脅し
みんなの視線が僕に集まる。ファントムも僕のことを見ていた。マナを見ると目を見開き、まばたきすらせず自身の親指の先端を咬み、思い詰めた表情をしている。
「守らなきゃ……守らなきゃ……ミツルを守らなきゃ……」
そして小声でそんな言葉を呟いているようだった。
もしかして何かするつもりなのか? しかしもう決まってしまったのだ。この状況でマナが今更何かを弁明しても状況がひっくり返せるとは思えない。
現在の時刻は午後8時半。21時まで残り30分。僕はあと30分で目の前を漂うファントムに憑りつかれ老化してしまうというのか。
するとエイリが席を立ちあがりなぜか少し横に移動した。そして立ち止まり冷たい視線を僕に向けてくる。
「ねぇ、ミツル君。私が昨日言っていたこと覚えてる?」
昨日言ったこと? 一体何の話だろう。でも、もはやそんなことはどうでもいい。僕はそれに受け答えする気力すら湧かなかった。何も言わずただ床を見つめる。
「ロウジンが分かったらこの手で殺す。そう言ったのよ」
「えっ……」
しかしさすがにその言葉にはハッさせられ顔を上げてエイリの顔を見た。
確かにそうは言っていたが、でも今はそのルールが変わってしまったんじゃないのか。
「ま、待ってください! さっきファントムが言ってたじゃないですか、老化以外の方法で僕を殺してしまったら1日に2人も死んでしまうんですよ!」
「そうね……でも、それってロウジンを外していた場合の話でしょ? 当たってたら死ぬのは1人で済むじゃない。悪いんだけど今回の推理、私は間違いないと思ってるの。当たってるんだったらむしろ私はロウジンには老化なんて生易しい死に方なんてしてほしくない。ロウジン……いえミツル君にはなるべく苦しんで死んでほしい!」
するとエイリはいきなりポケットから棒状のものを取り出した。そしてそれはどうやら折り畳み式のナイフだったようで、ジャキンと刃が飛び出した。
「死んでもらうわよミツル君!」
そういうとエイリは刃先をこちらに向けて駆け寄ってきた。
「ちょっ、ちょっと!?」
僕は席を立ち、後方に逃れようとした。どうせ死んでしまうのかもしれないがあんなナイフに刺されて殺されるなんて御免だ。
「やめてぇッ!」
次の瞬間マナが席を立ってエイリの前に立ちふさがった。
「えっ」
エイリの体がマナにぶつかる。
「うぐぅッ!」
「マナッ!?」
マナは僕の代わりにエイリによる攻撃を受けてしまったようだった。
「そ、そんな……!」
なんてことだ、どうせ僕は死んでしまうというのに、そんな僕をかばうなんて。僕はその場に崩れ落ちるマナのもとへと駆け寄った。
「ミ、ミツル……」
苦しそうに顔を歪めるマナ。彼女の上体を抱えその体を確かめる。傷によっては彼女は生存出来るかもしれない。
「ってあれ……?」
しかしなぜか彼女には傷口が見当たらない。先ほど完全にマナに刺さったと思ったのに。
「一体これは……」
僕はすぐ近くに立つエイリを見上げた。彼女の持つナイフにも血はついていない。
「……ごめんね二人とも。騙すような真似しちゃって。今彼女に向けたのはナイフの柄の部分よ。そして私は今わざとミツル君のことをマナさんが守れる位置からミツル君の方向に向かっていった」
「い、一体どういうことなんですか……」
「私はマナさんを試したのよ。本当にミツルのことを大切に思っているのか」
「え……」
何の為にそんなことを試したのだというのだ。僕には彼女の意図が全然理解出来なかった。
「そ、そんなの大切に決まってるよ……」
「そうね……普通に考えたらそうだけど……あなたには黒い噂もあったから」
「黒い噂……?」
「マナさんはずっとミツル君を大事にすることで世間から脚光を浴びていたし、いろいろなことが優遇されていた。もしかしたらそういう社会的地位が目的でミツル君を大事にしているフリをしているだけだった可能性があった。その話って結構有名だったのよ。マナさん本人の耳にもたぶん入っていたと思うけれど」
「そんなことって……」
「えぇ、そんなことはなかったみたいね。今のマナさんの行動でそれが理解できたわ」
エイリはフッと笑みをこぼした。
「……こんなことしてまで、そんなことを今確かめる必要なんてあったんですか」
「えぇ、そうよ。私はこのことをみんなにも示したかったし、これであなたたち二人は確実に助かる」
「え……」
するとエイリはみんなに顔を向けた。
「みんな聞いて。実は私ねファントムが喋れること知っていたの」
「え……?」
それは予想もしていなかった発言だった。
「何でそんなことをエイリさんが……」
「それはね、昨日の夜、私のところにファントムが来て話しかけてきたからよ」
「エイリ様、あなたは死にたいのですか?」
その時ファントムが話に割って入ってきた。ファントムがエイリのもとへ近づいてきて二人はにらみ合いになった。
「ふん、少し黙っていなさい。あんたは午後9時になるまで何も出来はしないんだから」
ファントムがそんな文句を彼女に言い出すということはエイリが事実を言っているということか。
「ち……」
ファントムは舌打ちをすると、部屋の隅に行き壁を向いたまま動かなくなってしまった。下手なことを喋らないためだろうか。
「このままいけばロウジンのいいようにことが進むところだったわ」
