すまないのう
その日の夜、僕とマナは共に1階にあるシャワー室へと向かった。
「じゃあ、このあと展望台に集合ね」
「分かった」
シャワー室は男女に分かれていて、中は簡単な仕切りで区切られている簡素なものだ。
マナに言われた通り、シャワーを終えたあと僕は展望室へと向かった。なんでもまた地球のホログラムをここで見せてくれるらしい。
中に入ったがやはりまだ展望室にはマナの姿はなかった。マナは風呂の時間が長いのだ。しかし展望室の中には誰もいないということはなく、そこには小さな銀髪の女の子が窓際に外を向いて立っていた。
「シュレイ博士」
彼女は僕が声を掛けるとこちらを振り向いた。
「あぁ、君か」
僕は彼女の隣まで足を運んだ。
「シュレイ博士もここに来るんですね」
博士は基本的に部屋で研究をしているイメージだったが。
「たまには休息というものも必要なのじゃよ」
「そうですか」
僕はそこで博士にまだ言えてなかったことを思い出した。
「そういえば博士、この度は本当にありがとうございました」
「なんじゃ? 改まって」
「みんなが生き残れたのは博士のおかげですよ」
本当、博士がいなければ今も僕達はロウジンの影に怯え、誰かを殺し、殺されていたのかもしれない。少し考えただけでもゾッとしない話だ。
「あぁ、そのことか……気にするな」
博士は僕の言葉にどこかもの悲しげな表情を浮かべていた。もしかして時間が掛りすぎてシムという犠牲を出してしまったことを気に病んでいるのだろうか? 別にそれは博士のせいというわけではないと思うが。
ふと博士の見る窓の外へと目を向けると、そこには海と言ってもいいほどの数の星が煌いていた。
「星、たくさんありますね」
僕はそれを見てなんだか何のひねりもないそのままの感想を述べてしまった。
「そうじゃな。地球から見る星空とは別格じゃろう?」
「確かにそうですね」
「大気がないからのう。その分くっきりと見えるんじゃよ」
「はぁ、なるほど……それにしても本当に数え切れない量ですね」
一体どれくらいあるのだろう。
「あぁ、じゃが本当は肉眼では見えん星もさらにたくさん浮いておるんじゃぞ」
「え、そうなんですか?」
「ここから見えるのは太陽と同じ、自ら光を放っておる恒星だけじゃ。恒星の周りには地球や木星のような惑星がある。その惑星には衛生を持つ星もたくさんあるじゃろうて」
「あぁ……言われてみれば確かにそうですね……」
地球や月のような星は存在していても遠く離れていては見えないということか。
「それに加え、恒星の重力に捕らわれない、完全に自由にさ迷っておる浮遊惑星というのもあるのじゃぞ」
「へぇ……?」
それを考えれば星の数とはどれほどなのだろう。想像も出来ない。まさしく天文学的な数というやつか。
博士はそれからもペラペラとしばらく宇宙についてのうんちくを語っていた。彼女は遺伝子工学の権威なはずだが宇宙や物理学についてもかなり詳しいようだ。ちなみに聞いてみたが、未だ宇宙人は確認されていないらしい。それについては少し残念だった。
「ははは、お主と話すのはなかなかおもしろいのう」
「そうですか?」
僕はただ話を聞いているだけのような気がするが。
「お主とは一度こうやってじっくり話をしてみたかったのじゃ」
「僕と……ですか?」
「そうじゃ。お主はまだ考え方が柔軟でスポンジのように何でも吸収しおる。他の者はかちかちに頭が固まった者ばかりでのう。何かを話してもちゃんと聞いておるのかも分からんわい」
なるほど。長生きすれば見た目は若いままでもだんだん考え方がこり固まっていくのか。まぁそういう意味では博士自身もなかなか頑固者でありそうな気がするが。
「ところで、お主はワシの年齢を誰かに聞いたかね?」
「え……? いえ」
「ほう、ちなみに何歳だと思う?」
なんだろうこの質問は。何だか合コンみたいだが。
僕は改めて博士の容姿に目を向けた。身長と顔つきから考えると小学生にしか見えない。しかし当然ながら今の時代、容姿は何の判断材料にもならないのだ。口調から考えると結構いってしまっているのではないか。しかし、マナよりも年上ということはないだろう。マナはこの世界でトップレベルに長寿らしいのだから。
「えぇと……180歳くらいですかね」
「ふふん、女の子の年齢を上に言うと嫌われるぞい」
「え……」
外れてしまったか。しかし、見た目以外はまったく女の子らしくないのだが。
「ワシの年齢はまだ78歳じゃ。どうじゃ思ったよりも若いじゃろう」
「は、はぁ……」
100歳も上に言ってしまったか。確かに思ったより若い。でも僕がいた時代ではそれでも78歳という年齢は完全にお婆さんといったイメージだが。
「若いのに大企業で研究職についてるなんてすごいですね」
みんな歳を取らないのなら上の役職の人間はなかなか入れ替わりがないということだと思う。それにも関わらず彼女はおそらく上級とも言える職についているのだ。
「ん? あぁ、それはある意味当然のことじゃよ」
「え……?」
なんだろう。当然だなんて。彼女はすごい自信家ということなのか。
「お主は知っておるか知らんが、現代ではごく一部の優れた人間しか子孫を残すことが出来んのじゃ」
「あ……それは知ってます」
今は亡きヒースに聞いた情報だ。
「そうか。それでそんな優秀な人間からワシは生まれ育てられてきたのじゃ。わしが優秀になるのはそこまで不思議なことではないじゃろう?」
「なるほど……」
別に自慢とかではなく、なるべくしてなったということか。
なら若い世代は優秀な人間ばかりということになる。それってちょっと僕にとってはマズいことなのではないか。これから地球に帰って学校に通うことになれば同世代の人間についていけないかもしれない。
「あぁそれと、話は戻るがお主と話してみたかったのは別の理由もあるんじゃ」
「え……?」
「お主はわしたち現代人が持っている倫理観と違う倫理観を持っておるじゃろう」
「倫理観……ですか」
「お主がこれからどういう選択をすることになるのか少し興味があるのう。まぁ、結局ワシ等と同じ選択をする可能性は高いとは思うがの」
「選択?」
「まぁ、それについてはワシが今ここで言うことでもないじゃろう。ワシが教えなくともいずれ分かる日が来るはずじゃ。そのときによく考えることじゃな」
「はぁ……」
そういえばシズカにも同じようなことを言われた。どちら側の人間になるのかとかどうとか。結局博士も教えてくれないのか。気になって仕方がない。
「さて、ワシはそろそろ部屋に戻ることにしようかの」
「そうですか」
博士は
「ミツル君」
「はい?」
しかし、僕が再び窓の方を見た時、声を掛けられてしまった。振り返ると博士は立ち止まってこちらを見ていた。
「すまないのう……」
「え……」
そしてそれだけ言い残して立ち去って行ってしまった。
すまないって、僕は彼女に何か謝られるようなことでもされただろうか。むしろ彼女はみんなの命を救ったのだから感謝するべき人物だと思うのだが。
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