第4章 攻防

ファントム再び

 それから10分ほど外を眺めながら待っていると、


「おう、ミツルじゃねぇか」


 後方からそんな声が聞こえてきた。振り向くとジンとエイリが展望室に入ってきていた。


「あ、どうも」


「一人なの?」


「えぇまぁ、マナと待ち合わせ中です」


「あ、そうなんだ」


 ジンとエイリはそれぞれ何か筒状の物と三脚のようなものを抱えている。そして僕の隣までそれを運び何やら組立始めた。


「それってもしかして望遠鏡ですか?」


「おうよ、エイリが持ってきてたんだ。ミツルも一緒に見るか? 地球」


「え……地球ってもう見えるんですか?」


 エイリが望遠鏡を真上に向けてセッティングしている。


「まぁ、肉眼でも見えるかもしれんが、かなり小さいと思うぜ」


「へぇ、そうなんですか。それはぜひ見たいですね」


 200年ぶりに見る地球か。上方に広がる宇宙空間を見てみたが地球の姿は確認することが出来なかった。

 それにしても2人でそんなものを見にくるなんて。最初見たときは喧嘩していたし不仲のように見えたのだが。

 望遠鏡のセッティングが終わったとき、ちょうどマナが展望室に現れた。


「ごめん、待たせちゃった?」


「あぁいや」


 別に待ったという感覚はなかったが、それは博士やジンとエイリがいてくれたおかげだろう。マナの風呂の時間はやはり長い。風呂のあとに待ち合わせるというのはやめたほうがいいかもしれない。


「ん? 3人で何やってるの?」


「あぁ、これから地球を見るんだ」


 それからは4人で地球の鑑賞会が始まった。望遠鏡を覗くとそこには青い星が太陽に半分を照らされた状態でぽっかりと浮かんでいた。

 200年経ってもここから見る分にはその見た目はテレビなんかで見た僕の記憶の中の地球と変わった様子はなく、何だか少し安心することが出来た。


 天体観測に大体満足し終わると、僕たちは窓から数m離れた場所にある背もたれのない長いソファーの上に4人並んで座っていた。


「ねぇ、地球に着いたらバイクで旅するって言ってたじゃない?」


「ん? あぁそうだな」


 しばらくぼーっとしていると隣にいるジンとエイリがそんな会話を始めた。この会話、確か最初に喧嘩していた内容じゃなかったか。


「それ、変える気はないの?」


「あぁ、変えねえよ。永遠に続く人生だからこそメリハリってもんが必要だからな」


「そう……」


 なんだか僕とマナは何も言い出せない気まずい空気だ。これはもしかしてまたあの時のように喧嘩が勃発してしまうのだろうか。

 と思ったのだが、


「ねぇ、だったら私もついて行っていいかな」


 10秒ほどの間が空いたあと、エイリは意外な事を口にした。


「はぁ? お前、あんだけ否定しておいて……大体仕事はどうすんだよ」


「あんたがそれを言うわけぇ?」


「う……それもそうだが……。しかしなんでいきなりそんなこと言い出したんだ?」


 また少し間を開けた後でエイリは口を開いた。


「……私はね、あんたに恩返ししなくちゃならないの」


「恩返し?」


「昨日助けてくれたことへの恩返しよ。あんたがどっか行っちゃったらそのチャンスがなくなってしまうわ」


 エイリが言っているのは昨日ロウジンがエイリに突っ込んでいった瞬間にジンが自らの命を顧みずに二人を吹き飛ばしたことか。


「あ、あぁ……いや、つっても別にあれに意味なんてなかったんだが」


「べ、別にそんなのは関係ないのよ、気持ちの問題なんだから!」


「お、おう」


「ってことで別にいいわよね?」


「え? あ、あぁ……」


 ジンはなんだか押されるがままに了承してしまったようだ。


「そう! じゃあどこに行こうか!」


 エイリはその瞬間、腕のデバイスで地図を映しながらどこを巡り何をするかを計画し始めた。なんだかその姿勢は言い始めたジンよりも活き活きしているように思えた。



--------



「にしてももうすぐ9時か……」


 エイリとジンの計画が一区切りついたころ、ジンが自身の腕に巻かれたデバイスを見ながらそんなことを呟いた。


「あぁ……昨日の今頃は修羅場だったわね」


「そうですね……」


 僕は昨日の光景を頭に思い起こした。あのファントムのルーレットが僕に向いた時は本当に気が遠のきそうだった。それだけじゃない、結局シムが代わりに死んでしまったし、その数時間後にはヒースもみんなに殺されてしまったのだ。


「でも、もう安心だね。本当博士がこの船に乗ってたことは不幸中の幸いだよ」


 マナが少し頭を傾けて僕に微笑みかけてきた。


「そうだな。俺達は一緒に死線を乗り越えた仲だ。まぁ、地球に行ったあとはバラけちまうのかもしんねーが、そっから先も仲良くしていこうぜ」


「はい」


「旅の途中で撮った写真でも二人に送ることにするわ」


「おぉ、いいですね。それは楽しみです」


 何だかこの困難を乗り越えたことによって僕らの距離は縮まったように思えた。2人はあまり年上という感じもせず、親しみやすい感じがするというのもあるが。


「んじゃ、俺たちはそろそろ引き上げるかなぁ」


「そうね」


 二人がそんなことを言い出し時、僕はふと思い立った。


「あ、最後に地球、もう一回だけ見ていいですか」


「あぁうん、全然いいわよ」


 席を立ち、数m先にある望遠鏡のファインダーをのぞき込む。

 すると、


「ん……?」


 なぜだか画面が真っ暗だった。おかしい、さっきまでは見えていた。ちゃんとピントも位置も合わせていたはずなのだが。僕は何かやってはいけない操作でもしてしまっただろうか。

