やってこない
部屋を出た僕達は扉の横の壁に背を向けて2人並んで立った。
「かわいそうに……エイリちゃん、ジン君……」
「そうだな……」
自分が生き残ってラッキーだとか、そんなこと全然思うことが出来なかった。やっと2人はお互いの気持ちを確認することが出来たというのに、これからが始まりだったはずなのに、まさかそこで終わりだなんて。
「それにしてもこれって一体どういうことなんだろ……」
「ん……?」
「やっぱりミツルが言うようにヒース君がロウジンじゃなかったってことなのかな」
「……どうだろう。分からないけど、もしそうだとしたらシュレイ博士に問題があったってことだよね」
「それってつまり博士がロウジンってこと……?」
「いや……それもおかしな話なんだけど」
博士がロウジンだったらわざわざ検査を出来るなんて名乗り出ないほうがいいという結論が出ていたはずだ。
「まさか……検査のミス?」
ロウジンとヒースの髪の毛を取り違えたとか。もしかしてそんなしょうもないミスでヒースは刺し殺され、ジンは老化してしまったというのか。
「うーん、シュレイ博士に限ってそんなことはないと思うけど……」
そういえばマナは博士と同僚だった。同僚として信頼のおける相手らしい。まぁしかし彼女だって人間なのだから絶対ミスがないなんてことはないとは思うが。
「……とにかく、このことをみんなに伝える必要があるな」
「そうだね……。2人を放置するようで悪いけどなるべく早めに伝えたほうがいいよね」
「あぁ、ミーティングルームにまたみんなを集めよう。そしてみんなの前で博士にこのことをちゃんと説明してもらうことにしよう」
僕達はエイリに一言断りを入れるとコントロールルームに行き、船内放送を行った。
『乗員のみなさん、緊急事態です。ロウジンはおそらくまだ生きています。ジンさんがファントムにやられました。至急ミーティングルームに全員集合してください。繰り返します……』
その重要性はもちろん全員が理解していたようで15分後にはジン、エイリ、博士を除くほとんど全員がミーティングルームに集まった。ヒースの血が生々しく床のカーペットに残っているのが気になるが、まぁ仕方ないだろう。
「ファントムが現れたというのは本当なのか」
クメイが厳しい目でマナを見た。
「うん。ジン君がその犠牲になっちゃって……今エイリちゃんが診てるけど、もう、そう長くは持たないんじゃないかな……」
「チッ……なぜだ!」
クメイが拳で椅子の座板を叩き結構大きな音がした。ヒースを殺した責任は全員にあるといえるのかもしれないが、直接手を下したのはクメイなのだ。彼も無理をしてやったことだったはずなのにそれが無駄だったと分かってしまった。そうなるのも無理はないかもしれない。
「……ちゃんと話すのは博士がやってきてからにしよっか」
「あぁ……」
しばらくすると、エイリがどこまでも暗い顔をして部屋に現れた。マナが席を立ち彼女のもとへと歩み寄る。
「ジン……死んじゃったよ」
「エイリちゃん……」
エイリは自分よりも背の低いマナの胸で泣き出した。
「うッ……うッ……なんで……!」
しばらくしてエイリがとりあえずの落ち着きを取り戻し席についた、しかし未だに博士は部屋に現れていなかった。
「おい、シュレイ博士はどうしたんだ」
「……来ないですね」
「どうもおかしいな。やっぱり博士がロウジンっていう可能性もあるのか……」
「それはわかりません……けど様子を見に行ったほうがいいかもしれないですね」
僕としては彼女とは結構仲良くなったわけだし、あまり疑うような真似はしたくなかったが、このような状況になってしまえば皆の彼女に対する目が厳しくなるのは当然のことだろう。
「しかし、もし博士がロウジンなら、何かこちらに危害を加えてくる可能性もあるな……」
クメイは顎に手を当て皆の顔をちらりと見渡した。
「ミツル、お前、俺と一緒に来い」
「え……は、はい」
一瞬僕でいいのかという気もしたが、気付けば男は3人しか残っていなかった。最初は6人もいたはずだったのにいつの間に半分になってしまったのか。
「サムラはここでみんなを見ていてくれ」
「わ、分かったでござる」
普通に考えれば病気である僕よりもサムラを選びそうなものだが、あのシムを運び出したときにあまりにも普通にしていたので戦力になると思われたのかもしれない。サムラはサムライの格好をしてはいるが刀は飾りだし、かなりやせ細っているし。
「じゃあさっそく見に行くか」
クメイが席を立った瞬間、マナも席を立ってクメイに顔を向けた。
「待って、私も行く」
「あんたも……?」
「ちょっと待てマナ。危険かもしれないんだぞ」
僕の言葉にマナはこちらに顔を向けた。
「それは誰が行っても同じだよ。それにミツル、まだロウジンが生きてるとしたら、それが誰かなんて全然分からないんだよ。もしかしたらクメイ君がロウジンかもしれないじゃない」
「え……」
僕はクメイの顔を見た。まさかそんなこともありうるのか。クメイはどこか不機嫌そうな顔をしている。自分がロウジンかもしれないと面と向かって言われたのだ、それも当然かもしれない。
「ミツルをロウジンかもしれない人と2人きりになんてさせられないよ」
僕は判断を委ねるように再びクメイに目を向けた。
「ふん……まぁいいだろう。ならあんたもついてこい」
ということで僕達は3人で博士の部屋を目指すことにした。
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