言葉の攻防

 僕達はモモの遺体を処理したあと解散し、僕とマナは部屋に戻ることになった。


「はぁ……」


 部屋に入りマナと2人きりになった瞬間、大きなため息がこぼれた。


「これで……いいのかな……」


 ロウジンに脅されてやったことがモモにバレた瞬間のことが頭で反芻はんすうされる。この強い罪悪感、夢に出そうだ。


「……仕方ないよ。こうしなきゃ私達が殺されていたかもしれなかったんだから」


「それはそうだけど……」


 脅しに屈しあんな力説してモモを死なせた以上、僕とマナはみんなの裏切り者だ。もう引き返すことは出来ない。人間の側ではなくロウジンの側に立ってしまったと言える。僕達はいつのまにか食われる立場から食う立場になってしまっている。


 こうなってしまってはロウジンのことをとやかく言うことも出来ないかもしれない。僕達は共犯のようなものなのだから。


 するとその時、部屋中央の床から黒い物体がすり抜けてきた。ファントムだ。


「今日はご苦労様でしたねお2人とも。とくにミツル様。想像以上にお上手な誘導でした。また明日もその調子でよろしくお願い致します」


 なんだかこのファントムの存在にも少し慣れてきてしまっている自分がいる。もう恐怖は感じない。どちらかというと味方という立場になってしまったからか。


「これでワタクシが生き残る可能性はそれなりにありそうです」


「……生き残る可能性? このままいけば絶対にお前は生き残るんじゃないのか」


「いえ、残念ながらそういうわけにもいかないのです。考えてみてください。残り人数が4人になった最後の日の投票のことを。その時まであなた方を脅してしまえば、そのターゲットの人間はロウジンではないということになってしまう。あなた方2人もロウジンではないのですから、残った1人がロウジンの正体、つまりワタクシということ分かってしまいます。そうすると私はおそらく3人に結託されてその日の21時が来る前に殺されてしまうでしょう。最後は純粋に投票によってワタクシは2分の1の確率を生き残らなければならないということです」


「……そうか」


「ですから、今回が最後の脅しということになりますね」


 ロウジンもおそらくこれまでにいくつもの細い綱を渡ってきたのだろう。決して楽してここまで来たわけではない。こいつも生き残るために必死だ。


「……それで、明日は一体誰を指せばいいんだ?」


「そうですね、次のターゲットはクメイ様となります」


「クメイ……さん」


 クメイもロウジンも頭が切れる。ということで僕は少しクメイのことを疑っていたのだが違うのか。これでロウジンの正体はエイリかシズカのどちらかということになってしまう。2分の1で当てることが出来るが、結局それも昨日と話は同じだ。例え2分の1でも、マナか僕が死んでしまう可能性があるのならば、僕にはロウジンの言うことを聞くしかない。


