壁の向こう

「え……それって大丈夫なんですか?」


 不法侵入ということになってしまうんじゃないのか。


「あ、そうか。シズカさんはあの会社の社員でしたね」


 社員なら中に入っても何ら問題はない。


「いえ、この世界は現実を模写して作られてはいるけれど、あの船の乗員に関してはその存在自体なかったことにされているみたい」


「え……ならそれって犯罪ってことになっちゃうんじゃ……」


「別にそれは問題ないわ。だってここはプログラムの中なんだから」


「あ……まぁ、そう……ですね」


 マナが道路に向かって手をかざす。すると大きな魔方陣が形成され、そこにレトロな感じの乗用車が構築された。


「おぉ……すごい……」


 こんな大型の物も生み出すことが出来るのか。しかも生み出したからには実際動かすことが出来るのだろう。


「さぁ、乗って」


 彼女が運転席に乗り込む。


「……」


 ためしに僕も手の上にりんごを発生させようと念じてみたが、何も生み出すことは出来なかった。彼女と僕では、この世界における権限というものが違うということなのか。


「行くわよ」


 僕が助手席に乗るとシズカがアクセルを踏み車が走り出した。麦畑と麦畑の隙間にある道を走りぬけ、壁がどんどん近づいてくる。

 あの中に今マナがいるわけだが、こうしてシズカがやってきていることを彼女は知っているのだろうか?


「この辺りでいいかしら」


 壁の下までやってくるとシズカはその前に車を止めた。

 始めて目の前までやってきたその壁は高さ20mもあろうかという巨大なコンクリートで出来た壁だった。まるでダムを下から見上げているような感覚に陥る。


「こんなに大きかったのか」


 遠くから見ると案外分からないものだ。

 彼女がまた何かを生成させている。何か大きなフックのついた銃のようなものに見える。彼女はそれを壁の上目掛けて打ち放った。


 ドウ!


 という轟音、それに続くワイヤがヒュルヒュルと放たれていく音。

 どうやら壁の向こう側にフックが引っ掛かったようで、ワイヤーがピンと張った。


「さぁ、行きましょう」


 よくみるとその銃にはさらに別のワイヤーが二つ垂れ下がっており、先端は足を掛けるつり革のようなものがついていた。


「あ、あぁ」


 足掛けに僕達はそれぞれの足を突っ込んだ。そして銃を持つシズカの体に抱きつく。シズカが銃を操作するとワイヤーが巻き上がり僕達は壁の上へ向けて上昇していった。


 その時、真下にある彼女の顔を見ると、何だかとても凛々しく見えた。先ほど僕はテロを起したことを非難してしまったが、それには何か大きな理由が隠されていると、その目は語っているようだった。この先にその理由があるということなのだろうか。


 壁の上までたどり着いたが最後は割りと人力だった。僕が先によじ上り彼女の体を引張り上げる。


「ありがとう」


「いえ」


 壁の厚さは2mほどもあったのでバランスを崩して落ちるなんてことはなかった。

 そして、振り返り壁の向こう側を見る。そこに見えたのは平原、そして遠方に数多くの建物が整然と立ち並んでいた。


「街……なのか?」


「えぇ」


 一体なんでこんな隔離された壁の中に街があるというのだろう。一体誰が住んでいるというのだろう。

 僕たちは昇りと同じように、ウインチを使って壁の向こう側の土地へと降り立った。

 しばらく歩き街の中へとたどり着いた。そこには幼い子供たちの姿があった。みんな笑い声を上げながら楽しそうに走り回っている。


「子供……なのか?」


 見た目は子供だが頭脳は大人なのだろうか。しかし見る限り、本気ではしゃぎまわっているように見える。あの挙動は大人のそれではないだろう。ほんの一部ならそんな大人もいるかもしれないが、皆がみんなあの状態なのはおかしい。何か危ない薬でもやっていれば話は別かもしれないが。


 大人でないとしたら普通の子供ということか? しかし、この時代の子供はほんの少数しかいないはず。あの建物の数、そのほとんどに子供が住んでいるのだとしたらその数は多すぎる。


 その時、男女2人の小さな子供が僕達の姿に気付いたのか、こちらへと駆け寄ってきた。

 2人の手は結ばれている。

 その姿を見て僕は思い出した。僕とマナの遥か以前の姿を。昔、僕達も幼いころこんな風に2人で手を繋ぎ、近所を走りまわっていた。別にそこに恋愛感情があったわけじゃない。ただ単純に仲が良かったから。ただ純粋無垢な気持ちでそうしていたのだ。


