ヒース
結局睡眠をとることなくマナと共に時間を過ごし15時手前になった。また護衛の控えの時間がやってくる。博士の部屋へと出向くとまたみんなが集まっていた。時間が来たのでヒースと共に控え室に入る。するとヒースが「何かあったらすぐに起す」といって僕を上のベッドに寝かせてくれた。ヒースはもう睡眠を合計で6時間ほどとってしまったので、適当に護衛2人の様子を見ながら一人ゲームでもして過ごすのだという。
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「僕たちの護衛の時間がやってきたよ」
一度寝たこともあり結構寝れない時間が長かったように思えたが、結局僕は再び眠りについていたようだ。19時手前になるとヒースに起こされ部屋の外に出た。しばらくすると再びみんなが集まった。ついでにマナも護衛とは関係ないがその場にやってきていた。
「じゃ、頑張ってね」
「あぁ」
マナは僕とヒースにドリンクを手渡すと自分の部屋に戻っていった。本当は僕とともに護衛に参加したかったらしいが、こんな状況にも関わらず一応彼女には仕事があるらしい。社会人は大変だ。
そして僕とヒースによる最後の護衛が始まった。ちなみに最初に決め忘れていたことだが、控え室にはエイリとジンがいてくれるらしい。
「ふぅ……」
椅子に座り、軽くため息をつく。変な睡眠のせいで軽く体力が削られている気がする。もうこの時間まで何もないのならもう何事も起こらないのではという気もする。いや、油断は大敵か。一応周りには目を光らせておこう。
「いやぁ、わざわざエールを送ってくれる彼女がいるなんて羨ましいね」
護衛が始まるとヒースが話を振ってきた。
「え……いや、別に彼女ってワケではないですけど」
「そうなのかい? でも彼女は200年も君に連れ添ってきたんだろ?」
「まぁ……それはそうですけど」
それはマナのとっては長い時間だったのかもしれないが、僕にとっては一瞬だったのだ。僕にはまだ彼女の気持ちもよく分からないでいる状態だ。
「ヒースさんこそ奥さんがいるじゃないですか」
「ははは……そうだね。結婚してるなんてなかなか恥ずかしい話だけど」
「え……恥ずかしいって、なんでですか?」
ヒースは僕の言葉に意外そうな顔をした。
「あぁそうか。君のいた時代では結婚するのは当たり前のことだったか」
「え? えぇ、まぁ」
全員が全員結婚していたというわけではなかったが、結婚して当たり前みたいな風潮はあったはずだ。今はそれが違うというのか。
「今じゃあ後先考えない人間がやる、意味のない形だけの制度って感じだからなぁ」
「そうなんですか?」
「ミツル君は結婚って何のためにするんだと思う?」
「え? えーっと……」
なんだろう。改めて問われるとパッと答えることが出来ない。
「……愛する人とずっと一緒にいるため?」
「おぉ! 素晴らしい回答だ!」
「え……」
「出来るならばその考えを貫いてほしいものだね」
「な、なんですかそれ」
なんだか恥ずかしくなってしまった。僕は現代人の感覚とは大分ずれた答えを言ってしまったのだろうか。
「もしかしてちょっと馬鹿にしてます?」
「あはは、全然そんなことはないよ。僕は本当にそう思ってる。実はね、結婚が何のためにあるかってのは人類が不老になってから問われた大きな問題なんだよ」
つまりそれは僕がさっきいった愛とかそういう事が答えではなかったということなのか。
「それで、結局人類が出した答えはなんだったんですか?」
「そうだね、まぁ要約すると結局それは子供、そして老いがあるからだったんだよ」
「子供と老い……ですか」
「不老になる前の人類は、あまり意識はしてなくてもみな無意識の中では気づいていたのさ、老いれば自分の魅力がなくなっていくことに。そして誰かを養う力を失っていくことに。しかしパートナーはいてほしい。だから相手にとって自分のうま味がなくなってしまう前に誰かを繋ぎ留めておく必要があった。だからみんな結婚していたんだ」
「はぁ……」
「そして不老になった今、自分の魅力はなくならなくなった。いつまでも元気に働き続けることだって出来る。だからいつだって相手は変え放題。結婚してわざわざ相手を捕まえておく必要なんてなくなったんだよ」
「そ、そういうもんですかね」
なんだか夢のない話だ。
「でも子供はどうなるんですか。子供がいればそう簡単に別れるわけにもいかないですよね」
「あぁ。ミツル君はまだそのこと知らなかったのか。実はねそもそも子供なんていないんだよ」
「子供が……いない?」
見た目は子供みたいな人物ならこの船にもたくさん乗っているが、たぶんそういう意味ではないのだろう。誰も子供を作らないということなのか?
