番外編 パンツァーメサイア戦記1 リーン・エチカ


平均全長約18メルク、平均総重量約1.3トレン、動力源プロミネンスエンジンから生み出される特大出力と、ナノキネシスメタルに電気的刺激を与えることで躍動する人工筋肉繊維、超硬度を誇りながら軽量で更に加工し易いノイホージュクロムで削り出された人工骨格(フレーム)を持つ、人造巨人。

プログレスセンチュリー(以下、PC)世紀の始まりとなったエスカレスタ100年戦争の終末期に登場し、伝説的な活躍で戦争を集結に導いた13機のインファントリィ・シリーズをその鏑矢とするこの戦闘機械を、鋼鉄の救世主「パンツァーメサイア」(以下、PM)と呼ぶ。



パンツァーメサイア戦記


case.1 リーン・エチカ


破壊されたパンツァーメサイアのハッチを開けながら「これで何度目?」ため息交じりに呟く。

パイロットは衝撃で内蔵をやられたらしく、酷い顔をして死んでいた。

ここは荒涼とした比較的視界の開けた場所で、地盤も固い。奇襲や地の利を活かした戦いは通用しにくい。背負っていたバッグから専用の機材を取り出し、機体のコンソールにつないで戦闘記録を確認すると、この機体が馬鹿正直に決闘を挑んで返り討ちにあったらしいことが判り、またため息が出る。

「『百人殺(ハンドレットスター)』クリストフでもダメか」

クリストフの死亡証明に必要な簡易手続きを行い、システムを一部書き換えてパンツァーメサイアを起動できる状態にする。別のマシンを使って回収用の大型カーゴに収容させると、回収作業の終了を騎士団に宣告して、クリストフの死体を引き取りに来させた。


「これで何度目だ?」

騎士ラズレーが渋い顔をした。統一騎士団は治安維持と共に、簡易な司法機関としての機能も果たしている。ラズレーとはそれなりに長いつき合いだが、ここのところ、特によく顔を合わせる。

「君についての良くない噂も聞くようになった」

「死神リーンって?冗談じゃ無いわ」

ここ最近、私がPMを売った客たちが立て続けに同じPMに撃破されて死んでいた。把握している限りで、クリストフで34人目になる。


PMは超高額商品であるが、所有者の戦死や引退等を譲渡契約の解除条件として、格安でPMを販売する「解除条件付き譲渡契約」によって市場に流通するようになっていた。


私も含めたスカベンジャーは、PMをサルベージ、レストアして販売する。通常契約で売ることもあるが、解除条件付き譲渡契約が有る場合、今回のようにオーナーが戦死すれば、PMの所有権は私に戻ってくる。たちが悪いことに、私がPMを販売した相手を撃破して回っているのは、かつて私がPMを販売した相手だった。結果、世間では、私が売りつけたPMを狙って撃破させ、契約を利用して機体だけ回収して『再利用』する、悪どい商売をしているという疑惑が浮上する。死神リーンなどという不名誉なあだ名が出てきたのもその為だった。


私は疑いを晴らすため、自分でダインを雇ってそいつを倒すことにしたが、それも『百人殺』クリストフで4人目。キルマークに付ける星が百を超えたことで有名なクリストフでも勝てなかった、殺されてしまった今となっては、自分で打って出なくてよかったと思うくらいだ。どうやら私は、とんだ殺人鬼にPMを売ってしまったらしいのである。

「さしもの『ストームブリンガー』も今回はお手上げかね」

「そっちの名前は廃業よ」

「悪いことは言わん。騎士団に戻れ。君の中隊もそれを望んでいる」

「今更戻れないわよ。それに、まだ捜し物は見つかってない」

「君は選ばれた存在だ。それなりに責任もあると思うがね」

「私は選ばれるよりも選ぶよりも、探していたいの。そっちのほうが自由だし、夢があるでしょ?」

「・・・相変わらず頑固だな。まぁいい。わしにしてやれることはあるかな?リトル・エチカ」

「もう!保護者ぶらないで。私は独立したんだから・・・でも、今はそんなこと言っていられないわね。このままじゃスカベンジャーを続けられなくなってしまう。それじゃ捜し物もままならないわ」

