博士を護衛せよ

「どういうこと?」


 エイリが2人の顔を交互に見る。すると二人ではなくマナがそれに答え始めた。


「博士の護衛をしなくちゃならないってことじゃないかな。ロウジンはもう特定されて死ぬことが確定しているようなものだからね。自分を特定出来る博士を殺そうとしても全然不思議はないと思うから」


「あぁ……なるほど」


「まぁ、これから24時間以上みんなこの部屋から出ないというのなら話は別だが。ロウジンはこの中にいるんだからな」


「え……それは……ちょっと」


「なら、やはり護衛するしかあるまい」


 クメイはメンバーの顔を見渡した。


「男は……6人か。今から博士が検査結果を出すまでの約24時間、男2人ずつローテーションで見張りを行うことにしよう」


「に、24時間かぁ」


 シムが頼りなさげなへなへな声を上げる。


「……2人組みでやるなら1人8時間だ。そのくらい耐えられるだろう」


「ま、まぁ」


「オーケーオーケー、8時間なんて楽勝よ。少なくとも俺が見張りしてる時は安心していいぜ」


 確かに、ジンはこの中で一番体格がいいし、頼りになりそうだ。そんな彼がロウジン本体だったらその分やばそうだが。


 その時、クメイが僕に目を向けた。


「む……お前は確か、筋肉の病気だったな」


 どうやら僕では護衛する力はないと思われているらしい。


「あ、いえ、全然大丈夫です。このスーツさえあれば常人程度にはチカラが出せるみたいですから問題ないですよ」


「……そうなのか?」


 何だか僕だけの判断では心配だったのかクメイはマナへと目を向けた。


「うん……まぁ大丈夫だと思うけど」


「そうか、なら頼む」


 マナは大丈夫とか言いながらもどこか不満そうだった。たぶん僕を危険な目に会わせたくないのだろう。しかし、こんな状況で僕だけサボっているわけにもいかない。周りの皆よりも遥かに年下とはいえ、甘えたくもない。アシストスーツで以前と同じように違和感なく動けるというのも事実だし、ここは護衛に参加させてもらうことにしよう。


 そしてそこから護衛の組み合わせを決めるという話になった。


「さっきは1人8時間と言ったが、連続8時間ではなく4時間おきに交代することにしよう。一人4時間を2回だ。これならそこまで負担は感じないだろう?」


 その時、エイリが手を上げた。


「あのさ、私もいいかな? 男だけに任せるのも嫌だから。大丈夫。体力には自身あるよ」


「おいおい、最悪ペア組んだ奴がロウジンかもしんねーんだぞ。一対一で何とかできんのかよお前」


「それは……大丈夫でしょたぶん」


「無理無理、女には無理だって」


「はぁ? 何それ。大体1対1になれば、男だってその半分は負けるんでしょ」


「そりゃそうだが……お前の場合は確実に負けちまうじゃねーか」


「そんなの分かんないでしょ、なんなら今ここで試してみる!?」


 また2人の喧嘩が始まってしまった。エイリが席を立ち拳を握り締めてジンの前に立つ。


「あのう、そのことなんですけど……」


 僕は挙手して2人の会話に口を挟んだ。


「何!?」


 エイリから鋭い眼光を向けられる。怖い。これなら本当に並の男になら勝ててしまうのではないか。


「い、いや、博士の隣の部屋で次の護衛が待機しておけばいいんじゃないかと思って。それなら何かあったらすぐに駆けつけられますし」


「……そうだね。それならペアがロウジンであっても実質3対1になるし戦いになっても負ける可能性は低そうだ」


 ヒースが相槌を打って僕の意見に賛同してくれた。


 ということであとは組み合わせを決めるだけとなった。しかし、エイリが護衛メンバーに加わったことで問題が発生してしまった。


「奇数になってしまったな。少し組み合わせを決めるのが難しくなってしまった」


 ヒースが腕の上に発生させたホログラムのメモ帳を前に唸っている。


「おいエイリ、やっぱお前いないほうがいいんじゃねーの」


「はぁ? なんでそれで私が辞めることになるのよ」


「……おいシム」


 クメイはシムに声を掛けた。


「な、なんだい」


「正直な感想を言うとあんたは護衛メンバーで一番弱そうだ」


「えぇ……」


「あんたの見張り時間を半分の4時間にして残り半分をエイリがやればいい。これでいいか?」


「ふん……いいわ。分かったわよ」


 シムの方は何だか納得していなかったがエイリが即答してしまったのでその案でやることになった。

 それで決まった組み合わせと時間は以下の通りだ。



--------


 23時〜03時、ジン、サムラ。

 03時〜07時、クメイ、ヒース。

 07時〜11時、僕、シム。

 11時〜15時、ジン、エイリ。

 15時〜19時、クメイ、サムラ。

 19時〜終わり、僕、ヒース。



--------



「じゃあ、このデータは各自保存しておいてくれ」


 みんなそれぞれの携帯するデバイスをヒースの腕の上に表示されているメモ帳のほうへと向けた。それでデータが読み取れるのか。僕は何も持っていないので保存出来ていないが、まぁ自分の時間は覚えたし分からなくなったらマナに尋ねることにしよう。


 ちなみに毎回違う組み合わせになっている理由は、もし次の21時までにロウジンを特定出来ればロウジンによる犠牲者はゼロで済む。そのために色々な人間と各々が関わり、特定出来る可能性を上げるためだとか。まぁあまり期待は出来ないが、一応そういうことにしたのだ。


