不老にならないの?

「あ」


 部屋に入ると、マナはスーツケースを開き、声を上げた。


「……どうした?」


「これこれ、ミツルに渡そうと思ってたんだ」


 マナが手渡してきたのは黒いデジタル仕様の腕時計だった。


「これから護衛とかあるんだし、時間が分からないと困るでしょ」


「あぁ、そうだね。ありがとう」


 なんだか受け取った時計はとても普通で、マナ達が持っているようなホログラム投影機能や、通話機能はないように思えた。

 僕が腕時計を腕に巻くと、またマナは自身のスーツケースを漁り始めた。


「あったあった」


 マナが次に取り出したのは銀色の四角い箱だった。


「これ、現代のカメラね」


「へぇ?」


 マナが箱を開ける。中には直径5センチほどの丸い玉が4つ入っていた。


「そうだな……ここじゃ狭いから展望室に行こうか」


「展望室?」


 エントランスホールの端にある扉を開けるとそこは展望室となっていた。宇宙船から飛び出したような構造となっていて、部屋の前面と天井、床までもがガラス張りでまるで宇宙空間に浮かんでいるような錯覚を覚えた。


 現在この船は上に向かって加速し続けているはずだ。そしてその先には地球がある。僕は上を見上げてみたが、地球の姿は見えない。まだ遠すぎるのだろうか。

 その間、マナは部屋の四方に4つの玉を置いていた。


「これでよし」


 次にマナは腕のデバイスを操作し始めた。するとそれによって機動したのか4つのボールが宙に浮いた。


「まず、投影させてみよっか」


 マナが腕の上に浮かぶ平面的なホログラムを指先を使ってスライドさせていき、一つの写真らしきものをタッチした。すると、いきなり部屋の様子がガラリと変わった。


「おぉ!?」


 そこは麦畑だった。展望室の内部から窓ガラスの向こう、宇宙船の外にまで麦が大量に生えている。青い空と雲、太陽まであり、遠くに見える山の麓まで麦畑が広がっている。


「すごいなこれ……」


 僕は目の前にある麦に触れてみたがすり抜けてしまった。本物にしか見えないが、やはりこれはあの4つのボールから出力されているホログラムなのか。まぁ、現実にあるこの部屋の構造体を消して見せることまでは出来ないみたいだが。

 僕は部屋の端まで行き、手すりを掴み、遠くの景色をよく眺めてみた。


「あんな遠くにある太陽まで再現するなんて」


 本物の太陽は今あんな位置にはなかったはず。あれはホログラムによって再現してある太陽なのだ。

 するとマナが僕の隣までやってきた。


「まぁ、一定以上遠くにあるものは肉眼で距離感なんてどうせ掴めないし、あぁいう天体とかは実物よりもずっと近くに縮小して投影してるらしいけどね」


「へぇ……?」


 確かにそんな遠くに巨大な太陽をこんな小さな機械で投影させることは難しそうだし、きっとそうするしかないのだろう。

 しかし本物にしか見えない光景だ。違和感があるとすれば、外の風景だというのに全然動きがないということくらいだろうか。麦畑なのだから風によって穂が少しは揺れると思うのだが。つまりこれは静止画ということか。


「ちなみにあそこにあるのが私の家だよ」


「へぇ?」


 マナが指した先を見ると山の麓にオレンジ色の屋根をした木造らしき2階建ての家があった。


「まぁ、周りには何もないところだけど、いい場所だと思わない?」


「うん、そうだね。すごく綺麗だよ」


「別に不便ってワケじゃないんだよ? ネットで注文すれば商品なんてドローンがすぐに届けてくれるし、車を使えば30分くらいでショッピングモールにだって行けるんだから」


「へぇ? そうなんだ」


 ドローンによる配達か。僕がいた時代にもそれなりに普及していたが、もしかしたら、今はその届く時間がもっと早いのかもしれない。


「ミツルとあの家に住むの楽しみだなぁ」


 マナはにんまりとした顔をして手すりに体重をかけ、左足のつま先をトントンさせながら語り始めた。このクセ、昔からやっているような気がする。


「朝起きたら一緒にごはん作って食べるでしょ? お昼も仕事場近いから一緒に過ごしてもいいし、夜仕事から帰ってきたら2人でゲームとかしたいなぁ。昔2人でしょっちゅうやってたよね? 今のゲームって本当すごいんだから。そして疲れたら近所を散歩しながら星を見るのもいいなぁ。休みの日は色んなところにお出かけしなきゃね。あ、ショッピングモールに行ってミツルの服たくさん買わなきゃ。私好きなブランドあるんだよ。そこメンズの服も結構かっこいいしかわいくてね。それとそれと……」