 僕は不思議に思い、ファインダーから目を離して上を見上げてみた。


「っ……!?」


 あまりの衝撃に声が出ない。僕はただ首の角度を固定したまま目を大きく見開き口をパクパクと動かした。


「ん……? どうかしたのミツル」


 僕の様子にマナが気付いたようだった。僕は天窓の外にいたソレに向けて指を刺した。


「あ、あれは……ファントム……!?」


「は……?」


 マナの言葉にジンとエイリも驚きの声を上げた。

 僕は自分の目を何度も疑ったが他の人にも視認できるのならばやはりそれは間違いないのだろう。窓の外10Mほど先の宇宙空間にロウジンのファントムが浮かんでいる。望遠鏡で地球が見えなくなっていた原因はあいつがその視界を塞いでいたからだったのだ。


「うわッ!」


 次の瞬間、ファントムはこちらにものすごいスピードでこちらに向かって降りてきた。窓ガラスをすり抜け僕らの目の前で静止する。


「きききき」


 不気味な笑い声をあげてファントムは僕達の顔をまるで品定めするように順番に見てきた。

 僕以外の3人もソファーから立ち上がり、ファントムから距離をとる。


「そ、そんな! ロウジンの本体は……ヒースは死んだはずでしょ!? なんでこいつまだいるのよ!」


「お、俺が知るかよ」


「も、もしかして、ファントムだけ生き残ったとか……?」


 マナがそんな仮設を立てる。そんな馬鹿なことがあっていいのか。もし仮にそうだとしたらもうどうしようもないじゃないか。こいつには触れることすら出来ないのだから。退治が不可能なら僕たちは指を加えて自分たちが一人ずつ殺されていくのを見ているしかない。しかし、そんな電源のないホログラムみたいなものが果たして存在し続けられるのだろうか。


「いや……これは本体がまだ生きているのかも……」


 こいつだけが残っていると考えるよりも、そう考えるのが自然に思える。


「な、何言ってんだ。ヒースは死んだじゃねーか」


「えぇ、つまりヒースさんはロウジンではなかったってことですよ」


「お、おいおいウソだろ!? シュレイ博士が遺伝子検査したんだぞ。ヒースがロウジンだってことは確実じゃなかったのかよ!?」


「だ、だけど……こいつが残ってる以上そう考えるしか……」


 するとその時、ファントムがその場でクルクルと横に高速回転を始めた。


「クソ! またこれかよ」


 命を賭けたルーレット。今度は一体誰に向かうのだ。もしこの場にいる人間に向かうとしたら僕が殺される確率は4分の1ということになる。


 いやいや、自分さえ死ななければいいという話でもないだろう。もちろんマナにも死んでほしくないし、今はジンにもエイリにも情というものが湧いてしまっている。この中に死んでもいい人間なんていない。僕は全員で生き残って地球に帰りたいのだ。


 しかし、僕のそんな思いもむなしく、ファントムはジンの方向を向いて完全に止まってしまった。


「お、俺……かよ」


 今度はターゲットを最後の最後に変えることもなかった。ファントムがジンの方向に向かって前進を始めた。最初はそろりと、そして一気に加速する。


「だめぇッ!」


 次の瞬間、ジンとファントムの間にエイリが飛び込んだ。ファントムはそのままエイリの体内へと入り込んでしまった。


「エ、エイリ……!」


 が、しかし昨日と同様にやはりそれは無意味だったようだ。ロウジンはエイリの体をすり抜けて、結局ジンの体へと入り込んでしまった。


「うぐッ……」


「あぁッ!」


 エイリがきびすを返してジンのそばへと駆けよる。


「で、出ていってよ! ジンの体から出ていってよロウジン!」


 そしてジンの胸をドンドンと叩いた。


「エイリ……」


 しかし、エイリのそんな行為は無駄なようだった。ジンの体に変化が始まった。みるみるうちに老化していく。


「そ、そんな……」


 そんな絶望的な状況に関わらず、なぜかジンはフッと微笑んだ。


「はは……良かったぜ」


「な、何が良かったっていうのよ!」


「お前は俺を庇おうとして飛び込んできた。これでお相子だろ? もう俺に恩返しなんてする必要なんてない。旅についてくる必要もなくなったな」


 ジンの顔には深いシワが刻まれていき、髪は白髪が目立ち始め、その大きな体が少し丸まってきた。


「バカ……やっぱりあんたは本当のバカよ。私は……あんたのことが好きなの! そうじゃなきゃ旅について行くなんて言うわけない。こんなことだってするわけないでしょ!」


「は、はは……そう……か。そう……だよな」


 ジンの意向で僕とエイリはまだジンが歩けるうちに肩を貸し、近くの部屋にジンを移動させた。

 ジンをベッドに寝かせると、エイリがジンの手を掴んで泣きついていた。


「……2人にしておこう」


 マナが僕の肩に手を置き部屋からの退出を促した。


「あぁ……」

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