発見

 そしてクメイがミーティングルームの扉を開き外に出た瞬間のことだった。


「!!」


 クメイがいきなりその足を止めた。なかなかその場から動こうとしない。


「どうしたんですか?」


「……ファントムだ」


「え……」


 僕たち二人も部屋の外に出ると通路の先にファントムの姿があった。更に僕たちの後ろからモモやサムラが顔を出してくる。


「大丈夫だ。とりあえず次の21時までは何も出来ないはずだからな」


 僕たちはすぐ近くのエレベーターで1階へと降りた。

 長い通路が続いている。博士の部屋はこの通路の中央辺りにある。

 僕がその通路を進もうとした時だった、


「あ!」


 ファントムが天井をすり抜けて上から姿を現した。


「ついてきたのか……」


 まるで監視されているようだった。これ、もしかして何か意味があるのだろうか。上にいる人数の方が多いはずだが僕たちにわざわざついてくるなんて。人間の数はあまり関係ないということか。


「まぁいい。このまま博士の部屋に行くぞ。もしかしたら俺たちをこれ以上進ませたくないのに止められないような状況なのかもしれん。だとしたらこちらが奴を追い詰めているということだ」


 僕たちはファントムのいる方向へと向かっていった。


「ここだな」


 先頭を歩いていたクメイがネームプレートを見て立ち止まった。ちょうどファントムがいる直前に博士の部屋があったようだ。やはりここにファントムがいることは意味深だ。緊張が高まる。


「博士、いるのか」


 クメイがドアをノックし声をかける。しかししばらくしても返事はないようだった。


「くくく」


 ファントムが近い。目の前で僕たちのことを見ている。本当何を考えているのか全然わからない奴だ。もしかしたら何も考えていないのかもしれないが。


「……開けてみよう」


 クメイはドアにあるパネルを押した、するとロックは掛かっていないようでドアは横にスライドし開いた。


「……誰もいないようだ」


「本当ですか?」


「あぁ」


 クメイがきびすを返し部屋から出たので僕は内部へと立ち入った。そこはパソコンやらよくわからない機材、顕微鏡や試験管がごちゃごちゃと立ち並ぶ部屋だった。中に入るのは初めてだが、こんなことになっていたのか。確かに部屋に博士の姿はない。


「ん……?」


 しかしその時、僕は部屋の中であるものに気づいた。


「どうしたの?」


 マナが後ろから顔をのぞき込んでくる。


「いや……なんか机の上にネズミがいるからさ」


「え……」


 机の上にはなんだか小汚いネズミが乗っている。ネズミは背中に大きなブチのある特徴的な個体だった。それにしてもそのネズミはピクリとも動く様子がない。


「死んでる……のか?」


 僕は何となくそのネズミに数歩近づいてみた。


「……ねぇ、汚いよ。何か病原菌持ってるかもしれないし……」


 するとマナにとがめられてしまった。


「そ、そうだな……」


 確かに死んでるネズミなんて病原菌の温床かもしれない。それにしてもこんな宇宙船にもネズミはいるのか。宇宙に進出するネズミだなんて、なんだかネズミのくせに僕がいた時代の人間よりも随分先進的じゃないか。

 まぁネズミのことなんてどうでもいい。僕たちは博士の部屋をあとにした。


「博士、どこにいる。まさか、この船に潜伏し続けてみなを老化させるつもりか……?」


 もはやクメイは博士をロウジンだと決めつけているようだ。


「でも……果たしてそんなこと可能なのでしょうか。一週間もこの船の中で誰にも見つからずに潜伏し続けるなんてことが」


 見つからないにしても水分補給とかが出来なくてヤバそうだが。


「それは確かに厳しいかもしれんが、博士にはこの方法しかないのかもしれん」


「え……?」


「ロウジンが仲間内にいるかもしれない状況ならば俺たちは1日に1人投票により怪しい者を選んで殺すことになる。ロウジンに殺されるのを合わせれば1日に2人死ぬ。そのままロウジンがうまく投票による死を免れ続けても地球にたどり着く前に人間側が全滅してロウジンも結局死んでしまう」


 それはマナが以前話していたことだった。そうだ。ロウジンには最初から生き残る術なんてないはずなのだ。


「しかし博士自身がロウジンであることを明示させて姿を隠せば投票して仲間を殺すなんてことを言うやつはいないだろう。毎日1人が殺されても皆博士の姿を探し続けるだけだ。地球にたどりつくまで餌は生き残り続けるということさ」


「それは……確かに」


 1日1人しか死なないのであれば確か3人が生き残れるはずだ。あえて自分をロウジンとバラして逃げ切る。まさかそんな方法でロウジンが生き残れるなんて。


「だとしたら博士が検査でロウジンを特定できるという簡単にバレてしまう嘘をついたことにも説明がつきますね……。そう嘘をつけば最初の投票で自分が選ばれる可能性もなくしつつ、姿をくらましたあとで自身がロウジンであると皆に示唆出来るわけですし……」


