このままでは」

何度目かの公判の最後に、ラズレーが呟いた。

この日の公判では、激高したメルセデスが絶叫してこちらをイカレた人殺し呼ばわりして退廷させられた。お互い様だ、と、言いたいところだが、正直、気持ちは痛いほど解る。

既に死体の数は三桁に及び、連日詰めかけていたマスコミも野次馬も、ついに俺たちを死神扱いし始めて寄りつかなくなっていた。ヴーラー家の身内が既に子どもを中心に十数名殺されていた。対して、俺もユーラインもアレクサンドラも身内が存在しないか残っていない。ノーレッド家も血縁筋はトトだけで、実質トトのワンマン経営だそうで、唯一の心配はベルケのチームであったが、何故か手を出されることは無かった。一度、トトに聞いてみたところ、既にヴーラー家から何度か攻撃を受けていたがその都度こっぴどく反撃をされて早々に手出しを諦めさせたのだそうだ。U・Wはどんだけ強いんだ。

そうして、もう一種の災害と言って良いであろうこの一件を巡る論調は、被害者を出し続ける両陣営に対して、このはた迷惑な代理戦争を一刻も早く争いを終結させるように催告する、批判じみた論調へと移行していた。

「いーわけ無いですわなぁ・・・どーしたもんでしょうか」

俺はできの悪い学生のようにペンを弄びながら生返事をした。

正直、もう俺がどうこう出来る範疇をとっくに越えてしまっていた。

「・・・既に法廷の手に余る、か」

「んなことは解ってた筈なんすけどね。ヴーラー家は司法に深く関わりすぎている。判決に圧力をかけるのは容易く、実際にそうしてきたが、トトはヴーラーの息がかかった人間を悉く殺すつもりだ。そりゃそーですよ、ノーレッド家がヴーラー家に取って代わったときに、ヴーラーの親派が抵抗勢力になっちゃ面白くない。つまるところ、俺たちはあのサイコ女が司法界の実権を握るためにする草刈りの口実にすらなってるんですよ」

「たいした度胸だ。アクペリエンス・トトにそのような口をたたけるとはな」

「ダメならダメで、リセット上等って奴ですよ。僕ってゲーム世代なんで」

ラズレーは「よく解らんが、悪いがお前さん達を弁護できても、『狂奪の白薔薇(ヘカトンケイル)』から護ってやることはできん」そう言って席を立った。

またかよ。

また聞き覚えの無い単語が出てきた。それも、危ねぇ話には違いない。どんだけ地雷が埋まってんだかなこの世界は。

「・・・例によって知らねぇ名前だぜクソ厨二世界」

誰も残っていない法廷で敢えて独りごちってみた。



それから数時間後。

大型トレーラーで夜逃げをかましながら「もきーーーーーーっ!」ユーラインが無線越しに寄生を発し続けていた。

真夜中。轟音と共に事務所の天井が吹き飛ばされ、俺たちはかねてから準備していた通り、トレーラーとパンツァーメサイアに避難して逃亡を開始した。PMによる事務所の強襲。いつかはこうなると思っていた。っていうか、身内さんざんぶっ殺されてよくここまで我慢してたよなヴーラー家。

「あらあら無粋ねぇン。夜這いにしてもお行儀が悪いし、PM(あんなもの)着込まないと部屋に忍び込む勇気が出ないようじゃ、余程粗末なモノをお持ちなのかしらァ?」

トトは「ヒサシさぁン、ここで暴れてしまっても構いませンのよ?何なンら、街ごともみ消して差し上げてよ」物騒なことを言いながら、手元で端末を操作していた。

「ああーーーーーーーーーー事務所が燃えてるわ!裸一貫からどんだけ苦労したと思ってんのよ!!キィィィィィイィィィッィィッィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

ユーラインの罵声と歯軋りを轟音がかき消す。近くに着弾。まだ市街地を脱出していないのに、相手のPMが撃ってきたのだ。

「ヒサシさん、相手の兵器を解析にかけて、SHLCスクリーンを!!」

アレクサンドラの声がする。

言われたとおり、TAに相手の火砲を解析させ、SHLCを起動させる。同周波数レーザーキャンセラー。対象の光学兵器の周波数を相殺するバリアラインを展開することで光弾を無効化する装置だ。カレルレン殺害の報酬として受領したTA「Z8」はユーラインも舌を巻く程の高性能で、SHLCだけでなくEDCアンプリファイアシステムまで使用可能になっているらしい。ま、俺使ったことないんだけど。

裁判の争点になるほど強力なステラバスターのジェネレーターが広域展開したSHLCスクリーンによって追撃のビームランチャーが着弾前に相殺されていく。ステラバスターは同時にトレーラーを覆うようにバリアを展開しているため、SHLCを貫通してきた爆発から、ミサイルやバズーカ砲が混じり始めたことが解る。

「おいおい、ビーム無効化しただけじゃ意味がねぇらしいぞ、実弾射撃が増え始めてんじゃねぇのかこれ?!」

「次から次から、何なのよもー!お金持ちだからって調子に乗らないでよね!」

「ヒサシ君、もう少し持ちこたえてくれ。統合騎士団に出撃を要請した。合流地点を広域通信で決めてある。連中が手を出しにくい場所になるだろう、ユーライン君はそこを利用してベルケ君たちとの合流地点へ向かうんだ!」

ラズレーのPMがトレーラーから顔を出した。大型シールドを両腕に装備し、背部ラッチにはミサイル迎撃用の装備を積んでいる。迎撃に専念するつもりか。

「悪いな、こちらは弁護士とはいえ、統合騎士団の騎士には変わりが無い。ヴーラーの回し者だろうが、民間人に攻撃はできん」

「なんというか、もう、ルールを護ろうとする人間が一人でも居て、正直ほっとしましたよ」


ほっとしたのもつかの間、ドント市街を出たところで進路を別のPMに塞がれたユーラインが「○○○○!!!」とんでもない悪態をつく。

「インファントリィSS(エスツァット)・・・!」

カメラで前方を確認したラズレーが呻いた。

「なんでぇ、インファントリィって第一世代のポンコツじゃありませんか。市街地は出たんだ、やっちまえばいいでしょう」

「もうっ、お馬鹿!!おっさんの癖に何も知らないんだから!!」

ユーラインが叫びながら急に進路を変える。迂回、というより回避だった。

「そ、そんなにヤバいのか?エスツァットって!」

カメラで確認したインファントリィSSは二機。U・Wのインファントリィに比べるとかなりスマートで直線的な意匠の多い装甲を纏っている。右手に変わった形のランチャーを持ち、左手にはミリオンホーネットのような複合籠手らしい装甲を装備していた。小さなマスクからすると大きな兜をつけたその出で立ちからは、インファントリィから泥臭さを抜いて洗練したような近未来的な印象を受ける。

「・・・何世代かまたいだ発展型ってわけかよ」

「インファントリィSSは第三世代の雛形になった高性能PM!DRMS(ドラムス)、SHLC(シルク)、スマッシャー、クリムゾンネイル、クェーサーエンジンにEDCアンプリファイアなんかを実装した、いわば、PMという概念の完成形!ついでに言えば、第二世代後期型ってことになってるステラバスターよりも新しい型よ!」

「何そのドラムスとかクリムゾンなんたらとかっての?!」

「ワープしたり触手を増殖させたり出来るってこと!機能面で言えばあんたのステラバスターと同等かそれ以上ってことよ!」

「伝説の機体より強い量産機なんてアリか?!」

「そりゃまともなダインが乗ってたら楽勝でしょうね!でも乗ってるのアンタでしょ?!インファントリィSSを乗りこなすってことはきちんとした実力をそなえたダインよ!あんた馬鹿だし死ぬわよ!」

「そういうことですので、ヒサシさんはステラバスターで防壁を展開してください!こちらから手を出したら返り討ちに遭います!」

「ちくしょーーーーー!!」


言われるままにバリアラインの展開に注力したまま、トレーラーの逃亡に身を任せていると、すぐに数発のビームがトレーラー付近に着弾するようになった。

「あれ・・・なんか敵のビームがSHLCスクリーンを貫通してないか?!」

「マズいな、可変速光火砲(ストラトリンガー)を持ち出してきたか」

「ラズレーさん、例によってで申し訳無いんですが・・・それ何です?」

「SHLCスクリーンに阻まれないように、周波数を任意或いは自動制御で変更できるビーム砲を備えた火器のことだ。SSタイプで標準装備なったPM用ライフルの一種で、ビームだけでなく大型ベアリング弾や炸裂弾を使った実弾射撃にもスィッチできる代物(スマートソードの一種)だ。あれでSHLCスクリーンを突破されて、スマッシャーで大出力光砲を食らわせるのが一種のセオリーなんだが・・・ユーライン(お嬢ちゃん)、このトレーラーにストラトリンガーは?」

