まだ終わっていない

『ストレス値に異常発生、緊急ログアウトします。ストレス値に異常発生、緊急ログアウトします』


「ハッ……!」


 気付くと僕は学校のデジタル空間からログアウトして、自室のベッドの上で寝ていた。そしてなぜかシズカが目の前にいて僕を見下ろしていた。


「ヒッ……!?」


 僕は上体を起して、後退しベッドの反対側へと落ちてしまった。その衝撃でログインのために装着していたヘッドギアが頭部から外れる。


「いてて……」


 僕はぶつけてしまった腰を抑えながらその場に立ち上がった。


「……何でいきなりシズカさんがこんなところにいるんですか」


「その口調、どうやら思い出したようね」


「えぇ……まぁ」


「別に敬語なんて使わなくてもいいのよ。だって私達は同い年なんだから」


「え……?」


 何を言い出すのだろう。彼女は確か150歳くらいはいってるんじゃなかっただろうか。


「それって一体……」


「……あなたにはそのうち教えてあげるわ」


 彼女が何を言っているのかよく分からなかったが、それ以上に僕の頭にはどうにも気になる疑問が浮かんでいた。


「それにしても、これってどういうことなんですか」


「ん……?」


「どうも、思い出したとはいっても、まだ全部を思い出せてはいないみたいで……僕があの船で覚えている最後のことは僕達3人だけが生き残っている状態の時です。3人が残されていた状態で残り時間はまだ1日残されていたはず……。つまり次の日の21時には3人のうち誰かが老化して死んでいたはずなんです」


「そうね……確かに1人の犠牲者を出す必要がある」


「でも……実際には3人が生き残り地上に降り立っている……こんなのっておかしいですよ。一体どんな方法で僕たちは3人とも生き残ったんですか」


「ミツル君、実はね、あの悪夢のようなゲームはまだ終わっていないの。ここはまだあの船の中なのよ」


「は……?」


 彼女は一体何を言い出すのだ。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。どう見たってここは地球ですよ。何言っちゃってるんですか」


「ミツル君、さっきまであなたはコンピュータで再現されたデジタル空間内にいたでしょう? 仮にあなたが最初からその中で目覚めてしまった場合、それを偽者の世界だと認識出来るのかしら?」


「え……そ、それは……」


 まさか、この今いる世界もコンピューターの中だっていうのか。


「で、でもそれにしたっておかしいですよ。僕はこの地球で目覚めてから9ヶ月も経つんですよ。ロウジンは1日に1人老化させないと生きていけない。その1日なんてとっくの昔に過ぎちゃってますよ」


「それは私達の脳が現在コンピュータの外部処理によってクロックアップされているからよ。私はマナの行動がやはり怪しいと思って彼女の部屋を訪ねてみた。するとあなたたち二人は頭にヘッドギアを装着してコンピュータに接続されていたわ。すぐに私も入り込んだんだけど、たった数時間でも、この世界ではそれだけの時間が経ってしまっていたということね」


「う、うそだ……そんなのって……」


 僕が体験してきた9か月間が、このすばらしい地球が偽物だなんて、にわかに信じられない。とてもじゃないがはいそうですかと受け入れることなんて出来ない。


「これを見て」


「え……」


 マナが手の平を胸の前に出すと、その上に魔方陣のようなものが展開され、光とともにリンゴのようなもの、いや、まさしくリンゴが構築された。


「な……」


「今私はゲストとしてこの世界にログインしているけれど、この程度のことなら出来るわ」


 彼女はその出現させたリンゴをシャクリと一口齧った。


「はい。あなたも食べてみる?」


 シズカはそのリンゴを僕に手渡してきた。

 手に持つことが出来るその真っ赤なリンゴはどんなに近くで見てもリアルそのものでリンゴ一個分の重みがあった。シズカが齧った部分には綺麗な歯形がついている。


 ゴクリ


 思い切って僕もそれに齧りつくと、ちゃんとリンゴの味がして、さらにそれを飲み込むことが出来た。これはホログラムなんかではない。本物の実体のあるリンゴのようだった。とは言っても、僕の脳がそう感じているだけということか。これはもう彼女の言葉を信じる他ないのかもしれない。