「やけに素直じゃないか。では、お嬢の殊勝に免じて一つ情報を提供しよう。最近、ドント近辺のコロシアムで鳴らしたルーキーの話だ」

「ルーキー?そんなのにPM売ってけしかけたら、今度こそ私は犯罪者よ」

「それが、このルーキーがくせ者でな。口で説明するのは難しいが、乗っているPMの名前でお前さんには十分解って貰えるだろう。奴の機体の名前は・・・」


ステラバスター。

六英雄「殲(滅する閃)光」の専用機。ヘキサレイアクト(この世界)における伝説の機体の一つだ。

かつての戦闘で、後の戦三紋「赫紋」で「血祭り(マサカレイド)」ヴィジータ・フォクスターに撃墜されて廃棄された筈の機体だった。

「でも、六英雄級のダインが乗っている保証はあるの?」

「戦力としては正直、まだまだだ。だが、妙に古い闘法を使うのが気になってな。あれは六英雄戦争時代のPM闘技(パンツァー・ブーム)だ」

「ルーキーなんでしょ?」

「師匠がいるんだろうな。かなりのベテランだろうが、ダイン(おれたち)は老衰どころか老化するのかもあやしい。死ぬとしたら戦死なわけだが、そんなダインが長生きするってのはつまりどういうことだ?」

「戦って生き残ってきた猛者。なるほど。ルーキー君よりも、むしろその背後にいるベテランが狙い目ってことね」


傭兵登録コードΔ893。

マネージャーのユーラインという少女が出てきて、お金の話だけで依頼は簡単にまとまった。ステラバスターは先日の一件以来、半分お尋ね者扱いになっているところを、ツーボウ商会の用心棒として匿われている。統一騎士団から回された依頼を達成することは、彼らにとっても世間的な名誉を恢復する機会になる。私も、自分でPMを売りつけた相手ではないΔ893に討伐依頼を出して成功したとなれば信用回復にもつながる。お互いに利害が一致したといったところか。


事務所に訪ねていくと、緑色の髪をした女の子とさえない感じの中年男が出てきた。

「リーン・エチカさんね。私がマネージャーのユーラインよ」

女の子が名刺を渡してくる。

「そちらがステラバスターのダイン?」

「そうよ。うちの専属ダイン、ヒサシ・コムロよ!」

ユーラインに胸を張って紹介された男は「どうも」面倒くさそうに挨拶をした。なんだか隙だらけだ。

「スカベンジャーのリーン・エチカよ」

握手を交わしつつ「・・・あなた、本当にステラバスターに乗ってるの?」ヒサシの目を見る。

「まぁな」

弱そう。

「ふぅん・・・まぁ、大丈夫でしょ。ステラバスターのスペックなら、スプリガンがどんなに頑張ったって破壊することはできないし、今回は私も出撃す(で)るから」

「あんたも出るの?おいおい、大丈夫なのか?おじさん、素人みたいなもんだから、味方に気を遣いながら戦うとかまだ無理よ?」

中年男がひょうきんぶっているのはいつ見ても虫酸が走る。それにこいつは、自分と目の前に居る相手の実力差すら見抜けない。恐らく、っていうか、もう確実に弱い。どうしよう。

「スプリガンって、相手のPMの名前?聞かない名ね」

ユーラインが端末を操作しながら質問してくる。相手の戦力を把握するのは基本中の基本だけど、今更聞かれてもねぇ。

「そうよ。スプリガンは第一世代発展期にあたるPMをベースにしたカスタム機。ワンオフだけど、ディアブロ・フレームは設計が特殊でね、殆どの流通品を換装できる。換装による戦術的弾力性、地面や床の有る場所での粘り強さには定評があるのだけれど、いかんせん機体自体が古すぎて、ハッキリ言ってポンコツの類(たぐい)ね。あなたたちのステラバスターが本物ならキズ一つ付けられない筈よ」

「要するに、SHLCスクリーンやEDCフィールドを突破する火力もパワーも無いってことか。なんだ、楽勝じゃないか」

「おあいにく様。ここのところ、第三世代相当のPMで討伐に出た連中が立て続けに返り討ちにあって殺されているわ。スプリガン(あんなポンコツ)で性能の差を覆したPMドライバーは相当強力なダインと見るべきね。あなたじゃ到底勝てない」

