第3話「 訓練2(インターミッション2):アレクサンドラ」

HRA.E.2099 悉黒の第二星

交易都市ドント市内 訓練用コロシアム


マニュアル制御を使っての戦闘訓練はオートマチックのそれよりも格段に難しかった。より滑らかで無駄のない動きが可能になったものの、一つ一つの動作につき要する操作も気を付けねばならないバロメーターも比べ物にならないほど多かった。

「てやんでぇ・・・!」

はいつくばらされるのも何度目だろうか。玖はステラバスターを立て直させると、構えを取った。マニュアル制御での戦闘を重ねたことで、構えの意味がそれとなしに分かるようになってきた。両足のスタンスのとりかた、両腕の開き方、手の位置、目線、腰の高さ、全てに意味がある。特定の動作をより無理なく、素早く繰り出すための予備動作の総体が『構え』。戦闘スタイルによって構えは自然と決まって来る。


玖は待ちの手を好まない。

カウンターや当身技が出来ない訳ではなく、むしろ得意の部類だが、性格はイケイケである。そのため、玖の戦闘スタイルは、先ず、動く。

左右に旋回しながら相手の隙をついて攻撃していく。あるいは、唐突に間合いをつめ、そこから打撃によって高圧的な駆け引きを始める。

左右に回るにせよ、踏み込むにせよ、先ずは初歩を確かに踏み出さねばならない。PMの構えにもその姿勢は反映されている。


フェイントを絡ませつつ左側面に回り込む。

踏み込みも駆け出しもかなりスムーズになり、出力の調整からオートマチックの時よりも素早く力強く靭やかに動けるようになっているのが玖自身にも解った。

インファントリィの懐に入り、数発の応酬があって、お互い弾かれたように離れ、また隙を伺うように旋回し、間合いを詰めて打ち合う。その繰り返し。

訓練の日々の中で、いくつか有効な動作の組み合わせが見つかり、玖はその組み合わせを『必殺技』としてショートカットを作り、任意のタイミングで簡単に繰り出せるようにすることを思いついた。中には、どうしても複数の複雑な動作を用いる大技もあり、これは音声コマンドで入力することにした。


「なるほど、コンバットパターンをショートカットで呼び出せるようにしたのか・・・なら、この辺が役に立つだろう」

引き上げの準備をしながらU・Wにそのことを話すと、ディスケットとスレートモジュールを渡された。中身を確認すると、多くのコンバットパターンが記録されて、ステラバスターのTAにインプットできるようになっていた。

「なんだよ、これ市販されてるのか?!」

ディスケットの裏にバーコードらしきものが貼ってあり、教則本のようなものには値札のようなものまで残っていた。しかも古い。

「みんなとっくの昔からやってるのよ、そんなことは」

ユーラインが呆れ顔で入ってきた。

「あんた本当に何も知らないのね(汗」

「マジかよ・・・二か月くらいかかったぞ」

「ま、誰でもが出来る芸当じゃないのも確かなのよ。U・Wのようなダインはまず数が少ないし、マニュアル制御でPMやTASを自在に動かせるのはPMドライバーの中でも達人と呼ばれる部類のごく少数。でも、そのごく少数に運悪く戦場で出会ってしまったら、あとはもう死ぬしかない。そういう世界なのよ」

「ユーラインお前・・・そんな世界に俺を引っ張り込んだのか(汗」

「し、仕方なかったのよ、偶然こんなお宝堀り当てたはいいけどドライバーがいなかったし、そんなところにフラフラ現れたあんたがこれ動かしちゃうんだもの。本来、これを動かせるようなドライバー雇うとなったら新型PMよりも高い契約金が必要になるんだから」

「なんだよそりゃ・・・」

「まぁしかしな、お前さんもよくやってるよ。二か月で何とかここまで来た。後は、EDCシステムだな」

「いーでぃーしー?」

「エネルギー・ダイレクト・コントロール・システム。パイロットの脳波、精紳と機体のエネルギーをシンクロさせるシステムよ」

「はぁ?!それって要するに、マニュアル制御なんかしなくても脳波コントロールできるってことじゃねぇか?!」

「ああそうだ。簡単だと思うんだったらやってみな」

EDCシステム?

