ずっとずっと生き続けてください
「ミ、ミツルさん、じょ、冗談ですよね?」
「……こんな時に冗談なんか言いませんよ」
「な、なぜそんなこと言うんですか」
モモは不安そうに眉をひそめ、いつも以上にその眉が垂れ下がってしまっている。
「モモさん、あなたはセイラさんのこと、大事に想ってましたか?」
「え……」
「現在僕達はそれぞれ自分がロウジンでない理由を持っています。だから消去法でその理由が一番希薄だと思うモモさんが怪しいと思ったわけです」
「ふむ、モモがロウジンでない理由はセイラがロウジンに殺されたからだったな。モモは実はセイラの事が大事ではなかったと言いたいわけか」
「えぇ」
クメイの言葉に僕は頷いた。
「な、何を言っているんですか。わ、私はセイラさんのこと誰より大切に思っていました!」
「確かに、その可能性はあります。しかし本人がそう言っても何の証明にもなりません」
「そ、そんなの私以外の人にも言える事じゃないですかぁ!」
「そうでしょうか、僕にはモモさんはこの中でもパートナーを一番大切に思っていなかった可能性が高いと思うんです」
「え……」
「エイリさんとマナはそれぞれ自分のパートナーを命に代えても守ろうとした。これは他の人がその光景を目撃しているので間違いないと思います。そしてシズカさんはヒースさんの妻だった。30年間も寄り添った相手を簡単に、いち早く葬るような真似をするとは考えにくい」
ぼくはロウジンに昨晩言われた台詞をつらつらと述べた。必ずしも自分の考えとは一致しない台詞を。
「しかしモモさんはどうでしょう、あなたはセイラさんに雇われていただけだ」
「そ、それは……」
「それに僕は最初にあなた達2人の関係を見て少し違和感を覚えました。まるであなたは彼女の奴隷のように扱われていた。一緒に行動していた相手とはいえ、下手すればモモさんはセイラさんを恨んでいる可能性すらあったのではないかと僕には見受けられました」
「そ、そんなこと絶対にないです! そ、それは雇われているんだから当たり前のことで……!」
彼女は弁明をしたが、誰もその言葉に反応しなかった。
「そ、そうです! 私はロウジンに脅されていたんですよ! そんな私がロウジンなんておかしいじゃないですか!」
「それは……たしかに一見そう思えますが、別にモモさんがロウジンであっても自分がロウジンに脅されていると嘘をついているだけかもしれませんし、なんの根拠にもなりません」
「わ、私……嘘なんて……」
モモは皆の顔を見回し絶望と焦燥の表情を浮かべていた。目じりに涙を浮かべている。
「み、みなさん……信じてください……私はロウジンじゃありません……」
「……モモさん、そんなこと口では何とでも言えます」
「そんな……」
「もしモモさんがセイラさんに元から恨みを抱えていたのならば、真っ先にファントムにセイラさんを殺させても不自然な事ではありません。以上で僕の意見は終わりです」
重い空気が場を支配していた。
「ミツルさん……うぅ……」
モモは止め処なく出る涙を手の甲で拭っていた。
僕は激しく胸が締め付けられるような感覚に襲われた。彼女の涙を止めたい。手を差し伸べ守ってあげたい。あの遠慮がちで少し困ったような笑顔をまた見たい。
しかし僕は何を考えているのだろう。彼女を追い詰めているのは僕自身じゃないか。僕は彼女に何の罪もないことを知りながら死なせようとしているのだ。
僕は激しく強くなりそうな呼吸を必死で抑えた。
「……他の意見がある者はいないか?」
そしてそれ以降、誰も意見を述べることはなかった。モモ本人も特に反論の言葉は浮かばないようだった。
「……ないようなら投票を始めることにしよう」
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投票結果
モモ → クメイ
クメイ → モモ
エイリ → モモ
マナ → モモ
シズカ → モモ
ミツル → モモ
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「そんな……」
モモは、席を立ち、後ずさりした。
「わ、死にたくないです! い、今からでも票を変えてください! 絶対、絶対私ロウジンじゃありませんから!」
モモは涙を浮かべながらみなに訴え、最後は僕に目を向けてきた。
「ミツルさぁん……!」
「それは……出来ません」
彼女の言葉に賛同する者は現れなかった。票を変えれば自分が選ばれるのかもしれないし。票を変えたところで別に怪しいと思う人間はいないのだろう。
そしてそこから彼女のせせり泣く声をしばらく聞き。ついに21時がやってきた。
すると部屋の中央の床からファントムがするりと姿を現した。
「い、いや……」
僕はその光景に全身から汗が止まらなかった。マナもきっと同じだろう。
僕達は知っている。モモはロウジンなんかじゃない。彼女はきっとセイラのことを本当に大事に想っていたはずだ。彼女はこれからロウジンの餌食に。いや、僕達の餌食になるのだ。
席を立ち逃げまどうモモ。
「や、やめて! 来ないでください!」
しかしそんな彼女にファントムは迷いなく突っ込んでいった。
