だから…ね?

「お楽しみのところ申し訳ございませんが、少しの間お邪魔させて頂きますよ」


 ファントムには何もしてこれないとは分かってはいるが、僕はマナを守るように隣に座る彼女の前を自分の腕で覆った。


「……一体何の用だ」


「フフフ、いきなりですね。まぁこちらとしてもあまりペラペラとお喋りが過ぎるとボロを出してしまいそうなのであまり多くは語りたくないのですが」


 僕はファントムを強く睨み付けた。こいつのせいでもう無茶苦茶だ。こいつさえいなければジンもセイラもヒースも、みんなで仲良く地球を目指していたはずだったのに。


「実はワタクシはあなた方2人を脅しに来たのですよ」


「脅しに……?」


「えぇ、私の言うことを聞かなければ老化により死んで頂くことになります」


 僕はマナと顔を見合わせた。


「何言ってるの……あなたにはもう人を脅すことなんて出来ないはずでしょ」


 マナの言葉にファントムは淡々と話し始めた。


「確かに、ミツル様が話していた通り、ワタクシがこれから先仮に投票によって選ばれないのであれば最終的に生き残れる人数は3人。私が投票で選ばれた者ではない者を老化させてしまった場合は選ばれた者は皆さま全員から殺されることになってしまうので、余計に多く人が死ぬことになり、生き残れる人数は2人になってしまいます」


「そうだ。そして僕たち二人が確実に投票によって選ばれないんだったら。お前の生き残る枠がなくなってしまうだろう」


 すると、ロウジンがニイと口角を上げた。


「そうですね。でも、余計に死ぬ対象があなた方2人の場合は別に問題はないと思いませんか?」


「え……あ……」


 僕は何を安心していたのだろう。こんなところに穴があるなんて。全然気づくことが出来ないでいた。


「どういうこと?」


 マナが解説を求めるように僕を見る。しかしその解説はファントムが始めてしまった。


「たとえばマナ様をワタクシが殺して残りがミツル様、ワタクシ、その他1人の3人になった時のことを考えてみましょう。その時もまだミツル様は残った2人のどちらがワタクシの本体かなんて分からないでしょう? ワタクシは生き残れるかもしれない。だからあなた方お2人ならば脅すことは可能なのですよ」


 ぐうの音も出なかった。他のみんなもこのことに気づいていないのだろうか。気づかないのだとしたらマズい。僕たちはもう脅されているからこのことをみんなに伝えることが出来ない。みんなファントムの思うままになってしまうのではないか。


「そしてワタクシは先ほどのあなた方のお話、聞かせていただきました。どうやらお2人は強く美しい絆で結ばれていらっしゃるようで……お二人が揃って地球に辿りつきたいのであればワタクシのいうことを聞く他ないでしょう」


「くッ……くそ、なんて奴だ」


「誠に申し訳なく思っています。しかし、ワタクシも自身が生き残るために精一杯尽くしているのです。どうかご理解頂きたいと思います。しかしよく考えてみてください。決してこれは悪い話ではないでしょう。ワタクシの言うことさえ聞いて頂けるのであれば、あなた方の命は補償いたします。あなた方は投票による死からもっとも遠い位置にいるわけですし、確実に生き残ることが出来ます。私達3人で生き残って地球に帰ることにしましょう」


 3人で一緒に帰るか。こんな奴と一緒になんて帰りたくなんてない。それにこいつを生かすということは僕たちとこいつ以外の乗員は全員死んでしまうということだ。


「……」


 しかし、ここは冷静にならなくてはならないだろう。感情的に行動すると全てを失いかねない。僕は一度目を瞑って大きく深呼吸し、再びファントムへと目を向けた。


「一応聞くけど、明日投票で選ばせようとしている相手は誰なんだ」


「そうですね。とりあえず次のターゲットはモモ様ということに致しましょう」


「モモ……さん」


 僕の頭に今日分かれる直前に見た彼女の微笑みが浮かんだ。遠慮がちで少し困ったような癒しを感じるあの笑顔。


「……でも、もちろん投票の前に話し合いが行われるだろ。僕たちが二人そろって根拠もなくモモさんに投票するのはおかしいんじゃないのか」


「あぁ、それはですね……」


 僕はファントムからモモを陥れる方法を聞いた。まぁ、確かに言われてみればという感じだった。ロウジンはちゃんとそこまで考えて僕達を脅しにきたようだ。


「ということで話は以上となります。明日の投票、よろしくお願いいたしますね」


 ロウジンはそう言い残すと壁をすり抜けてどこかに行ってしまった。


「ふぅ……」


 僕はとりあえずの緊張がとれ、ため息をついた。しかしファントムが去ったところで何も状況は好転などしていないのだ。膝の上に肘をつき、拳の上に顎を乗せた。


「一体どうすればロウジンのいうことを聞かずに済む……」


「え……」


 そうだ。エイリがやろうとしていたことと同じ、脅されたとしても次でロウジンを当てればいいのだ。そうすればロウジンは残酷な死に方を避けるために自ら老化し、僕たちが死ぬことはない。