「民間の便利屋に置いて無いわよそんな高額兵器!幾らすると思ってんの?!」

「まずいな・・・こちらの光学兵器は相手のSHLCで無効化されるが、ストラトリンガーの攻撃は防げない。こいつは一方的だぞ」

「ステラバスター(こいつ)のバリアが頼りってことかよ・・・!」

「ステラバスターのバリアジェネレーターに負荷をかけて機能停止させるためにわざと当ててくるぞ。トレーラーの図体じゃ回避もままならん。そうなれば丸裸だ」

会話にシンクロするかのように、単発だったビーム射撃からベアリング弾による連射攻撃に切り替わる。

「バリアへの負荷を狙って連打を・・・くそったれが・・・!」

トレーラーが進路を変えたことで、統合騎士団の展開範囲を逸れる形になってしまっていた。二機のインファントリィSSがこれを見越してプレッシャーをかけてきたというなら、ヴーラー家は本気で俺たちを抹殺するつもりなのだろう。いつか、U・Wが話した格上の相手というのがこういうことなら、こりゃもうダメかもしれん。

「・・・ってなわけで」

枕の裏に手を回し、熱くなっているスマホの感触を確認する。

「いざとなりゃログアウトだ馬鹿野郎」

ペダルを踏み込み、ステラバスターをトレーラーのハッチから踏み出させる。ツィンドライブが展開して機体が浮遊すると「ヒサシ君、何のつもりだ!殿(しんがり)など通用する相手ではないぞ!」ラズレーが慌てて呼び止めようとする。

「・・・こういう時、何か名台詞っぽいのを言えると良いんですけどもね」

ペダルを更に踏み込み「何も思いつかねぇやッ!」スロットルを引き絞った。


逃げるトレーラーから飛び出したステラバスターは着地させずに上昇し、制空権を主張するようにインファントリィSSに向けてホーミングレーザーを放った。内蔵兵器の周波数を拾われてしまえば、次はSHLCで無効化される。ミサイルの方が無難なんだろうが、一瞬でも足を止めたなら蜂の巣にされそうなくらいに対空砲火が密だった。

「なんだよ相手は二機だろ?!」

『馬鹿ッ!ダインがEDCアンプリファイアを使えばビームだろうがレーザーだろうが、体中から垂れ流しにできるのよッ!!』

「先に言えって!」

『あんたが勝手に飛び出したんでしょうが!』

回避プログラムに従って逃げ回り、意地汚く反撃をする。こうして敵を引きつけている間にトレーラーをベルケたちと合流させる。上手くいけばU・Wなり統合騎士団なりが駆けつけてくれる。

「時間稼ぎ・・・するには容赦ないぜこの火線。せめて一機でも墜とせりゃなぁ・・・ッ!」

無数の光弾が飛来し、バリアラインに激突して弾ける。

ほぼ全周囲で爆発が起こり、反射的に身を丸めるようにしてしまったステラバスターは衝撃で足が止まってしまう。

空中で、足止め、次は・・・ッ!!

「てやんでぇッ!」

大砲を予測して最大出力で展開したバリアが爆煙を押しのけ、その先に「!!!!」左腕の複合籠手、スマッシャーから巨大な光の刃を展開させ、今まさに降り下ろさんとするインファントリィSSが見えた。


反応できねぇッ!!


一瞬、何か赤黒いものが視界を覆った気がして、その直後、強烈な衝撃に襲われた俺はベッドの中でバウンドした。

バリアの上から叩き付けられた光の刃。

横隔膜が痙攣し、呼吸のタイミングが狂ってにわかに息が苦しくなる。

撃ち落とされたステラバスターは「はーっはーっはー・・・・っっ!!」落下した地面に小さなクレーターを穿っていた。


自動危機回避プログラムが機能し、ステラバスターは俺の意思と関係なく立ち上がり、再びバリアラインを展開して構えを取った。視界にいくつか情報が展開し、頭の中に機体の状況と機体の回りの景色が流れ込んでくる。敵の反応は1・・・数が・・・減っている??


こちらの正面に回ってきたインファントリィSSがリンガーを背部ラッチに回し、実体剣を抜刀して切っ先を向けてきた。


「ステラバスター、Δ893。この私の目でも捉えきれぬ刹那の連撃。見事なカウンターであった」


オープン回線から若い女の声がした。

切っ先が一瞬、俺の背後を指し示し、俺の意識に反応してカメラがサブモニターで背面の状況を映し出す。

インファントリィSSが機体を千々に引き裂かれて落下していた。

「なんだあれ・・・撃墜されてるのか?一体どうやって・・・??」


「我が名は『打ち砕く閃光槌(バングランダル)』のカルラン・カルス。あれなるは我が妹、イズナリア・カルス。『引き裂く天剣(ハイラルザッパー)』のイズナリア・・・ステラバスターのドライバ-、我が妹を葬った貴殿は名のあるダインとお見受けした。最早語る口も聞く耳も持たぬ妹に変わって拝聴致す。貴殿の名は?」


なんだこいつ・・・


「赤い彗星の・・・いやごめん、あの」

唐突にそんなもん聞かれてもなぁ思いつかねぇよ。っていうか実績なんかねぇし便利屋という名の最下層ドライバーやってんだぞ今。

ともあれ、妹殺しちゃったみたいだし、聞かれた以上は答えておくか。こういうイベントかもしれんし・・・えぇと・・・。

小室=小さな部屋でcell、人造人間みたいで何かしっくりこないんだからしてぇ、玖(ひさし)を音読みしてク。セル・ク。セルク、どっかにベル要素無いか?ベル、ベル、ベル・・・ベルばらが、ちょっと好き?やっぱダメだ。

「『小室玖(セルク)』、セルクだ!」

なんだこの残念さ加減。

でも何かしっくりくるなぁ。セルク・・・セルク・・・いや、中途半端だけどもね。

「セルク・・・?知らぬ名だが、ステラバスターの『セルク』・・・その名、しかとこの身に刻み申した・・・参られよ!」


再び剣を構えたインファントリィSSがこちらを待ち受けるようにして発光信号を出してきた。


「傭兵だかなんだか知らねぇけど、素人が格闘戦とかマジで厭な予感しかしねぇな・・・!」

だが、光学兵器では勝負にならない。こっちの光学兵器は向こうのSHLCでキャンセルされちまう。となればミサイルや実弾・・・ステラバスターにも内蔵砲があるが・・・通用するか?

「しないだろうなぁ」

素早く衝きだした両腕。発生した衝撃波をインファントリィSSは避けもせず、当然、衝撃波を目眩ましにして両腕の装甲に内蔵された砲口から放ったベアリング弾もかわされてしまう。

「で、踏み込まれる・・・!」

U・Wとの少ない訓練経験から迎撃態勢を整える。懐に入られて、伸びきった腕を落としにかかるか、或いは反応が遅れる側面に回り込まれるか。

コマ落としのように真っ正面に現れたインファントリィSSの左腕にマウントされたスマッシャーからベアリング弾が発射された。ステラバスターはバリアで強引に防ぎつつ、本命の攻撃に備える。何を仕掛ける?更に高出力のビームか?それとも拳か蹴りか、打撃が、どこから・・・!


足下が光った。


インファントリィSSが地面に突き立てた剣を振り上げると、激しい光と共に砕かれた岩盤が吹き付けられた。

「うぉぉぉ・・・っ?!」

砲弾と貸した岩盤と、強烈なエネルギー流をまともに受けてしまった。バリアジェネレーターのゲージがレッドゾーンに入り、何やらアラートらしきモノが続出する。

直後に真横から大砲でも食らったかと思うような衝撃。

「あだぁっ?!」

剣というよりも棍棒でぶん殴られたようにして地面に転がされたステラバスターに強引に受け身を取らせて離脱を図る。間合いを離す寸前、相手の切っ先がステラバスターの右手を捉えた。指先が弾けるように斬壊して砕け散る。


「どうした!その程度ではなかろう!」

切っ先をこちらに向けて「手加減は無用だ!」がなり立てるカルラン。

冗談じゃ無い。

打ち合って別れた、というより、からがら逃げ延びた。

右手を潰されちまった・・・くそ、知らねぇ技が多すぎて防ぎようがないぞこれ・・・!