 僕はシム、そしてヒースと組んで見張りをすることになる。もしこの2人のうちのどちらかがロウジンであった場合はいきなり博士を殺そうとしてくる可能性もあるわけだ。控えが隣の部屋にいるとはいえ、暴れ出した瞬間は一対一。いきなり意識を失うような攻撃をされたら誰かを呼ぶことさえ出来ない。そもそも2人がロウジンでない事を願っておこう。


 まぁでもよく考えたら自分が護衛している時に博士を殺すなんてことはないのかもしれない。博士と護衛の1人が死んでいて残り1人の護衛が普通に生きていたら、そいつが怪しまれるのは必須。何とかその場を誤魔化せても結局投票が行われて皆に殺されてしまいそうだ。


 一番恐れるべきなのは、護衛2人が一瞬で誰にもバレることなく瞬殺されてしまうことか。ここは200年後の世界。そんなことが可能な武器なんかもなくはないかもしれない。


 そして、その場を解散した僕達は決めたローテーション通りに動くことにした。最初の4時間はジンとヒースのペアが護衛を行う。控えはクメイとサムラだ。僕は次の控えの時間まで4時間ほど空くことになる。

 あと4時間後か。現在23時だが別に今眠くはないし、それまで起きておくことにしよう。


 とりあえず、マナとエイリがコントロールルームで船を操作しに行くというのでそれについていくことにした。





 初めて入るコントロールルーム。そこには多くのモニターやボタンが備わった台、そして椅子が並んでいた。中央前方には舵がある。あれを回せばこの船旋回するのか?


 部屋の前面はガラス張りのようだった。その先に宇宙空間が見える。こんな大きな開口が開いていてなんだか割れてしまいそうだが大丈夫なのだろうか。そもそもガラス素材ではないのかもしれないが。

 それにしてもマナ達はこんなもの操作出来るのだろうか。


「オペレーター、聞こえる?」


 マナは部屋の中央付近まで歩くと誰もいない空間に向かってそんなことを言い出した。すると、


『はい。こちらオペレーター。どのようなご用件でしょうか』


 出発の時に聞いた合成音声が返ってきた。どうやらこの船に搭載されたAI(人工知能)らしい。まぁ僕がいた時代でもどんどん加速度的に発達していっていたものだし200年も経てば普通に会話くらい出来るようにはなってはいるか。


「この船の慣性飛行の時間を減らして加速時間をもっと長めにとりたいんだけど」


 おそらくスイッチやボタンの操作でも動かせるのだろうがAIと話すだけでも何とかなってしまうようだった。


『資格を有しない者が現状でその操作を行うためにはコスモス安全航行法に従い、それ相応の理由が必要となります』


 マナとエイリがお互いの顔を見る。


「何て説明すればいいかな」


「このAI、ロウジンって知ってるのかしら」


「うーん、わかんないけど、とりあえずありのままを話してみればいっか?」


「そうね」


 2人は相談の後、また前方へと目を向けた。


「ロウジンが現われたの。このままでは24時間に1人犠牲者が出てロウジン以外の乗員全員が死んでしまう。だからお願い、出来るだけ早く地球にたどり着きたいの」


『審議中……。審議が終了いたしました。乗員2名による命令を承認。人工重力の期間を短縮、本船の加速時間及び減速時間を安全の範囲内で増やします。なお、このことによる体感重力に変化はございません』


「それでオペレーター、その調子でいくと、どのくらいで地球の宇宙ステーションまでたどり着けるの? あぁ、ホログラムで表示してちょうだい」


『了解致しました。前面に地球、宇宙ステーションブリーズ到着までの時間を表示致します』


 次の瞬間正面窓ガラスの上のほうに『残り時間、8日05時間17分』と映し出された。


『なお、多少の時間のズレが生じることをご了承ください』


「あと8日か。まぁもうその心配はないけれど、ロウジンが放置されていた場合8人も殺されていたということだね」


 つまり生き残れる人数は11人中3人か。それでもまだまだ少ない。


「もし博士がいなかったらどうなっていたことか……」


 マナに続きエイリがそんなことを呟いた。


「まぁ博士がいなかったら実際はロウジンを放置するなんてことはありえないから投票によって人が殺されて、それでもなかなかロウジンを当てることが出来ず老化によっても人が死に、一日に2人ずつ死んでいったことになっただろうね」


「うわぁ……ひどいもんだなそりゃ」


 僕はマナの発言に戦慄した。


「ってことは、そのまま投票によってロウジンを外し続ければ全員死んでたってこと?」


 エイリが軽く頭を捻って疑問を投げかける。


「うーんと……残り二人になった時は投票なんて意味ないけど、その時人間側が相手を人間だと思い込んで何もしなければロウジンが相手の若さを吸収しちゃうだろうね。そして一人になったロウジンはその次の日に誰の若さも吸収出来ず結局死んじゃう。1日に2人も死んでいったら8日で16人も減っちゃう計算になっちゃうから、人数足りないもん」


 ロウジンが最後まで生き残れば全滅ということか。


「え……じゃあ最初からロウジンに生き残る術なんかなかったってことじゃない」


「うん、まぁ確かにそういうことになるね」


「そんな……じゃあセイラさんは何のために死んだっていうんだ……」


 僕はついそんなことを口走った。100年間も現役アイドルだったのに、ロウジンを一日延命させるためだけに殺されたというのか。

 この事にロウジン自身は気付いているのだろうか。まぁ自分のことだしたぶん気付いているだろう。


「明日、誰かが老化する前にロウジンが名乗り出てきてくれればいいんだけどね」


「うん……そうだね」


 マナのいうことに同意はしたが、なんだか望み薄な気がした。さっきミーティングルームで博士が尋ねたが名乗り出てくれなかったことだし。

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