「でも、シムさんは地球に子供がいるって言ってましたけど」
「あぁ……それはたぶん、相当昔に作った子供なんじゃないかな」
「それは……」
そういえば確かにシムは170年も前に作った子供だと言っていた。
「考えてもみてごらんよ。誰も老いることがなくなったら、それは人口がほとんど減らないってことだ。そんな中で簡単にポンポン子供が生まれていったら大変なことになってしまうだろう?」
「確かに……それはそうですね」
人口爆発というのは僕が生きていた時代でも懸念されていたことだ。ほとんど死者が出なくなってしまったら地球なんてすぐに人間によって覆いつくされすべての資源は食らい尽くされてしまうだろう。
「だから今は子供を作れないように全員が避妊手術をすることが義務になっているんだよ。今となっちゃセックスは完全な娯楽さ」
「は、はぁ……」
避妊手術はしても行為は出来るのか。
「ん……?」
そこで僕は一つ疑問を感じた。
「でもそれじゃあ逆にいつか人類は全滅しちゃうんじゃ……」
老いることはないとは言っても病気や事故で緩やかに人口は減っていくはずだ。
「その心配もないよ。さっきは子供はいないって言ったけど、まったくいないってわけじゃない。一部の人間が厳しい審査を受けて作っているからね。許可さえ降りればいつでも体を元に戻すことが出来るから、子供も作ることは可能といえば可能なんだよ」
「へぇ……そうなんですか」
なんだか都合のいい話だ。
やはり200年経っているだけあって色々変わってしまっている。
技術だけじゃない。倫理観というものも大きく変わってしまっているように思えた。僕のいた時代では子供を作ることは多くの人にとって大きな目標にもなっていたはずだが、文句は出なかったのだろうか。まぁおそらく出たのだろうけど実際問題納得せざるを得ない理由があるのだからみんなそれを受け入れたのだろう。
「よって、老いも子供も人類は考えなくなってしまったから結婚というものはする必要が全然なくなってしまったのさ」
「……でも、それでも2人は結婚したんですよね」
「あぁ……そうだね。僕達の愛は永遠だと誓って、その証明のために結婚した」
「それって素晴らしいことじゃないですか」
「まぁ、確かにその時は良かったんだけどね……現実はそううまくはいかないものでね……最近は2人の関係に陰りが生まれてるんだよ。あんまり喋ってくれないし、体も触らせてもくれない」
「へ、へぇ……」
2人の関係はそんな感じだったのか。なんだか本格的に大人の話になってしまいそうだ。
「はは……結局、その時は永遠だと思っていても、そうでもないもんさ。僕達はそのうち別れてしまうことになるのかもしれない。だから結婚なんてする奴は馬鹿にされるのさ」
「はぁ……」
「でもね、僕は本当の永遠の愛も君たちならありうるんじゃないかと思ってるよ」
「え……」
「だって、彼女は既に200年以上も君に寄り添ってるんだろ? そんな子、他にいないよ」
一瞬大げさかとも思ったが、マナはこの世でトップレベルの年齢らしいので、他にいないというのもあながち間違ってはいないのかもしれない。
「僕は羨ましいよ君の事が。彼女のこと、大切にするといい」
「そう……ですね」
まぁでも、もしかしたらマナが僕に200年間も寄り添ってこれた理由は、僕が眠っていたからではないかという気もする。会っていなかったからこそマナは僕に対して何か幻想のようなものを抱き続けてきたのではないか。そんなマナにとっての理想でい続けられるかと言われれば少し自信がない。
「僕はね、君たちを応援してるんだ。僕達は境遇も似ていることだしね」
「え……? ははは、それもそうですね」
ヒースが何を言っているのかを僕は理解した。僕は彼女に引き取られたあと100年間も管理されてきた。そしてヒースも現在主夫をやっていると自己紹介で言っていた。僕たちはどちらも女に養われているのだ。
「地球に帰ったら何か仕事でも探すかねぇ。テロが起こったことは悪いことだが、僕にとってはいいきっかけになったかもしれない。そしたらまたシズカもやさしくなってくれるかもしれないね」
「そうですか……。そうなるといいですね」
「まぁ、シズカが働いてたら僕が働いたとしても経済的にはほとんど意味なんてないけどね」
そういえばマナは自分で自分のことをお金持ちだとか言っていた。同じ会社で働くシズカもそうなのか。
「やっぱ給料とかいいんですか、あの二人」
「そりゃあ、彼女たちが働くフーゴーは不老の技術で世界を牛耳ってると言っても過言ではないからね。そしてシズカはこれまでいくつも特許をいくつもとってる研究員。マナちゃんは会社の役員。2人とも金持ちじゃないはずがないよ」
「へぇ……」
マナはいつの間にそんな出来る女になってしまったのだろう。あまり勉強も出来なかったし、いつもおどおどしているイメージだったのだが。まぁ、僕が病気になってからその片鱗は少し現れていたのかもしれない。あの延長線上に今のマナがいるということか。
「しかし、一つ思うんだが、僕達は他の乗員よりも運が悪いのかもしれないね」
「え……?」
「僕達には大切なパートナーがいるだろう? 他の乗員はまぁ冷たい言い方をすれば自分さえ生き残れればそれでいいのかもしれないが、僕達はそういうわけにはいかない。危険度は2倍ということさ」
「確かに……それもそうですね」
「僕からすれば君たち2人にも死んでほしくないから大切な人は4人ということになってしまう。10分の1ならあまり死ぬ気もしないが分子が4となればそれなりの確率になってしまうなぁ」
「……そうですね」
ヒースが僕達のことも大切だと言ってくれたのは何だかとても嬉しかった。
「まぁ、今どれだけ考えたところでその確率がマシになるわけじゃない。あんまり考えすぎないようにしよう。君とはシズカを通してこれからも関係がありそうだ。4人で一緒に笑顔で地球に戻ることにしよう」
「はい」
ヒースは人のよさそうな笑顔を作る。彼はいつも余裕のある大人という感じがした。余裕がありすぎるせいで働いていないのかもしれないが。
本当彼の言うとおり、4人笑顔で地球に戻りたいものだ。まぁシズカが笑っているところはあまり想像がつかないが。
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