牽制射撃から再びインファントリィSSが打ち込んできた。

「どうせ防げやしねぇんだ!」

防御も回避もTAに任せて、攻撃に専念する。

コントロールを回された途端にカルランの切っ先を装甲の厚い部分で器用に撃ち落として、時折ガン・レティクルや攻撃コースのガイドを出して引き金を引かせようとするマシンに軽く傷つきながらも「ここで負けるよりゃマシか」事務的に、極力冷静に丁寧に、指示通りのタイミングで攻撃をしかけていく。

至近距離の応酬は、長い剣を振り回すインファントリィSSが不利になった。回転速度の速い打撃技と内蔵砲で細かく鋭い打撃を与え続けたステラバスターの前に、次第に隙を晒し始めるインファントリィSSは、再び地面に剣を突き刺した。

「やべぇのが来るぞ・・・!」

ひび割れた地面から漏れ出る光がさっきよりも強烈だ。

回避しようと空へ逃げた瞬間、機体が何かに巻き付かれた。

「動かねぇ・・・?!」

インファントリィSSの左腕から伸びた深紅色の触手がステラバスターを絡め取っていた。

「終わりにする・・・覚悟めされい、ステラバスターのセルク!」

「くっそ、所見殺しが!」

機体をジタバタさせながら空中で活殺されたステラバスターの足下が一際強烈に輝き「大地壊乱薙(ロードランナー)ッッ!!」切っ先に集中させた破壊エネルギーごと砕かれた岩盤が吹き付けられた。

枕の下のスマホを操作して強制終了をかけるより前にモニターがめちゃくちゃに点滅し、今まで聞いたことの無いくらいけたたましいアラーム音がコクピットに鳴り響いた。

「・・ぅぁ・・・っ!?」

次の瞬間、これまで感じた事の無かった強烈な、明らかな死の確信を伴った衝撃に襲われてベッドの中で強かにシェイクされる。このまま粉々になるんじゃないかと思うほどの衝撃と死の恐怖は、背中から打ち付けられる衝撃で強引に打ち切られた。

気絶するか、或いは普通は死んでいるんじゃないかと思う程の衝撃だったが、首元に走った鋭い痛みの後で奇妙に視界が鮮明に、聴覚も正常に動いている。意識もはっきりと、やや冷静に過ぎるんじゃないかと勘ぐりたくなるほど落ち着いていて、俺は再び機体を立ち上がらせる。


軽い振動と共に、映像と音、或いは、コンソール上のダメージ表示から破壊された装甲板が剥落していくのが解った。バリアを突破され、直撃を食らったのだ。それでもなんとか身を残したが、装甲がこのザマでは次はあるまい。

「戦闘薬とか言う奴か・・・ったく、生意気なゲームだぜ」

手足の感覚が妙だ。

痛みを麻痺させているんだろう。

それでも、操縦桿もペダルも動かせる。

「耐えて見せたか・・・しかし、次は無いッ!」

とどめを刺しにこちらへ向かってくるインファントリィSS。内蔵兵器を起動させて迎撃するものの、インファントリィSSは忍者のように断続的に姿を消し、また全く別の場所に現れながら間合いを詰めてくる。

「TAに転移パターンを解析される前にトドメをさす!」

一際大きく転移し、ステラバスターの真横に出たインファントリィSSが剣を振り抜くと抜き打ちで生じた強烈な衝撃波が叩き付けられる。

「・・・っ?!」

機体が痛めつけられたところに、バリア抜きの直撃を食らった。かつてないほど大きく体勢を崩したステラバスターの上体が天を仰ぐようにのけぞり、画面下で地面を砕くあの光が見えた。

「とどめだッ!!」

「ッッ!!」


轟音。

鋼鉄の塊が衝突し、引き千切られ、そして破壊されていくおぞましい音がした。

衝撃で倒れ込んだステラバスターのモニターには、上半身を殆ど喪失したインファントリィSSと


「待たせたな、小僧」


見慣れない、槍状の武器を担いだU・Wのインファントリィの姿があった。


「U・W!ナイスタイミング。死ぬ寸前だったぜ」

「そりゃ良かった。んで、逃げる算段なんだがな・・・」

レーダーに目を落とすと、反応が増えて、しかもこちらに向けて集まってきているのが解った。

「すまん。合流を優先して追っ手を連れてきちまった」

「・・・ふざけんな」

「そうカッカするねぃ。お前さん、そろそろEDCシステムもクリムゾンネイルも使えるんじゃねぇか?」

「だから、両方とも無理だ・・・っ!」

突然、身体の奥底から皮膚へ向けて焔のように痛みが這い上がってきた。言葉にならない酷いうめき声を上げていると「薬が切れたか。さっさと再生せんと、あっちう間に囲まれちまうぞ・・・っと、まだ説明してねぇから強制コマンド使うしかねぇなこりゃ。世話の焼ける奴だ」激痛でかすみそうな意識の中、U・Wの声が聞こえた。

「聞こえてるかどうか知らんが、根性があるなら聞いておけ。今、お前さんのコクピットに外部から強制コマンドを入力して簡易再生装置を起動させた。チューブやらカッターやらが出てきたのが見えるか?」

ウィンウィン音がし始めたかと思うと、チューブやらメスやら電動ノコゴリやら、冗談みたいな機材が這い出してきて俺に迫ってくる。

「う、うぉぉぉぉぉぉぉ・・・・!?」

ブスッというよりドッという感じの身体の芯に響くような音がして、体内に冷たい何かが流し込まれる感触。麻酔だろうか、再び痛みが遠のいていく。その間に、メスとノコギリが俺の身体を切り開き、折れた骨や千切れた筋肉にチューブが入り込んで何かを流し込んでいく。

「うひー・・・衝撃映像」

「おう、文句言える程度にゃ意識を保ててるか。上等だぜ坊や。そいつは肉体再生用の素材だ。アルテナ教の説明はしただろ?そのペースト状の奴はお前さんの肉体が再生するのに使う材料だ。メスやらドリルやらは再生に邪魔なモンを切除する。良い機会だからよく見てみろ、お前さんの砕けた骨や使い物にならなくなった血肉がバキューマに吸い出されていくだろ?デトックスって奴だ」

ガッハッハッハ、と無神経な嗤い声が混じる。

「て、てやんでぇ・・・下っ腹の中性脂肪もついでに吸い出しやがれってんだ馬鹿野郎畜生・・・」

俺はグロテスクなのもスプラッター系も大嫌いだ。

「その意気だ。そいじゃ、ご褒美に良い物見せてやるぜ」

冗談のように急速に回復、復元されていくコクピット。サブモニターにU・Wのインファントリィから映像が回ってくる。

その映像を視て「な、なんだこりゃ・・・」思わず呻く。

全身の装甲を破壊されたステラバスターはまさに半裸といった感じで、大半の外部装甲を失い、手足からは内部の人工筋肉が露出していた。

「・・・いやんえっちー」

「気持ち悪ぃだろ?そのヌラヌラうねってる赤いのがオリハルコンって金属を使った人工筋肉『クリムゾンネイル』だ。そいつはダインの精神に反応して形を変え、性質を変え、時には増殖までする。オリハルコンの人工筋肉にEDCアンプリファイアシステムによって拡張されたダインの精神の波動が伝導されると・・・こうなる」

インファントリィの左手から五指が飛び出し、触手のようにうねうねと動き出した。

「・・・見た目最低の機能だな」

「見た目はな。だが、こいつのお陰でPMは人間の筋肉のように強靱で柔軟な瞬発性を手に入れたし、こいつは使い道次第で、相手を拘束したり、リーチを伸ばしたり、敵の意表を突くことも出来るんだ。使いこなしといて損はねぇだろ」

「どの道、装甲がはがれ落ちて筋肉丸見えの人体模型状態だもんな・・・ッけ、麻酔漬けの脳みそに無茶やらせてくれるぜ」

「無茶ついでに、も一つ跳ねてみろや」

「あぁ?」

「見てろ・・・」

インファントリィが触手を集束させて再び左手を形作ると、今度は手のひらを突き出した。

レーダーを確認すると、ヴーラー家が雇ったであろうPMたちが接近している方角だった。

「・・・阿・煉華(アレンカ)」

インファントリィの手のひらから無数の赤い光線が噴出した。音もなく現れたその光は、空を焦がしながら尾を引いて飛び去っていく。間を置かずに遠くで巨大な光と轟音、更に遅れて大げさなキノコ雲が見えた。

「おーおー、わしもまだまだ捨てたもんじゃねぇなぁ、この後どっかしけ込んで姉ちゃんヒーヒー言わせたろうかなぁ!」

「・・・メガトン級だぜクソジジイ。何だ今のは・・・!」

「今のがEDCシステム。ダインの持っている超能力をPMという巨大な器を用いてスケールアップ、増幅拡張させて発揮するシステムだ。インファントリィSS(エスツァット)も使ってきただろう?」