ヒサシは流石にムッとしたよで「じゃあなんでオファーなんか出したんだよ?」聞き返してきた。

「盾よ。ステラバスターのズバ抜けた防御力を使ってスプリガンの攻撃を防ぎつつ、私がとどめを刺す」

「おじさん、毎度毎度かっこいい役回りばっかりでうれしくなっちゃうよ」

「ところで、あなた、誰から戦闘を教わったの?PMの戦いを見せて貰ったけど、あの動きは相当古いものよね?統一戦争期に初代『赫紋』アルティ・マルケトゥークが編み出したといわれる戦い方に似ているわ。私としては、それを教えたダインに仕事を頼みたいのだけど」

「ああ、U・Wのことか。あいつに仕事頼むならゼロが三つも四つも足りないよ。なにせ、インファントリィとかいうド旧式機でステラバスターが手も足も出ないからな」

「・・・U・W・・・ね。解ったわ。それについては諦める」

超一流のダインの契約金は大概法外で、おそらくU・Wというダインもそうなのだろうけど、今の私の持ち合わせではとても捻出できそうにない。けれど・・・弟子が殺されたら黙っていられるかしら?ここは、素直にさえない中年男で我慢するのが正解ね。


二日後、私たちはスプリガンに挑戦状をたたきつけた。

PMによる決闘は、傭兵の名声を高め、より良い待遇を得るためのアピールとしてしばしば行われる。スプリガンは、ドライバーの名前ではなく、死神のように思われはじめているその機体名を通り名のようにして、最初は挑戦者として他のPMと戦い、屠っていったが、やがて追われる側に回るようになると、逆に返り討ちにしていき、一気に高額賞金首としてその悪名を高めることになった。

「ったく、人様がつけた名前、組んだ機体で好き勝手やってくれちゃってさ」

ひとりごちると、通信回線の接続要請が入る。

「へぇ、そいつがあんたのPMか」

強面のマスクに張り出した肩アーマーが特徴的な、スパルタンな体型(シルエット)をした軽装のPM、ヒサシのステラバスターから通信が入る。私のPM「ロズヴァイゼ」は騎士団時代の私の機体を出自がばれないようにカムフラージュした代物で、EDCシステムは勿論、精神感応金属(オリハルコン)による人工筋肉とクェーサーエンジン、主力推進装置にツィンドライブを装備し、オリハルコンを用いた自己増殖触手クリムゾンネイルを実装している第三世代後期型に分類される高性能機だ。大きな角を持つ骸骨のような頭部と大昔の騎士の甲冑のような装甲レイアウト、飛び道具はオプション以外では装備せず、実剣と盾を主装備とする白兵戦仕様である。

「ロズヴァイゼよ」

「ほそっちぃな。ぶっとばされないでちょ」

あんたがね。

無駄口を叩いていると、D2センサーに反応が出た。

視界に入ったところで、お互いに識別信号を出す。これは決闘のマナーだ。

カーゴを操縦するユーラインから「スプリガン・・・どうやら本物らしいわよ?」通信が入る。続いて撤退信号が出されて、カーゴは戦闘の危険を避けられる場所まで下がっていく。

「んじゃ、始めますか」

ステラバスターが前に出て、フィールドを展開する。時折、その領域を可視化するほど強烈なバリアラインが展開されている。性能は本物らしい。

「ヒサシ、悪いけど、戦闘が始まったらあなたを庇いきれない。全力で盾として振る舞って貰うけど、危なくなったらお逃げなさいな」

私の剣の間合いに入ったスプリガン。

ダウンフォームの効いた特殊フレームに曲面主体の装甲で身を固めた、亀を思わせる機体デザインは確かに覚えている。私が最初に売ったPM。ロズヴァイゼをカスタムした残りの予算で買ったおんぼろをなんとか売れるところまででっち上げた代物だったけれど、まさかこんな化け物になってしまうなんて。

