きっと地獄で待ってる
「……私を疑ってるの」
「えぇ、当たり前でしょ」
エイリがシズカに向かって歩いていく。何だか危険な雰囲気だ。
エイリとクメイは完全にシズカを疑っているようだった。確かに普通に考えればそうだ。僕とマナはロウジンではないし、エイリは自分がロウジンでないなら当然それを知っている。
でも、本当にそうだろうか。彼女は30年寄りそった夫を自分が生き残るために簡単に、真っ先に死なせるなんて、そんな悪魔のような所業が出来る人間なのだろうか。
「もう明日投票なんてやる意味ないわ。これで確定したんだから。次の21時までファントムには何も出来ない。その前にあんたを殺してそれで全ては終わりよ!」
エイリはズボンのポケット何かを取り出した。僕を殺そうとした時に見せたナイフのようだった。
「ま、待ってください!」
僕は席を立ち気付けばシズカとエイリの間に入り、エイリに体を向けて、両手を広げていた。
「ミツル君、何故止めるの!? そいつはロウジンなのよ!」
「それは……そうかもしれないですけど……今殺さなくたって別に明日投票によって選べばいいじゃないですか! そしたらシズカさんは自分で老化して自死するはずです!」
「……ミツル君、そんなこと信じてるの?」
「え……」
「明日そいつがノコノコこの場に現れると思う!? ここに来ないでどこかに隠れるかもしれないじゃない! そしたら私たちは黙ってそいつの餌食になるしかない! そうならないためにも今この場でそいつを殺さなきゃならないんだわ!」
「そ、それは……」
シズカはエイリの言う通りこの場で殺すべきなのだろうか。
確かに僕にはエイリもマナもロウジンだとは思えない。だからと言って、シズカがロウジンということで本当にいいのだろうか。僕にはあの時の彼女の態度には何か別の解が存在するような気がしてならなかった。それを知らぬままシズカを亡き者にしてはいけないような気がした。
僕は
「シズカさん、あなたは本当に自分が助かるためにヒースさんを殺したんですか。もしかしてあの態度には何か別の理由があったんじゃないですか。話を聞かせてください!」
「それは……」
シズカは一瞬何かを口にしそうになったように見えたが、
「……言えない」
結局僕から目を逸らし、理由を答えることはなかった。
「シズカさん……」
「はは! もうこれで自分がロウジンだと自白したようなものじゃない!」
その時、僕の肩が後方から掴まれたようだった。
「ミツル君どいて!」
「うわっ!」
僕はエイリにそのまま横に押され、バランスを崩してしまった。
エイリはナイフを手に持ち、シズカに向かっていく。危機感を覚えたのかシズカは席を立つと
「待ちなさい!」
エイリがその姿を追いかけてゆく。
「ちょ、ちょっとエイリさん!」
バランスをなんとか立て直した僕もそのあとに続くように部屋を出る。2人の姿を目で追った。すると通路の先に2人の姿が見えた。もの凄い速度で走っていってるようだ。
「ミツル」
その時マナが部屋から顔を出してきた。
「マナ……一体どうすればいいと思う。確かにシズカさんがロウジンで、彼女が死ぬのならそれでいいのかもしれない。けど……何か頭の中に引っ掛かりを感じるんだ」
そうだ、シズカは何かを隠している。こんな状況で、自分の命が掛っているというのに話せないだなんて、それってどんな秘密だ。それさえちゃんと話せばエイリも納得してとりあえず殺そうとすることを止めてくれるかもしれないのに。
「……私もそれには同感かも。とりあえずシズカを助けよう。彼女が殺されてしまう前に真相を聞きだしたい」
「そ、そうだよね!」
さすが、マナは話が分かる女だ。それに彼女とは3人で地球に帰る約束だってしてしまっている。このまま何も話さず死に別れるというのは納得がいかない。
僕達はそこから通路を全力で走りシズカとエイリ、2人の姿を追った。
エントランスホールに出ると、そこには2人の対峙する姿があった。
「エイリさん! 止めてください!」
二人に近づきながら声をかける。