あの切り上げ攻撃や無数の光弾がそうらしい。

「ヒサシよう、モリモリ再生してる手前ぇの身体を見て、自分でも観念しねぇか?お前さんは間違い無くダインだ。いきなりこうまでやれとは言わねえが、出来ることはやってもらいてぇ状況って奴だぜ、今は」

いつもすっとぼけたU・Wの声に、常ならざる凄みを感じた。戦況は逼迫している。

「・・・やり方が解らねぇ。どうすりゃいい?」

「まずはクリムゾンネイルからだ。EDCアンプを起動させて、ちょん切られて潰されちまった右手を再生させるイメージで、五本の指が生えてくるように念じてみろ」

「・・・右指が、生えてくる・・・?」

EDCシステム、第二段階解放、アンプリファイアシステム、コネクト。不安感。そりゃそうだ、機体ダメージは推定で中破以上。だが、この力強い実感は何だろう・・・そうか、エネルギーが有り余っていて、こいつの機関部は何一つ、どこ一つとして傷ついちゃいねぇんだ・・・戦えるんじゃねぇか、お前。いや、俺のせいで、戦えねぇのか・・・。

ならせめて、しっかり操縦しねぇとな。


イメージ・・・


指が、生えてくる・・・


「・・・」


深紅の触手がうねうねと伸び出し、俺の右手を這い回るような感触と共に次第に手のひららしきものを形成する。なるほど、俺の身体から触手が生えてきて、そいつが自在に動くイメージなのか。身体を覆い、その上に形状や動きをイメージすることで自在に形を変えることも出来る。

「こりゃすげぇ・・・すげぇよ早乙女博士」

「誰が博士だ」

「OKOK、なんかコツが掴めてきたぜ」

「・・・で、そりゃどうやって使うんだ小僧」

サブモニターに映し出されたステラバスターの両腕からドリルとハサミが生えていた。

「ゲッター2じゃねぇか」

「すまん、つい」

「まぁいい。次はEDCシステムだ」

言っている間に、太ももや脛、二の腕から触手が勝手に伸びていき、何かを引っ張り始めた。カメラを回して確認すると、砕け散って剥落した装甲をひっつけて、機体に回収しているらしい。気持ち悪いことに、触手がくっつけた装甲はどろどろに溶かされて新たな装甲として整形されているようだ。

「何これ、超絶便利」

「もともとそういうモンなんだよ、PMってのは。呆れかえる程長い間、延々だらだらしつこくくどく戦争し続けて、そのすったもんだの中でいろんなモンが進化してきたんだ・・・さて、次はEDCシステムの真骨頂だ」

「おう。必殺ビームを出してやるぜ」

身体がぐちゅぐちゅ言わなくなってきた。恐るべき早さで再生し、しっくりくるようになっていく肉体。すげぇぜダイン。

「いいか、火でも水でも風でも雷でも、見た目グロくなかったら何でも良い。凶悪そうな破壊的現象イメージして、手のひらから放射するように念じてみろ、あぁ、手を突き出すのを忘れるなよ?素人は必ずやっちまうんだ」

「何を?」

「後で説明する。とりあえず手を前に突き出してアブナイ現象をイメージだ」

「いえっさー」

所々の装甲を回収、再生、再構築しているステラバスターの両腕を前方に突き出すように持ち上げ、ハサミとドリルの突端に意識を集中する。必殺技っていうより、最早魔法のイメージだが、まぁ、魔法だろうが超能力だろうが機械が脳波を拾えばどっちでもいいんろうから、とりあえず、アニメでさんざん見てきたビーム砲のイメージを練り上げてみることにした。光。集束して強烈な破壊エネルギーになり、限界近くまで集束圧縮されたエネルギーを・・・撃ち


耳元に轟音。

鼻っ柱に衝撃。

モニターに青空。

唇を何か堅いパーツにがっつり。

心はがっかり。

「あーあ、やっぱりこうなっちまったか」

U・Wの飄々とした声を聞きながらステラバスターを起こす。

ステラバスターの両腕は肘から先が無くなって、煙を上げていた。「・・・え?」

「間抜け。エネルギーを集中させることだけ考えて、限界超えて爆発させちまったんだよ、お前さん。バカなの、死ぬの?まぁ、こうなると思って腕を突き出させて本体のダメージを軽減しようとしてたんだけどもな。予想的中って奴だ」

ガハハハ。だって。

「再生させた腕を戦闘中にぶっ飛ばしちまったぞ、どーすんだよクソジジイ!?」

「あー悪かった悪かった。ともかく、腕を再生しちまえ。インファントリィの残骸を使えば手っ取り早いだろう。んで、次は限界超える前にさっさと撃ち出すんだ。いいな?」

「いや・・・なんかあの、集束は出来るんだけど、射出するイメージが掴めないでござるよにんともかんとも」

「射出のイメージってお前、銃とか大砲とかなんでもあるだろうよ武器のイメージが」

「ボク、平和の国から来たからわかんなーい・・・いやマジすまねぇ、ホントにあの、ピストルどころかマッチ擦って火を点けるのも苦手なトンガリキッズなのボクさん」

「クソだな」

唐突に素の声だった。

「おいそこはボケるとかフォローするとかしろよ高齢者」

「なんか想像以上に残念だったもんでな」

「うるせぇ。こっちとら戦争しねぇ武器は持たねぇ暴力にも差別にも迂闊に反対して生きてきたことに誇りをもってんだよ。っつーか、付け焼き刃の闘法じゃ通用しねぇよどーせ。とりあえず飛ばさねぇ方向で頑張ってみらぁ」

我ながら投げやりな提案だったが、U・Wは反論するでも諫めるでもなく「・・・来やがった。死ぬんじゃねぇぞ小僧」そう答えた。

トドだかアザラシの死体に腕を突っ込んで暖を取るエスキモーのように、SSの残骸から両腕を再生したステラバスターの両手両腕に力を纏わせる。蒼白い光が集束し、足下の地面が粉砕されて姿勢を崩す。世界に拒絶されたかのように、ステラバスターの足下から半円状に地面が抉れていき、宙に浮いたようになった機体から無数の触手が伸びて抉れた大地の断面に突き刺さって機体を固定している。

「・・・なかなか素直に動く・・・」

無意識に、口の端がつり上がったのを感じた。

まるで新しい技能を身につけた時のような、出来るようになった高揚感が脳汁ドバドバだして身体中に走って行くのが解る。

解る。

解るぜ。

解ってきたぜ。

「・・・これが、パンツァーメサイアか・・・!」

強靱な触手によって放り投げさせるように空中に躍り出たステラバスター。宙を舞いながら、レーダーが把握している敵機の位置関係が脳に直接流れ込んでくる感触を意識になじませる。

捕捉している敵機体は七機。これでもU・Wのビームが何機か破壊したらしいが、既に陣形を整えて再突入を始めていた。

U・Wが仕掛けたのに応じて、先行する二機がU・Wの方へ引き寄せられるように移動している。後の五機のうち三機が前に出て、こちらに向かってくる。

「・・・そこか!」

ツィンドライブに意識を集中すると、いつもより大きなエネルギーが回され、排出せんとしてドライブが展開して羽のように広がって、更に大きな光の翼を羽ばたかせる。今までちぐはぐだったこの機体の機能が、今はどれも有機的に直結されて、連動しているのを感じる。これなら・・・!