「次、ファントムはモモさんを老化させると言った。ということは少なくともモモさんがロウジンでないのは確実だよな……つまり、ロウジンはクメイさん、エイリさん、シズカさんの3人の中にいるということになる。3分の1の確率で当る。……悪い確率じゃない」


 僕が考えていると、マナがベッドを下りて僕の前に立った。


「ミツル……もしかしてロウジンに逆らうつもりなの?」


 天井から射す光が遮られ、マナの体が僕に暗い影を落とす。


「……だって、このままじゃモモさんが死んでしまうんだぞ」


「でも、そんなことしたら、私達3分の2の確率でどちらかが死ぬことになるんだよ?」


「……それは……そうだけど……」


「ミツル……ロウジンの言うとおりにしようよ」


「ちょ、ちょっと待てよ。ロウジンが脅してくるのは今日だけじゃない、モモさんを死なせただけじゃ終わらないんだ。このままロウジンの言うことを聞いていけばロウジンと僕ら以外誰も残らなくなってしまうんだぞ」


 すると彼女が少し腰を落とし、僕に顔を近づけてきた。


「マナ……?」


 逆行でマナの顔が真っ黒に染まって見える。


「……ねぇ、ミツル。200年前にコールドスリープした時のこと、思い出してみて」


「え……?」


「ミツルにとっては割りと最近の話だよね。あの時12人の募集だったのに、13人が応募してしまって、1人のイギリス人があぶれて結局死ぬことになってしまった。ミツルは自分が生き残るために、彼を犠牲にした」


 いきなり何の話だ。一体なぜ今その話をマナは始めるのだろう。


「あ、あれはその彼が既に重い病気にかかっていたから……自分より生き残る可能性が低かったから……」


「そうだよね。別に私ミツルのこと責めてるわけじゃないんだよ。そんなの仕方ないことじゃない。自分が生き残るためにやったことなんだから」


 なんとなくマナが言いたいことが分かってきたような気がした。


「他人のほうが生き残る可能性が低いから自分を助ける。その時と今ってまさに同じだよね。その対象が地球の裏側の人物から目の前の人物に変わったってだけで」


 マナは他の乗員を犠牲にして自身が生き残れと言っているのか。


「ミツル、それにさっき約束してくれたじゃない」


「え……?」


「どんなことがあっても絶対私と一緒に地球に帰ってくれるって。もしここでロウジンのいう事を聞かなかったらそれって絶対じゃなくなっちゃうよね。それともさっき約束したばっかりなのに、もうそれを反故にしちゃうの?」


「それは……」


 彼女は僕に頭を寄せその大きく光のない目を僕の目に近づけてきた。


「だから……ね?」



--------



 そして次の日の20時、6人全員がミーティングルームへと集まった。


「ねぇ、みんなニュース見た?」


 みなが席につくとエイリがそんな話を始めた。


「ん……?」


 腕のデバイスを操作し、皆の前にホログラムを表示させる。


「この記事。私達の他にも地球や他のコロニー、世界中のあちこちで人が急激に老化する事件が起きてるらしいわよ」


「え……それってつまり」


「ロウジンが発生してるってことね」


 その事実にみんなが騒ぎ出した。

 どうやら僕たちが特別運が悪かったというわけでもないらしい。これは世界中で起こっている現象なのか。


「なんでそんなことが……」


「わからない……。博士が生きていれば面白い発想でも聞けたのかもしれないけどね」


 何が原因なのだろう。世界で同時に起こるなんて。何か人には理解できない大きな力のようなものを感じてしまう。


「まぁ、ここで話し合ったところで答えは出んだろう。それより目の前のことだ。ここを生き延びなければ世界でどんな事件が起ころうと関係のないことだぞ」


「……そうね。そろそろ話し合いを始めましょうか。昨日は時間ギリギリになってしまったことだし」


「あぁ、じゃあロウジンだと思う者、そうではないと思う者、何か意見があったらその根拠と共に述べてくれ」


「……」


 クメイの言葉に誰も動こうとはしないことを確認した僕は自身の手を挙げた。


「……ではミツル」


 僕は指名され、席を立った。


「僕は……」


 手に汗が滲んでくるのが分かった。中々次の言葉が出て来ない。本当にコレでいいのだろうか。


「僕は何だ、さっさと言え」


 僕は目を見開いた。そうだ、もう昨日マナと一緒に決めたことじゃないか。ここまで来たら先へと進むしかない。心を鬼にして、ただやるべきことを遂行するのだ。


「僕はモモさんが怪しいと思います」


「え……」


 モモを見ると彼女は寝耳に水を打ち込まれたような顔をしていた。

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