第2話「所長! スライムですよ!」
紫色のスライムが魔界生物転送装置からぬるりと這い出てくる。
知らない場所へ飛ばされて来たことに困惑しているのか、ずいぶんと警戒している様子だった。
「所長、なんだか不安そうにしていますよ」
助手のアンリカがスライムを気遣う。
「そうだな。とりあえず、我々に敵意がないことを伝えよう」
俺はマイク付きヘッドフォンを装着すると、慌てふためくスライムへ呼びかける。
「こんにちは! いきなり呼び出してごめんね。でもこちらは危害を加えるつもりはないし、我々は君のことについて知りたいだけなんだよ」
せわしない動きをぴたりと止めると、スライムは可愛いらしい声でしゃべり出した。
「本当ですか? 信じても、いいんですか......?」
大丈夫、大丈夫。心配ないからね。
そう言うと、俺はアンリカにデータスキャンをしてもらうように頼む。
カタカタとキーボードを叩く音が響く。
俺は2つ目のおにぎりを口に放り込んだ。
うん、うまい。
「データスキャン完了しました。どうぞ」
デスクトップのモニター画面にスライムのデータが表示される。
さあ、どれどれ。
[種別] スライム科・紫スライム属
[学名] スライム・マジハンパナク・ベチャベチャー
[名前] キヨミ
[性別] ♀
[性格] 臆病
[年齢] 12歳
[身長] 56.4cm
[体重] 4.1kg
[レベル] 2
[血液型] G型
[好きな食べ物] 草原に落ちてる木の実
[嫌いな食べ物] 聖塩
[好きなこと] ゲートボール
[嫌いなこと] 勇者と戦うこと
[得意技] ポイズンボール
「すごい。こんなに詳細に表示されるんですね」
アンリカは感心の声をもらす。
「そうだろう。大切なデータだからね、管理よろしく頼むよ。助手ちゃん」
そう言うと俺はアンリカの肩を優しく叩く。
そしてアンリカは「頑張ります!」と威勢の良い返事を返してくれた。
やっぱりいい子だなあ。
「あのお......そろそろわたしの処遇を聞いてもいいでしょうか?」
不安そうな声でスライムが呼びかけてくる。
俺たちは「ごめんね」と謝ると、せっかくやってきたお客さんにお茶とお菓子を出してゆっくりとお話することにした。
「あ〜。このお茶おいしいですねえ」
スライムは溶けそうな声で感想を述べる。
いったいどこから飲んでいるんだろうと研究者としての血がさわぐが、後々データベースを見て研究すればいいと思い、たかぶる気持ちを鎮めた。
「そのお茶はこの国の『シズオカ』という所から取り寄せたのですよ。『リョクチャ』と呼ばれています」
緑茶について説明してくれるアンリカ。
それを聞いて感心するスライムは、また溶けそうな声を出していた。
「あと、この甘い塊もこのリョクチャに合いますねえ。」
「そちらは『ヨウカン』ですね。本日は『紫芋ヨウカン』、『栗ヨウカン』、『ゆずヨウカン』の3種類を用意させていただきました。お口に合って良かったです!」
うん。確かに合う。
紫芋のねっとりとした優しい味が口の中に広がるけれど、甘さはしつこくなく丁度良い。
この栗羊羹がまた絶品で。大きな糖漬けにされた栗がゴロゴロと入っていて、強い甘さが緑茶に合う。
そしてこのゆず羊羹。外はカリッと、中はやわらかな柚子の香りと甘さが絶妙でホッとする一品だ。
お茶会が始まり、少ししてからスライムが遠慮がちに話し始めた。
「突然で申し訳ないのですが、相談がありまして......もしよろしければ、聞いていただいても良いですか?」
俺とアンリカは顔を見合わせてにっこり笑う。
「もちろん! 我々にできることなら何でもどうぞ!」
するとスライムは嬉しそうな顔をした......ように見えた。顔は分からないけれど、雰囲気でそう思った。
「では僭越ながら。わたし、普段は草原のはずれにある沼地で暮らしていまして」
「ふむふむ」
「それでたまに草原でちょっとレベルを上げた勇者がやってきては、わたしたちを蹂躙するんです。経験値稼ぎに。おそらく、草原の青スライムでは物足りなくなったのでしょう」
「それはずいぶんと大変だね。ということは、スライムさんは勇者に勝ってぎゃふんと言わせたいと......そういうことですね?」
俺がそういうと、スライムは「そうですそうです」と何度も首を振った......ように見えた。だって、すっごくぷるんぷるん揺れているのだから。きっとそうなんだと思うことにした。
「では、具体的にどうしたいですか? レベルを上げたいとか、技のバリエーションを増やしたいとか、技そのものを強化したいとか......」
アンリカは様々な案を提示する。
スライムはうーんと唸ったあと、じゃあ......と続けてこう言った。
「何か武器が欲しいです。作ることはできますか?」
「武器! 武器か......よし、いいだろう! ぜひ作らせていただこう。資料提供のお礼だ、いますぐ作るから待っていてくれたまへ!」
「わあ......! ありがとうございます!」
スライムがプルプルし過ぎて形が変わりそうになっている。それほど嬉しかったのだろうか。
とりあえず俺はラボへ向かうと、大急ぎで武器を作り始めた。
まあ、15分もあればできるだろう。
待ってろよ! お客さん!
「できましたよ!」
「わあ〜! 素敵です! 最高です!」
スライムは目を輝かせて言った......(以下省略)
「これは『繊維滅却レーザー銃』だ。使い方は簡単、標的に照準を合わせて引き金を引くだけ。な? 簡単だろ?」
「すごいです! これで勝てます! ありがとうございます!」
スライムは体をプニらせお礼を言う。
いいんだ、大したことはない。
俺は天才だから何でもできるんだ。専門分野だけ、ね。
おや、どうやらスライムさんは早く帰って試し射ちがしたいそうだ。
うちの助手はどうかと勧めようとしたが、考えを読まれたのか、膨れたアンリカがこちらを睨んでいるのでやめておこう。
こうして俺とアンリカは魔界生物転送装置へスライムを誘導してやり、無事魔界へと送り届けた。
なぜ無事だとわかるかって? べちょべちょの手紙が来たんだ。ここの住所を教えておいてあげたからね。
しかし魔界からちゃんと届くんだなあ。驚きだ。
そしてその手紙がこれだ。
「所長様 アンリカ様 閃光弾の炸裂する季節となりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。先日は、素晴らしい武器をいただき、ありがとうございます。おかげさまで、勇者たちを撃退することができました。
衣服が溶けた勇者が恥ずかしげに敗走する様は、実に愉快でした。
この度は、本当にありがとうございました。重ねて、お礼申し上げます。
心ばかりの品をお贈りしましたので、どうぞお納めください。
ブリザード吹きすさぶ今日この頃、風邪など召されませんようお気をつけください。」
俺は手紙と一緒に届けられた小包を開けてみる。
「おっ、こいつはアンリカが喜びそうだ」
そこには、魔界のフルーツらしきものがたくさん詰まっていた。
もちろん、べちょべちょ付きのね。
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