第5章 逆転

約束

 僕は2人をその場に残してミーティングルームを出ると僕はモモと2人になった。通路を並んで二人歩いていく。


「あの……私が男だと知ってビックリしちゃいました?」


「え? えぇ、まぁ……」


 近くで見てみても男要素を微塵も感じない。声もむしろ普通の女よりも少し高いんじゃないかと思うくらいだ。


「そうですよね……男なのにこんな格好して、泣き虫で……気持ち悪いですよね……」


「い、いえ全然そんなことないですよ!」


「そ、そうですか?」


「え、えぇ、むしろその辺の女よりも女の子らしいというか」


「そう言っていただけると少し嬉しいです」


 そういえば彼女はセイラの付き人だった訳だが2人は一体どういう関係だったのだろう。一見召使いのような扱いだったが、実は恋人だったとか? いやしかし性格も服装も女としか思えないし恋愛対象は男ということになるのだろうか。全然分からない。少し気になるが、そう気軽に聞ける話でもないか。


「はぁ……」


 その時、モモが深いため息をつき憂鬱そうな顔をした。


「どうかしたんですか?」


「あぁいえ……明日また投票して今日見たいなことを繰り返さなくちゃならないんだと思ったらついため息が出てしまって……」


「そうですね……」


「……なんだか不思議ですね、宇宙は果てしなく広いはずなのに、私たちはこんな狭い宇宙船の中から出られない。どこにも逃げることが出来ないなんて」


「確かに……言われてみればそうですね」


「まるで私達ってライオンの檻の中に入れられた羊みたいです。食べられるのを待つばかりの」


 モモはなかなか詩的な発想をする人物のようだ。なかなかいい例えだと思う。でも本当にそうだと言い切れるだろうか。少しネガティブすぎる発想だ。


「……そんなことはないですよ」


「え……」


 僕はモモを元気づけるように彼女に微笑みかけた。


「確かに僕達は閉じ込められているかもしれません。逃げ場なんてないかもしれません。けど僕達が羊だなんて決まったわけじゃないです。ただ食べられるだけなんかじゃない。もしかしたらトラにだってなれるかもしれないじゃないですか。僕達がロウジンに勝てる可能性は十分にあると思います」


「そう……ですかね」


「えぇ、明日ロウジンを当てればいいだけですよ。きっと何とかなります」


「……そうですね。私もない知恵振り絞ってみなさんのお役に立てれたらと思います」


 その時モモが遠慮がちに見せた微笑は、何か自分が持っている常識の壁を打ち砕いてしまいそうなほどの破壊力を持っていた。



--------


 守りたい、あの笑顔。


「いやしかし、彼女は男だ……いや、でも、しかし、だが……」


 僕が自分の部屋に戻りそんなことを1人で呟いていると、


「ミツル、戻ったよ」


 扉が開きマナが部屋を訪ねてきた。


「お、おう。そうか」


「……じゃあ、もう遅いし。私寝ることにするね」


「あぁ、うん」


 マナが自分の部屋に戻っていく。もう午前1時だ。確かにもう寝たほうがいい。


「ふぅ……」


 僕はベッドに倒れ上を向いて一息ついた。

 ロウジンの特定は出来ていない。その見当すら全然ついていない。ここ数日で分かったことだが、みんな年上だからと言って僕より推理力があるとも限らない。人に頼らず自分で考えていかなければならないだろう。だがしかし難しいことは明日考えることにしよう。今は休息を取ることが大事だ。


「ライトオフ」


 そして照明を落とし、5分ほどが経過した時だった。コンコンと再び部屋のドアがノックされた。


「はい?」


 誰だろうこんな時間に。少し頭の中に緊張が走った。


「私だけど、ちょっといいかな」


「あぁ、うん」


 なんだマナか。でも何用だろう。部屋を再び明るくして上体を起こす。するとパジャマ姿のマナが部屋に入ってきた。

 彼女はどこか緊張した顔で、斜め下に目を向けている。


「どうした?」


「ミツル……」


 すると次の瞬間、マナがこちらに駆け寄ってきて僕の胸に飛び込んできた。


「うわっ」


 僕と顔を交差させ、マナの腕が背中へと回ってきた。


「マ、マナ……?」


「ミツル……私達がこれまで生き残ってきたのって、すごい偶然だと思わない?」


「それは……そうだね」


「私達は今一番ロウジンの候補から遠いところにいるのかもしれない。でも、それもいつひっくり返されてもおかしくない。もしかしたら明日私達のどちらかが死んでもおかしくないよ」


「うん……」


 それは、ジンが死んでしまった時、僕も思ったことだった。


「私……ミツルと離れたくないよ。ずっと一緒にいたいのに……せめて今だけでもこうやって近くで一緒にいたいな」


 そういう彼女の腕の力が少し強まった。


「あぁ、分かった」


 僕もマナの背中に腕を回しぎゅっと抱きしめた。


「でも僕は死ぬ気なんてサラサラない。マナがピンチになっても全力で守る。絶対二人で生き残って、そして地球に帰るんだ」


 すると彼女は顔を引いて、僕のことを間近で見つめてきた。


「ほんと?」


「あぁ、もちろんだ」


「約束する?」


「あぁ、約束するよ」


「ありがとう。何か嬉しいな……」


 彼女は僕の胸に顔を埋めてきた。

 そうだ。ロウジンなんかに負けるワケにはいかない。マナは200年も僕と一緒にいられることを待ち望んでいたのだ。そして僕もそれを願っている。絶対に二人一緒に地球に帰らなくてはならない。僕はマナの脳天に額を当て目をつむり固く決心をした。


「フフフ」


「……!」


 その時、明らかにマナではない声が間近で聞こえてきた。男とも女とも言い難い少ししゃがれた声……

 目を開けた僕は驚愕した。マナが慌てて僕から離れて後ろを振り向く。気づけば部屋の中央にはファントムがいて僕たちのことを見つめていた。


「ファントム……!」

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