シム

マナとその場で喋ったりホログラムで色んな地球の風景を見せてもらったりしていると最初の護衛が始まり4時間が経過しようとしていた。午前3時前、もうすぐ僕が控えの時間が始まる。マナと一緒に1階にある博士の部屋へ出向くとその場には既にみんなの姿があった。


「おう来たかミツル。マナさんも」


 部屋の扉の前には二つの椅子があった。どうやらそこに座ってジンとサムラは護衛していたらしい。


「えぇ、何事もありませんでしたか?」


「おうよ。ま、俺が護衛してる時じゃあロウジンも狙ってはこねぇだろ」


「あはは……それもそうですね」


 ジンはかなり腕っぷしに自信があるようだ。サムラもサムライだから強い……のだろうか? いや、彼はただのコスプレのようなもののようだしそうとも限らないだろう。


「まぁしかし、こいつが居眠りしてんのには困ったぜ」


 ジンがサムラを親指で差す。


「な、何を言うでござるか! 拙者は一度も眠ってなどおらぬ!」


「そうなのかぁ? お前常に目瞑ってっから起きてんだか寝てんだか分かんねーんだよ」


「そ、それは目が細いだけでござる! 拙者は常に刮目していたでござる!」


「はぁはぁ、そうでござったか」


 何だか2人とも結構打ち解けているようにも見えた。4時間も2人きりでいれば結構喋ったのかもしれない。これで次の21時までにロウジンがボロを出せば計画通りというところなのだが。まぁ、護衛をしない女性陣の中にロウジンがいた場合まったく意味などないか。

 ジン、サムラは休憩に入り、次の護衛はクメイとヒースとなる。


「さて、いつまでも全員がここにいては計画していた時間も狂う。もう午前3時は過ぎている。そろそろこの場を解散することにしよう」


「そうだね。護衛、頑張ろっか」


 次の護衛であるヒースとクメイがうなずきあい二つの椅子に座った。


「ところで博士は今どうしてるんですか?」


「あぁ、さっき部屋を覗いたが、いびきをかきながら寝てたぞ」


「へぇ……」


 呑気なものだ。自分の命が狙われているのかもしれないのに。まぁ、機械任せらしいから別にいいのだが。


「マナももう部屋に戻って寝なよ。僕も控室で寝ることにするからさ」


「うん……そうだね。じゃあ、気をつけてねミツル」


「あぁ」


 心配そうなマナを何とか送り返したあと僕は存在感なく存在していたシムと共に博士の隣の部屋へと入った。


「ミツル君は下のベッドを使うといいよ」


「あ、はい」


「じゃあどうする? これからミツル君は寝るの?」


「えぇ、まだ寝てませんから」


「そうか、じゃあ照明落としておこうか、扉は開けておくから完全に暗くはならないと思うけど」


「そうですね」


 まぁ、いざというときのためにも完全に真っ暗にはしない方がいいだろう。

 こんな中で眠れるのか分からないが。とりあえずベッドに横になってみる。開きっぱなしになっている部屋の扉。外から小さくクメイとヒースの声が聞こえてくる。何を話しているのだろう。



--------



「ミツル君、シムさん」


「う……」


 気付けばベッドの前にキースがいて僕達を起してくれた。何だかんだ僕は寝ていたようだ。これは博士のことを言えたものではないかもしれない。時計を見るともう朝の7時前だった。

 またみんなが博士の部屋の前に集まった。今回はエイリの姿もある。


「おはよミツル君、よく眠れたかしら?」


「う、うーん、なかなか眠いです。でも護衛はちゃんとやりますよ」


「そう、頑張ってね」


 博士の様子を確かめるために部屋をノックすると博士が目を擦りながら出てきて、


「ご苦労ご苦労」


 それだけ言って戻っていった。たぶんまだ寝るつもりだろう。とりあえず無事に検査も進んでいるらしい。

 そして午前7時、ジンとエイリが控え室へ。クメイとヒースは解散してその場を離れていった。

 僕とシムの2人は博士の部屋の前に椅子を並べて、護衛を開始した。


「ふぁーあ」


 護衛という重要な仕事中であるというのについあくびが出てしまった。4時間中途半端に寝てしまったためにかなり眠い。マナは今頃熟睡中だろうか。


 確かこの通路にはモモの部屋があってそれ以外には誰もいないはず。ということは誰かが襲ってくる場合、通路の端からここまでやってくるということになる。ということは強襲することは難しいのではないか。走ってきても一瞬でたどり着くということもない。


 その間に控えの人間に呼びかけることも出来るわけだし、ここを突破して最終的に誰にもバレることなく博士を殺すということは至難の技なのではないだろうか。まぁ、そうでないと困るのだが。


「ミツル君」


 その時、シムが声を掛けてきた。


「はい」


「この時代で目覚めて初っ端から嫌な旅になっちゃったね」


「えぇ……まぁ」


「はぁ……次に選ばれるのはあのファントムの気まぐれか。不安で仕方ないよ。僕は地球に残してきた子供がいるっていうのに」


「へぇ……お子さんがいるんですか」


 子供か。シムの姿は少し年齢不詳な感じだが、そんな所帯持ちのお父さんだとは思えない。身長が低いせいか。


「とは言っても170年前に作った子で、25歳しか変わらないし、あっちのほうがしっかりしてるから、なんとも言えない関係になっちゃってるんだけどね」


「そ、そうなんですか」


 この時代でトップレベルに高齢だというマナが確か230歳とか言っていた。170年前に25歳だったとしたらシムの年齢は195歳だということになる。約200歳。彼は何気にこの時代の中でも結構歳がいってる方なのか。