「いやああぁぁぁ――ッ!!」
ロウジンが彼女の体の中に入りこんだ。
「あ、あぁ……」
モモが老化していく。エイリが複雑な顔をしながらも彼女の元へと駆け寄った。
僕も駆け寄り彼女の介抱をしたかったが、それは出来なかった。自分が加害者だというのにどの面で彼女に接すればいいというのだろう。
マナが先導し、エイリとクメイの手によってモモが近くの部屋へと運ばれていくのを僕は椅子に座ったまま黙って見ていた。
しばらくすると、3人が部屋へと戻ってきた。
「ミツル君、彼女ミツル君と話がしたいんだってよ」
部屋に戻ってきたエイリがそんなことを言う。
「え……僕と……?」
僕はモモを老化させた張本人だというのに。そんな僕と話したいのか。マナに目を向けると彼女は黙って頷いた。
モモのいる部屋へ入ると彼女がベットであおむけになっていた。
「モモさん……」
僕はベットのそばまで近づきその姿を見た。
「ミツルさん……」
彼女の老化は進み、髪は真っ白で、首の筋は浮き、顔の皮膚はしわしわになっていた。
「……私、ミツルさんはきっと私の味方だって……そう思っていました」
「ごめんなさい……」
「ごめんなさい……ですか。何か他に私に聞きたいこととかないんですか」
「え……?」
えっと、何だろう。少し考えてみたがパッと浮かばなかった。
「ミツルさんは私がロウジンだという可能性が高いと思っただけで、絶対の確信があったわけではなかったんですよね。私が老化したなら、普通に考えてまず私がロウジンだったのかどうかを訪ねるべきなんじゃないですか」
「あ……」
確かにモモのいう通りだった。僕の行動はモモの正体をまるで最初から知っているかのようだったかもしれない。
「……ミツルさんは知っていたんですね。私がロウジンでないということを……」
僕はその言葉に何も言い返すことが出来なかった。
「……もしかしてミツルさんがロウジンなんてことは……」
「いや……僕はロウジンじゃないです」
「そうですか……つまり……ミツルさんは脅されていた……んですね。ロウジンに。だからこんな私を追い詰めるようなことをしたんですね」
「……!」
バレてしまっていた。その瞬間、再び心臓がギュルリと縄か何かで締め付けられるような感覚に陥った。苦しい。息がうまく出来ない。僕はたまらずモモから顔を叛け、虚空を見つめた。
「私を……食い物にしたんですね」
「ご、ごめんなさい……本当にごめんなさい!」
僕は思い切り眉をしかめ、目をぎゅっと
「謝るくらいなら、こんなこと……最初から、しないでくださいよ」
僕はその言葉に何も言い返すことが出来なかった。確かに彼女のいう通りだ。僕はこれが罪深い行為だと分かっていながら実行した。みんなを説き伏せ、彼女を死に追いやった。謝って許されるような問題じゃあない。
「でも、これでおあいこですかね」
「え……?」
「私もロウジンには脅されましたから……。エイリさんが先にミツルさんのことをロウジンだと言い始めたので何も私は言わなかったですけど、ちゃっかり私あの時ミツルさんに投票しちゃってましたし……」
「それは……」
「ミツルさん……最後にお願いがあるんです」
「お願い……?」
僕は下げていた頭を上げモモに目を向けた。彼女の老化は今この瞬間も進行している。これまでの被害者のことを考えるとそろそろ彼女には時間が残されていないかもしれない。
「私を食い物にしたのなら、こんなことをするくらいなら、このまま生き延びてください。私の代わりにずっとずっと生き続けてください。じゃあないと、私……浮かばれませんから……」
僕は何だかその重すぎる言葉にパッと返事をすることが出来なかった。
私の代わりにずっとずっと……それはつまり僕に永久に生き続けろと言っているのか。モモを死なせてしまった罪を背負いながら。
確かに、彼女はここで僕が死なせなければこの先も永遠に近い年月を生き続けたのかもしれない。そんな彼女を死なせてまで生き延びた僕が数年程度で死んでしまえば一体この行為は何のためだったのかということにもなる。
「モモさん……?」
気づけばモモは既に息を引きとっているようだった。結局彼女のお願いに対して応えを出すことが出来なかった。
そのまましばらくその場に立っていると、モモの体からファントムがするりと現れ出た。
「フフフ、ワタクシとの約束を守っていただき誠にありがとうございます。それではまた後ほどお2人のお部屋へと伺いますので、その時はよろしくお願い致します」
ファントムはそれだけ言い残すと床をすり抜けて行ってしまった。
僕は彼女の亡骸を背に部屋の外に出た。するとエイリが壁に寄りかかり腕を組んで立っていた。
「ミツル君……モモは?」
「えっと……たった今亡くなりました」
「そう……それで、彼女はロウジンだったの?」
「いえ……すみません、あれだけ大口叩いて推理したのに……モモさんはロウジンではなかったようです。彼女が亡くなったあとにファントムが体から出ていったので間違いないと思います」
「そう……」
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