「えっと……こんにちは」


 僕は少し戸惑いながらも二人に話しかけてみた。しかし2人は何の返事もせず不思議そうにこちらを見たまま首を傾げている。


「……どうしたんだ?」


 わざわざこちらにやってきたのだから無愛想とかそういうこともないと思うのだが。


「……喋れない。というかほとんど言葉を知らないのよ」


「え……?」


 なんでそんな子供が存在しうるのだろう。


「……いったいなんなんだここは。なんで不老の処理を行うための施設にこんな子供たちが大量に住んでるんだ」


 何だか気味が悪い。


「もうすぐ全ては明かされる。ここはまだ目的地終点じゃない。行きましょうあの建物へ」


 シズカが指す先にはずっしりと重そうな質感のピラミッドのような形をした大型の建造物があった。


「……」


 僕は2人の子供を横目にその建物に向かって歩いた。

 10分ほど歩きその建物の前へとたどり着いた。入口はガラス製の自動ドアのようだったが、目の前に立っても反応はない。


「これを使いましょう」


 シズカは手の平の上にマナの顔写真の入ったカードキーを生成した。便利なものだ。もはや彼女さえいればどんなセキュリティでも突破出来てしまいそうだ。彼女はドアの横にあるキーの差込口にカードを通すと扉が開いた。


 中に入ると、そこは大きなホールになっていた。壁際には人が入れそうな円柱型の筒のようなものが並んでいるのが見える。シズカは迷うことなくその一つへと近づいていった。


「来て」


 シズカが近づくとその円柱の扉が開き彼女はその中に乗り込んだ。どうやらそれはエレベーターのように思えた。僕もそのエレベーターに乗り込むと扉が閉まり、エレベーターは下層へと降りていった。


 扉はガラスで出来ている。ガラスの向こうの壁を見ると結構な速度で下っていっているのが分かった。それにしても真下に下りていっているわけではない。降りる方向に角度がついている。あれだけあったエレベーターは上では集まっていたが、下では結構離れた位置にたどり着くということか。


 それから一分ほど経ったがいまだにエレベーターは動き続けている。


「……一体どこまで行くんだ?」


「もうすぐよ」


 チーンという音とともにエレベーターは止まり、扉が開かれた。その瞬間、エレベーター内部にひんやりとした冷気が流れ込んできた。

 円形のホールへと出る。そこには一定間隔で扉があった。シズカはその一つに迷いなく進みまたカードキーを通してそれを開いた。

 その内部は更に気温が低いらしく白い空気が床から流れ出てきた。


「こっちよ」


 シズカに続き扉の向こうへと進む。凍えるほどの寒さだ。中は幅2mほどの長い通路が数百メートルほど先まで続いていた。シズカはそのまま先へと向かって歩いていく。しかし僕はその両壁に丸い穴が定期的に開いているのが気になり立ち止まって中を覗きこんだ。


「これは……」


 人だ。穴の先にはカプセルがあって、その中に僕と同じくらいの年齢に見える女の姿があった。その人物は全裸で目をつむり完全に静止している。これはコールドスリープか。


 僕は穴から目を離し再び通路の先を見た。約2mおきに開いた窓穴、もしかしてのその全てに人が入っているのか? だとしたら一体何人がここにいるのだろう。いや、このフロアにはおそらく同じような部屋がある扉がいくつもあったし、地上にはおそらくここと同じようなフロアにたどり着くと思われるエレベーターが大量にあった。そしてこのピラミッドのような建物も壁の中には点在していた。これは一体何人がコールドスリープしているのか。とんでもない数になるんじゃないか。

 ふとその時シズカが20mほど先で立ち止まった。振り返って僕の事を待っているようだった。


「なんでこんなに大量の人間が眠ってるんですか?」


 僕は彼女のもとにたどり着くと率直な疑問をぶつけてみた。もしかして、僕と同じように病気を治すために、延命のために眠りについているのか。でも、それにしたってこんなに大量の人間が治療待ちというのは何かがおかしい気がする。そもそもここはそんな施設じゃないだろうに。


 彼女は僕の質問に答えることなく、壁にあったレバーを引いた。すると壁の一部がこちら側へと飛び出し上へとスライドした。続けざまにシズカはその隣にあったレバーも引く。そして、最初に開いた壁から中にあったカプセルが手前へと出てきた。


 そのカプセルの中に入っている人物を見て僕は頭の回路がいくつかぶっ飛んでしまいそうなほどの衝撃を受けた。


「こ、これは僕……なのか!?」


 もうひとつ、隣のカプセルも手前に出てきてさらに驚く。


「こっちはマナ……!?」


 二つのカプセルにはそれぞれ僕とマナが全裸の状態で入っていた。先ほど通路入口付近で見た人物と同じように完全に静止している。


 よく見ると、カプセルのガラス面に黒い文字で様々なデータが書き記されていた。そこには僕の名前が記されている。そんな馬鹿な。当たり前だが僕はここにいる。なぜ同じ顔で同じ名前の人物が2人存在するのだ。それにマナだって今日の朝まで僕と一緒にいた。夜は普通に家に帰宅してくるはずだ。こんなコールドスリープなんてしているはずがない。


「な、何なんですかこれは!?」


 ワケが分からない。眩暈がする。僕は何とか気を取り保ち叫ぶようにしてシズカに答えを求めた。


「……ここにいる人達はね、みんなスペアなの」


 するとシズカがどこかもの悲しげな顔をしながら言葉を紡ぎ始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る