遺伝子検査の結果

「それはヒース。お主じゃ」


 次の瞬間、ヒースへとみんなの注目が集まった。


「へ……?」


 ヒースはポカンと口を開けていた。それはまるで晴天の霹靂でも受けてしまったようなそんな顔だった。

 ヒースがロウジンの正体……? 気付けば僕も彼と同じように口が開いてしまっていた。完全に予想していなかった相手だ。いや、誰がロウジンであっても信じられない感じではあったが。


「ま、待ってくれ。いきなり何を言い出すんだ。僕はロウジンじゃない」


 ヒースは両手を上げて博士の方へ向けた。


「残念じゃが遺伝子は嘘をつかんのだよヒース君」


 博士が目をつむりかぶりを振る。そんな彼女の態度にヒースはその場に立ち上がった。


「シュ、シュレイ博士! 僕は違うと言っているんだ! 撤回してくれ!」


 それとほぼ同時にジンとクメイが立ち上がる。ヒースは2人の顔を一瞥いちべつしたあと再び博士へと目を向けた。


「……なぜそんな事を言う。あなたには嘘をつく理由なんてないはずだ」


 するとジンがヒースの横へと歩み寄った。


「そうだぜ博士には嘘をつく理由なんてねぇ。嘘をついてんのはあんたなんだろ、ヒースさんよう」


「そ、そんな……僕は嘘なんて……」


 クメイもヒースのもとに向かい、ジンの逆側へと立った。ヒースは両サイドを固められてしまった状態だ。ヒースは2人に比べて体格がいいというワケではない。おそらく暴れたところで取り押さえられてしまうだろう。

 その時ふとヒースと目があってしまった。


「ミ、ミツル君、君も信じてくれないのか……?」


「え……そ、それは……」


 僕はヒースと一緒に護衛をした時のことを思い出した。彼は言っていた。4人で笑って地球に帰ると。あの話は嘘だったというのか。確か投票が行われずロウジンが最後まで生き残った場合でも3人までしか生き残れなかったはずだ。4人全員が生きて帰るのは元々不可能だったというのに。というかそこまで人が減ってしまい、ロウジンがその中にいる時点で笑顔でなんて帰れるわけがない。

 僕にはヒースのあの発言が、あの優しい笑顔が嘘だったとは思えない。思いたくなかった。


 でも同時に博士がここで嘘をつくというのもおかしな話だ。仮に博士がロウジンでない場合、ここで嘘をついて何になる。ヒースを無駄に死なせることになるし、ロウジンを生かしておけば次に老化して死んでしまうのは博士自身である可能性だってある。そんな何の利益もなく自分の首を絞めるだけのような真似はしないだろう。


 博士がロウジンであった場合も同じだ。以前クメイが話していた通り博士がロウジンであったならそもそも自分にロウジンの検査が出来るなと話さないはずなのだ。ここで嘘をついても次の21時が来て新たな被害者が出ればロウジンがまだ生き延びていることなどバレてしまうのだから。嘘がバレれば博士は投票によってみんなに選ばれて殺されてしまうだろう。よっぽど計画性のない人物だったらそんな嘘も口から出てしまうかもしれないが、博士はそんな頭が回らない人間にも見えない。


 ヒースを信じたい気持ちはある。でもそれはあくまで気持ちの問題であって論理的思考からくる答えではない。当たり前に頭を働かせればロウジンはやはりヒースだったということになってしまうのか。


「……ご、ごめんなさいヒースさん。僕にはあなたのこと、弁護できません……」


「ミツル君……」


 僕の言葉に絶望するようにヒースはその場にヒザをついた。そして今度は隣の席に座るシズカに目を向けた。


「シ、シズカ……!」


「お、おい」


 ヒースは這うようにしてシズカのもとへと進み、その腕を掴んだ。


「シズカ、僕を助けてくれ! このままでは皆に殺されてしまう!」


 そんな縋りつくようなヒースの姿は、正直情けない光景のように見えた。


「……信じたいけれど……博士がそう言うのなら、それは確かな証拠のはず」


 彼女はそんなヒースを見下ろし抑揚のない声でそう答えた。


「そ、そんな……」


 ヒースはシズカから離れると両手を床つき、うつむいてしまった。


「なぜだシズカ……君はそんな人間だったか。本当に君は変わってしまった。もっと僕に対して情というものがあったはずだ……。僕には何が何だかもう……分からないよ」


 確かに。シズカは少し冷静すぎるように思えた。今まで30年間も寄り添ってきた夫が今から殺されてしまうというのに。僕は論理的思考によってヒースをロウジンだと言っておきながら何だが、自分の夫が殺されそうになっているのなら明らかな証拠が出ていたって普通は庇うものなのではないのだろうか。感情で動くべきなのではないのか。シズカの態度には何か違和感を覚えてしまう。


