君を好きになりたい。ー6ー


パスタを食べ終えると、立夏達と別れて私達はまたショッピングモール内をぶらつく。


「いやぁ、びっくりしたね。立夏達に会うなんて」


「先輩、大丈夫ですか?」


「えっ?」


「ずっと泣きそうな顔してたから」


「ごめんね。せっかくのデートなのに。藤宮くんに心配かけた」


「それは良いんです」


「やっぱりまだ好きなんだねぇ、私は。愛未の彼氏になったらすぱっと忘れられると思ってたのに」


「すぐに忘れられますよ。さっきの映画だってそうだったじゃないですか」


「え?」


「透子先輩、付き合って欲しい場所があるんですが」


「うん、良いよ!」


「じゃあ、一回俺の家に」


「藤宮くんの家?」


「はい」


どうしたんだろう?


藤宮くん。




「自転車?」


「はい。中学ん時使ってたものです」


藤宮くんと私は藤宮くんの自宅のガレージへ。


そこには青い自転車が置かれていた。


「二人乗りってやばいんじゃ?」


「警察に見つかったら速攻で逃げ回らないとですね。でも、こういうの憧れません?二人乗りで冒険」


「分かる!今日の映画でもあった」


「ささ、透子先輩は後ろへ」


「う、うん!」


藤宮くんは不思議な子だ。


私に新しい世界を見せてくれる。


「藤宮くん、速い!速いよ!怖い!」


「しっかりと捕まっててください!透子先輩」


「は、はい!」


私は藤宮くんの腰に手を回す。


「よし、坂道下りますよ!」


「きゃあああ!ふ、藤宮くん!!怖い、怖いよ!」


「でも、風が気持ち良いでしょう?」


「う、うん!」


風を感じながら藤宮くんと私は住宅街を自転車で駆け抜ける。


30分くらいすると、辺りは潮の香りがしてきた。


さっきまでとは打って変わって家よりも海鮮系のレストランや魚屋が目立つようになってきた。


「到着」


「わっ!」


藤宮くんが連れて来てくれたのは海だった。


まだ海開きしていない時期の為、人は少ない。


「綺麗・・・水がキラキラして見える」


「なんかお気に入りの場所で透子先輩と来たかったんです。ここなら落ち着いて話せるから。そうそう。俺ね、小さな頃に浦島太郎。あれに憧れて。竜宮城に連れて行ってくれる亀を探したりしてたんです」


「あはは。藤宮くん、面白い子供だったんだね」


「ずっと逃げたかっただけなんです。今いる世界から。竜宮城でもいいから違う世界に行きたかった」


「藤宮くん・・・?」


藤宮くんは浜辺に座る。


私は藤宮くんの隣に座る。


「透子先輩に会わなければ、俺は今きっとここにいないと思います。生きてるのがずっと苦しかったから」


「私、何かした・・・?」


「実は俺と透子先輩、一度会ってるんですよ。合コンよりずっと前に」


「え?」


「昔、俺は死にかけたんです」


「死にかけた?」


「俺の両親はとにかく頭がおかしい人達で母は俺が小6の時に男と逃げて、俺の父は酒癖が悪くて俺にしょっちゅう暴力を振るいました。その日は母が家出して父の機嫌も最悪で。暴力もいつもより過激なものでした。いつもは二発殴るくらいなのが、その日の夜は殴る蹴るをずっと繰り返し、母に顔が似ている俺を見ているだけで腹が立つとか言って・・・」


「ひどい・・・」


「俺は悟ったんです。父に殺されて終わるんだって。でも、もうどうでも良かった。生きててしんどかったから。だんだん意識が朦朧としてきて。その時でした。やめてくださいって中学生の女の子が俺の上に覆い被さって来たんですよ」


え・・・


「驚きました。見ず知らずの他人だったんで。その人が警察に通報したって言って慌てた父は逃げ出しました。まあ、その後結局殺人未遂で逮捕されたんですけどね」


「待って。私、似たような過去がある」


「そうです。その人が透子先輩」


あの時の子が藤宮くん・・・?


中学一年の夏だった。


塾の帰り道、私は40代くらいの男性から小学生の男の子が暴力を加えられているのを見てしまった。


怖くて震えたけど、気付いたら彼の上に覆い被さって助けていた。


だって


通報して警察を待っている間に彼が死ぬかもしれないと思ったから。


『もう、大丈夫だよ!すぐに病院連れて行くから』


『ぼく、死んでもいい・・・』


『バカ!そんな事言わないで!絶対に私が助けるから!』


私は意識が朦朧としている男の子をおんぶして病院まで走ったんだ。



「藤宮くんがあの子・・・」


「意識が朦朧としている俺を先輩がおぶって走って。びっくりしました。見ず知らずの他人にそこまでやる人がいるなんてって思って。意識が朦朧としてたけど、ずっと先輩が俺にもう大丈夫だよって声をかけ続けながら走っていたのをずっと覚えていて。病院に着いた辺りから意識を失って。次に目覚めたのは朝でした。病院のベッドにいて。起きたら近くのイスの上で眠りこける先輩がいたんです」