んなもんがあるなら、この二か月は何だったんだ。

アタマに来つつもステラバスターに乗り込もうとすると「待ちな」U・Wに止められた。

「そいつはまだEDCシステムの調整が済んじゃいねぇ。おそらく、正式対応のTAが積まれてねぇからだろうよ。インファントリィを調整しといた。そっちに乗って、早速試してみな!」

U・Wに言われるまま、インファントリィに乗り込み、旧式のコクピットに身を滑り込ませる。

「システムコンソールを展開して、EDCシステムをONにしろ」

「おう・・・と、こいつか・・・EDCマネジメントシステムとEDCアンプリファイアドシステムとあるが、どっちだ?」

「マネジメントシステムだ。アンプの方は後で説明する」

「よし、EDCマネジメントシステム、オン・・・!」

機体全体が軽く振動したかと思うと、頭の中に急に機体全体の状況が思い描けるようになった。なるほど。これならまるで自分の身体を動かすようにマシンを動かせる。いよいよ、二か月間のマニュアル修行がバカらしくなってきた。

「大丈夫か?」

「おう」

「とりあえず右手を前に出してみろや」

U・Wがこうしてみろ、と言わんばかりに右手を前に突き出してこちらを見上げていた。

玖は「よし・・・!」早速右手を前に出すイメージを思い描いた。

が、

バキンッ

まったくこともなげに腕を持ち上げようとしたインファントリの右ひじの関節が砕けて、肘から先が真下にぶら下がった。

「・・・え?」

唖然としていると、下から豪かいな笑い声がした。

カメラを下に向けると、U・Wだけじゃなく、ベルケやユーラインまで腹を抱えて笑っている。

「バカだバカだとは思っていたけど、本当にやるなんて・・・お腹痛い!お腹痛い!」

笑い転げるユーラインの横で「あの、EDCマネジメントシステム(それ)は、パイロットの脳波で直接PMに命令するものなんだけど・・・腕を曲げろったって、PMの構造と人間の身体構造は違うんだから、自分の腕を曲げるつもりで曲がれって命令したら、そりゃ毀れちゃうわよ・・・!」涙目で一応説明するベルケ。

「お前さんなぁ、何のために二か月もかけてPMをマニュアルで動かさせてたと思うんだ?PMの構造と動作のイメージを身体で覚えるためだろ。今度は左腕、自分の腕を上げるんじゃねぇ、PMに左腕部を稼働させるつもりでイメージしてみな」

「・・・こんな感じか・・・?」

恐る恐る稼働させてみると、こんどは多少軋みながらではあるが腕が持ち上がった。

「そうそう。できるじゃねぇか。あとはそいつを使って作業だな。とりあえず、当分は資材搬入やら片付けやらはステラバスターとお前さんの仕事だ。マシンを壊さなくなった頃にまた戦闘訓練。それからEDCアンプの使い方を教えてやるよ」

「どんだけ先が長いんだよ・・・」

「長ぇって、そりゃそうだろ。PMドライバーってのは本来そういう職人なんだ。ラミューズ最終闘争以来、ダインの数もPMの数も減っちゃいるが、PMってのは戦闘兵器だからな。戦場で戦う以上は強ぇ奴だけ生きて還れる世界だってことは、今の今までお生憎様の相変わらずだ。いきなり戦場に飛び出して殺されるよりはマシだろう」

「はぁ・・・」


トレーニングデイズって映画があったと思う。

まさにそんな感じで一週間。

少しずつ操作にも慣れてきた頃、Δ893宛てに依頼が入ってきた。

「依頼?また資材搬入だの土木工事だろ?」

その日は少し様子が違っていた。

事務所の応接室にはユーラインの隣にベルケ、対面には十代後半くらいの女の子が座っている。苦労しているんだろうなぁ。体つきから少女って感じだが、表情に苦労が出てしまっている。白い肌に金髪。余が余なら深窓の令嬢といった感じの風貌だが、薄汚れた衣服とマシンオイルの匂いがしみついるその姿から察するに、生活水準はユーラインやベルケと変わらないだろう。

「あ、Δ893さんですね。はじめまして。私、ツーボウ商会のアレクサンドラ・ツーボウと申します」

凄い名前だな。

「Δ893だ」

握手を交わす。

「依頼内容は?」

ユーラインに視線をそらす。

「物資搬入、の、護衛よ」

「護衛か・・・久しぶりに傭兵らしい仕事じゃないか」

「相手がね・・・」

ユーラインが憂鬱そうな面持ちでこちらを見ていた。

「相手?」

「レッドスナッパーズよ・・・ツーボウ商会の荷物を狙っているのは」

例によって知らん名前だったが、いい加減パターンが読めて来たのか、ベルケが資料を手渡してくれた。

「要するに強盗集団か」

「武装が問題でね。ここのところ、急にPMの配備数が増えてきてるの。警備会社のTASじゃ対応できないわ・・・それに、この写真を見て頂戴」

「これは・・・飛雲七式か?!持ち込めないって話じゃなかったのか?!」

「『持ち込まれた』のよ。他のタワーゲートを突破してきたのかもしれないし、ラグランジュタワーかもしれない。あるいは、バラして密輸したものを組み立てたのかも・・・いずれにしても、最新型パンツァーメサイアが二機も配備されてる。ちょっと普通じゃないわよ、この盗賊団は」