「・・・飛べッ!」

機体に溜め込んだエネルギーを翼から解放したようにして、ステラバスターは今までのどの瞬間よりも疾く飛んだ。




相手の機体に触れた感覚が、操縦桿を握る手に伝わった気がした。

轟音と衝撃。

超音速の弾丸と化して突っ込ませたステラバスターは、U・Wに対応するべく先行した二機の片割れをサーフボードのようにして強引に着地した。地面にめり込んだインファントリィSSのコクピットがあるであろう胸部をEDCシステムで強化させた蹴りで潰す。

「どうだい?ステラバスターは」

聞いてきたU・Wのインファントリィが組み合っていたSSの脇腹に触手を突き刺す。一瞬動きが鈍った隙に、U・Wの槍がSSの胸部をぶち抜いて風穴を開けた。

「・・・こいつはすげぇよ。なるほど、スーパーロボットって感じだ」

SSごとぶち抜かれて潰された右手は、引き千切ってきた残骸を飲み込んであっさり再生されていた。

「さて、ヒサシさんよ・・・残った敵は何機だ?」

「五機らしいぜ」

「上等。前の三機は今までと同じSSタイプ。後ろの二機は・・・どうだ?」

「データベースに照合・・・該当、あり・・・ムーンライト・・・月光師団の主力PM、第四世代相当・・・なんだこれ、俺の読むスピードを越えて頭に直接入ってくるのか」

「そういうこった。で、ムーンライト・タイプの脅威度は?」

「・・・お前らの尺度がよく解んねぇけど、端的に言えば、超ヤベェ、だ・・・インファントリィSSでも苦戦してるのに、ムーンライト・タイプのスペックと戦績はその更に上をいってるぜ」

月光師団と言う、4大大戦期に活躍した傭兵部隊が使っていた主力PMがムーンライトだ。機体性能も脅威だが、参加していたダインの能力が一般的なそれに比べて桁違いに高い。仮に、大戦中の月光師団のようなダインが相手だとしたら、俺に勝ち目は無い。

「ムーラライトはこっちで引き受ける。前衛のSSタイプを潰せ」

U・Wが先行して行く。

インファントリィ。

世界最初の量産型PMの正式採用モデル。

ガルーダ戦役の最後に活躍した史上初のPMインファントリィ・シリーズの生産性や整備性といった要目を軸に量産用に再調整された機体。第一世代の代表的なPMであり、この世界のPMの基本にして原点とされる機体。

「待てよ・・・U・Wはそんな機体で、SS(エスツァット)を倒してたってのか」

ダインの力。

この戦いが終わったら、じっくり鍛錬してみるのも面白いかもしれない。俺は、SSのストラトリンガーを拾い上げると「・・・仕切り直しだ」ステラバスターを発進させた。


暗闇の中、長距離ビームとミサイルが飛来してくる。

ステラバスターとシステムで繋がったことで、この機体にはDRMS(ドラムス)というワープ装置のようなシステムや、サイレーンシステムというSHLCよりも強力な防御装置があることなどが解ったが、使い方は解らなかった。

「なんだっていい!今使えるモノをピックアップしろ、Z8!」

TA『Z8』が把握している戦況から最適な戦術を提案する。

「DRMSで敵戦列の脇に出る・・・?側面を衝けば三機分の集中砲火を浴びながら接近せずに済むわけか。よし・・・やってくれ!」

機体がカムフラージュの為に射撃とミサイルを放出し、転移をしかける。ゲートが開き、飛び込んだ超空間から敵隊列の左側面に躍り出たステラバスターがSSの脇腹にストラトリンガーの混成射撃を浴びせかける。DRMSによる転移攻撃はこの世界ではありふれたものらしく、三機のSSは奇襲に冷静に対応しながら散開した。蒼白い光を集束させて壁を作りながらこちらを包囲せんとして旋回する三機のSSタイプ。

「素人の奇襲じゃこんなもんだよな・・・っ」

力を込めたステラバスターの右足が地面に突き立てられ、地割れが広がっていく。捲れ上がり、砕け散った岩盤が飛んでいき、SSの動きを妨害していく。動きが鈍った一機をZ8が見つけ出してマーキングする。

「足の遅い奴から狙い撃ちしろってか?底意地の悪い奴だ・・・!」

触手数本とベアリング弾による掃射がSSを捉え、バリアジェネレーターが火を噴いたところで「捕まえた・・・!」急接近してコクピットを青い光を纏った抜き手で貫いた。

「まず一機」

違和感があった。

さっきの二人ほど強力なダインが乗っているわけじゃないのか?


逡巡の間に十字砲火が始まる。

「っと、集中集中」

バリアが敵のストラトリンガーの火線を遮断する光の中で、慣れてきて若干浮ついたのか、荒れてきた操縦を反省するようにして、丁寧に、意識的に一つ一つの回避動作をこなしていく。

縦横に走る火線。無数の光弾。

かい潜り、防いで、隙を、反撃のタイミングを探る。

作業をこなしているうちに、色々余計なことを考え始める。悪い癖だ。

単純作業をミスなくこなすためには集中力が必要だが、その間になんだか悪い結果とか、厭な思い出とか、夜中に一人で考えてしまうろくでもないことのように、次次、そんな薄ら暗い邪悪なモノが心に浮上してくる。

「ったく・・・!」

そうしている間に、今回も何か酷く不愉快な記憶が蘇る。

まだ敵は二機も残っているのに、俺の頭は半分、何かを反芻し始めていた。

小さい頃からよく言えば大柄、率直に言って肥満児だった俺は、しばしばからかいの対象になり、それは客観的にもいじめと呼んで差し支えの無いものだった。はずだった。

ともあれ、周囲の人間が比較的まともというか、年齢性別問わず奇跡のように人間が出来ていたこともあり、深刻な目に遭ったことは一度も無い。そしてそれは、俺の正確にも起因することだった。


俺は気も強けりゃ、敵愾心も強かった。

悪口にも嫌がらせにもめげなかったが、反面、些細なことで腹を立てて反撃に出た。

いじめなのか、からかいなのか、相手の子どもがどう思っていたのか、そんな事はどうでもいい。問題は、この俺が、心底傷つき頭にきたという事実。

身体の大きかった俺は足が遅かったものの、喧嘩には負けたことが無かった。しばしばからかった連中を追い回し、その姿が加害者的であると見なされて周囲から批判されると更に暴れ狂った。それは授業中だろうが、夜半に相手の家に怒鳴り込もうが関係無かった。被害者は俺なのだ。報復はすべきだと確信していた。


ある日、いつものようにからかってきた数名の同級生を追いかけ回した俺は、埒があかないと思い、一人に標的を絞って報復を始めた。結局追いつけなかった俺は、授業中に相手につかみかかり、有無を言わせず殴りつけ、首を絞め、投げ飛ばした。どうせ誰も俺の味方などしてはくれない。その時はそう思った。だから、これが最初で最後の復讐と、尊厳の回復を図るための機会だと思って、自分に思い込ませて殴り続けた。

結果、相手の子どもが親同伴で家まで謝罪に来て、俺はおとがめなしでそのまま学校生活を送り、プライドも交友関係もそれなりに保ったまま中学は私学へ進学した。


中学に進学した後もしばらくは、喧嘩のことを教師や親に聞かれても堂々と自分の窮状や相手のたちの悪さをまくし立てる自分を誇らしくさえ思っていた。俺は、正しい生き方をしている。いじめにも嫌がらせにも屈しない。そうさ。みんなに優しくするし、ルールは護る。誘惑にも負けない。だから俺はいつだってクラス委員長だったし生徒会長だったし、いじめてきた相手とだって上手くやっていた。殴り合いになろうが、悪口を言われようが、いつも最後には仲良くなったじゃないか。俺にはいつも仲間や友達がいるんだ。何と素晴らしい人格に生まれついたのだろう、と。


勘違いだった。


今考えると我ながらゾッとする。

ルールを破り、予測不可能な暴力を振るう化け物は自分一人であった。同時に、未だに地元に顔を出したりなじみの店で買い物をしたりする自分は、地域の大人や同級生たちに見逃され、護られていたのである。話が通じない上に独りよがりの正義論のもとで暴力を振るい、その弁解も滔々に、次の日には握手をしてくる俺を、友人達やその親はどんな思いで見ていたのだろう。


苦い思い出にすら、若干の懐古心の甘さが混じっていることに凄まじい自己嫌悪を覚える。

敢えて機械的に必要な操作を続け、火線をかいくぐりながら倒し方を考える。現実逃避。ベアリング弾の残弾数とライフルのエネルギーが残り少ない。交換用の弾倉もエネルギーパックも持っていない状態では、二機をこれで倒しきるのは難しいかもしれない。

脳裏に、頭を下げてきた友人、その最初の一人を殴り倒してボコボコにした自分の姿がよぎった。


しかし、二機のSSの機動性とコンビネーションは素人の俺にはとても捉え切れそうに無かった。間合いを支配され、一方的に撃たれるままになっていると被害者意識と復讐心とが頭をもたげ、その上に更にある種の諦めが冷たく重くのしかかる。現状、連中には追いつけない。追撃も射撃も無駄だ。捕まえられないし、当てられない。

「埒が開かんぜ」

呟きながらも、性器の付け根から下腹部にかけてじんわりと熱を帯びたサディスティックな感情が這い上がり、首元あたりまで質感をもった憎悪がせり上がってくるのを感じる。

「ぶち殺してやる」

俺は、もしかして成長していないのではないか。

冷静になれよ。ゲームを楽しめ。

でなけりゃ、

俺を受け入れてくれた連中に顔向けできないぞ。


ルールだ。どんなゲームにもルールがある。奴らが使っている、従っているルールがある。奴らがあんなにもスイスイと動き回り、一方的に攻撃をしかけていられるのは、奴らがそのルールになじみ、器用に立ち回る術を身につけているからだ。

ルールを看破し、からくりが露見し、わき起こる憤怒。

ふざけやがって。

混濁。

誰もがそのルールを受け入れられると思うなよ?

