違和感
「そんな……」
「エイリちゃん……」
その時マナが立ち上がり、シズカのことを見た。
「一体どういうこと……さっきのあなたの動き……まるで何か訓練を積んでいるように見えたけど」
「……」
シズカはその質問に答えることなく黙って僕達の事を見ていた。
「それにしても、これってマズいよな……」
僕はエイリの上体をゆっくり下ろすとその場に立ち上がった。シズカのことを警戒しつつマナを横目で見る。
「マズい……?」
「まだロウジン……シズカさんが残っているのにエイリさんが老化以外の死に方をしてしまったんだ。最終的に生き残れるのは3人だったはずなのに。それが1人減ったせいで2人になってしまった」
僕は再びシズカに目を向けた。
「つまり、次の21時が来るまでにシズカさんを殺さないと僕とマナのうち、どちらかが老化して死ぬ」
マナは額に汗をかき、僕の言葉に動揺しているようだった。これから同僚を殺さなくてはならないのだからそれも当然の話だろう。彼女にそれをやらせるのは酷だ。やるなら僕がやるしかない。
「シズカさん……3人で地球に帰る約束だったけど、そういうわけにもいかなくなりましたね」
エイリも言っていたがロウジンが確定した今、投票なんてする意味もない。決着を付けるのは今なのだ。
「で、でも……どうするつもりなの。シズカは何故か分からないけれど護身術的なものを身につけてるみたいだよ。これじゃあシズカがロウジンだと分かってても私たちには殺すことなんて出来ないんじゃ……」
「……いや、僕が何とかする」
僕はシズカに向かって一歩近づいた。
「え……? 一体どうやって」
「マナは気付いていなかったのかもしれないけど、このスーツを着ると信じられないくらいのパワーが出せるんだ」
「そ、そうなの?」
やはりマナはその事を知らなかったのか。きっと特注品であったために、このスーツを試す機会がなかったのだろう。意外そうな声を上げた。
「あぁ、このチカラがあれば何とか彼女に勝てるかもしれない」
「でも……ミツル……勝てるって、シズカを殺せるの?」
「……あぁ、約束しただろ、マナと一緒に地球へ帰るって……そのためには、そうするしかない!」
次の瞬間、僕はシズカに向かって全力で駆け寄った。自分でも想像していなかったスピードで彼女との距離が一瞬にして縮まる。マズい、逆にこれは速すぎる。
「うわあああああ!?」
「ッ……!」
彼女は横に飛び込むようにして僕の体を避けた。僕は自分のスピードのコントロールが聞かずそのまま壁へと衝突してしまった。
「ウゴッ!」
ドウンという衝撃音がホールになり響く。
「つつ……」
かなりの衝撃だったような気がしたが怪我はなさそうだ。これもこのスーツのおかげか。
起き上がり、僕がぶつかった壁の部分を見るとおそらく金属でできた壁が大きくへこんでいた。
「いける……」
シズカ高いレベルの戦闘技術を持っているのかもしれない。しかし、こんな力でゴリ押しされたらそんなもの関係ないはずだ。僕は彼女に勝つことが出来るかもしれない。
再びシズカの方向に目を向け僕は彼女に向かって突っ込んでいった。しかし次の瞬間だった。
「ミツル待って!」
「!!」
僕の軌道上に横からマナが飛び込んできた。
「ちょっ!」
僕は急に止まることが出来ずマナを巻き込んで二人その場にこけてしまった。
「う……」
なんとか体が止まると僕は自身の上体を起した。目の前にはマナが仰向けで倒れている。
「マ、マナ……? お、おいしっかりしろ!」
肩を掴んで揺らしたがマナは意識を失ってしまっているようだった。強く頭でもぶつけてしまったのか、とっさにその口に手を当てると呼吸はしているようだった。
「く……なぜこんなことを……」
シズカがロウジンだという現実を受け入れられていないということなのか。その気持ちも分からなくもないが……。
僕はその場に立ち、シズカの顔をみた。こんなことになってしまったが、マナが意識を失ったのは好都合かもしれない。マナに後々嫌われてしまう可能性があるが仕方ないことだ。今のうちにシズカを殺してしまおう。
「くっ……」
するとシズカが分の悪さを感じたのか、
「待て!」
彼女はエントランスホールから階段を下っていってしまった。
それを追い階段を下ると通路の先にシズカの姿があった。僕は全身に力をこめるようにして彼女の元へと全力で走った。
「うおおッ!」
近づく彼女の背中、このまま殴り倒してやる。
「!」
しかし次の瞬間、彼女がいきなり
「グフ!」
僕は自分の力を利用され思い切り床に叩きつけられてしまった。一本背負いというやつだ。背中に強い衝撃が走る。
「ま、まだまだ!」
僕は歯を食いしばって床に手をついた。このスーツを着ている限り大したダメージはなさそうだ。しかし、あちらは僕の攻撃を一撃でもまとも受ければおそらく致命傷になりうる。やはり分はこちらにある。
立ち上がり辺りを見回す。しかしその時付近には人影はなく、通路の先に貨物室へと逃げ込むシズカの姿があった。
貨物室か。あの中は死角も多い。正面からは勝てないから奇襲でも仕掛けるつもりか。
だが、危険は承知の上で僕は今彼女に戦いを挑んでいるのだ。ここは進むしかない。僕は彼女の姿を追いかけることにした。
貨物室に入る。とりあえずシズカの姿は見当たらない。天井まで多重に重なった収納ボックスとそれにアクセスする階段と通路。やはり死角が多い。
僕は息を殺すようにして、貨物室内部をじっくりと歩いてみることにした。やはり各収納ボックスはその目の前まで行かないと中身を奥まで見ることが出来ない。これは見つけ出すのにそれなりの時間が掛かってしまうかもしれない。
僕がそんなことを考えている時だった。
「む……!?」
後方からかすかな物音が聞こえたので、僕はとっさにそちらを振り向いた。
「そこか!?」
しかし、振り向いた先には彼女の姿はなかった。床を見ると、何か小さなものが移動しているのが見えた。
「なんだ……ネズミか」
物音の正体はどうやら小汚い一匹のネズミのようだった。僕はふぅと一呼吸して緊張を解いた。
「ん……?」
しかしその時、僕はそのネズミに何だか違和感を覚えた。背中に大きなブチのある特徴的な個体だったのだ。違和感というよりこれは既視感か。僕はその姿をよく確認するため近づいてみるとそのネズミは素早くどこかに行ってしまった。
「あのネズミ……もしかしてあの時の博士の部屋にいたのと同じ奴か……?」
博士の行方を探すために博士の部屋に行った時に見かけたネズミ。おそらく間違いないだろう。偶然同じ模様を持つ個体なんてそう見つかるはずもない。
しかし、それはおかしな話だ。以前そのネズミを見た時、ネズミは近づいてもピクリとも動かなかったのだ。あの不動っぷりは死んでしまっているものだと思っていたのだが。もしかして、あんな机のど真ん中で寝ていたのか……?
いやしかし、野生のネズミなら寝ていても人が近づけば起きて逃げていきそうなものである。現に目の前のネズミは僕が近づくと一目散に逃げて行ってしまった。
「ハッ……!」
その時、僕の頭の中に一閃の光が走った。ある一つの仮説が浮かんでしまったのだ。それは、あまりにも衝撃的で信じられない考えだった。
「う、嘘だろ……そんな、まさか」
その時、一つの収納ボックスの中からシズカが現れ僕に目を向けてきた。
「……シズカさん」
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