投票の結果

 次の日の20時。僕達は全員再びミーティングルームへと集まることになった。どうやら皆無事に1日を過ごしたらしい。皆が揃ったところでクメイが話を始めた。


「さて、もう何人も犠牲になってしまってはいるが、まだロウジンはこの中にいるはずだ。そいつをなんとしても見つけ出して殺さなくてはならない」


「だがしかし、拙者にはロウジンが誰かなど全然検討がつかぬが……」


 確かに、今まで博士に頼り切りだったために、僕たちは逆に犯人が誰か見極めようともしてこなかった。


「まぁ、しかし俺たちは最初の頃よりお互いのことを知っているはずだ。明らかにこいつはロウジンでないと自分の中で確信できる者もいるだろう。だったら、おのずと投票による的中率も上がっているはずだ。他に方法もないんだし、やるしかあるまい。異論がある者は?」


 クメイの言葉に誰も何も反論するものはいなかった。それにここで色々と話にケチをつけると投票の結果に影響を与えてしまいそうな気がする。


「では投票の前に全員の情報や認識を共有おくほうがいいだろう。誰が怪しいとか、誰はロウジンではないとか、言えることがあったら言ってくれ。もちろんその理由も添えてな」


 この話し合いはかなり重要なものになるかもしれない。実際には投票前にこの話し合いで結果が決まってしまいそうだ。

 どうする。ここで何か話しておくべきだろうか。しかし、特に今のところこれといってそんな強力な意見など持ち合わせていない。


「誰もいないのか?」


「皆さま」


 しばらくしてやっと誰かが言葉を発したようだった。しかしその先の言葉が続かない。


「あー……、今誰が喋った?」


 クメイが皆に疑問を投げかけたが、僕にもそれは分からなかった。皆が皆の顔を見回している。なんだか男とも女とも言えない少ししゃがれたような奇妙な声だった。


「皆さまにお話したいことがございます」


 再び同じ声色が耳から入ってきた。僕はその声が発生させられたであろう方向に目を向けた。なんだかその声は部屋の中央辺りから聞こえてきているように思えた。

 次の瞬間、部屋の中央の床からファントムが姿を現した。


「ファントム……!」


 ファントムは薄ら笑いを浮かべながらゆっくりと回転し皆の顔を見ている。


「ねぇ……今の声ってまさかとは思うけど……」


「いや、しかしそんなことが……」


「喋ったのはワタクシですよ」


「!!」


 それはもう間違いなかった。やはりファントムから声が発せられたのだった。


「まさか……喋れたのかこいつ……」


 いや、途中から喋れるようになったのか? それにしても今更一体どういう意図で喋りだしたのだろう。


「な、なんだ一体話って」


 クメイが少し動揺した様子ながらもファントムとの会話を始めた。


「実は折り言って皆さまにご提案したいことがあるのです」


 ファントムは意外にも丁寧な言葉遣いだった。もしかして自分の本体が誰なのか分かりにくくしているのだろうか? 確かに普通に話してしまえば声が違うとは言え喋り方の癖が出てしまうかもしれない。


「提案だと……? お前の提案なんかに乗って俺たちに何かメリットがあるとでもいうのか」


「えぇ、それはもう。これはお互いのためになることです、とりあえず聞いてみて頂いたほうがよろしいかと思われますが」


「ふん……とりあえず話してみろ」


「かしこまりました。それでその提案の内容ですが……」


 ファントムはずっと時計周りにゆっくりと回転し皆の顔に目を向けているようだった。


「現在投票によって決めた者を全員で殺すということになっていますが、その殺し、ワタクシにお任せ頂けないでしょうか」


 その言葉にクメイは眉をひそめ首を少し傾げた。


「……何を言っているか分からんな。お前は殺人快楽者なのか?」


「いいえ、決してそういう訳ではございません。ただこのままだと、投票によって選ばれ皆様から殺される者、ワタクシに若さを吸収される者、1日に2人も死んでしまうのです。そうなればワタクシが生き残った状態では確実に地球までたどり着けない計算となってしまいます」


 確かにその通りだ。ロウジンもやはりそのことには気づいていたのか。


「ですから皆さまが投票により選んだ者は私が老化させればよいのです。それならばその日の犠牲者は1人で済みます。あなた方にとってもワタクシにとってもより多くの人命が救われたほうがいいでしょう」


