第3章 確信
この時代
そのあとエイリとは別れ、僕はマナと2人で食堂へと向かうことにした。僕の控えの時間が来るまでこの時代のことを説明してくれるのだという。
中に入ると食堂には誰もいなかった。
「ちょっと待ってて」
席につくとマナがコーヒーを二つ購入してきてくれた。どうやら自動販売機のようなもので購入できるらしい。
「ありがとう」
「ううん」
マナは僕の席の前にボトルを置くと、向かいの席についた。
「はぁ、色々あったけどやっと時間がとれたね」
「あぁ、そうだね」
「次の21時に私達2人、どっちかが死んじゃう可能性もあるけど……まぁ、そんなことばっかり考えてても仕方ないしね。生き残ること前提で考えよっか」
マナは顔をしかめて背伸びをした。確かにマナのいう通りかもしれない。ファントムは無作為に老化させる者を選ぶらしいし、今いくら不安がってもその結果が変わることはないだろう。それに僕たちはもうできることはやっているのだ。
「ふぅ……さて、何から説明しよっかな。とりあえずミツルから何か聞きたいことでもある?」
「え……? うーん……」
聞きたいことか。本当に分からないことだらけで逆に何を聞いていいのか分からない。
「そうだな……マナが生きてるってことは僕の知り合いで他にも生きてる人は結構いるってこと?」
とりあえず、一番優先的に聞いておきたいことはそれだ。もしかしたら父さんや母さん、学校の友達はまだ生きていて地球で僕の帰りを待っているのかもしれない。
すると僕の質問にマナは目を伏せてしまった。
「それは……残念だけど、ミツルの知り合いでまだ生きてる人は私くらいなもんじゃないかな」
「え……」
「実は私と同じ時期に不老になった人は不老のファースト世代と呼ばれていてね。その時はまだまだ不老に対しての偏見も強かったし、ほとんどの人はその技術があっても不老にならずにそのまま年老いて亡くなっていったの」
「そ、そうなんだ……」
やさしく時に厳しかった父さんと母さん、口を塞ぎたいくらいにうるさかった部活の友達、美人だったあのクラスメイト、親身になって相談に乗ってくれた先生。皆一様に長い年月をかけて成長し、老化し、そして死んでいったというのか。僕にとってはつい先日まで生きていたはずなのだが。皆の生き生きとした姿をはっきりと思い起こすことが出来るのだが。
「やっぱりショックだよね……」
「あ、あぁうん……」
確かにショックだ。でも皆いきなり事故や病気で死んだわけじゃない。それぞれの人生をまっとうして死んだというのならまだ救いはある。僕は下に向いていた顔を上げマナへと目を向けた。
「まぁ……でも、それはコールドスリープ前から覚悟してたことだし……むしろマナがいてくれるだけでもすごく嬉しいし心強いよ」
「ほ、ほんと?」
マナは顔をパっと明るくさせた。
「もちろん本当だよ」
そんな彼女に僕は微笑みかけた。
単純に彼女が生きているのは本当にすごく嬉しい。それもあるが、もしこの状況でマナがいなかったとしたらという事を考えると本当にゾッとする。この時代のことは右も左も分からないし僕は今、身体的にも社会的にも完全な無力だ。
「っていうかファースト世代ってことは、もしかしてマナより年上の人間はあんまりいないってことなのか?」
「うん、その通り。一番じゃないけど、私はこの世界でもトップレベルの年長者なんだよ」
「へぇ……」
そんな風には全然見えない。見た目もそうだが、僕に向ける態度もなんだか子供っぽいままだ。確かに成長している部分は大いにあるとは思うのだが、根本的な部分はあんまり変わってないのかもしれない。
「他には何かある?」
「あとはそうだな……」
僕は高めの天井に目を向けて考えた。
「そういえば、何で僕は地球じゃなくてあのスペースコロニーに移動させられてたんだ?」
「あぁ、それは私の仕事の都合なの」
「マナの……?」
「うん」
そう言われて僕の頭にいくつかの新たな疑問点が浮かんだ。
「でも、なんでだ? 確かコールドスリープの会社との契約では本社の地下で目覚めるまで保管されているはずだったのに」
なぜマナの都合で移動させられているのだろう。もしかしてマナが勝手に僕を連れ去ったのか? だとしたらそれは幼馴染とはいえ犯罪だと思うのだが。
「それが実はね、ミツルをコールドスリープした会社、もう100年くらい前に倒産しちゃって」
「え……倒産?」
「そう、一時は結構大きな規模にまでなった会社だったんだけどね」
「そうなんだ……」
「そこからは本当悲惨だったよ。そのとき冷凍されていた人で身寄りのいなくなってしまった人達や、いてもコールドスリープの維持費が払えない人達は強制的にその時解凍されてそのまま病気で死んじゃったんだから」
「え……マジ?」
なんだその
「うん、だから私は迷いなくその時、ミツルをその会社から引き取ったんだよ」
それで自宅にあんな設備があったというわけか。何かの施設ではなく、マナは個人で僕を保存し管理し続けていたということらしい。会社が倒産して100年もの間ずっと。
「結局あの時ミツルと一緒にコールドスリープされた12人の中で起きたあとに治療が施されたのは3人だけだったと思うよ」
「そ、そうなんだ」
思った以上に少ない。他の人はみんな死んでしまったのか。まぁ考えてみれば過去の人間をずっと保存しておくメリットなんて現代の人間からしたら基本的になさそうなので仕方のないことなのかもしれないが。