 どうやら彼女の中で色々とやりたいことが決まっているらしい。まくしたてるように語っている。


「そ、それは楽しそうだね」


「うん。それでね、そんな幸せな生活がずっと、ずっーと続くんだよ」


 僕はその言葉に軽い違和感を覚えた。


「ずっと……か」


 するとマナがトントン動かしていた足を止め、不思議そうに僕の顔を覗き込んできた。


「どうかしたの?」


「いや……僕も不老になるのかなって思って」


「え、ならないの?」


 マナがさらに頭を傾げて顔を近づけてきた。


「老化したっていい事なんて何もないよ? 別に不死になるわけじゃないんだからさ。不老になっておいて損はないと思うけど」


「そ、そっか……あ、でもお金とか掛かりそうだし」


「そんなの私が出すから全然大丈夫だよ。私の会社でやれば安くできるしね。ミツルは何も心配なんてしなくていいんだから」


 自分で言っておきながら、お金の問題でもないということもわかっていた。たぶん僕は自分が不老になるということについてまだ深く考えてきれていない。だから戸惑っているのだ。


「それにミツルはさ、長生きするためにコールドスリープしたんでしょ?」


「え……?」


 僕がコールドスリープをしてまで生きながらえた理由……か。


「まぁ……そうなるのかな」


「だったら、長生き出来るのにしないなんて、そんなのおかしいよ」


 彼女は手すりから手を放し、数歩歩くと、


「だから、ね?」


 振り向き満面の笑みを向けてきた。麦畑をバックにしたその笑顔は何だか妙に映えて見えた。


「……」


 何も言い返すことは出来ない。しかし、僕はとりあえず肯定もせず明言を避けておくことにした。

 この時代の価値観は変わってしまっているのか。マナはさも当たり前のように僕が不老になるものだと思っているようだ。僕が生きていた時代ならそんな選択を迫られればひとまず悩む人間がむしろ多数派だったように思えるのだが。


 まぁでも、別に僕にはどこかのテロ組織みたいに老化しない事は悪だとかそんな信念があるわけじゃない。考えてみればマナの言うとおりなのかもしれない。不老になっても死ぬことは出来る。生きることに飽きたら自ら死んでしまえばいいということか。それにたとえ同じ時間を生きるのだとしても、体が若いのと老いているのでは若いほうがいいに決まっている。何も悩むことなどないのかもしれない。


 マナが腕のデバイスを操作すると、部屋がフッと暗くなり元の宇宙空間へと戻ってしまった。


「ねぇミツル写真撮ろうよ」


「え? あぁうん。写真ってもしかしてさっきの風景見たいに立体的に撮れるのか?」


「うん、その通り。こっちに来て」


 マナが部屋の中央にいき、再び腕のデバイスを操作し始めた。言われた通りマナのもとに行きその隣に立つ。


「はい、あと5秒だよ!」


「えっ……と、どこ見ればいいんだ?」


 カメラのレンズがないのでどこに注視していいのか分からない。


「あの辺りでいいよ。笑ってね」


 僕はマナが指差した宇宙空間を見ながら笑った。するとパシャリと音がたぶんあの4つの玉から聞こえてきた。


「撮れたね。見てみよっか」


 マナが数歩前に出て振り返り腕のデバイスからホログラムで先ほど撮った映像のミニチュアのようなものを出現させた。


「うーん、部屋の様子はいいかな」


 マナの隣に立ちそれを覗きこんでみるとホログラムを指先で操作している。どうやら僕達人以外の部分を消しているらしい。


「出来た。再生っと」


「おぉ……」


 すると先ほど僕達が立っていた場所に僕とマナの姿が出現した。その周りをぐるりと一周してみる。よく考えてみれば鏡や写真などでしか自分の姿を見たことがない。こんな間近で立体的な自分を見るのは実に不思議な気分だった。



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