3人で笑顔で地球に帰ろう
腕時計に設定してあった音で目が覚めると時刻は午前8時だった。
「ライトオン」
僕の言葉に反応し部屋に明かりが灯る。
ここは宇宙船だし、昼も夜もないのだが、一応一定のサイクルを送るように努力はしようと思う。基本的に他の人もそうしているようだし。
僕はベッドから足を下ろし、少しの間昨日までのことを
結局今回の一件でセイラ、シム、ヒースの3人が死んでしまうことになってしまった。彼らの遺体は現在霊安室で低温保存されている。地球の宇宙ステーションに行くとそこで検死などが行われ、最終的に親族などに引き渡されるらしい。宇宙ステーションとは言っても僕が思っているものとは違い、一つの都市と言っていいほどの規模があるようだ。だからそこに警察なんかも駐在しているらしい。
2人がロウジンの被害にあってしまったことは悲しい出来事だった。しかし僕にとって一番ショックが大きかったのはロウジンであり加害者であるヒースの死だった。彼とは良き人間関係を築けそうな気がしていたのに。まさか彼が犯人だったなんて。
その時、部屋のドアがノックされた。
現れたのはマナだった。
「朝ごはんでも食べにいこっか」
部屋を出て食堂まで歩いていると、マナが話を振ってきた。
「昨晩は眠れた?」
「いや……あんまりかな」
「そうだよね……。あんなことがあったんだもんね……」
何だかマナの話し方は完全に過ぎ去ってしまった過去を語るようなそんな話し方だった。
「なぁマナ……本当にあれで終わったのかな」
僕は半ば反論するかのようにそんな言葉を呟いた。
「え……それってどういう意味?」
「本当にヒースさんがロウジンだったのかなって思って」
「まぁ……博士がそう言ったわけだし」
「それは……そうだけど……」
しかしやはり僕にはいまだに信じられない部分があった。ヒースと護衛した時の会話、4人で一緒に地球に帰ろうというあの言葉が嘘だったなんて。
でもマナのいう通りだということも分かってはいるのだ。ヒースがロウジンだったということには博士の遺伝子検査という決定的な証拠があった。今更マナとそんなことを言い合ったって仕方がない。それに今更いくら悩んだところでヒースがひょっこり帰ってくるわけでもないのだ。
ヒースのことはさておきそれ以外にも一つ僕の中には気になることがあった。
「ところでシズカさんは大丈夫かな」
「シズカ? ……そりゃあヒース君がロウジンで、さらに死んじゃったんだからショックは大きいんじゃないかな」
「そう……だよな」
僕らにとっては一時の危機で終わった話かもしれないがシズカにとってはまだまだこれからも夫を失ってしまった苦しみは続いていくのだろう。
「……彼女のこと、気になるの?」
気付けばマナが僕の顔を覗き込んできていた。
「……あぁ。急に一人になってしまったわけだし、なんかこのまま放ってはおけないよ」
シズカはヒースが大切にしていた人だしマナの同僚でもある。今のところ僕自身彼女と仲がいいというわけではないが、なんとかフォローしなくてはならないという義務感のようなものを感じてしまう。
「あぁそうだ、朝ごはんにでも一緒に誘ってみるとかどうだろ」
「え? うーん、微妙なとこだけど……そうだね。顔だけでも見にいこっか」
僕達はその足でシズカの部屋へと出向いた。
ネームプレートで分かったのだがシズカとヒースは夫婦だというのに別室だったようだ。まぁ、これだけ部屋が余りまくっていたのだから、そうであっても不思議はないか。僕とマナだってそうしているわけだし。
マナはシズカの部屋の前に立つと扉をノックした。
「はい」
するとなんだかか細い声が聞こえてきた。
「シズカ? 私だけど入っていい?」
「えぇ」
扉を開くとシズカが机の前にある椅子に座りこちらを見ていた。
「あら、2人してどうかしたのかしら?」
シズカは案外普通な様子に見えた。
「あぁ、えっと……朝食でも一緒にどうかなって思って」
「朝食? そうね。分かったわ。部屋の外で少し待っていて」
僕達が部屋の外で待っていると、シズカが上着を着て現れた。
「行きましょうか」
食堂にたどり着いた僕達は、朝食を自動販売機で購入し席へとついた。
「珍しいね」
「え……?」
食事が始まるとマナはパンにかじりつくシズカに対して呼びかけた。
「シズカ、前まで朝食といえば日本食だったのに」
シズカが注文したのは食パンと目玉焼き、ベーコンにサラダといかにも洋食なセットだった。
「……こういう日もあるのよ」
「……そっか」
ちなみに僕とマナは白いご飯に味噌汁、焼き魚、そして納豆に梅干しという完全な日本食だ。それにしてもパネルから画像を選ぶだけでこれが出てきたが、あの自動販売機はどういう工程でこんなものを作り出しているのだろう。中を割って見てみたい。
そのあとしばらく黙々と会話なく食事が進められていったので僕はシズカに話を振ってみることにした。
「と、ところでシズカさんは地球に帰ったらどこに住むんですか?」
「帰ったら? ……そうね。たぶんマナと同じ部署、日本の北海道勤務になると思うけど」
