第7章 終局へ
逃避
「ハッ……!」
気がつくと僕はベッドの上に寝ていた。この部屋はあの宇宙船の乗員室だ。
デジタル学園にログインする時と同じヘッドギアが頭に装着させられている。隣にはマナの姿があった。まだ起きていないようだ。本当にあの9ヶ月間はこの船の中の出来事だったのか。しかもまだ3人が生き残っているということは現実世界では一日も立っていないということだ。
上体を起してみて僕は気がついた。そういえばアシストスーツなんてものを着ていたのだった。僕の体はいまだに治っていない。また治療を受けてリハビリしなくてはならないのか。
床を見るとシズカの姿を発見した。彼女もまだ意識が回復していないようでヘッドギアを装着し仰向けの状態で目を瞑っている。一体どのくらいで2人は目覚めるのだろう。
そしてベッドから足をおろし、立ち上がろうとした瞬間だった。
「うっ……!」
後ろから手が伸びてきて、僕はガシリと腕を掴まれてしまった。
振り向くと、マナが薄暗いベッドの奥から眼光を光らせてこちらを見ていた。
「ねぇ……ミツル」
「……な、なんだよ」
「ミツルはもしかして、私に死ねって言ってるのかな」
マナは頭を傾げ、目を大きく見開きまるで僕の心を見透かすような目を向けてきた。
「シズカを選んだってことはシズカを生かそうとしてるってことだよね。私、シズカの若さを吸収しないと死んじゃうんだけど。それでもいいの?」
僕はマナに掴まれた手を振り払った。
「……マナはこれまでたくさんの人間を殺してきた。そしてこれからもそうするつもりなんだろ……?」
そうだ。特にロウジンと化したマナは一日辺り1人の命を消耗するのだ。彼女を生かして地球に返せばこれからさらに多くの犠牲者が出ることになる。
僕の言葉にマナは虚空を見つめながらぶつぶつとつぶやき始めた。
「そんな……私……200年間もミツルの傍にいたのに……ずっとずっと守ってきたのに……それなのに、ミツルはぽっと出の女のほうを選んじゃうんだ……そんなの……ヒドすぎるよ」
マナが言っていることはどこかズレていた。
「……マ、マナ、そういうことじゃないんだ」
もしかして僕の言っていることを受け入れたくなくて現実逃避しているのだろうか。
「もういいよッ!!」
次の瞬間、マナはまるで般若のように顔を歪めてベッドの端から棒状のものを取り出しこちらにそれを振りかざしてきた。
ゴン!
何か重いものが僕の頭に直撃する。
「ぐあッ!?」
僕はそれを受けてベッドの下に転がり落ちてしまった。
「うぐぐ……」
頭を押さえながら上を見上げると、マナもベッドを降り僕を見下ろしていた。
「ミツル、やっぱりまだあの話をするのは早すぎたんよ。とりあえず地球に帰って、もっとゆっくりお話しよ? たぶん10年くらい一緒に暮らせばきっと気も変わってくると思うから!」
マナの手を見ると、そこに握られているのは、どこで手に入れたのかバールのようなものだった。もしかしてそれで博士の部屋を破壊したのだろうか。
マナはふらふらとした足取りで僕の体をまたぎ、シズカの上へと立った。
「……そうだよ、全部この女が悪いんだッ! ミツルにあんな話教えちゃうからッ! よくも私のミツルを惑わせたな、この泥棒猫めッ! 絶対に許さないッ! 私たちが一緒に地球に戻るためにもそのクソったれ女を老化させなきゃッ!」
そういうとマナはバールのようなものを天高く振り上げた。
「ま、待て……! やめろッ!」
僕は立ち上がろうとしたが、先ほどの頭への一撃がかなり効いているのか、足元がふらついてまともに立ちあがることが出来なかった。
間に合わない。僕の制止にも関わらずマナはためらいなく、シズカの足へとバールのようなものを振り下ろした。
ボグッ! という痛々しい音が室内に響く。
「うッ……!」
その瞬間シズカは目を覚ましたらしい。
「ああああ――ッ!!?」
彼女は目を大きく見開いて空間が裂けるような声で叫びだした。
「マナぁッ!」
マナは第二撃を繰り出そうと再びバールを振り上げる。僕は何とか立ち上がるとマナに向かって突進していった。
「グフッ!」
僕のタックルはうまく決まりマナは吹き飛んで壁に激突しその場に倒れてしまった。
「シズカ! 大丈夫か!」
「う”…う”がッ……!」
シズカの元に駆け寄ると彼女は顔をゆがめ呻き声を上げていた。見ると右足のひざ下がおかしな方向に曲がってしまっている。どうする、このままではまたマナはシズカに攻撃を仕掛けてくるかもしれない。
「と、とにかくここから逃げるぞ!」
「うぐうぅああ……!」
シズカは痛みのあまりか僕の言葉に応えてくれない。
仕方ない。僕はシズカの声を無視し両手で彼女を持ち上げると、部屋を飛び出た。アシストスーツがなければこう簡単にはいかないだろう。
「コ、コントロールルームへ……」
するとシズカが苦悶の表情を浮かべながらもそう呟いた。
「わ、分かった」
そこで何をするつもりなのかしらないが、とりあえず彼女の指示に従おう。
通路を進み、その先にある扉へと入ろうとした時だった。
「ミツルー! 待ってよぉー!」
後方からマナの声がした。
「うッ……」
頭を捻り後方に目を向けるとマナがバールのようなものを手にしながら追いかけてきていた。僕はその姿に恐怖し、そのままマナを無視して扉へと駆け込んだ。
コントロールルームまでたどり着くと、
「オペレーター、今すぐ船の向きを変えて。重力が船尾の方向を向くように。減速スピードと進行方向は変えないようにお願い」
シズカは僕に担がれたままそんなことを言い出した。
「え……」
『了解致しました。乗員の皆様へお伝えします。これより船の向きを変更いたします。それに伴い船尾方向へと重力方向が変わりますのでご注意ください。繰り返します……』
「おおお……!?」
するとすぐに船体が傾きだした。この船は現在地球に向けて1Gで減速中のはず。その減速と方向は変えず、船の向きだけを変える。するとこういう風に別の方向を下にすることが出来るということなのか。
僕はシズカを抱えたまま坂道を下るように移動し、壁へと足をつけた。そのまま次第に角度が変わるにつれて壁方向へと掛かる体重の比率を重くしていく。しばらくすると重力の方向は90度切り替わり僕は壁を歩いた。いや、今は床というべきなのか。
「これでとりあえず追ってくることはないはずよ」
「そうだな……」
マナは一体どうなっただろうか。通路の端まで落ちていってしまったか、それとも通路の途中にある部屋へと逃げ込んだか。一瞬で重力の向きが変わったわけではないので落下死まではしていないとは思うが……。とりあえず、通路には目立って掴む部分なんてなかったと思うし、ロッククライマーでもなけばここまで登ってくることは出来ないだろう。
「もう降ろしてくれて大丈夫よ」
「あ、あぁ……」
コントロールルームには椅子がたくさんあるが、重力の方向が変わってしまっているために今は壁から直角に生えているような状態にある。僕は仕方なく彼女をその場に降ろした。
「ぐッ……!?」
その時、折れた足が床に当たってしまったらしく、彼女はうめき声を上げた。
「ごめん、大丈夫か!?」
「え、えぇ、まぁ……」
そう聞かれるとそう答えるしかなさそうだが、実際大丈夫な怪我ではないだろう。まぁ出血があるわけでもないし命に別状はないと思うが。
シズカを仰向けに寝かせ、僕も胡坐をかいて座った。
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