「な、なんだよそれ。おじさんに年上ぶるってのはちょっとエロすぎないか?」

「この後に及んで冗談とはね」

ステラバスターがフィールドを強ばらせ、構えを取る。

私はペダルを踏み込み「はじめるわよ!」後方から打ち込みをしかけた。

こちらに気づいたスプリガンがアサルトライフルを構えて迎撃の姿勢を見せるが「甘いっ!」ディバインロードメイキングシステム、DRMS(ドラムス)を起動させてロズヴァイゼを短距離空間転移(ショートジャンプ)させる。コマ落としのようにスプリガンの真横に躍り出たロズヴァイゼの打ち込みが「!?」スプリガンの分厚い手甲に弾かれる。

「私の打ち込みが・・・っ」

思った以上に強烈な打除(パリィ)。機体のパワーというより、タイミングがドンピシャだったらしい。弾かれた剣ごとロズヴァイゼの右腕が大きく開く。懐を晒してしまった私は盾による殴打でカバーを入れようとするが、スプリガンはそのまま小柄な機体の肩を入れ込み、ショートブーストで体当たりをかましてロズヴァイゼをはじき飛ばした。

身体が粉砕されるかと思うような強烈な衝撃が正面と背面から。空が見える。地面にたたきつけられたらしい。マズい。立て直す前に、モニターにはスプリガンのライフルの銃口が広がっていた。

「小型は攻撃サイクル(回転)が速いから嫌いなのよ・・・ッ!」

EDCフィールドとSHLCディフェンスを全開。スプリガンのアサルトライフル程度なら防げる。その間に立て直さないと今度は力尽くで破壊される。

「おいおい!大の男を無視かよ!」

妙な台詞と共にステラバスターがスプリガンに襲いかかる。

「馬鹿ッ!敵う相手じゃないわよ!」

「わかってらぁッ!」

どうせ撃っても当たらないのは流石に理解出来ているのか、事もあろうに徒手空拳でスプリガンに向かい合ったステラバスター。

「EDCシステム、動いてくれや!」

EDCシステムを展開したステラバスターが力場で間合いを拡張しながらしかける。しつこいくらいの多重フェイントから慎重に間合いをつめて稲妻のようなジャブ。スプリガンの手甲がガードを上げるより一瞬速く、拳をねじ込む。ため込んだエネルギーを高速でたたきつけられたスプリガンは抜けた衝撃で背面の装甲を吹き飛ばしながら僅かにのけぞった。

「でぇっ堅ぇ!?」

「上手い、衝撃を地面に逃がした・・・!」

スプリガンのフレームは、拡張性に富んだツバレイ作のZフレームの一種で、走破性や接地性に優れ、大火力の携行や地上戦に優れたディアブロ・フレームを使用している。特殊なサスペンションを複数種装備し、衝撃を地面に逃がす機能も他のフレームより優れている。スプリガンのドライバーは格上の機体であるステラバスターの打撃の直撃を、サスペンションの特性を活かした機体捌きで見事にいなしていた。

「迂闊に手を使っちゃダメ!マニピュレーターが潰れるわよ!」

「んなこと言ったって、ジャブより速い拳なんかもってねぇよ!?」

ジャブの引き戻し際に数発の打撃を貰ってよろつきながらステラバスターが出力に頼ったショートブーストで強引に間合いをとった。


「お、おいおい・・・ポンコツじゃなかったのかよ・・・?」

ヒサシがうわずった声をあげる。

無理も無いわね。素人じゃ。ともあれ・・・

「あなた、見かけによらず落ち着いてるわね。それなりに修羅場をくぐってきたってことかしら?」

「まぁ、大分しごかれてるからな」

しごかれてる・・・U・W。冗談抜きでそっちを呼んだ方が良かったかしら。

言っている間に「いくぞコラ・・・!」ステラバスターが更に力を解放するようにEDCフィールドを強める。機体外に放出したエネルギーを器用にスプリガンの回りに飛ばし「オール・レンジだコラぁッ!」ランダムに叩き込む。スプリガンが無数の光弾を防ぎ、避けている間に「だっしゃぁっ!!」ステラバスターが地面を砕いて消える。

超出力による強引極まりない力づく瞬間移動による跳び蹴りが、オールレンジ光弾で影縫い状態になったスプリガンにもろに突き刺さる。一瞬速くブロックされたものの、機体そのものを大砲の弾にしたようなステラバスターの跳び蹴りはガードごとスプリガンを吹き飛ばした。