「でも、どうするんだ。クメイさんにはロウジンじゃないという証拠がある。昨日と同じように投票前の話し合いでみんなを誘導しなくちゃならないんだろ?」


「そうですね、もちろんそれに関してもご心配なさらずに」



--------



 そして次の日の20時。クメイ、シズカ、エイリ、マナ、僕がミーティングルームへと集合した。

 もう5人か。なんだかさみしくなってしまったものである。気付けば霊安室で眠る人数の方が多くなってしまっているだなんて。何だか改めて考えたくもない事実だ。

 人が減ってしまったために、椅子の数も減らしてしまった。みんなとの距離が近くなる。


「では投票の前の話し合いをしようか。怪しいと思う者がいれば言ってくれ」


 昨日と同様僕は手を挙げた。


「……またミツルか」


 昨日自信ありげに推理したのに外してしまったことが原因が、何だか怪訝けげんそうな顔をされてしまった。


「まぁいい、言ってみろ」


 僕はその場に立ち上がり、クメイをまっすぐに見つめた。


「僕が怪しいと思うのは……クメイさん。あなたです」


「な……何だと?」


 クメイは先ほどよりも明らかに不機嫌そうな顔をして僕を睨みつけてきた。


「……お前、俺がロウジンではない理由、ちゃんと覚えているのか?」


 メガネをキラリと光らせ鋭い眼光を僕にぶつけてきた。しかし僕はそれにひるまず話をつづけた。


「えぇ、それはもちろんです。ファントムはモモさんが男だということを知っていました。モモさんが自分の事を男だとカミングアウトした時、ファントムはその場にいなかったにも関わらずです。これはモモさんが自身が男だとカミングアウトした時、その場にロウジンの本体がいて、そのことを分身であるファントムに伝えたから。そしてそのカミングアウトした時にクメイさんはその場にいなかった。クメイさんがロウジンならファントムがモモさんのことを男だと知っているのはおかしい。これがクメイさんがロウジンでない理由でしたよね」


「……あぁその通りだ。まさかお前はその理由があるのに俺をロウジンかもしれないとほざいているのか?」


「もちろん、その証拠を崩せるからこんなことを言い出したんですよ」


「何……?」


「簡単な話です。ファントムはどんな場所も壁をすり抜けて行き来が出来る。つまりどこでも覗き放題じゃないですか。それでモモさんがシャワーを浴びている時にでもクメイさんはその姿を見たのでしょう」


「な……! 俺がファントムを使って覗きをしたと言っているのか!?」


「ロウジンが男だというならありうる話です。もうこの中には男なんて2人しかいないことですしね」


「だ、だが! それでは俺がロウジンである証拠にはなっていないだろうが!」


「そうですね……もちろん断言はすることは出来ないです。でも他の人にはロウジンでない理由がありますし……。クメイさんにだけそれがなくなってしまったんです。結果は投票でみんなが判断することです」


「くっ……ミツルお前……!」


 クメイが立ち上がり、それとほぼ同時にマナとエイリが立ち上がった。場に緊張が走る。


「……まだ時間はある。少し考えさせろ」


 クメイはそういうと再び席につき、こうべを垂れて何かを考え始めたようだった。


「……えぇ、もちろんです」


 ものすごく静かな時間が流れていく。服の摩れる音、皆のかすかな呼吸音さえも聞こえてきそうだった。

 クメイは頭のキレる男だ。2日前、彼がサムラと共に矢面に立たされた時もギリギリのところで自分がロウジンではないことを証明した。もしかしたら今回も何かしらの案を考え出し、危機を回避しても不思議はないかもしれない。

 しかし、そのままクメイは何も喋ることなく時間は経過し、21時まで残り時間は5分ほどとなってしまった。


「あの……そろそろいいでしょうか。もう時間はありません。投票を始めましょう」


「待て……」


 するとそこでクメイは顔を上げ、黒縁メガネをクイと指先で上げた。


「……何か反論があるんですか」


「いや、確かにお前のいう通りだ。俺は覗きによってモモの性別を確認出来たかもしれない。俺はそうじゃないと否定することしか出来ないがお前らにとっては証拠がない限り信じることは出来んだろう。そこは仕方がない。だがな、俺にも怪しいと思える奴がいるんだ」


「え……」


 クメイはシズカに向けてスッと指を差した。


「俺はシズカ、あんたが怪しいと思う」


「私……?」


「あぁそうだ。あんたが今ロウジンではないとされる理由はあんたの夫、ヒースがロウジンによって殺されてしまったからだったな」


「……えぇ、まぁ」


「あんたを怪しいと思う理由はモモの時とほぼ同じだ。あんたは本当にヒースのことを大切に思っていたのか?」


「え……」


 クメイは諭すように僕達の顔を見てきた。


「みんな、あの時のこいつの態度を思い出せ、30年間連れ添った夫がこれから殺されるという状況だったのにこいつは全く取り乱してなどいなかった! むしろ殺すことに賛同していた! きっととっくに愛など冷めきっていたんだ!」