「それで、こいつどうするんだ……?」


 ジンが声を上げる。みんなが沈黙する中、クメイが口を開いた。


「こうなった以上、やるしかないだろう……処刑を」


「処刑……」


 そうだ。僕達がやろうとしているのはつまり処刑なのか。


「お前は2人を殺したが……まぁ俺たちも鬼じゃない。死に方は選ばせてやる。どうやって死にたい」


「僕じゃない……僕はロウジンじゃない……」


 クメイの質問にヒースはそう呟くだけだった。


「ふん、何も意見がないならこちらで選ばせてもらうぞ。おいサムラ、こいつをジンと一緒に抑えていろ。俺が今から武器となるものを持ってくる」


「え……」


「はやくしろ」


「わ、わかったでござる」


 ジンとサムラはヒースの両脇を掴んだ。

 それから20分ほどでクメイはミーティングルームに戻ってきた。その手には刃渡り20センチほどの包丁が握られていた。


「ひっ……」


 モモが声にならぬ声を上げる。場の緊張感がどんどん増していく。


「マジでやんのか……?」


「あぁ、当たり前だ。こいつを放っておけばこれからも犠牲者は出続けるんだからな」


「しかしやるっつっても誰がやるんだ」


 ジンの言葉にみんなが黙り込んだ。僕もそうだがやはりみんな誰も殺しなどしたくないようだ。


「ふん、どうせお前らでは出来んだろ。俺がやるよ。中途半端な気持ちの奴がやればどうなるか分からんしな」


 クメイは片手で持っていた包丁の柄を両手で握り締めた。


「お前たち、絶対動かないようにきちんと取り押さえてろ。動いたらお前たちに刺さるかもしれんぞ」


 ジンとサムラが緊張の面持ちで力を入れ直したようだった。しかし、ヒースは力なくうつむいているままだった。もしかしてそういうフリをしているだけだろうか? いや、僕にはただヒースは誰もこの場に味方がいないことに、妻であるシズカにさえ信頼されなかったことにただ絶望しているように見えた。


「よし……やってやる……やってやるさ……」


 そんなことを言いながらもクメイのナイフを持つ手は震えていた。額の汗が光っている。やはり自分で名乗り出ながらもクメイだってこんなことやりたくはないのだ。


「ご、ごめんなさい……私……」


 その時、モモは耐え切れなかったのか、口を押さえながら部屋の外に出ていってしまった。


「……最後に言い残したことはないか」


 クメイの言葉にヒースは力なく中途半端に顔を上げた。


「みんな……すまない。僕には博士が嘘をつく理由が分からない。博士がロウジンなのか……何かしらの方法で博士に嘘をつかせているのか……」


「……ここまで来ても誤魔化そうなんて大情際が悪いな。そんなことで生きながらえようとしても無駄だぞ」


「シズカ……さようなら……僕はずっと君を愛していた。必ず生き延びてくれ」


 シズカを見ると彼女はヒースの言葉に何の反応もせず少しうつむいたまま動かない。一体何を考えているのだろう。夫の最後の言葉だというのに。


「言いたいことは終わったか?」


「あぁ……」


「ならそろそろ終わらせよう……こんな誰も楽しめないふざけたゲームはな!」


 次の瞬間、クメイがヒースに向かって駆け出した。


「うおおお――ッ!」


 そこで僕は目をつむりたい衝動に駆られた。しかし、それだけはしたくなかった。ヒースはクメイ一人に刺されるかもしれない。でも、彼を殺そうとしているのはここにいる僕ら全員なのだ。その責任は僕にだってある。自分がやる事に対して目を背けるような真似だけは出来なかった。


 結局、ヒースは何も抵抗などすることはなかった。ドンとその勢いのままクメイの体がヒースへとぶつかった。


「ぐううッ!」


 ヒースが苦痛に顔を歪める。クメイがヒースから離れた。その手に持たれた包丁が赤い血に染められている。当たり前かもしれないが、本当に刺してしまったのか。


 胸の辺りに傷口があるようだった。そこから血がダクダクと流れ出てヒースの服が急速に赤く染まりあがっていく。たぶんあれは致命傷だ。これ以上追い討ちをかけなくとも放置すればいずれ死ぬだろう。

 ジンとサムラもそれを理解したのかその腕を放した。


「シ、シズ……カ……」


 開放されたヒースはシズカに手を伸ばした。しかし、彼女の座る椅子までたどり着くことは出来ず、膝をつき、そのまま横向きに倒れてしまった。


 するとシズカは席を立ち、ヒースの元へと向かった。ヒースは最後の力を振り絞るように仰向けへとなりやってきたシズカの姿を見る。

 シズカはヒザをついてヒースの力なき手をとった。


「……ごめんなさい」


「……謝らなくていいさ。確かにこの状況じゃ……僕がロウジンと思われても……仕方がない……」


「違うの……私は……」


 シズカが何か言いかけようとした時、ヒースの手に力が失われてしまったようだった。


「ヒース……?」


 シズカはしばらくの沈黙の後、ヒースの半開きになったその目を片手で覆うようにして閉じさせた。


「……ごめんなさい」


 そして再びその言葉を言った。



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