「ミツル君! さっきから何故止めようとするのよ! こいつにみんなみんな殺されてしまったのよ!? 博士もヒースもモモもジンも! 絶対……絶対許さないんだから! どうせこうやって死ぬんだったら最初に死んでおけばよかったのに!」
エイリは最初人を殺すことにかなり抵抗を感じていたはずなのに、いつの間にこんなに変わってしまったのだろう。
「私はロウジンじゃない……!」
「さっきからそれしか言えないの!? もういい! さっさと死んでちょうだい!」
そう言うとエイリはナイフをシズカに向けて突進していった。
「死ねえええぇ―――ッ!」
僕たちは2人に向かって走ったが、間に合いそうにない。
「やめろぉっ!」「やめてぇッ!」
その叫びはエイリの耳には届かなかったようだ。2人の体はついにぶつかり合ってしまった。
「あぁ……!」
シズカが刺されてしまった。
「シズカさん……!」
僕はやっと2人の元にたどり着くとシズカの体を支えようとした。
「うぐ……な、なんで……」
「え……」
しかし、その場にヒザをついたのはシズカではなくエイリだった。
「し、しまった……」
シズカはやってしまったとばかりに自分の両手を見つめている。どういうことだ、突き出したはずのナイフはなぜかシズカではなく、エイリの胸に突き刺さっている。
「一体どうして……」
ナイフを持って突進していったのは確かにエイリだったはずだったのに。
まさかシズカはエイリのナイフを持った手を反射的に掴み、刃をエイリの方向へ向けたというのか? しかしそんな芸当、シズカのような研究員に出来るとは思えないのだが。
「エ、エイリさん!」「エイリちゃん!」
僕はシズカの元を離れ倒れ行くエイリを抱きかかえた。そのあとすぐにマナも駆け寄ってくる。
「しっかりしてください!」
「ミツル君……マナさん……」
彼女の胸にはナイフが深く突き刺さってしまっている。これは直感的に致命傷だということが理解できてしまった。
「エ、エイリさん……」
とっさに僕は彼女の手をとった。僕に出来ることはそれくらいしかなさそうだった。
「は、ははは……私……醜いかな……こんなに人を憎んで……殺そうとするなんて」
ナイフはもしかして肺まで到達してしまっているのか、かなり喋りづらそうだった。
「こんなんじゃ……天国にはいけないかもしれない。きっとジンに嫌われちゃうね……」
「そんなことは……」
「うぐ……!」
その時彼女は苦痛に顔をゆがめ、口から血を吐き出した。
「エ、エイリさん! しっかりしてください!」
「い、いや……違うな……」
「え……」
「私たちの中できっと天国に行ける人間なんて誰もいやしないんだ……ジンもきっと地獄で待ってる……」
「一体……何を言っているんですか」
その時、ずっと虚空を見つめていたエイリが僕に顔を向けた。
「でも、もしかしたらミツル君は違うのかな……。君ならまだ天国に行けるかもしれない……これからのこと……よく……考えて選んで……ね……」
エイリの言うことは僕には全然分からなかった。みんな地獄にいく? エイリは何か悪いことでもしたのだろうか。確かに彼女はシズカを殺そうとしたが状況を考えればそれも仕方のないことのように感じられる。ジンに関しては何も悪いことなんてしていないように思えるが。彼がいったいどんな理由で地獄に行ってしまったというのだろう。
彼女の目から生気が失われていっている。僕には彼女が逝く前に一応エイリに聞いておくべきことがあった。
「エイリさん、一つ教えてください。あなたはロウジンだったんですか?」
「そんなわけないでしょ……私がロウジンだったらシズカを殺そうなんて……しないわよ」
それもそうだった。ロウジンは老化以外の方法でもう人を死なせるわけにはいかないのだ。そうしないと自分が生き残る枠がなくなってしまうのだから。
その言葉を発した瞬間僕の手を握る彼女の力が急激に失われてしまった。
「エイリさん……!」
僕はエイリの名前を叫んだがエイリはもうその言葉に応えるような事はなかった。
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