「あの日は心配で、お願いして病院に泊まったんだ」


「びっくりしました。俺は優しさを知らなかったから。こんな優しい人もいるんだって思って」


「藤宮くん・・・」


私が目覚めると、藤宮くんはどうして助けたんですか?って私に聞いて来たんだったな。


『だってほっとけなかったから。私はそういう人間なんだ。ねぇ、どうして死んでもいいなんて言ったの?』


『だって、ぼくはお父さんにもお母さんにもいらない子って言われてたから。生きてる意味ないよ』


『それは君のお父さんお母さんがおかしいの。生きてる意味ない人なんていないよ!これから君は施設に入ると思う。おまわりさんが言ってたすごくアットホームで素敵な施設なんだって。きっと君を愛してくれる人がいるよ』


『そんなの分かんないよ!』


『まあ、怖いよね。知らない場所は。でもね、優しい人はたーくさんいるよ?この世の中に。君が知らないだけなんだよ』


『お姉さん・・・みたいな人?』


『私は優しくなんかないよ』


『優しいよ!見ず知らずのぼくを助けたから。変な人だよね』


『変な人は余計だぞ?』


『デコピンしやがってー!痛いじゃな・・・』


私は彼を抱きしめた。


『もう大丈夫だから。安心してね。きっとこれからは良い事があるよ』


『お姉さん、泣いてるの?』


『ごめん。だって、許せなくて。まだ小さい君をあんなにたくさん傷つけて。ひどいよ』


『やっぱりお姉さん、変!知らないぼくのために泣くとか』


『あはは、そうだね』


『でも、ありがとう。お姉さんみたいに優しい人もいるんだ。ぼく、これからは幸せになれるかな?』


『うん!きっとなれるよ!大丈夫だから』


私が言うと、彼は笑った。


『お姉さん・・・』


『あ、やば!私、そろそろ行かないと。じゃあね』


『あ・・・』


『元気でね!』


私は彼に手を振り、病院を後にした。


あの後、気になった私は二回警察に行き、二回目に行った時に彼が新しい家族と暮らしていると聞き、安堵した。


「先輩が俺を救ってくれたんです。俺に生きてて良いって言ってくれたのは先輩だけだったから。あれからずっと忘れられなくて。中学の途中でこっちに戻って来て、そん時に何回か先輩を登下校中に見かけて。でも、中学は別だし、俺も雰囲気変わったから声かけたら気付いてくれるかなって不安が」


「そうだったんだ」


実際、藤宮くんに言われるまで気付かなかったしな、私も。


「でも、高校が同じになって何としても接点が欲しくて友達に頼んだんです。二年生と合コンしたいって」


「だから、最初から私に・・・」


「はい。透子先輩、全然気付かないんですもん」


「やたらとかっこよくなってしまったからね、君が」


「あはは。ありがとうございます。でも、恩返ししたくて近付いたわけじゃないんです。恩返ししたい気持ちもありますけど」


「えっ?」


「ずっと俺は透子先輩が好きなんです。忘れられなくて」


藤宮くんは私を見つめ、言った。


藤宮くん・・・


「あはは。ありがとう。お姉さんみたいって事かな?」


「いえ。女性として。俺はずっと透子先輩に恋をしているんです」


「っ・・・」


藤宮くんは私の手を握る。


どうしよう。


心臓がバクバク言ってる。


告白されたのは初めてだったから。


顔が熱くて変になりそうだ。


「振られるのは分かってます。ただ、知っていて欲しかったから。俺の気持ちを。俺、透子先輩が藤堂先輩を好きでも、諦めませんから」


「藤宮くん・・・」


「今日は本当に嬉しかったです。とても楽しかった。ありがとうございます」


胸がぎゅんとなる。


この子はずっと私を忘れないでいてくれてたんだ。


「私も嬉しかった。あの子が藤宮くんって分かって。私も今日はとても楽しかった。ありがとう」


私が言うと、藤宮くんは泣きそうな顔をした。


だけど


「帰りましょうか」


「う、うん!って!また自転車?」


「スリリングで楽しいですし」


「藤宮くんって本当意地悪だよね」


「それに自転車だと電車より長く透子先輩といられるから」


っ・・・


気持ちに応えたいと思った、本当に。


でも、私は簡単に立夏を忘れられるのかな?


藤宮くんへの答えを出せないまま、私は藤宮くんの自転車へ。


藤宮くんは私の家まで私を送ると帰っていった。


帰り道は気まずいのか、お互いあまり話せず。


だけど


「ちゃんと好きになりたいな。藤宮くんを・・・」


本当に本当に嬉しかったんだ。


藤宮くんの気持ちが。


実際、少しずつ惹かれている感覚はあった。


だけど


中途半端は私が嫌だった。


私は藤宮くんの事をずっと頭に浮かべながら1日の残りの時間を過ごした。




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