「結局どういうことなんだ?」
クメイも話がつかめていないようだった。
「私はファントムに脅されていたのよ。ミツル君を追い詰めて投票で選ばせろってね」
「脅されて……?」
そうか、だから僕のことをいきなり疑いだしたのか。結局エイリはロウジンのことを裏切ったようだが。
「ところでみんな、博士が私たちを騙した理由、結局未だに分かってなかったわよね」
「なるほど、そういうことか……!」
クメイがその時何かに気づいた声を上げた。
「博士もお前と同じように脅されていたというわけだな」
「えぇその通り。博士はおそらくファントムに『でたらめな検査結果を伝えろ、さもないと殺す』とでも言われたんでしょうね」
なるほど……やっと分かった。博士はロウジンでないのにロウジンに対して有利に働いたのはそういう理由があったのか。
「しかし、そんな脅し無視することは出来なかったんでござるか? 次の21時が来るまではファントムには何も出来ないのでござろう? それまでに検査を済ませて本体を特定してしまえばみんなでその相手を殺すことだって出来たはずでござるが……」
「それは無理だったんでしょうね」
「……なぜでござるか?」
「あの検査は24時間以上の時間が掛かるものだったでしょ。検査を始めれば次の午後9時に殺すと脅してしまえば博士にはそもそも検査をすることが出来なかったのよ」
「あぁ、確かにそうでござったな……」
僕はその時、シュレイ博士との最期の会話を思い出した。博士は最後に僕にすまないと言っていた。今思えばあれは『ロウジンの言いなりになってみんなを騙してすまない』ということだったのかもしれない。
「博士……」
博士は常に冷静で自信満々のように見えたが、一体どの程度一人で思い悩んでいたのだろう。今となっては知る由もない。
「しかし、何でそれで博士が殺される必用があったんだ? 博士は検査自体を止められていたなら、ロウジンの正体を知っていたわけではなかったんだろ?」
確かに、検査器具を壊すのは分かるが、果たしてロウジンは博士を殺す必用なんてあったのだろうか。
「まぁ、部屋にあるものを滅茶苦茶に破壊しても博士なら何とかしてしまう可能性があるし、犯人にはそれが出来るかどうか判断がつかなかったから、殺すしかなかったんじゃないかしら」
「ふむ……そうだな」
エイリの回答にクメイは納得した様子だった。
「もしくは部屋の中だけ破壊するつもりだったが、博士にその姿を見つけられてしまったのかもしれん」
「……それもあるかもしれないわね」
僕はファントムへ目を向けたが、部屋の端で動きを止めたままだった。まぁその真意を聞いても教えてくれることはないだろう。
「っ……」
その時マナが僕の腕から離れ起き上がろうとした。
「マナ、大丈夫なのか?」
「うん……もう大丈夫だから」
フラつくマナに肩を貸し、何とか椅子へと座らせた。僕もマナの隣に腰掛ける。マナは大丈夫だと言っているが、あとでまた具合を尋ねてみることにしよう。
「……本当、ごめんなさいね。ちょっと力を入れすぎたみたい」
「ううん、もう平気だよ」
エイリがマナに詫びを入れて再び席につくとクメイが話を始めた。
「しかしエイリ、お前の言っていることは分かったが、脅されたことをペラペラと喋れば次のターゲットにされるんじゃないのか」
確かにそうだ。ファントムはさきほど「あなた死にたいのですか?」とエイリに言っていた。これはこうやってみんなに話せばファントムに殺されるという脅しもあったに違いない。
「それはそうかもしれないわね」
「え……」
エイリは自分が殺される覚悟でこのことをみんなに話したというのか。
「でも私はこんなところで死ぬつもりなんかないわよ。ここで再び投票をしましょう。一度ミツル君ってことになってしまったけど、再投票してもみんな文句はないわよね?」
彼女の言う通り、そこに文句を言う者はいなかった。むしろロウジンの手によって不正に操作された投票結果なんかではみんな納得するはずないだろう。
「私が生き残る方法はただ一つ。この投票でロウジンを当てること。そしたら残酷な方法で殺されたくないロウジンは21時になれば勝手に死んでくれるはずでしょ?」
「でも、そんなこと……僕たちは7人もいるんですよ?」
7分の1じゃおそらく外れると言ってもいい確率じゃないか。彼女はそんな運否天賦に自分の生死をゆだねるというのか。
「確かに一見確率は低そうに見える。でも私昨日、ロウジンに脅されたあとで色々考えたのよ。私の考えによればそんな悪くない確率で当てることができるわ」
「悪くない確率……? それって一体どれくらいだ」
「50%よ」
「50%だと? それって二人に絞り込むことが出来るってことなのか」
「えぇ、その通り」
クメイの質問に答えるエイリ。僕はその答えに驚いた。二人にまで絞り込むなんて。一体どうやって候補を5人も減らせるというのだろう。
「あ、あの、ちょっと待ってください」
その時、モモが手を挙げた。
「どうした」
「じ、実は……」
彼女は膝の上で手をもぞもぞさせている。なんだろう、これからエイリが重要な話をしようというときに。
「実は私も脅されていたんです……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます