答え
「な、何だ?」
僕はシズカから離れて左右を見渡した。
「どうやら、私達の侵入がバレてしまったみたいね。地上に戻りましょう」
細長い通路のような部屋を出ると、エレベーターが開き、そこからガタイのいい男が2人現れた。服装からして警備員か。
「お前たち、ここで何をしている!」
二人は腰に下げた黒い棒状のものを引き抜きその先端をこちらに向けた。
「うっ……!」
鉄製と思われるそのロッドの先端が光りバチバチと音が鳴る。スタンロッドというやつか。あれに触れたらマズそうだ。
「……とりあえずこの2人を何とかするしかなさそうね」
するとシズカは手の平に警備員が持っているものとまったく同じものを生成したようだった。僕を守るようにして2人の前に立つ。
「抵抗するつもりなら拘束させてもらう」
シズカは警備員の言葉に応じる様子なく、スタンロッドを構えた。警備員2人が顔を一度見合わせて再びこちらを向いた。
「……仕方ない、やるぞ!」
警備員がジリジリと距離を縮めてくる。そして3mほどの間合いに入った瞬間だった。
「はぁッ!」
警備員の1人が一気に間合いを詰めシズカに向かって特攻した。
しかし空振る警備員の一振り。シズカは体を横に倒しその攻撃を避けていた。
「フッ!」
それと同時にシズカが警備員の胴体に一撃を入れる。
「ぎゃッ!」
警備員はスタンロッドの直撃を受けてその場に倒れてしまった。
「うっ……うおおおお!」
後方にいたもう1人の警備員はその光景に一瞬怯んだようだったが、何とか歯を食いしばりシズカに向けて走りよってきた。
するとシズカはなんと自らの警棒を手放してしまった。警備員が突き出してくる腕を両手で掴み翻す。あれはエイリにやったものと同じか。いつの間にか警備員の持ったロッドは警備員自身に触れていた。
「ギョフッ!」
一瞬飛び上がるように体をビクつかせ警備員はその場に卒倒してしまった。
「す、すごい……」
もしかしたらシズカは僕と戦った時、手を抜いていたのではないか。今の彼女にはあのアシストスーツを着ていても勝てる気がしない。
倒れた警備員に意識がないことを確認し終えるとシズカは僕に顔を向けた。
「行きましょう」
「あ、あぁ」
警備員の体を迂回し、エレベーターに向かうシズカの姿を追った。大丈夫なのかこの2人は。いやしかしそういえばここはプログラムの中だった。まぁ現実に則して作られているらしいのでこの2人も実在する人物なのかもしれないが。
エレベーターから降り、建物の外へと出ると僕達2人は足を止めた。
「!!」
そこには30名ほどの警備員が入口を固めるようにスタンバイしていたからだ。
「手を上げろ! 大人しく投降するんだ!」
警備員、いや警備兵というべきか。彼らが持っている武器は先ほどのロッドではなく、特殊部隊が持っているような小銃のようだった。
緊張が走る。
それにしても何故だか分からないが髪形が原型を保てないほどの強風がビュンビュン吹きつけている。ピラミッドに入る前はそんな風なんて全然吹いていなかったはずなのに。
「この風……このプログラムが、この世界が終わる予兆ね」
「え……?」
「この世界はあなたを説得させるために作られたもの。そろそろその結論が出されることを察して終了の準備を始めているのよ」
「結論……?」
「何をグダグダと喋っている! さっさとしろぉッ!」
リーダーらしき人物が怒鳴った。
これはもう言うことを聞く他ないか。そう思った瞬間、隣にいたシズカが警告に構うことなく前進を始めた。
「えッ……ちょっ」
「止まれ! 止まらないと発泡する」
それでもシズカは足を止めない。
「仕方ない……撃てぇ!」
リーダーらしき男が上げていた腕を下げる。
その瞬間全員からの発砲があった。前方に手をかざすシズカ。すると手の前に半透明の壁のようなものが現れそれが弾丸を止めているようだった。なんでもありか。