お前らのルールは、今のところこの俺には不都合極まりない。機体も傷つきゃ自尊心も損なわれている。

頭にくるぜ。

だがよぉ、そのルールを破っちまえばどうだろうなぁ~っ・・・!

まるで無意識に、筋肉が痙攣したような感覚と共に口の端が醜くつり上がる。

Z8が脳波を拾い、何の命令も待たずに俺の脳裏にHRAの法におけるPM戦のルールを流し込む。

「なるほど・・・それじゃあ一つ、白旗というこうか」


二機のPMに対し、俺は投降用の発光弾を揚げた。

バリアを最大限に展開し、足を止めた。

「聞こえるか?これから投降する!」

俄には攻撃が止まることは無かったが、一瞬、明らかに火線が緩むのを感じた。

ステラバスターの装甲はまだ完全には回復していない。オリハルコンの増殖も完全とは言えず、動きもぎくしゃくしている。SSにしても、今のうちに制圧してしまいたいのでは無いか。そう思った。

HRAの万国法における戦闘法に従って、ストラトリンガーを捨て、両腕を下ろす。機体の性能からして、どこまでが武装放棄になるのか解らなかったが、とにかく、白旗を上げて見せなければ。

やがて射撃は止み、代わりに二機のSSがリンガーをこちらに向けたまま迫ってきた。

「投降するというなら、PMから降りて見せろ」

そうくるだろうなぁ。

「無理だ。ここまでの戦闘で下半身をやられてしまった。見ての通り、機体は大破して、コクピットの再生装置も壊れてる。自力で動くには再生に時間がかかる。ハッチも開けられない。助けてくれ」

言うなり、SSの片割れが左腕から触手を展開してくる。

「コクピットハッチを破壊してやる。出来る限りハッチから離れろ」

人道的じゃねぇか。

「解った!」

言いながら、TAに触手の動きを追跡させ、コクピットハッチ付近にオリハルコンの人工筋肉を増幅集中させ、極力バレないようにEDCシステムでバリアを巡らせる。

「今、助けてやる」

ガツンッ

先端をハンマーのようにしたクリムゾンネイルが装甲材を砕いていく。装甲を砕いた上で、内部構造を掘るなり切り開くなりしてハッチを排除して俺を救出するつもりだろう。

ハンマーの打撃音と振動は、コクピット内部には大して響かない。場合に依っちゃ衝撃で殺されるかと思ったものの、先ほどの大技の直撃にも耐えてくれたコクピット内部に働いている対衝撃機構とバリアラインは中々堅牢らしい。

「くそ・・・!流石は伝説のPMだな。堅すぎるぞ」

「そ、そんな・・・見捨てるつもりなのか?!このままじゃ血が流れ過ぎちまうよ!」

「情けない声を出すな!貴様は仲間を殺しているんだぞ。こっちだっていつまでも紳士的じゃあいられん」

ご説一々ご尤も。

「クリムゾンネイルを増やしてみるしかないな」

ハッチをこじ開けようとしていたSSの触手が増殖して太く強靱な腕(かいな)のように変化していく。

「衝撃がきつくなるぞ・・・死ぬなよっ!」

ピストルのハンマーのようにスウェーバックした真紅の腕がコクピットに迫る。

次の瞬間、

ステラバスターから爆発的に伸び出したクリムゾンネイルが、真紅腕を絡め取っていた。

「なっ・・・おいおい、恐怖はわかるが、それでは助けることができないぞ」

紳士的な、人身に満ちあふれた男の声。

騎士様ってわけかいッ。

EDCシステムで操ったエネルギーを、俺はまだビームのように飛ばすことはできない。

しかし、機体の一部であるクリムゾンネイルを絡みつかせればどうだろうか?既に、気の良いSSの全身に寄生植物のように絡みついた触手の感触が、明確、生々しいほどに感じられる。

「大丈夫だ。心配はいらない。いくらチンピラとはいえ殺しはしないさ。落ち着いて、クリムゾンネイルを解くん

一瞬、辺りが真っ昼間に見えるほどの強烈な光と、轟音。

絡みつかれた触手から直接大エネルギーを叩き付けられたインファントリィSSは、膝から上をごっそり吹き飛ばされていた。

「なんということを・・・!」

目前で行われた凶行に上がるうめき声。

そんなことより、あの爆破はまだ調整不足。その方が気になる。

爆発ごと触手が焼き切れ、機体にもいくらかダメージ。触手を大量に発生させた両腕に障害があるようだったが、構っていられない。呆気にとられている、というより蛮行に呆れているであろうもう一機のSSの背後にDRMSで転移すると「うらぁぁぁっ!」絶叫と共にステラバスターの頭部をSSの頭部に叩き付けた。

「ぎょぅッ」

スカした騎士道野郎の奇妙な断末魔が開きっぱなしにしたオープン回線から吹き出して鼓膜にこびりついた。だが、果たしてこれでダインは止まってくれるのか?死んで終わってくれるのか?

乗り手の恐怖に反応するように、ステラバスターが毀れた両腕を頭部から胸部にかけて陥没させたSSに叩き付ける。ダメだ、この腕では有効打にならない。混乱した頭。首筋に鋭い痛みと冷たい感覚。ブスブス射しやがってふざけんなよ戦闘薬。鮮明になる意識と、荒れ狂う感情とが乖離したような感覚。


相手を、斃せ!


しこたまエネルギーをため込ませた回し蹴りがSSを粉砕し、エネルギーを集中させすぎた右足は脛から下がフレームごと砕けて散った。


目の前には、残骸。

再び大破した自機。

「ハッ!気の良い野郎だぜ!偉いさんに雇われてよぉ、大人数でこっちをリンチしてやがったんだぞ手前ぇら!最後まで薄汚ぇクソ蛆ネズミらしくゲスに振る舞ってりゃ死ぬことは無かったんだよ!リンチに加わった癖して中途半端に善人面なんかして自分らは善意無過失、善良正義の一市民様ってか・・・ふざけんじゃねぇぞこのクソったれ馬鹿共がッ!!」

混乱と興奮。

空虚感。

「・・・たかだかゲームだぞ?なに怒鳴ってんだよ、俺は」

自己嫌悪。

その間も、ステラバスターは淡々とSSの残骸に触手を伸ばし、再生を続けていた。

ちょっとメカが嫌いになった。



「終わったぁン?ヒサシ『君』」

通信が入った。

まだ立ち上がることのできないステラバスターのサブカメラで周囲を探らせると、

「女の前であンなもの見せ付けちゃうなンてイケナイ男(ひと)ネ。出てきちゃったァ♡」

見たことの無いPMが立っていた。

大柄の、ファンタジー小説に出てくるオーガだかトロールだかが貴婦人のように着飾ったような異様なシルエットに、見ただけで死と破壊を直感させるような異様なオーラを纏ったその姿。俺の意識に反応して動くポインターが情報を拾い出しつつ解析作業が始まり、Z8のデータベースに該当情報がヒットする。

PMインファトリィ・ゼロ・FS『ヘカトンケイル』。

史上最初のPM、13機のインファントリィ・ゼロのうちの一機だった。

「ユーマさン。ユーラインちゃんが出てきてるわ。ヒサシ『君』を回収してトレーラーまで下がって頂戴」

声からすると、乗っているのはトト。

助かったのか・・・?