「……いやちょっと待て。そんなのは無茶苦茶だ。確かにそれなら投票が外れた場合その日の犠牲者は半分で済むが、お前が投票で選ばれた場合どうなるんだ」


「その場合、私は誰も老化させることはなく、自身を老化させて終了となります」


「ふん、そんなの信頼出来るか。そんなこと言って、他の人間を老化させるかもしれないだろう」


「そんなことをしても、選ばれた者がロウジンだったと結局分かってしまい私は皆さまに殺されてしまいますよね?」


「それは……そうだが」


「どうしても心配なさるのであれば、投票により選ばれた者が老化しなかった場合は、その者をなるべく残酷な方法で殺してください」


「何……?」


「残酷な方法で殺されるか、老化によって死ぬか。そうなればワタクシは迷わず老化による死を選びます。皆様にもその気持ちは分かって頂けることでしょう」


「……」


 クメイは反論しなかった。確かに、老化による死はおそらくそこまで苦しいものではなさそうだ。どうせ死ぬのなら僕だって老衰による死を選ぶ。

 みんなもしぶしぶという感じではあるが納得したようだった。ロウジンの提案に乗ることになってしまうことは癪なようだったが、ファントムの言うようにこちらにも大きなメリットがあるのだ。仕方がない。


「……ではさっきの続きだ。誰が怪しいのか、誰が怪しくないのか情報を全員が共有しあった上で投票をすることにしよう。何か意見のある者はいないか?」


「はい」


 少し間が開いたあとエイリが手を上げた。


「ではエイリ、言ってみろ」


 するとエイリはなぜか僕のことを真っすぐに見つめた。


「私はミツル君が怪しいと思うわ」


「えっ」


 僕は自分の耳を疑った。まさか、仲がよくなれたはずのエイリが僕のことを怪しいと思っているなんて。


「な、なんで僕が……」


 当たり前だが僕がロウジンではないということは僕が一番知っている。一体どんな根拠があって彼女は僕がロウジンだとか言い出したのだ。

 するとエイリは僕から目を離し、皆の顔を見回した。


「皆、思い出してちょうだい。私たちがコロニーにいた時ロウジンによる被害なんてなかったでしょ? だったらロウジンは私たちがこの船に乗った日から発症したの? それって結構偶然がすぎるっていうか……そう考えるよりも、その日にロウジン本体自体が現れた。つまりミツル君が目覚めたって考えたほうが自然じゃないかしら」


「うッ……」


 エイリの推理は思った以上に説得力があった。


「……確かにその通りだな」


「そう言われれば……」


「ふむ……ミツル殿はこの中で一番特殊な人間でござるしな……」


 みんなもエイリの言葉に同意を始める。マズい、マズい。何とか反論しなければ。このままでは僕が投票で選ばれてしまいそうな雰囲気だ。だが何と言えばいい? 単純に「そんなのは本当に偶然だ!」と言っても何の説得力もない。


「待ってよみんな、そんなのおかしいよ!」


「マ、マナ……」


 僕が考えの袋小路に迷い込んでいると、横からマナの声が飛び込んできた。席から立ち声を振り絞るようにして僕の弁護を始める。


「みんなよく考えて! ミツルは200年も前からやってきたんだよ。ロウジンという存在が初めて現れたのはいつ? ここ数年の話でしょ。つまりロウジンは現代人に起こる病気なんだよ。200年前からやってきたミツルがロウジンだなんて考えられない」


「それは……」


 僕にはその時マナが天から手を指し伸ばす聖女のように感じられた。


「ふむ……かもしれんな。意見は以上か?」


「う、うん……」


 しかしマナにはもうそれ以上の弾は残されていなかったのか、席についてしまった。


「他の者は何かないのか?」


 マナが反論してくれたことはとっても嬉しかった。しかもかなり説得力もある弁護だったように思える。もしかしたら半分くらいの者が意見を変えてくれるかもしれない。でも、たぶんそれじゃあだめだ。なぜなら仮に半分が僕に投票して、残り半分が他の者にバラければ、それは結局僕に一番票が入ってしまうということなのだから。


「他には誰か何かないのか?」


「あ……う……」


 マナが何か無理やりひねり出そうとしているが言葉になっていなかった。僕も同じだった。これ以上一体何が言えるというのだ。

 エイリを見ると床の方向をじっと眺めていた。一体何を考えている。本当に彼女は僕のことを言葉通り怪しいと思っていたのか?


「よし意見がないならそろそろ投票を始めようと思う」


「そんな……ま、待ってよ」


「さっき聞いたこと以外で意見があるなら待つが、何もないのだろう?」


「それは……そうだけど……」


「よし、ならもういいだろう」


 クメイは全員に顔を向けた。


「せーのでロウジンだと思う者を指すぞ。せーの!」


--------


 投票結果


 サムラ → シズカ  

 クメイ → ミツル

 エイリ → ミツル

 シズカ → クメイ

 僕   → エイリ

 マナ  → サムラ

 モモ  → ミツル


--------


 僕は気づけばエイリを指していた。別に彼女が怪しいと思っていたわけではないのだが。まぁしかしそんな僕の一票など何の意味もなかったようだった。


「そ、そんな……」


 僕はクメイ、エイリ、モモに指され他の票はバラけていた。つまり僕が最多の3票だったのだ。


「……ミツルに決定だな」

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