しかし、次の瞬間その半透明のシールドに白い稲妻のような線が走った。あれはもしかしてヒビか? どうやら完全鉄壁の防御というわけではなくダメージが蓄積していっているようだ。このまま攻撃が続けば砕け散ってしまうのではないか。
「クッ……」
シズカが苦悶の声を上げる。もしこれが破れたらどうなる? 僕達は撃たれそして死ぬのか? プログラムの中で死ねば一体どうなってしまうのだ。
ヒビはシールド全体に万遍なく広がり、いつ壊れてもおかしくないような状態だった。
「も、もう……!」
「シ、シズカ!」
僕はシズカの元に駆け寄り彼女を守るためシズカの体とシールドの隙間に立った。
「待って!」
するとその時そんな掛け声が辺りに響いた。その一声で射撃は止まったようだった。それとほぼ同時にシズカが展開していたシールドが砕け散る。
間違いない、この声には聞き覚えがある。少しすると警備兵たちが道を開けるように左右に分かれ、その中心からマナが姿を現した。
「マナ……」
マナは風でバサバサと髪を揺らしながら少し不機嫌そうにジトっとした目をしてこちらに一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。
「シズカ、あなたの侵入は感知していた。2人の話、聞かせてもらったよ」
僕達はここよりずっと下の地下にいたはずなのに。どうやらマナはこのプログラムの中では神のような存在らしい。ここにいる警備兵達もマナの思い通りに動かせてしまうのだろうか。
「まさか、スペアが成り代わってたなんてね。最近なんか雰囲気変わったなぁと思ってたけど、そうゆうことだったの」
シズカを見るとマナをまるで気の立った猫のように鋭い目で睨みつけていた。そうだ、彼女にとっては老化を克服した現代人は全て敵のようなものなのだ。これまで同僚として接してきたはずだが、もうバレてしまった以上隠す日知用はない、その内面が顔に現れてしまっているのだろう。
「……マナ、ここってプログラムの中なんだろ? そろそろ返してくれよ。元の世界へ」
「そうだね……でもミツル、この世界はミツル次第なんだよ。このプログラムはミツルが結論を出せば終了するように出来てるんだから」
「え……」
シズカもそんなことを言っていた。そろそろ結論を出すときだと。
「ねぇミツル……この9ヶ月間、本当に楽しかったと思わない? 一緒に色んなことしたよね。近所の麦畑をお散歩したり、遠くの海までドライブしたり、街に出かけてお買い物したり、とってもくだらないことをいつまでもお喋りしたり、一緒にご飯作ったり、エッチしたり……ここはプログラムの中だけど地球とほとんど変わらないだから、私と地球に帰ればこれまでと同じような生活が送れるんだよ」
それもシズカからも聞いた話だった。
マナの話はとっても魅力的に思える。
でも……
「……マナ、君たち現代人はクローンを犠牲にしてこれまで生き延びてきていたんだな……」
「……うん、そうだよ」
彼女は目を伏せながら渋々といった感じでそれを認めた。
「……一体なんでそんなことを……」
しかもマナは確かファースト世代というものだったはず。一番初めにそんなことをやった人間だというのか。きっとその時は周りからの反対も大きかっただろうに。
「……そんなの仕方ないよ。生きるためだもん」
「でも……ヒドすぎるだろそんなの!」
僕の言葉にマナはふと顔を上げた。
「ミツル……。ミツルに私のこと、言えるのかな?」
「え……」
少し首を傾げて暗い瞳を僕に向けてくる。
「ミツルだって、自分が生き残るためにここまで人を犠牲にしてきたじゃない。覚えてるよね、200年前にコールドスリープした時、イギリス人をあぶれさせて死なせたこと」
「う……」
「モモちゃんやクメイ君を食い物にして死なせたこと」
「そ、それは……」
僕は何か反論しようとしたが、言葉に詰まってしまった。いずれもマナに言われてやったことだが、それを良しとしたのは僕自身なのだ。自分に責任がないとは言い難い。