 それにしても息子がいると言っているがそれ以外の話はない。奥さんはいないということなのか。僕の知り合いが皆そうだったように昔の人は不死を選ばなかった人間も多かったのだという。もしかしたら彼の奥さんもそんなタイプの1人だったのかもしれない。だとすれば、奥さんだけが老化していったということか、奥さんだけが老婆になっていくなんてどういう感覚だったのだろう。まぁ、老婆になる前に死んだという可能性もあるのかもしれないが。


「写真見るかい?」


 そういうと彼は携帯型の端末を操作して、空中に2Dのホログラムを映し出させた。


「へ、へぇ……なんか強そうなお子さんですね」


 それはツーショットの写真だった。シムの隣に立つ男はシムより頭二つ分ほど身長が高く、格闘家かアメフトの選手かというほどに体格がよかった。髭もモジャモジャで親子の写真というよりもバイキングとそれに捕獲された宇宙人という感じだ。仮に人間と人間だったとしても、少なくとも親子関係が逆だという風にしか見えない。


「そ、そうなんだよね。息子は体鍛えるのが趣味だし」


 なぜここまで似ていないのだろう。母親がすごく男勝りで大きな人だったのだろうか。いや、もしかしたら別の父親が……。

 僕は何かを察してしまった気がしたが、それを口にすることはなかった。


「はぁ、心配だな……死ぬ確率は10分の1とはいえ……僕ってなんだか自分であまり運がいいほうだとは思えないからさ……」


 そんなネガティブだと本当にそうなってしまいそうな気もするが。なんと返せばいいだろう。


「きっと大丈夫ですよ。息子さんに元気な姿、見せてあげましょうよ」


「あ、あぁ……君はいい子だね。それにしっかりしている。遥か年下だとは思えないよ」


「はは……僕なんてほんの子供ですよ」


 僕がしっかりしているというよりもシムが200年近くも年上の割に頼りないといった感じだ。というのはもちろん本人には言わないが。なんだか今ここにロウジンが襲撃に現れたとしたら真っ先に逃げてしまわないか心配になってくる。


 しかしそんな心配は杞憂きゆうだったようでそれから4時間特に何事もなく僕達の護衛の時間は終わった。


 みんながまた一同に集まり、僕とシムはその場から解散することにした。


 歩きながら肩を回す。現在午前11時だが、これからどうするべきだろうか。また4時間後には博士の部屋の隣で控えに戻ることになる。睡眠不足ではあるが、寝るなら控え室で寝ればいいという気もする。


 とりあえずお腹が空いてしまった。マナと別れてから8時間か。たぶんマナは起きているだろう。彼女と一緒に昼飯でも食べることにしよう。

 マナの部屋へと向かう途中、通路を歩いていると、とある人物の姿が目に入った。


「ん……?」


 あれはシズカだ。彼女はこちらに向かって歩いてきている。

 横を通過する手前会釈をしたが、彼女はそれに何も返さなかった。無視されてしまったのか、と思ったのだが、


「ミツル君」


「え? は、はい」


 彼女は僕を横切る瞬間に声を掛けてきた。足を止めて彼女の姿を見る。サラサラで真っ黒な切りそろえられた髪はなんだか日本人形を彷彿ほうふつとさせる。


「どうかしら、護衛はうまくいってる?」


「えぇ、まぁ、そのようです」


 案外普通に話しかけてきてくれた。別にそこまで不愛想というわけでもないのか。しゃべり方には相変わらず抑揚がないが。


「そう……このまま無事博士の検査が終わればいいのだけれど」


「そうですね。まぁ、控えもいますし、ロウジンが襲ってきてもなかなか検査の阻止は難しいんじゃないかって思ってますけど」


「そう。確か最後はあなたとヒースが護衛だったわね。頑張って」


「はい」


 彼女はそう言うと歩きだした。僕も前を向いて足を進めようとすると、


「ところで、」


 彼女が再び僕を引き留めた。


「ん……?」


 きびすを返し彼女を見る。


「どうかしたんですか?」


 彼女は先ほどよりもどこかするどい目つきを僕に向けているような気がした。


「あなたは今この世界のことについてどの程度把握しているのかしら?」


「え……どの程度……ですか」


 なかなか抽象的で難しいことを聞いてくるものだ。


「昨日マナから多少のことは教えてもらいましたよ。でもまだまだ知らないことだらけなんじゃないかと思いますけど」


「そう……その様子じゃたぶんあの事については知らされていないのね」


「あの事……?」


 僕は首を捻った。あの事と言われてもどの事だ。


「まぁいいわ。いずれ必ず知ることになるはず」


 彼女は一歩こちらへ踏み出し、大きく黒い瞳で僕の目をじっと見つめてきた。


「あなたはそれを知った時、どちら側の人間になるのかしらね」


「え……? それって一体どういう……」


 彼女はそれだけ言い残すと、再びきびすを返し、廊下の先へと言ってしまった。

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