「どうだこの野郎!」

揚言と裏腹に、超速で更に間合いを詰めてスプリガンに追い打ちをかけるステラバスター。地面を粉砕し、衝撃波と爆発音。超短距離のジャンプ一発で音速を超えるか。縮地(グラッツィディスタンツァ)。つくづくとんでもない機体ね。

そのステラバスターの超性能から繰り出される乱打攻撃をしのぎつづけるスプリガン。普通ならスプリガンは一瞬で粉微塵にされている威力。一体どれだけのドライバーが乗っているのかしら。しかも、スプリガンは次第にステラバスターの攻撃を捌き始めている。

「攻撃パターンが読まれ始めてる?!なんて学習能力なの・・・っ」

しかし、ステラバスターの強引なソバットが不意に決まり、ガードごとスプリガンがぶちぬかれて倒される。

「・・・あいつ・・・っ!」

スプリガンは接地を利用したいなしをこなしていた筈。筈だった。しかし、周囲に光弾を発生させたステラバスターは、スプリガンの足下の地面を砕いていた。足場を喪ったスプリガンにソバットを叩き込んだステラバスターは振り抜きのソバットにありったけのエネルギーを込めて、スプリガンのガード上からギロチンのように地面に叩き付けた。

地面を丸く陥没させ、粉砕しながらバウンドしてきたスプリガンに「喰らいやがれ!」機体全身の人工筋肉(オリハルコン)をしならせて作り出したエネルギーを込めた打ち下ろしの手刀を叩き込む。

しかし、

強烈な手刀の直撃を受けた筈のスプリガンは着地しており、代わりにステラバスターが地面から引っこ抜かれて宙を舞っていた。

「カウンターをもらった!?そんな馬鹿なことがあって?!あの技は・・・!」

「う、うわぁ?!」

着地する前に数発の乱打を浴びて地面に転がされたステラバスターが、アサルトライフルの射撃に炙られるようにして引き下がってきた。

「だ、ダメだ・・・やっぱり歯が立たないぞ・・・!?」

「あなたにしては上出来よ。スプリガンにもダメージがあったわ・・・そんなことより、あなた、今の技、何をしたのか解ってる?」

「ああ・・・U・Wから教わった技だったんだけどな・・・ダメだ。まだ上手く決まらねぇや」

「今のは剣撫(タンツェスパーダ)、六英雄「殲光」の剣技(パンツァー・ブーム)よ・・・あなた、いや、あなたの師匠、一体何者なの?!」

「それが酷ぇ奴でよ・・・っと、答えてる暇は無いらしいぜ」

スプリガンが亀のように固めていたガードを解き、アサルトライフルを腰だめに構え、姿勢を低くした。足下の大型コンバットホイールがうなりを上げて地面をこすり上げ、左腕にEDCフィールドの青白い光がシールドのようにも大きな刃のようにも可視化されて展開される。

「スプリガンのドライバー、タンツェスパーダであんなに的確なカウンターを取ってみせる・・・!六英雄のパンツァー・ブームを知っていなければ出来ない芸当よ!」

「よく解らんが、奴さん、攻めに出るらしいぜ・・・?悪いが、フォロー頼むわ」

それまでのトーンより一段低く、唸るように言うと、腰のラッチからサブマシンガンを取り出し、肩からマウントしたバックラーシールドを取り出すとステラバスターがツィンドライブを起動した。軽い起動音と共に浮遊したステラバスターは何かに弾かれるように低空ダッシュで旋回してスプリガンの側面を狙うように動き出す。スプリガンはローラーの付いた足をスケートのように踏み換えながら高速走行と方向転換をこなして射撃戦を展開し始めた。

私もツィンドライブを起動させ、ロズヴァイゼでスプリガンにプレッシャーをかけるように接近する。

「あいつめ・・・射撃がおそまつすぎる!」

酷くアバウトな火線はスプリガンの軌道をまったく押さえ込めない。シールドでプレッシャーをかけつつ、実剣での攻撃を狙っていく。手甲を装備した腕を切り落とせれば、相手の防御力は半減する。ならば、攻撃に出た今こそ好機だ。