「あぁ、だとしたら相当な曲者だな博士は」


 うまく全員が彼女の術中にハマってしまっていたということなのか。


「おい、どうなんだファントム」


 クメイが通路の先にいるファントムを睨むようにして話しかけた。


「きききき」


 しかしそれに対してもやはりファントムはどんな感情を持っているのかもよくわからない声を上げるだけだった。


「ふん、まさに話にならんというやつだ。自力で探すしかないな博士を」


 しかし次の瞬間だった。


「ンギャアアアアアアアアッ!!」


 いきなり耳をつんざくような大声でファントムが叫びだした。


「うぅッ!?」


 僕はとっさに両耳を抑えた。


「ききき」


 そしてその直後、ファントムは壁の中へと姿を消していってしまった。


「な、何だったのかな……」


「さぁ……」


 未だに耳の奥にキンキンとした音が残っている。何か気に食わないことでもあったのだろうか。まぁあんな化け物の心情なんて考えたところで無駄かもしれない。


「なんにせよ上の4人にもこのことを伝えて……そしてそうだな、あいつらにも博士を探させることにしよう。別にかまわんだろう?」


「……そうですね」


 もうこんな状況になって誰が危険だとかも言っていられないかもしれない。みんなで手分けして探したほうが博士が見つかる可能性は当然上がるだろう。

 クメイは腕のデバイスを操作し、誰かに電話をかけ始めたようだ。ホログラムで腕の上に現れたのはシズカだった。


『どうかしたのかしら?』


「あぁ、それがな……」


 クメイは博士が部屋にもいなかったこと、ファントムが僕たちについてきてなぜか最終的に大声を上げてどこかに行ってしまったことをシズカへと報告した。


「博士がロウジンである可能性は個人的には高いと思っている。となれば、ここから先、博士を見つけられるかどうかにすべてがかかっているわけだ。それで、そちらの4人にも博士の捜索を手伝ってもらおうと思う。かまわないか?」


『えぇ、分かったわ。あとの3人にも伝えておく』


「じゃあ俺達はこのまま1階を探すことにする。あんたらは2階の捜索を頼んだ」


『分かったわ』


「何かあったら連絡してくれ。じゃあ」


 そしてクメイとシズカの通話は終わった。


「じゃあどこから探す?」


 マナが頭をかしげて尋ねてくる。


「そうだな……この通路の部屋を全部開けていくのもいいが、個人的には貨物室が怪しいと思う」


「確かにそんな感じしますね……。行ってみましょうか」


 僕たちは船尾にある貨物室へと足を運んだ。中に入ると1階床面から2階天井面まである奥行3mほどの棚がいくつも並んでいた。棚はたくさんの仕切り板で区切られており、各段には階段かエレベーターでアクセスが出来るようだ。


「各収納ボックスの扉は透明になっているから開けなくても中の確認は出来る。だが、その正面にまで立たないと中を完全に覗き見ることが出来ないな。バラバラになって探したいところだが、ここは安全策をとって俺とミツルの2人で見てまわろう。マナは入り口から全体を見張っておいてくれ」


 僕たち二人はそれを承諾し、貨物室の捜索が始まった。

 しかし、約30分をかけて僕たちはすべてのボックスを見て回ったはずだが博士の姿を確認することは出来なった。ちょくちょくマナにも目を向けてアイコンタクトを取っていたが、誰の姿も見ていないようだった。


「いませんでしたね……」


 いちいちボックスの中身を覗き見るのは神経を使うのでなんだか疲れてしまった。


「まぁ仕方ない。別の場所を探そう」


 そもそもあの博士が本気でどこかに隠れるのだとしたらこんな簡単に見つかるようなところではないように思える。


 そのあと機関室やトレーニング室をくまなく探したが誰の姿もなく、結局僕たちは乗員室が並ぶ通路へと戻ってきてしまった。ちなみに先ほどシズカとマナが連絡を取ったが、1階でも博士の姿は見つかっていないとのことだった。


「さてと……」


 僕たちは手前から順番に扉を開けて中を確認しながら一度来た通路を進んでいった。


「ここまで来てしまったな……」


 結局博士は見つからず、先ほど見た博士の部屋の前まで戻ってきてしまった。

 僕が博士の部屋をスルーして次の部屋へ進もうとした時だった。


「ねぇ、一応また博士の部屋も見ておこうよ。もしかしたら戻ってきてるかもしれないよ」


「ん? あぁ……」


 僕はマナに言われた通りに足を止めて再び博士の部屋の前へと戻った。


「ま、博士が僕たちから本気で逃げ隠れしているのだとしたらこんな場所にはもう戻らないと思うけどね」


 僕は軽い気持ちで博士の部屋の扉を開けた。


「って、えっ……!!」


「きゃッ!?」


 僕は中の様子に目を見開き、一歩下がって身構えた。隣にいたマナが短い叫び声をあげる。


「どうした!?」


 後方にいたクメイがマナの頭の上から部屋の様子をのぞき込んできた。


「こ、これは……」


 部屋がめちゃくちゃに荒らされている。パソコンらしき機械はふたを開けられて中身が物理的に破壊され、実験に使うであろうガラスの容器などが割られて床に飛散している。そして、床にはシュレイ博士と思われる人物がうつ伏せの状態で倒れていた。

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