話し合い

「は、博士……?」


 その背中には包丁が突き立てられ、白衣が赤く染められている。しかも刺し傷は一か所ではないようで背中がめった刺しにされてしまっているようだった。

 僕はシュレイ博士に近づきその肩を掴んだ。


「博士! 大丈夫ですか!?」


 しかし博士は返事などするはずもなかった。これだけめった刺しにされていれば生きているほうがおかしいだろう。うつ伏せの状態で横を向いた顔を体勢を低くしてのぞき込むと、光のともっていない目が半開きになっていた。

 僕は後方の二人に顔を向けると首を横に振った。


「そんな……博士がロウジンじゃなかったの?」


 僕はその場に立ち上がった。彼女に触れた自身の手を見ると血がべっとりとこびりついていた。


「もしかして罪の意識に耐え切れなくなって自殺とか……?」


 マナがそんな仮設を立てる。


「いや……背中が滅多刺しにされているんだ。こんな死に方自殺じゃ無理だろ。それに部屋を自分でこんなに荒らすのもおかしい」


「じゃあやっぱり……」


「あぁ、ロウジンは他にいる。どういうからくりなのかわからないけど、ロウジンが生きていて、そして博士を殺したんだろう」


 クメイがシズカに電話をすると5分程度で1階の捜索をしていた4人が博士の部屋までやってきた。

 一応全員が博士の遺体を確認したあと、部屋の前の通路で話し合いが始まった。


「ファントムは物質に触れることが出来ない。つまり、ファントムだけが生き残っているなんてこともなさそうだな……」


「それはつまり、まだこの中にロウジンがいるということでござるか?」


「そういうことになるな」


 皆が情報を共有する中、僕は改めて皆の顔を一瞥いちべつした。今まではロウジンはファントムによって間接的に人を殺してきた。それが今回直接凶器を使って人を殺したのだ。そんなことをやってのけた奴が今こうして被害者面してこの中に潜んでいるというのか。


「でも、じゃあ結局博士はなぜ僕たちに嘘なんてついたんでしょうか。嘘をついたって何一ついいことなんてなかったような気がするのに」


「それは分からんが……」


 それからしばらくの沈黙のあと、


「あのさ、ちょっと気づいたんだけど」


 僕の隣にいたマナが声を上げた。


「どうした?」


「私達1階で捜索してた組は一度も単独で行動なんてしていないよね。ってことはつまり私たち3人の誰にも博士を殺すことなんて出来ないんじゃない?」


「どういうことでござるか?」


「えっと……」


 サムラの言葉にマナは考えを頭の中でまとめるように顎にコブシを当てた。


「さっき博士の部屋に行ったときは中に博士はいなかったし部屋も荒らされてなかった。つまりその時にはまだ博士は生きていたってことだよね。そして次に博士の遺体を発見する時まで私たちは誰も博士の部屋まで行ってない。お互いの目があったし、間違いないよ。だから私たちの中に博士を殺した人物はいないってことになる」


「確かに……その通りだね」


 ということは残りのサムラ、エイリ、モモ、シズカのいずれかが犯人?


「……待って、私たちも一度も単独で行動なんてしてないわよ。そしてそもそも1階になんて来ることもなかった」


 するとシズカがそんなことを言い始めた。


「え……本当ですか?」


「えぇ、間違いないわ。あの状態で誰にもバレずに一人抜け出して博士を殺して戻ってくるなんて不可能よ」


 シズカの言葉に僕の頭は混乱した。


「……じゃあ一体どうやって犯人は博士を殺したっていうんですか」


「そんなの……知らないわよ」


 そこにいる全員が頭を傾げ黙り込んでしまった。


「待て、もしかしたら……」


 その沈黙を破ったのはクメイだった。


「ん……?」


「まさか……他に誰かいるんじゃないだろうな……この船の中に、誰も知らない13人目の乗員が……」


「え……」


「そやつがロウジンだということでござるか?」


 そんなことがありうるのか。確かにそれなら誰も博士を殺せないという矛盾は解決出来てしまうが。


「でも……そうだとしたら一体何のためにそいつは博士を殺したんですか? 自分が検査される対象じゃないなら博士が何をしようと別に構わないですよね」


「……確かに、それはそうだな」


「それに博士が嘘をついた理由もなぞのままです。もし船に13人目が乗っていてそいつがロウジンだったとしたら検査結果は誰もロウジンではないと出るはずではないでしょうか」