「あ、ちなみに私、ミツルを引き取るときにミツルの里親になったから」
「えっ……」
僕はその言葉に目を見開いた。
「さ、里親……?」
つまり僕はマナの義理の息子? ある意味同い年だというのに僕達は親子になってしまったというのか。
「まぁ、そんなのあくまで書面上の話だから、全然気にしないでね。ただそうしないとミツルを引き取ることが出来なかったからそうしただけだよ」
「そ、そっか」
僕はそのことに合意していないわけだが、凍ったままで意識のない者の親権を取る事なんて出来るのか。まぁ、この200年で法律も色々と変わってしまったということか。
「マナ、ありがとう」
「え……?」
「色々と僕を危機から守ってくれてたんだね」
もはや彼女にはどのくらい感謝をすればいいのか分からなかった。こんな一言で済ましてしまうのが申し訳ない。彼女は僕のことを200年間も見守り、大金をはたいてその管理までやってくれていたのだ。
「ううん全然気にしないで。私は私がやりたいようにやってるだけなんだから」
「そっか……」
「まぁでも危機といえば今回の事も結構危なかったよ」
マナは両肘を机の上に乗せて両手を組み、その上に顎を乗せ、軽いため息をついた。
「今回のことって、もしかしてあのテロ事件のこと?」
「うんそう」
「未来って結構物騒なんだな」
「まぁ、スペースコロニーがテロに弱すぎるのが問題なのかもしれないけどね」
確かに。あのチューブ、一箇所が破壊されてしまえば連鎖的に全体が駄目になってしまいそうだ。地球ならどんな爆発が起こっても住めなくなるということはなかなかありえないと思うのだが。
「それにしても何であんなテロ事件が起こったんだ?」
「ん? うーん、まだ犯行声明とかが出されてるわけじゃないみたい。でもその反抗グループの目星はついてるよ。たぶんヤグマっていう組織の仕業だね」
マナは人差し指を上げて言った。
「ヤグマ……?」
「ヤグマは、人間は永久に生き続けるべきじゃないって思想を持ってるみたい。だから私の会社みたいな不老に関わる会社を狙うことが多いの」
不老に関わる……?
「そういえば気になってたんだけどマナの会社って不老に関する会社なんだ」
「あぁうんそうだよ。言ってなかったっけ」
ということは博士の研究とはもちろんその不老がらみということか。ロウジンは老化に関する病気だし、博士が関わっていたというのも
「それにしても怖いな……マナ、そんなところで働いてて大丈夫なのか?」
「うん、まぁ……地球に帰ればそんなに心配することもないと思うよ。別にヤグマは殺戮が目的ってわけじゃないみたいだし」
「そっか……」
本当にそうなのか? そう簡単に転職なんか出来ないから危険があっても安心だと思い込むしかない、という気もするのだが。しかしとりあえず事情にも詳しくない若造の僕がここでとやかく言うのは止めておくことにしよう。
それにしてもそのヤグマとかいう組織、自分と思想が違うからといってそれを人に押し付けようとしているということか。長生きしているにも関わらず大人気ない行動だ。いやしかし永久に生き続ける事に反対しているということはそこまで長く生きていない若い人達の集団ということなのか。見た目はマナたちより老けているのかもしれないが。
「ところで、僕とマナはずっとあのコロニーにいたんだよな?」
「うん、たまには地球に帰ることもあったけど」
確かマナはあのコロニーに40年間住んでいたと言っていた。よく考えたらそれだけでも新卒の人間が定年を迎えるくらいの長さがあるじゃないか。200年生きる人間のたまにとはどのくらいの頻度なのだろう。もしかして5年に1回くらいか。
「地球に戻ったら仕事とか家とか、どうなるんだ?」
「あぁ、それなら私地球にも家持ってるし、全然大丈夫だよ。あのコロニーにあったのは一つの支部にすぎないし、たぶん次は家の近くの部署で働くことになると思うよ」
「へぇ……」
とりあえず失職したわけではないらしい。それにしても2つ家を持っているのか。さすが自称お金持ちだ。
「それで、その……僕の住む場所はどこになるんだ?」
これから先、マナにどの程度頼っていいのかよく分からなかった。もしかしたら地球についたら僕は家なし文無しで浮浪者として生きていかなくてはならないのかもしれない。
「え……? あ、あぁそれは私と一緒に私の家に住んでもらおうと思ってたけど……駄目だった?」
「あ、あぁいや、マナがそう言ってくれるなら、むしろお願いしたいんだけど」
というか僕にはそれ以外の選択肢が見当たらない。
「そう、よかった」
僕達は2人同時に肩を撫で下ろした。マナも僕に断られないか心配だったのだろうか。さっきは同じ部屋にすることを拒んでしまったことだし。
「ところで、その家って地球のどの辺にあるんだ?」
「あぁ、日本の北海道だよ」
「へぇ……?」
北海道か。なんでそんな場所に家を建てたのだろう。僕達の実家は千葉県だったはずだが。まぁ、もうそれもマナにとっては遥か遠い昔の話なのかもしれないが。
「見てみたい?」
「え?」
「ホログラムにおさめてあるんだ」
マナがその北海道の風景を見せてくれるということで、僕達は飲みものを飲み終えたあとでマナの部屋へと向かった。
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