「ヴーラー家、本気出して来たみたいねン」

レーダーを確認すると、無数の赤い光点がこちらに向かってきていた。

「お、おいおい・・・こんな数相手にできるのかよ?」

「あれはただの有象無象・・・そんなところかしら」

言っている間に、死体のようになったムーンライト・タイプを引きずってU・Wのインファントリィが近づいてきて「おらよ」クリムゾンネイルでステラバスターを牽引し始める。

ムーンライト・タイプの性能はインファントリィSSより更に上。それを二機も相手にして、屠って見せた。

「嘘だろ・・・」

大槍を背部ラッチに回したU・Wのインファントリィは殆ど被弾の形跡が無かった。

「ムーンライト・タイプが前座とは豪勢なこった。ヴーラー家はお前の正体に気がついたらしい。『野郎』が出てきたぞ。どうするんだ?」

それは、俺では無く、トトに向けられた言葉だった。

「・・・いいンじゃないかしら?昔の男はそろそろ捨て頃。私いま、運命を感じているの」


ヘカトンケイルとすれ違うように、引き摺られていく。

「再生用のパーツとエネルギー、弾薬が準備してある。俺たちはトレーラーの護衛だ、シャキっとしろ小僧」

「・・・もう、何が何だかわかんねーよ」

「ッハ!やっと解ったか?そういう世界なんだよ、ここは」

「金も権力もあるってのは解ったけど、あの機体・・・トトって何者なんだ?」

「・・・あれも一応は女だ。そういうことは本人の口から聞きな」

「あの機体、ヘカトンケイルって伝説の機体なんだろ?」

「ありゃただ古いだけの機体(クラシック)だぜ。この世界で初めて開発された一三機のPMの一つ。ヴァルゲンゼンって、ケチな野郎が乗ってたマシンさ」



「ちょ・・・何これ?!」

ですよねー。

大破したステラバスターを見てキーキー言いながら応急修理作業(急速再構〈ファーストリカバー〉と言うらしい)を始めたユーラインと、それを手伝うベルケ。

「大丈夫ですか!」

身体の方を心配してくれたのはアレクサンドラだけだった。

ともあれ、手には飲み物とサンドイッチみたいな食べ物が入った籠を抱えている。救急箱では無い辺り、俺はダイン扱いされているってことだろうか。ま、実際に外傷らしい外傷も無くなっているのだけど。

「心配ご無用ですよ、群がる敵のロボットを千切っては投げ千切っては投げ・・・控えめに言って、ボクってもう無敵でしたからね」

「チビっては泣きチビっては泣きの間違いじゃないの?!資材だってタダじゃないんだから毎度毎度壊さないでよッ!!あーーーーーッ!なにこのコックピット?!汚ったないわね!!」

ユーラインの怒鳴り声。

「あ、あの・・・大変でしたね」

「・・・面目次第も無い」

気遣いが染みるぜ。


「そいじゃ、行ってみようか!」

応急措置を終えて、U・Wと共に再出撃。

なんだかんだで朝八時だよ全員集合!っつっても、ラズレーのPMも遭わせて、たったの三機。

見晴らしの良くなった荒野に、トトの戦闘を避けてこちらに回ってきたPMやTASが数機、向かってきていた。

大破、中破した機体が幾らか混じっている。トトの戦っているところからは少し離れている筈なのに、どれだけ広域で戦闘を展開してるんだろうか。

「がーっはっはっはーっ!見てみろよヒサシ!あいつらボコボコにやられてんじゃねーかー!」

なっさけねぇのな。

そう付け加えて、妙に豪快に笑うU・W。

しかし、向かってきている敵の数は十や二十じゃ利かない。

ジェネレーターの音や外見から、向かってきているのはムーンライト・タイプらしい。

「・・・マジやばくね?」

「んなわけねぇだろ小僧」

急にけんのんな声を出すクソジジイは「ありゃあレプリカだ。オマケにダインの腕も中途半端。ふざけた真似してくれるぜ・・・」低く唸るように吐き捨てた。

大槍を取り出したインファントリィは「あーあー、陣形までなっちゃいねぇと来た。こっちはトレーラー庇ってたったの三機だ。DRMSで展開して囲めよ馬鹿が。天下の月光師団もああなっちゃ形無しだな。不景気かつ不愉快な絵面じゃねぇか、まったくよ」ドシンドシンと雑に歩き出した。


しかし、その歩みが唐突に止まる。


「こちらにこれ以上の交戦の意図は無い!ヒサシ・コムロ!話がしたい!」


先頭を走るTASはハッチを展開していて、そこには、メシュカリン・ヴーラーとメルセデス・ヴーラーの姿があった。


「私、メシュカリン・ヴーラーは、一時停戦を申し入れる!ヒサシ・コムロ君、そちらはどうか!」

なんだよいきなり・・・って、多勢に無勢。

あんだけボロクソにされて、この数を凌ぎきれるか解ったもんじゃない。俺はU・Wとラズレーに指示を仰いだ。

「賛成だな。消耗戦に持ち込まれれば勝ち目は無いし、トレーラーは既に相手の射程に入っている・・・何より、精鋭部隊を出して来たとはいえ、ヴーラー家全体の戦力はこんなものではない」

「ラズレーの言う通りだな・・・何、だまし討ちならあのおしどり夫婦ごと消し炭にすりゃそれで済むわい」

ぶっそうなことを言われて余計に不安になりながら「了解した。一時停戦を受け入れる。武装を解除して、PMを撤退させてくれ!」とりあえずそう言ってみた。


そうそう上手くは運ばない。

結局、停戦交渉の場所は俺たちのトレーラーになり、そのトレーラーの回りはヴーラーのPMに幾重にも包囲される形になった。

下手なことをすれば俺もろとも、ユーラインやベルケ、アレクサンドラが殺される。

トレーラー内に申し訳程度に備え付けられている応接室に、メシュカリンとメルセデスが入ってくる。護衛は一名。U・Wは外でインファントリィに乗ったまま待機。こちらの護衛は弁護人でもあるラズレーだけだった。人材の厚さが既に不利に出始めていた。

「早速だが、停戦の条件は?」

俺から話を切り出す。

「君たちにドントから、出来れば『殲光』国から出て行って貰いたい」

ユーラインが立ち上がり「はぁ?そんな都合の良いことよく言えたものね!しかけてきたのは、そっち!事務所焼いたのも、そっち!馬鹿息子のケツ拭きどころか、この騒ぎの責任まで押しつけるつもりなの?!」まくし立てる。

「勿論、都合の良いことを言っていることは自覚している。しかし」

メシュカリンはあくまで冷静だった。

「この国の法の安定、社会の秩序を保つためには、司法を無視して暴れ回った君たちを放置して置くわけにはいかないのだ。君たちの存在をこの裁判で許してしまったら、この国は暴力を認めたことになってしまうのだからね。当然、君たちの移動と移住、しのぎに関してはヴーラー家でもできる限り責任を持つ。これ以上、いかなる攻撃も妨害もしないと誓おう。だから、どうか、これ以上、この国を、そして私たち家族を破壊しないで欲しい」

なんだかなぁ。

「言ってることは正論だと思います。私も、今回のイカレた裁判と、その背後の殺し合いには嫌気が射すどころか恐ろしくて仕方が無い。これで事が治まるなら、この国から出て行くのも悪くないとも思いますよ。一市民として。けれどもね、私はもう取引をしてしまったんです。あそこで戦っている白薔薇の悪魔と。あの悪魔は、貴方たちをこの裁判で抹殺することと引き替えに私達に協力しています。この上、私が彼女を裏切ってあなた方と結び、他国へ逃げたとして、どうなると思います?私もユーラインもあの化け物に殺されてしまうでしょう。そして、恐らくあなた方も・・・つまるところ、その条件は筋が悪いのです」

「なら、どうしろというの!息子を殺した貴方に!私たちはどうしたらいいというの、教えてくださいッ!!」

メルセデスが喚いた。

子どもを殺した人間から、訳知り顔でこんな事言われりゃこうなるわな。しかし、それがマズいと思うんですよ、お母さん。

「我慢して下さい」

大声で、はっきりと言ってみた。

「・・・は?」

メルセデスの声は呆気と怒気とを混じらせたものだった。

「我慢して下さい。息子さんを殺してしまった私と、同じ国で生きていくことを、我慢して受け入れて下さい。それで、お互いに不干渉を心に誓って生きていくのです。そうすれば、私達はこれ以上は誓って反撃しないし、トト・ノーレッド、あの悪魔に対してもできる限り、あなた方に害を及ぼさないように呼びかけます。どこまで出来るかは解りませんけれど、それは、あなたの『我慢』に対する私の人間としての誠意だと思って頂きたい」

「無茶苦茶よ・・・!それで、私たちの気持ちが治まると思っているの?!」

「思いませんよ。けれどもね、その気持ち『が』問題なのです。そもそもこの裁判自体、全く不当なものです。アレクサンドラの父親を殺害してミリオンホーネットを強奪したご子息は、更に、アレクサンドラと彼女の店を潰そうとしてきました。アレクサンドラはこの国の法に基づいて護衛として私たちを雇用し、ご子息はそこへ攻撃を仕掛けてきた。そして、私は都市間緩衝地帯において仕掛けられた戦いの中で、アレクサンドラと自分の命を護るために戦い、その結果、ご子息は命を落とした。これが正当防衛でなくて何だと言うのです?」

