死のルーレット

 そして時刻は20時半となった。21時には老化による犠牲者が出てしまう。僕は控室からジンとエイリを、そしてヒースが博士を部屋から呼び出した。


「ご苦労じゃったの。みなワシを守るつもりだったのじゃろうが、実はもうあとはPCでの結果を待つばかりなのじゃ。ワシより守らなくてはならないのはこの部屋にあるPCということになる。今からみなでミーティングルームへ向かうわけじゃが、ワシ等がいない間にPCをロウジンに壊されては全てが水の泡となる」


「それってつまり護衛が数人ここに残っていた方がいいってこと?」


「いや、誰かミーティングルームにおる者の連絡先を知らぬか? あちらに全員そろっておればここを守る必要もないじゃろう」


「なるほど。じゃあ僕がシズカに確認してみよう」


 ヒースがシズカに確認を取った。まだ全員は揃っていないと言われて、5分後に折り返しの連絡が入った。最後にサムラが現れここにいるメンバー以外はみなミーティングルームの中に集まったらしい。ヒースは誰も部屋から外に出さないようにシズカに指示していた。


「これで問題ないな。じゃあ行こうかみんな」


「おう」


 いつも元気なはずのジンの声に少し張りがなかった。まぁあと20分程度で死人が出てしまうのだからそれも仕方がないだろう。

 僕たちはその場にいる全員でミーティングルームへと向かった。

 ミーティングルームに入ると僕はその中の光景に衝撃を受けた。


「あ……!」


 部屋の中央にはなんとロウジンの分身であるファントムが浮かんでいたのだった。


「だ、大丈夫なんですかこれ」


 既に部屋にいるクメイやマナ達はそれを前に普通に席に座っていた。


「まだ時間になってないからか今のところ何もしてきてはいないよ。まぁ、これから1人殺されるんだから大丈夫とは言い難いかもしれないけど……」


 マナが僕の問いに答える。どちらも何も手出しは出来ない状態ということか。


「くそ! ふざけやがってよ!」


 それにも関わらず後方にいたジンが僕達の間をかき分けるようにしてファントムの方へと向かっていった。


「誰も老化なんてさせるかよ!」


 そしてロウジンに向かって殴り掛かった。


「バ、バカ!」


 エイリがその姿を追う。

 ジンの拳がファントムの体を貫いていた。しかしファントムは動じることなくその場から動くことはない。全然ダメージはなさそうだ。壁だってすり抜けてしまうのだからまぁそうなるだろう。


「くそ! あたらねぇ!」


 次の瞬間ジンの体をエイリが後ろから羽交い絞めにした。


「何してるのよ! そんなことしてそいつに恨み買われたらあんたが選ばれることになるのかもしれないんだからね!」


「チッ……分かったよ」


 ジンは気が済んだのか、きびすを返してどかりと置かれていた椅子へと座った。


「博士、検査はどうなっている?」


 クメイが何事もなかったような様子で博士に尋ねる。


「あぁ……まぁ言ったとおりじゃよ。まだ終わってはおらん。しかしまぁその経過は順調じゃ。安心したまえ」


「……そうか」


 ファントムの体がゆっくりと回転している。一瞬フードから覗くその目と僕の目が合ってしまった。ロウジン本体の意思とは無関係に動いているとの話だが、こいつにはこいつの意思があるように思えた。だとしたら確かに恨みを買われるようなマネをしたら狙われてしまいそうだ。意思があるにしても、人を恨むだけの知性があるのかどうかはよくわからないが。

 その時ふと気付いたのだが、部屋の隅に前回なかった、白い棒と布のようなものが置かれていた。


「あれは……?」


 僕はマナにそれを尋ねてみた。


「あぁ……あれは担架だよ。誰かが老化したらこの場から運ばなくちゃいけないでしょ?」


「そっか……」


 確かに用意しておいたほうがいいものかもしれないが、誰かが死んでしまうことが前提になっているのが少し嫌になる。

 その時僕は一つ気がついた。もし思った以上にファントムに知能が備わっているのだとしたら、自分の本体を特定しようとしている博士が殺されてしまう可能性が高いのではないだろうか。だとしたらマズいかもしれない。


「えっと、一つ気になることがあるんですけど」


 僕は博士に目を向けて話を切り出した。


「なんじゃ?」


「少し言いにくいんですが……もし博士が今回老化して死ぬことになった場合、検査結果は僕らに分かるんですか?」


「……安心したまえ。あとは結果を待つだけなのでな。結果が出れば部屋にあるPCのモニターにそれが表示されるはずじゃ。ワシが死ねば皆でその結果を見にいけばよい」


 博士はいやな顔はせず、無表情でそう答えた。


「そ、そうですか。分かりました」


 皆が沈黙し、刻々と時間が迫っていた。このままではこの中の1人が死んでしまう。もちろん今からでもそのロウジンが誰かといことが分かれば犠牲者を出さずに済むのだが……。