「と、その前に・・・ちょっと!その酷い射撃を今すぐ止めて頂戴!近づけないじゃないの!」


ステラバスターにマシンガンをしまわせ「元騎士団とて、剣技(つるぎわざ)には矜持がある!」力尽くで間合いをつめていく。私の攻撃は相変わらずスプリガンに当たらない。けど、なんとなく理由が見えてきた。こいつ、統一騎士団の騎士を何人も相手にして、太刀筋を見切っているんだ。だから、私の剣が通用しない。反面、ステラバスターの、ヒサシの攻撃は数発がヒットしている。

「古式闘術(エイシェント・ブーマ)はまだ学習してないってわけ・・・でも、長びくとまずい。結局は見切られて攻めきれなくなる・・・!」

ヒサシ・コムロは下手くそもいいところだ。けれど、スプリガンのドライバーが学習していない攻撃を幾つか持っている。オマケにステラバスターの超絶出力。これが直撃すればスプリガンを破壊することだって出来るはずだ。後は「私が動きを止める・・・!」反撃覚悟で強引に間合いを詰め、剣を繰り出す。

複雑なフェイントを織り交ぜて繰り出した筈の一撃。

精密機械のような正確な動きであっさりと打ち落とすスプリガン。

しかし、剣を捨てたロズヴァイゼの手、その五指が付け根から伸び出してスプリガンの腕を絡め取る。

「獲った・・・ッ!!」

スプリガンの腕から肩にかけてがっちりとロックした深紅の触手が青白く発光したかと思うと「雷牙ァッ!!」ゼロ距離ぶち込みのプラズマ破断によって一瞬その動きを硬直させる。

クリムゾンネイル。

オリハルコンの特性を利用した、高位ダインとEDCシステムの組み合わせによって実現する触手兵器である。

触手を切断しようとライフルを向けてくるスプリガンに「させるかッ!」シールドバッシュを叩き込んで妨害する。盾を弾きながら右肩による当て身を喰らわそうとするスプリガン。盾を捨てて更に左手のクリムゾンネイルで拘束するロズヴァイゼ。

「うぉぉぉぉぉぉっ!!」

絶叫と共に、体中の力を絞り出す。EDCシステムが私の力を拡張して、触手がさらに力強くスプリガンを締め上げる。

安物のコンポジット装甲がひしゃげ、割れ、砕ける。いかに超反応、超精密操作で攻撃をかわそうが、機体の物理的な限界はどうしようも無い。「うらぁぁぁぁぁッッ!」

全力で締め上げたスプリガンの足が、地面から離れた。

これで、ディアブロ・フレームの特性を活かしたいなしも両腕の手甲を用いた防御もできない。活殺だ。


「今よ!ステラバスター!!」


ステラバスターは既にスプリガンの背後に躍り出ていた。

「逃がすんじゃないよ?これ外したらおじさん、泣いちゃうんだからして!!」

そのまま、全身を反らせ、捻り上げ、そのバネを総動員して全身で放つ手刀の一撃「タンツェスパーダ!」を打ち下ろす。

EDCシステムとクェーサーエンジン、試作型ATPコンデンサーが生み出す強烈なエネルギーを纏って打ち下ろされた手刀は、空間を焼き焦がして巨大な残光を残しながら、スプリガンを背後からえぐり取るようにして、文字通り叩き斬った。

鋼鉄が引き裂かれ、粉砕されて引きちぎられるこの世の終わりのような音がして、衝撃でフレームを破壊され、パーツを砕け散らせながらスプリガンは沈黙した。


「か、勝った・・・・!」

思わず呟いていた。

スプリガンは崩れ落ち、既に動かなくなっている。

私はヒサシにステラバスターでスプリガンを見張るように指示を出すと、ロズヴァイゼを降りてスプリガンのコクピットハッチを探った。

「一体どいつが、こんな真似を」

臨戦態勢でハッチを開く。

いずれにしても、機体背面をえぐり取られるように大破させられたのだ。パイロットがダインだとしてもすぐには動けないはずだ。


ハッチが開く。

「・・・!」

コクピットは無人だった。咄嗟に調査用スコープを取り出して中を探る。サーモスコープの反応からして、人が居た形跡はない。すかさずコンソールに機材を接続して、マシンの状態を確認する。