「そんな……でも一体なんでマナは僕にそんなことを……」


「それはあなたに地球での生活がどうなるのかを体験させてみるためでしょうね」


「え……」


 あの時、部屋に僕を招き入れるときマナは言っていた。見せたいものがあると。それは物や写真なんかではなく地球での生活そのものだったという事か。


「それで、あなたはこの地球で9ヶ月間暮らしてみてどうだったのかしら?」


「それは……」


 僕はあのベッドで目覚めてからこれまでのことを頭の中にまるで走馬燈のように思い返してみた。


「とっても素晴らしいものでした……綺麗な景色、おいしい食事、デジタル上だけど楽しい学校生活。何よりもマナと過ごす日常は、なんでもないことが多かったけど、それでもとっても特別で、幸せで……こんな生活がずっとずっと続けばいいなって……そう思っていました」


「……そう」


「……でも、これってマナが作り出した理想の地球の姿なんですよね? きっと現実はこうはいかないんですよね……」


 たぶんこの世界は僕を説得させるために色々と脚色が入ってしまっているのだろう。


「いいえ。あなたに接触する前にこのプログラム内を見て回ったけれど、現実の地球と何ら変わらない様子だったわよ」


「え……そ、そうなんですか?」


「えぇ、本当に完璧にね……」


 それは意外な答えだった。つまりマナと一緒に地球に帰れば今と同じ生活が送れてしまうということなのか。


「……でもね、おそらくだけどその様子じゃ彼女は重要なことをあなたに伝えていないようね」


「……重要なこと?」


 彼女は僕から視線を逸らすと、カーテンを開け窓の外を眺めた。


「ここから先は外に出て話しましょうか」


 外に出るとシズカはマナの職場の方、高い壁をジッと見つめていた。


「ところでミツル君、あなたが最初に目覚めたあのコロニーセブン、何故破壊されたのかあなたは知っているかしら」


「え……? テロが起こったからって聞きましたけど」


「そう、その通り。それで、そのテロ組織がテロを起した理由、何だと思う?」


「……確かその組織は不老に反対する組織だって聞いた覚えがあります。でも……なぜ反対だからってそんな大勢の人が犠牲になってしまうかもしれないようなテロ行為に走ってしまうのか……僕にはそんな理由理解出来そうもありませんけどね」


「そう……」


 シズカはこちらを振り向いた。彼女の向こうから強く射す夕日のせいでその表情がよく見えない。


「実はね。あのテロは私の手引きによって行われたの」


「え……?」


 それは衝撃的な告白だった。彼女はテロ組織の一味ということなのか?

 少しづつ目が慣れてきた。シズカの目はとても冷たくまるで鋭利な刃物のようだった。

 シズカはあのコロニーの中心企業に勤めているんじゃなかったのか。自分の企業を裏切ってそんなテロ行為に及ぶなんて。


「じょ、冗談ですよね」


 彼女は僕の言葉に目をつむりかぶりを振った。まぁ彼女は冗談を言うようなキャラではないということは分かっていたが。


「な……なんでそんなことを。そのテロで多くの人が死んだんですよね!?」


「ミツル君……あそこに壁があるじゃない?」


「え?」


 シズカは再び振り向き今現在マナが働いているはずの壁の方を向いた。


「あなたはあの壁の中に何があるのか知っているのかしら?」


「……あそこはマナの仕事場だって聞いてますけど」


「それで、その仕事の内容については知っているの?」


「えぇ……不老の処理を行うって……」


「でも、少し疑問に思わないかしら。なぜ不老の処理を行うのにあんな広大な敷地が、そして高い壁が必用なのかしら?」


「それは……」


 確かに。そんなものかとは思ってはいたが。僕は最初にマナに尋ねてはみたが企業機密だからと言われ詳細を知ることを諦めてしまっていた。


「……行ってみましょうか、あの壁の向こうへ」

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