 僕は改めて皆の顔を見てみた。しかし駄目だった。やはりパッと見たくらいでは分かるはずもない。博士が言っていたが下手にあてずっぽでロウジンだと決め付けて殺しても死体をひとつ増やすだけとなってしまうだろう。


「ミツル……大丈夫?」


「あ、あぁ……」


 死が近づき、いつの間にか険しい表情になっていたのかもしれない。マナが心配したのか声を掛けてきた。


「くそ……俺達を狙ってやがる……」


 午後20時50分、場の空気感がどんどん張り詰めていくのが肌で感じ取れた。


「ひッ……!」


 シムが耐え切れなくなったのか席を立ち、後ずさりを始めた。


「……逃げぬほうがいいかもしれんでござるよ。昨日、ファントムは最初に逃げ出したセイラさんを狙ったのでござるから」


「え……」


「それに逃げようとしても無駄でござる。ファントムのスピードは人間にどうにかできる速度ではなかった」


「う、うぅ……」


 シムはサムラに言われ再び席へとついた。

 その時、今度はジンが席を立った。またファントムに殴りかかりでもするのかと思ったが、そういうワケでもないらしい。ジンは皆へと目を向けた。


「ロウジン! どうせあと数時間後には検査でオメーの正体は分かっちまうんだ! だったら何のために今1人老化させる!? どうせ皆に殺されるなら今名乗り出ろよ! そうすりゃなるべく楽に死なせてやる!」


「そ、そうよ! あとで名乗り出たほうがみんなあなたのことを許せなくなってヒドい殺され方になってしまうかもしれないわよ!」


 確かにジンとエイリのいう通りだ。ロウジンにはもう生き残る術なんてないはず。今名乗り出ればまだみんな慈悲ある殺し方をしてくれるに違いない。しかし、しばらくしても誰かが名乗り出るような様子はない。なぜだ。そんなに数時間長生きしたいのだろうか。誰かの命を犠牲にしてまで。


 まぁ確かに死ぬことは恐ろしい。確率的に10分の1とはいえ僕もこれから死ぬかもしれない。その死に対する恐怖心は半端なものではない。その気持ちも分からないでもないのだが……。


「もうそろそろのはずだ」


 クメイが時計を見ながらそう呟くと、その場でふわふわとただ舞っていただけだったファントムがスイッチが入ったように動きはじめた。


「な、なんだ……」


 ファントムはなぜか部屋の真ん中で高速で回転を始めた。もしかしてこれが止まった時にターゲットが決まってしまうのか? ルーレットか何かのつもりか。

 皆はそのプレッシャーに耐えられなくなったのか、僕も含めた全員机から立ち上がって壁際付近まで後退してしまっていた。


 ここから逃げ出したい気持ちはある。サムラの言ったとおり下手に逃げるとセイラのように逆に追われてしまうかもしれない。そうでなくとも一人だけ目立つような真似はしないほうがいいだろう。


「はぁ……はぁ……」


 あと少しで死ぬかもしれないという現実が重くのしかかってくる。呼吸は荒くなり心臓がバクバクと大きく速く駆動しているのを全身で感じ取ることが出来た。

 その時、隣に立つマナが僕の手を握ってきた。顔を見合わせる。彼女も不安そうで苦しそうな表情をしている。僕はマナの手を強く握り返した。


「ミツル……」


「マナ……」


 再びロウジンに目を向けるとその回転する速度が次第に遅くなってきていた。もうすぐ老化する者が決まってしまうのか。まさか僕はここで死んでしまうのだろうか。生き延びるために200年間も眠り続けたというのに、こんな余興のようなルーレットなんかで死んでしまうのか。


 手汗が止まらない。マナと僕の手がビチャビチャに濡れてしまっている。ファントムはもうほぼ止まりかけていた。おそらくあと数週で完全に止まってしまうのではないか。全員の目がファントムの挙動に釘付けとなっていた。


 僕はこんな状況になるまで、自分がこんなにも生きることに大して貪欲だとは思っていなかった。正直自分ではどこか達観していてドライな人間だとまで思っていたのに。いや、もしかしたらそれは単純にその貪欲な姿勢がどこかかっこ悪いと思っていたからそう振舞わないようにしていただけではないだろうか。


 この状況になってそんな表面上にあった、複雑で浅い考えなど全て吹き飛んでしまっていた。僕の今の心は非常に単純なものだった。死ぬのは嫌だ。マナと一緒に生き永らえたい。僕は目をつむり、強くそれだけを願った。


「ミ、ミツル……」


 僕はマナの声に目を開いた。


「え……」


 するとなんとファントムは僕の方を向いて止まってしまっていた。

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