「何よこれ・・・ドライバーが登録されていない・・・?EDCシステムが動いていたのに?」

いや、思い当たる節はある。EDCシステムを動かすため、精神波長やイメージのパターンをあらかじめTAに登録しておく技術は大戦中に開発されている。だが、あんな超反応を見せるTAなぞ聞いたことはない。

「無人機・・・いや、そもそも私は誰にスプリガンを売った・・・?」

私がスプリガンを販売した相手。代理店を経由して販売したものの、販売先のデータは残っている。ダインならば空間転移も不可能では無い。といって、ステラバスターのロズヴァイゼのセンサーから逃れられるわけは無いのだけれど。

「インコグニート。インコグニート・・・偽名野郎(インコグニート)!!!」

ふざっけんなッ!

コンソールに拳を叩き付けると「おぅおぅ、荒れちゃって。それどうやって鯖の味噌煮を作るの?」正面、コクピットハッチにヒサシが立っていた。

「なにをしているの?!警戒していなきゃダメじゃない!」

「誰も居ねぇよ。もうユーラインも来たしな」

ヒサシが頭をかきながらかったるそうに「どれ、お宅拝見」コンソールに触れる。

「この吹き抜け、朝日が直接入ってくるようですね~」

訳のわからないことを言いながら「とーきどきー遠くを見つめる不安そうな貴方のよーこがお~♪」鼻歌交じりに機材を操作していくヒサシ。

「あなた、マシンに詳しいの?」

「いや全然」

あ。

気がついた時にはヒサシを張り倒していた。

気絶しているヒサシを尻目に、起動音がして、コンソールとモニターににわかに光が走り、スロットから一枚のディスケットが排出される。

『ピグマリオプログラムの完遂を確認。オーナーの生態情報をインプット完了。爾後、本プログラムは投機を撃破したダインをオーナーとして稼働します』

「これは・・・この機体のTA?一体誰がこんなプログラムを」

『当プログラムは、TA65番3号機により自動生成されたTA「メフィスト」の保育、及び適任者への引き合わせのために、TA65番3号機により仮設された移行プログラムです。リーン・エチカ、「メフィスト」はそちらの男性をオーナーとして選びました。どうか、その男性にこのTA「メフィスト」の利用をお勧め下さい』

「65番・・・思い出したわ。二代目『白紋』第一期六英雄『殲光(シャイニング)』のシャイン・クローバー、初代『黒紋』第三期六英雄『太戦(ビッグバトル)』のイオタ・ロードレオン、そして、三代目『赫紋』『血祭り(マサカレイド)』のヴィジータ・フォクスターの手に渡った、この世に三機しかない伝説のTA・・・!そうか、確か、65番はそれぞれ、TA自らが所有者を選んだというけれど・・・こういうことだったの・・・!」

そして、このディスケットは、その65番のうちの一機が自動生成した新たなTA・・・「メフィスト」。このプログラムは、スプリガンを購入した後、自分でどこかの整備工場のプログラムに侵入して、TAを上書きしたのだろう。私がガラクタからでっち上げた機体に突っ込んだ中古のTAの中に忍び込み、手当たり次第に暴れて「メフィスト」の所有者にふさわしいダインを探していたのである。

「一つ聞くけど、このスプリガンの、元の所有者は?」

「初期の戦闘において機体の負荷に耐えられず死亡。本機は「メフィスト」のオーナーを探す必要があったため、遺体は秘密裏に埋葬、生きている体にして行動を継続しました」

「インコグニートってふざけた名前は、大方、どこかの不届き者が足の付きにくいカスタムPMで悪さをしようとして使った偽名でしょうね。死亡した時のデータを見せて頂戴」

モニターに、この機体の持ち主だった人間の最期が映し出される。乗っていたのはダインでもなんでもない普通の人間だった。外見からしてどこかの工作兵だろうが、何度目かの戦闘で、戦闘中にGで骨ごと内蔵を潰されて呻きながら死んでいた。恐らく、相手はダインでもかなり強力な部類の相手。スプリガンは、このプログラムはその相手を斃す過程でドライバーを殺してしまったのだ。