「ステラバスター一機でなんとかなる相手なのか?」

「U・Wは大丈夫だってさ」

「U・Wのインファントリィは?」

「ユーマが出るなら別料金になるけど」

「え・・・いくらくらい?」

ベルケは計算機を弾くと「こんくらい」玖に見せた。

「ボり過ぎじゃねぇか??」

「ユーマはダインだし、インファントリィに乗ったってステラバスターより全然強いでしょ?高いのは当然かも」

ベルケが口を尖らせる。

「はぁ・・・まぁ、そりゃそうだな・・・」

アレクサンドラの提示するギャラに0が二つばかし上乗せされないと依頼の頭金すら支払えない。それが、U・Wの戦士としての市場価値か。

「で、何とかできそう?」

ユーラインが話をせかす。

「・・・まぁ、やってみてもいいんじゃねぇかな。金が要るんだろ?」

「そうね。あんたのPM、TAがお粗末すぎて本来の性能を発揮できていないみたいなの。次の段階に進むにはもっと高性能なTAを導入しなきゃダメみたいだから」

「あの・・・TAをお探しですか?」

「ええ。でも、市販品や軍の払い下げ品じゃダメなの。第三世代PMが搭載していたような高性能なものでないと」

「『65番』のような・・・?」

「!!」「!!」

65番、という言葉にユーラインとベルケが反応した。

「この世界に3つしかないTA・・・そうよね、ステラバスターには本来それが積まれていた。だから、65番があれば最高よ。でも、ある筈がないのよ。ステラバスターに積まれていたTA65番は撃墜後に別の機体に引き継がれているはず。実際、サルベージされたステラバスターのTAはブランク状態だったからね」

「おっしゃる通り。65番は手元にはありません。ですが、ラミューズ最終闘争期に旧統合騎士団が使っていたTAが少しですが手元にあります。いかがでしょう、もし、依頼に一つ条件を付けくわえさせ頂けるなら、その達成の追加報酬として、私の持っているTA『z-8』を差し上げます」

「ズィーエイト?」

「ガンヘッド系PM最終モデル『ユニオンジーク』の専用TAとして設計された人工知能よ。あれならEDCシステムもクリムゾンネイル、D2センサー、SHLCディフェンスも使えるし、何より、ジオ設計だから、新しい分、まだこっちで手を入れる余地がある。願ったりかなったりね」

「わかりました。では、追加報酬の条件を提示します。条件は・・・」


レッドスナッパーズの首魁カレルレン・ヴーラーの殺害。

盗賊団の頭を潰すのは普通に考えても達成が難しそうだったが、アレクサンドラの話によれば、ヴーラーは自らもPMを駆って戦場に出てくるという。ヴーラー自身、元々はコロシアムで名を馳せたPMドライバーだそうだ。通り名は『超音速のヴーラー(ヴーラー・ザ・マッハ)』。高機動型のマシンを好み、機動力と火力で一気に相手を制圧し、ハチの巣になるまでいたぶるのが常套手段という悪趣味な奴だ。一か月前、飛雲七式を駆りツーボウ商会の倉庫に押し入り、可変PMミリオンホーネットのオリジナルモデルを強奪。その際に抵抗したアレクサンドラの父を殺したらしい。追加報酬の条件は、要するに父親の仇を討つことのようだ。PMやTASのパーツ販売や整備を請け負う老舗のツーボウ商会は商売敵が多く、新興の競合他社から営業妨害をしかけられていたそうだ。レッドスナッパーズのような賊を雇った嫌がらせもその一環だが、ついに一線を越えてしまった。ツーボウ商会会長であったアレクサンドラの父が殺され、新型PMによる強襲で被害が出たことでツーボウ商会のスタッフたちは限界を悟り、次々に退社していき、揉め事を恐れてツーボウ商会の荷物を運ぶ運送業者も護衛を引き受ける傭兵もいなくなってしまった。このままでは商売が出来ず父だけでなく店まで潰れてしまう。ここのところのべつ幕なしに地味な依頼をこなしまくっていた俺とユーラインのウワサを聞いたアレクサンドラは、一縷の望みを託して訪ねて来たのだった。


アレクサンドラの境遇に同情しない訳でもないし、とにもかくにも、まともなTAがないとステラバスターは本来の力を発揮できず、俺も次のステップに進まない。

条件を飲んだ俺達は、ドントの東にある産業都市トゲオにあるツーボウ商会のラボからドントへの物資輸送の護衛をすることになった。

「それでは、よろしくお願いします」

輸送用トラックの運転席から無線でアレクサンドラの声が聞こえる。

護衛のステラバスターは輸送用トラックのすぐ脇に立って並走する。これ見よがしになっているのは牽制の意味もある。

「これより街道を通ってドントへ向かいます。護衛よろしくお願いします」


護衛任務が始まった。

さて、マニュアル修行の効果、どんなものかな・・・!


HRA.E.2099 悉黒の第十一星

の、出来事。


第3話「訓練2(インターミッション2):アレクサンドラ」おわり


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