 正直、それは僕も少し感じていた。今はロウジンのいうことを聞かなければならなかったため、決して皆には話せないことだったが。


「……もしそうだとしても、なぜ私がわざわざヒースを殺さなければならないの?」


「はは、愛が冷めていたことに対しては否定しないのか? まぁいい。言ってやろう。あいつは確か主夫をやっているとか言っていたな、そう言っておけば体裁は多少取れるかもしれないが、実質ヒモみたいなものだろう。そんな奴を養っていたお前にとっては奴は目の上についたコブのような存在だったんじゃないのか? 邪魔で邪魔で仕方がなかったのだろう」


「そんなことは……」


「それに夫を殺しておけばこうなった時にみんなの疑惑の目から離れることが出来る。お前にとっては一石二鳥だったというわけだ!」


 まくし立てるクメイの言葉にシズカはまともな反論が出来ないでいた。もしかしてギリギリまでこのことを話さなかったのは、場の流れを作ってそのままひっくり返らないうちに投票に移るためだったのか?


「みんな聞け、確かに俺にはロウジンではない理由はなくなってしまったかもしれない。だが、ただそれだけだ。シズカにはロウジンではない理由がなくなった上に、ヒースを殺す動機があった! だから今回の投票ではこいつを選ぶべきなのだ!」


「……私もどちらかといえばクメイの意見に賛成だわ」


 エイリがそんなことを言い始めた。


「シズカの態度には私も違和感を感じてたから……」


「ハハハ、そうだろう。お前はなかなかいい理解力をしている。マナ、あんたはどう思う?」


「そうだね……それもありうるかも」


 意外な答えがマナの口からこぼれた。


「よし……! じゃあそろそろ投票を始めよう!」


 一体どういうつもりだマナは。クメイの言葉を信じシズカに票を入れようということなのか? 確かに、僕も何だかシズカがロウジンではないかという気はしてきた。クメイはロウジンではないということは分かっているのだから、ほぼ間違いないと言ってもいいのではないか? シズカがロウジンだとして、それを当ててしまえばもう犠牲者は出ないのだ。マナもそれに賭けるというのならそれも悪くないかもしれない。


 クメイとエイリ、シズカが問答を繰り拡げている中、マナがこちらに視線を送ってきていることに僕は気付いた。その口を見ると、マナは何かを口パクで訴えてきているようだった。


『ダ、メ』


 そう言っているように見える。つまりこれはマナは結局票を変えないということか。


「ふふふ、よしもういいだろう。時間がない、投票を始めようじゃないか! せーので怪しいと思う者を指差せ! せーの!」


--------



 投票結果


 エイリ → シズカ

 シズカ → クメイ

 クメイ → シズカ

 マナ  → クメイ

 僕   → クメイ



--------


 結果を目にし、クメイはその目を大きく見開いていた。


「ば、馬鹿な……」


 そして顔を歪め、その目を僕とマナに向けてきた。


「なぁぜお前たち俺に入れた! どう考えてもシズカが選ばれる空気だっただろうがッ!」


「……ごめんなさい。僕は僕の考えを信じたかったんです」


「……私もミツルの意見に賛成だったから」


 そして次の瞬間、ファントムが床から出現した。


「くそ、くそ……」


 標準を合わせるようにクメイの方向をグルリと向く。クメイは無駄だと分かっているのか、その場から動こうとはしなかった。


「くっそー!!」


 ロウジンがクメイにとり憑いてしまった。クメイはイスに座り急速に進む自分の老化を眺めていた。


「それで、あなたはロウジンなの……?」


 エイリが席を立ちクメイに近寄り尋ねた。


「……違う。もう少しで……ロウジンに勝つことが出来たはずだったのに……」


「そう……」


「……ベッドになんか運ばなくていい。俺を老化させた相手……出来れば俺が生きている間に目にもの見せてやってくれないか」


「そうよね……私たちにはもう分かっている。誰がロウジンなのか」


 エイリはきびすを返すとシズカに体を向けた。

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