「息子を殺さずとも済んだ筈でしょう!」

「だから済まなかったんだよ解らねぇ奴だな!!じゃあ何か、俺たちが死んでりゃ良かったってのか?ああ?それがこの国の司法か!どうなんだよメシュカリン先生よぉッ!!!」

啖呵切って睨み付けたメシュカリンは、賢い人間独特の神妙な面持ちでこちらを見ていた。あぁ、コンプレックス。所詮は私学出のチンピラ学者の哀しい性よ。

「君の言うことも解る。息子がしたことの理不尽さも、法曹人として、親として解るつもりだ。しかしね、ヒサシ君。人間は理屈だけで生きているわけではないのだよ。感情が、魂というものがある。そういう部分を無視して、世の公平と秩序とを司る法はあってはならないと、それでは不幸だと思わないか?」

「じゃあこっちの『お気持ち』は誰がどう尊重してくれるってのよ!教えて下さる?!」

ユーラインが悪意全開で怒鳴った。

ラズレーが大げさに咳払いをして「しかし、どこかで線を引かねば、殺し合いが続くだけだ。それは誰も得をしないし、このままではこの件に関わった者は皆、社会の敵になってしまう。どこかで事を納めねばな」そう言った。

「・・・本音を言おう。私はカレルレンの父で、メルセデスの夫だ。家族を護り、家族を幸せにする、不幸にしない義務と思いとがある。それによって生きていると言ってもいい。原告としての私の気持ちは、こうなのだ。だから、公人としての私はこの訴えの不公正さを自覚もしているし、自己嫌悪すらあるが、それでも、命を奪われた息子と、我が子を失った妻のために、してやれることはこれを全うしたい。そう思っている」

「解ります。私の気持ちは、いきなりこちらを殺しにきたご子息への理不尽な怒りと、その親から殺人罪で一方的に訴えられたことへの怒りと恐怖、そして混乱・・・この状況から一刻も早く解放されて、元の状態を回復したい、つまり、誰からも命を狙われたり恨まれたりしない日常を取り戻したい。これに尽きます。けれど、既に事は大きくなりすぎてしまった。あなた方が路傍の石のごとくに扱おうとした小さな一市民であった俺たちは、その無力さ故に悪魔に目をつけられ、つけこまれ、既に絡め取られてしまった。思うに、あのトト・ノーレッドという貴族は憎悪に反応して無限に荒れ狂う自動装置なのです。彼女は私の怒りと恐怖に同化して、か弱い反撃者になりすましてこの争いに参加した。そしてうまうまと反撃者という攻撃権保持者となって、暴力を振りまいてしまった・・・恐ろしいことです。今や当事者である私たちも、貴方たちも、彼女の暴力に逆らう術を持たない。止める術を持たない。憎悪の自動機械たるノーレッドの恐ろしさです」

ユーラインはふんぞり返って両足をテーブルの上にのせると「は!裁判で脅せば平謝りの泣き寝入りするしか能が無い雑魚だと思って見くびって、こっちの気持ちを無視して一方的に事を運ぼうとしたアンタ達が全部悪いのよ!世の中にはね、そういうパワープレイに踏みつけられた人間の憎悪を吸収して利用して、ただただ暴力を振りまくことで儲けたり心から笑ったりできるヤッバい奴らがいるんだから!」そう言うと「私たちはもうおしまいなのよ!!」叫んだ。

大声を張り上げたユーラインの目から涙が溢れる。

「事務所は壊されちゃうし、ドントどころか噂は国中に広がって、私たちの所には依頼も入らなくなってるのよ・・・?オマケにあんな化け物に目を付けられて、これから先、どうやって生きていけばいいっていうの?!私たちの人生はどうしてくれるのよ!」

「・・・やっぱり、どこかで強引にでも線を引きましょう。メシュカリン先生、一人の法学士として指示を仰ぎたい。この状態から、どうにかしてノーレッド家の暴威を押さえ込み、我々の身の安全を保つ法理構成をひねり出すしか最早道はありません」

「ほうがくし?」

勢いで言ってみたけど、俺、法学部卒ってだけで何でもねぇし。今の専門全然別分野だし。

やっべ、超恥ずかしい。

「私の故郷で法にまつわる知識や知恵と、未解決の問題意識、論点を継承した入門者をこう呼びます」

物は言い様。

「なるほど。君の言には賛成する・・・しかし、具体的にどうすれば・・・」

「ちょっとお待ちになって!そんなことで、こんなことで済ませてしまうのですか?!」

メルセデスが食い下がる。

もういい加減にしてくれよ、この場にいる全員が腸のどこかしらが煮えくりかえってんだから。

「お腹を痛めてお産みになった子が殺されたのだから、その心境は察して余りあるものがあるのでしょうね。ですが、だからといって他人の痛みや理不尽に優先して解決しろというのは、不公平です。そんなことばかり言っているから、きれい事や理想論を言っているつもりがいつの間にか怨念ばかり生み続ける羽目になる。ああ、いや・・・」

口ごもった。

そうじゃない。言うべきことはそんなことじゃないんだ。

違う。俺が今、この夫婦を見て、実際に姿を見て、声を聞いて、感じて、その上で言おうとしているのは、弁解でも相手の論理矛盾を衝く言葉でも無くて・・・。


「すみませんでした。謝ります。息子さんを殺すべきじゃなかった。酷く間違ったことをしてしまいました・・・申し訳ない」


自分でも信じられないほどに、なんだかとっても素直な言葉が出てきた。これがその場しのぎの嘘だったなら俺は立派なサイコパスだろう。メルセデスは一瞬、今までは明らかに違った黙り込み方をしたが、やはり、腑には落ちないようで再び口を開く。

「・・・そんなことッ!今更そんなことでッ!!」

「メルセデス!」

メシュカリンがメルセデスの頬を張った。

あまり掃除されていない薄汚い床に大げさに倒れ込んだメルセデスは、頬に手を当てて、信じられないといった表情でメシュカリンを見上げる。

「そこまでだ。もう十分、私たちの気持ちは通じた。だから、こんなにも激しく抵抗、反論してきたヒサシ・コムロはこうして素直に非を認めてくれたんじゃないか・・・!」

メシュカリンがこちらを見た。

目が合って、ここまで拗れたこの事態を納めたいと心底思っている、ある意味では同士でもあるこの男の気持ちが幾分か解ってきている自分に気がついた。

息子を殺されて傷つき怒り狂っているメルセデス、息子と妻を思う夫としての心情と公人としての矜持に懊悩し続けるメシュカリン。最初から、頭じゃ解っていたつもりだったが、目の前で、直接対面してその声を聞き、みっともなく感情を発露してのたうち回っている姿を見ると、何だかこう、相手の気持ちが染みいるように解った気がする。

それは、知識としての、情報としての感情とは違ったもので、多分、共感とかいう類いの、人間として構造的に客観視し得ないものなんだろう。そうなった相手の痛みは、無視できない。


ああ、なんかそういうことかもしれない。


俺たちは条件を摺り合わせる為に、本格的な停戦を決め、メシュカリンはPMを撤退させた。

そのまま、俺はラズレー、メシュカリンと共にこの一件の着地点とその為の法理構成をでっち上げるために数日間、頭をひねった。


裁判は、和解という形で決着がつき、俺は不起訴になった。

焼けてしまった事務所はドントから撤退が決まり、ユーラインとベルケはブーブー言いながらも、アレクサンドラの助けもあって別の街で商売を再開しようとしている。メルセデスとはあれから一言も口を利いていないどころか、彼女は裁判にも顔を出さなかった。代わりに、メシュカリンとは幾らかやりとりがあり、その中で、俺は改めて謝罪をし、人知れずカレルレンの墓前に頭を下げに行ったことも伝えた。


ノーレッド家によってその立場を奪われたことで立場を無くし、また自らを顧みて司法の現場から引退すると言っていたメシュカリンとの最後のやりとりはもう数ヶ月も前になる。彼から送られた辞書と法典は、トレーラーの居住スペースに置いてあり、たまに見返す。

何かを悟ったように手紙と本を送ってきたメシュカリン・ヴーラーは、数日後、妻と共に何者かに惨殺され、その後の嵐のような連続殺人事件によってヴーラー家は地上から消えて無くなった。一連の事件から、更なる暴力に巻き込まれることを恐れて極端に出席者の少ない葬儀に参加した俺は、形見になった法典をきつく抱きしめるようにして参列者の噂話を聞いていた。


恨みを買っていたのは、俺たちからだけでは無かったのだ。



HRA.E.2099 王導の第十五星の、出来事


第5話「裁き(リベンジ):トト」おわり


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『エイリアン戦記~或いは、かつて、勉強ができたぼくたちへ~』 @Nes

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