「それと同じだよ。そうでもしなきゃ、私ミツルの側にいられなかった……ミツルだってそんな私がいなければあの会社の倒産と共に100年前に病気で死んでたんだよ!?」
マナの悲痛な叫びが僕の胸の奥へとグイグイとめり込んでくるようだった。
「ミツルは気づかないうちにたくさんの死体の上に立っている。私だってそう。この200年間ずっとそうやって生きてきた。色んな競争、戦いに勝ち抜いて私はここにいる! そんなの当たり前のことじゃない! 誰もが誰かをを食い物にしなきゃ生きてなんていけないんだから! ミツルはそんな当たり前のことを否定する気なの!?」
僕はマナと視線をぶつけ合い、それに競り負けるように次第に地面へと視線を落としていった。
マナの言うことはもしかしたらもっともなことなのかもしれない。人は生きているだけで他人を踏み台にし生きていかなくてはならないのかもしれない。
「ミツル君」
その時、横にいたシズカが呼びかけてきた。
「このプログラムはあなたが答えを出せば終わる。そしてもう既にその判断材料は揃っているはずよ。だったらそろそろその答えを出してもいいんじゃないかしら」
「答えを……」
「そう。今一度あなたに問うことにするわ」
シズカはそう言うと手をこちらに差し出してきた。
「あなたは一体どちら側の人間なのかしら?」
この質問。そうだ僕は以前シズカにまったく同じ質問をされた。やっとその意味が分かった気がする。食う側と食われる側、僕が一体どちら側の人間なのかを聞いていたのだ。
「ミツル……!」
次の瞬間、マナが叫んだ。
「お願い、私を選んで! ミツル、約束してくれたよね、不老になってくれるって。ずっとずっと私と一緒にいてくれるって!」
マナも僕に手を差し伸べる。その手にはとてつもなく重くそして長い思いが詰め込まれていた。
「マナ……」
僕はその手をしばらく見つめたあと、顔を上げ、マナの顔をしっかりと見つめた。
「僕も……この9ヶ月間、マナと一緒にずっといれて本当に幸せだったよ。大した起伏があったわけでもなかったけど、とっても素敵な風景に囲まれて、学校に通うのも凄く楽しくて、マナが毎日僕の料理を食べてくれておいしいって言ってくれて……こんなことが永遠に続いていけばそれはとっても素晴らしい事だって、そう思うんだ」
その言葉にマナはパッと顔を明るくさせた。
「そ、そうだよね! じゃあ……」
「でも……駄目だ。駄目なんだよ! 僕はどうしてもマナの側に立つことは出来ない!」
「えっ……」
僕は
「ミツル君……」
「僕は君の側につく!」
そしてその小さな手をしっかりと握り締めた。
その瞬間、あれだけ吹いていた暴れるような強風がフッと止まってしまった。この世に音という概念がなくなってしまったのではないかと思うほどの静けさが僕の耳を襲う。
「う、嘘だよ……嘘だ嘘だ! こんなのって……! ミ、ミツルぅッ!」
その静けさを破るようにマナが悲痛な叫び声を上げた。そして次の瞬間だった。
『洗脳に失敗。洗脳に失敗。プログラムを終了いたします』
耳の奥でいきなりそんな声が鳴り響いた。
その次に感じ始めたのは大きな振動だった。
「じ、地震……?」
今まで感じたことにないほどの大きさの揺れが僕達を襲った。揺れが強すぎてほとんど身動きを取る事が出来ないくらいだ。
「な、なんだ……!?」
遠方に目をやるとこの敷地を囲っていた壁が崩れていくのが見えた。それはどうやら、この揺れによるものではないようだった。遠くの地面がまるでスペースコロニーのようにめくりあがるように隆起していく。
よく見ると、ある一定以上から先の地面がない。もしかしてこの世界にはあれ以上先がなかったということなのか?
「せ、世界が壊れる……」
やがてそれは90度を越え、更にこちらに向けて傾いてきた。そしてついに地面が真上に到達するとまるで折りたたまれるように地面が降り注いできた。
「う、うわああああッ!」
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