「そうなんですか。それは良かったです」
「え……?」
「あ、いや……僕ってマナ以外に知り合い全然いないですし……それに僕、ヒースさんと一緒に護衛した時に色々話したんですけど。その時4人で一緒に笑顔で地球に帰りたいって言われてすごく嬉しかったんです」
「4人で一緒に……?」
「えぇ……変な話ですよね、よく考えたらロウジンを含む4人で地球にたどり着くことなんて不可能だったはずなのに」
シズカは僕の言葉に少し顔を伏せてしまった。
「でも……でも僕はヒースさんのあの時の気持ちに嘘はなかったんじゃないかと思っているんです。ヒースさんはもういなくなってしまいましたけど……せめて僕たち3人は笑顔で一緒に地球に帰りませんか」
僕の言葉にシズカは顔を上げない。しまった、これはちょっといきすぎた発言だっただろうか。まだ彼女は夫を失ったばかりだというのに。
「……ミツル君」
ふとその時僕は名前を呼ばれてしまった。もしかして僕は怒られたりしてしまうだろうか。
「な、なんでしょうか」
「ありがとう。私からもお願いするわ」
しかし、シズカは僕の予想に反し、顔を上げると爽やかな表情を僕に向けてきた。すこしだけ笑っているように見える。
よかった。怒るどころか、彼女は少し嬉しそうだ。
でも、それもそうかもしれない。僕だってヒースに4人で一緒に地球に帰ろうと言われた時とっても嬉しかったのだから。
「ミツル、私もちゃんと入れてるぅ?」
その時隣に座るマナが頬を少し膨らませて僕を睨んできた。
「あ、当たり前だろ。3人って言ったじゃないか」
「ふーん、まぁいいや、じゃあ約束しようよ」
「ん?」
そういうとマナは僕とシズカの前に小指を差し出してきた。
「あぁ……じゃあ約束だ」
僕たちはお互いの小指を絡ませて約束をした。約束とはいっても、もうロウジンがいなくなってしまった今、ただ地球にたどり着くのを待つだけなので簡単すぎるほとんど意味のない約束ではあるのだが。
でも、もしかしたらこれでヒースを失ってしまったシズカの心の穴を少しでも埋めることが出来るかもしれない。
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その日の午後3時頃、僕は一つ試してみたいことがあったので一人部屋を出て一階にあるトレーニングルームへと出向いた。
試してみたいこととは僕が今着ているこのスーツの能力だ。
セイラやシムがロウジンにやられたあと、僕は彼らの体を半分とはいえ担いだわけだが、その時僕は全然重いとは思わなかった。普通に考えたら結構な重労働のはずなのだが。
トレーニングルームにはルームランナーやマット、バランスボールの他にダンベルやベンチプレスも置かれていた。これならこのスーツでどこまでのパワーを出せるのか試してみることができそうだ。
ここに来たことをマナには伝えていないのだがその理由は彼女が心配性だからだ。もしかしたらマナはこのスーツで予想以上の出力が出せると判明すると、このスーツのパワーを低めに調整してしまうかもしれない。
部屋の隅には様々な重さのダンベルが置かれている。そこにある5Kgのダンベルに手を伸ばそうとすると、まさかの50Kgのダンベルが奥に置かれているのが目に入った。一瞬バカなんじゃないかと思ったが、宇宙船というのは重力の値がその時々で変わってしまう、無重力に近い状態でもトレーニング出来るようにこんなものがあるのだろう。
もちろんだが、今は地球と同じ1Gのはずなので50kgのダンベルはそのまま50kgのはずだ。
それをひょいと手に取り持ち上げてみる。
「おぉ……」
これは本当に50Kgもあるのだろうか。そう思えるくらいに軽い。片手で持ち上げ、まっすぐに前に突き出した状態で静止することが出来た。
「次はあれだな……」
僕はベンチプレスの前まで移動した。バーベルの重さを見ると、15kgが2枚、20kgが2枚で合計70キロとなっていた。さっき50kgのダンベルを片手で持ち上げたのにこの程度で満足できるはずがない。僕はその横のラックに掛かっていた重りを総動員させて重さを400kgまで増やした。シャフトが少し曲がっている。これはさすがにやばいかもしれない。しかしとりあえずやってみよう。
ベンチとバーベルのあいだに入りシャフトを両手でつかむ。400kgもあったら落としたら死ぬんじゃないか。慎重にラックから持ち上げて胸の上に持ってくる。
これならいけそうだ。
バーベルを胸元まで降ろし、そして持ち上げる。
「ふぅッ!」
かなり重量感を感じるが普通に持ち上げられてしまった。まぁ筋トレをするわけではないので一度やればいいだろう。僕はそのままラックにバーベルを戻し、ベンチから起き上がった。
「すごいな……」
思った以上にこのスーツ強すぎる。スーパーマンになってしまったようで気持ちがいい。まぁ、これで力を入れすぎて誰かに危害を与えそうな気もとりあえずしないし、このまま過ごすことにしよう。
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