「うむ……」


 その時シズカがすっと手を上げた。


「どうした?」


「この船に入る時、かならず身体チェックが行われる。コロニーセブンは密航者には厳しいはずだからそれを騙して出入りすることは難しいはずよ。オペレーターは最初コロニーから離れるときに12名の乗員がいると話していた。だとしたら13人目などいないと考えていいはず」


「そうなんですか……?」


「そのあたりはオペレーターにあとから確認してみればいいんじゃないかしら」


「……ならばロウジンは一体どうやって博士を殺したんでござるか。今のところ不可能犯罪としか思えぬが……」


「うーん……」


 不可能犯罪か。

 僕たちはしばらくの間全員で考えたが、結局どうやってロウジンが博士を殺したのか、誰にもその答えを出すことは出来なかった。


「いずれにしても……私はロウジンを許さない……もし犯人が分かったら、その時は……私がやる。私がロウジンを殺してやるから」


 沈黙を破るようにずっと言葉を発していなかったエイリが声を上げた。なんだかその声からはロウジンに対する強い憎悪の念が感じられた。その気持ちをなだめさせたい気持ちもあったが、彼女はジンという大切な人をロウジンに奪われてしまったのだ。僕には何も言えることはなかった。


「どうする? 結局それってつまりまたこの中からロウジン探しをしなくちゃいけないってことだよね」


「そうなるな」


 つまりそれは今までなんだかんだ結局投票は行われていなかったが、ついにそれが始まるということなのか。


「しかしもう午前3時だ。今日は遅い。犯人探しは明日行うことにしよう。いつまでも起きていられないからな。判断も鈍る」


「そうですね……じゃあ今日はここで解散しますか」


「あぁ」


「ちょ、ちょっと待ってください」


 みんながバラけようとした瞬間ほとんど会話に加わっていなかったモモが声を上げた。


「どうした?」


「み、みなさん怖くないんですか。博士は、こ、殺されたんですよ。このままバラバラになってしまうと他の人も殺されてしまうかもしれません」


「それは……」


 確かに、そう言われればそう……なのか?


「いや、たぶんそれはないだろう」


 しかしそこでクメイが反論を始めた。


「ロウジンが博士を殺した理由は自分が特定されてしまうからだろう。他の者を直接殺す理由はないはずだ。殺せばそこから足がついてしまうかもしれんしな」


「で、でも……」


「それに、俺達はロウジンからみれば敵でもあると同時に大事な餌でもある。むしろロウジンにとっては基本的に殺すべき相手ではないだろう」


「え、餌……ですか」


「どうしても心配なら誰かと一緒に過ごせばいい。まぁその相手がロウジンでないという保証は出来んがな」


「あ、あぅぅ……」


 するとモモは皆の顔を見回し始めた。僕で視線が一瞬止まる。しかし僕の隣に立つマナの顔をチラ見して何だか諦めてしまったように目をそらされた。そして最終的にエイリに向けられてその視線は止まったようだ。


「あ、あのエイリさん、もし良かったらエイリさんの部屋に今日お邪魔してもいいですか」


「え……まぁ……別にいいけど」


 お互いがロウジンである可能性もあるわけだが。何か納得出来る点でもあるのだろうか。二人は今日一緒に寝ることになったらしい。

 まぁモモがエイリを頼る気持ちはすこし分かる。先ほどのあのロウジンを恨んでいた台詞、表情は演技だとは思えない。

 エイリからしてみるとどうだろうか。モモはビビりのようだし、ドジっ子っぽいし、もし彼女がロウジンであったらここまで立ち回れないのではないかという気はする。気がするだけだが。


「じゃあみなさん、また明日」


「えぇ、おやすみなさい」


 そして僕たちはその場を解散することになった。



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