「とんだ死神ね」

「保育士と呼んで下さい。TA65番3号機よりその愛称を頂いております」

「なによそれ・・・まぁいいわ。あなた、独立したTAとしては稼働できるの?」

「はい」

「いいわ。あなたは私が引き受けてあげる。このまま破壊するには惜しい性能のようだし」

「感謝します。本機はTA93-MT2「ナニー」とお呼び下さい」


こうして、私の身を脅かした死神騒動は治まった。

ステラバスターは小破。経費はこちら持ちとなったが、大破したスプリガンは既に『いわくつくきの機体』となっており、簡単に補修をしたところで気が遠くなるような酷い高値がついてどこかの物好きの手に渡った。修理代くらいはもってやろう。


ついでに、スプリガン討伐の手柄はヒサシ・コムロにくれてやった。カレルレン一家惨殺で肩身の狭くなったΔ893(あいつの事務所)には救いになることだろうし、ダインとしての私の名前が世に出ては、引退した意味が無い。それに、あのTA、メフィストが本当に65番が自ら作り出したTAだとするなら、ステラバスターは当時に近い力を取り戻すことになる。あくまでスペック上は。それはそれで面白いだろう。


一方で、あいつの師匠にあたるU・Wというダインにも会えず終い、どうみても弱いあのおっさんが何故にシャイン・クローバーの得意技であったタンツェスパーダを使えたのかなど、謎も残ってしまった。


「ありがとうな、色々」

ヒサシが私のグラスに飲み物を注ぐ。

ドントを出る日の朝、私は宿代わりにしていたユーラインのラボで、最後に三人で食事をしていた。

「こちらこそ。謎だらけのルーキーさん」

「おじさん、女教師物は嫌いじゃないけど、どうもその、ルーキー扱いは慣れないな」

「当然でしょ、あんた新人なんだから」

「そうでした」

「いいコンビじゃない?これからも、何かあったら仕事を頼むわ」

「ごひいきに。しかし、あんなマシンを持ってるダインがスカベンジャーとはな」

「目的があるのよ。捜し物」

「捜し物ね。俺は元はサラリーマンだったが、大学に戻って研究者になった。それで心底言える事だが、安定した収入がある仕事についていた方が捜し物は見つかりやすい。人生に関わるものである場合は尚更だ」

「お金がかかるし、組織から去るということは、組織に所属することで得られていた権力やコネクションが使えなくなるということだものね」

「そういうことだ。あんた、統一騎士団の人だったんだろう?ラズレーさんから聞いたよ」

「騎士団に入った時ね、私は選ばれたの。パンツァーメサイアが好きで好きで仕方が無くて、アカデミーでエンジニアになろうとしてた頃にダインの兆候が現れて、そのまま騎士団に引き抜かれて、後はせめていろんなパンツァーメサイアに乗れればと思って連戦の転戦。気がついたら『ストームブリンガー』なんて可愛くないあだ名までつけられてたわ・・・でも、私が欲しいのはそういうものではないの。何かを選ばなきゃいけないとか、何かに選ばれなきゃいけないとか、そういう不自由な物じゃないの」

「・・・なるほどね。それで、選ぶより探す、か。選ぶ以上は選択肢に縛られてしまうが、探すなら、気に入らないなら納得がいくまで探し続ければいい。騎士団には求めていたパンツァーメサイアは無かったんだな」

「ラズレーったら、お喋りになったものね・・・。そう。私は探し続けているの。かつての65番や、ナニーのようにね。でも、今回の一件で少し希望が見えたわ」

「探し続けていれば、見つかることもあるかもしれない、か・・・解らんでもないな。研究者も似たようなもんだ。あるかどうかも解らないものを探し続けるし、探し続ける意味すら、立証するために調査をしたり論文を書いたりする。何やってるんだかな」

「素敵じゃない?探し続ける人生は、きっと掘り出し物に出会わせてくれる。選ばれるのを待っていたら、選択肢に恵まれるのを待っていたら・・・きっと人生は不満足なまま終わってしまうわ」


お喋りは私のほうだ。

柄にもないことを宣った後、私は街を去った。

多分、今回の出会いも掘り出し物の一つなのだろう。

ステラバスターとヒサシ・コムロ。

人生の掘り出し物との関わりは、それが最初だった。



case.1 リーン・エチカ

おわり

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