遺伝子検査による特定

「可能だとも。さきほど言っておった現存するロウジンじゃが、ワシは以前その研究の一端を担っておっての」


「え、マジかよ」


「ロウジンになってしまった人物はある特定の遺伝子に変化があることは研究者の中では周知の事実じゃ。お主等の遺伝子を調べればロウジンが誰かなど簡単に分かってしまうわい」


 博士は足と腕を組み、鼻高々といった様子で話す。


「お、おぉ! すげーぞ博士! やるじゃねーか!」


 ジンを始めとする皆が感嘆の声を上げる。


「……しかし、遺伝子検査での特定なんて、そんな事がこの船の中で出来るのか?」


 しかしクメイだけは冷静そうだ。


「あぁ、ワシがなぜこんな最終便なんかに乗り込んだと思っておるのじゃ。色んな研究機材を船に搬入するためじゃぞ。ワシの部屋の中にある機材だけで十分にそれは可能じゃ」


「……そうか、それは素晴らしいな。しかしなぜそんな重要なこともっと早くに言わなかった?」


「ふふん、このことを明かす前のお主等の顔をなるべく観察しておきたくての。しかし残念ながら誰がロウジンかは見当がつかぬわ。本体はなかなかの役者のようじゃ」


「……そうか」


 クメイは一応納得したようだった。


「や、やったぞ。これでみんな生き残れる!」


 皆が顔を明るくし安堵の声を上げ始めた。


「良かったね。ミツル、博士がいてくれて」


 マナも安心したように笑顔を向けてきた。


「あぁ、本当良かった」


 雨雲に覆われた頭の中が急に晴れ上がったような気分だった。もうこれで僕達は安心して地球に帰ることが出来るはず。


「ただし、一つ残念な知らせがある」


 しかしその時、博士が人差し指を立てて話を続けた。


「特定するための検査には24時間を越える時間を要してしまうのじゃ。つまりその結果が出る前に次のロウジンの捕食時間である21時を迎えてしまうことになる。あと1人犠牲者が出てしまうということじゃな」


「えぇ……」


 せっかく安心したばかりだったのに。最初に比べたら随分条件はいいはずだったが、何だかとてつもなく不幸になったように感じられる。


「おいおいおいマジかよ博士ぇ」


「マジなのじゃ」


 ジンの言葉にシュレイ博士は腕を組んで目をつむり気難しそうな顔をしている。


「どう頑張ってもそれだけ時間が掛かってしまうのか?」


 クメイがダメ押しで聞いている。


「あぁ、残念ながら検査は最初の準備以降機械任せなものなのでな。わしがどう頑張ろうと意味などないのじゃよ」


「そうか……」


 そのあと少しの間皆言葉を失っていたが、


「……まぁいいさ。検査が出来るだけマシってもんだろ。とにかく博士に任せようぜ」


 ジンが場をなんとかしようと話をまとめた。


「……そうね」


「あ、あのう」


「ん?」


 その時何か発言を始めたのは、低身長のシムだった。


「でも最初やる予定だった投票で次の21時が来る前にロウジンを特定して殺してしまえば誰も死ななくて済むんだよね?」


 シムのその発言により急に皆が静まった。


「そんなの……この状態じゃ厳しいんじゃないの。11分の1よ」


「そうじゃな。今投票してもまず当らんじゃろ。無駄に死体を増やすだけじゃ。人を殺すというのも簡単な話ではないしのう」


 確かにエイリと博士の言う通りだ。実際人を殺すとなったら一体誰がそれを実行するのかは分からないが、少なくとも僕にはちょっと厳しそうだ。しかも11分の1ならたぶんその人物はロウジンではないというのに。


「まぁ、それはやめておくか」


「そうだな」


「じゃあ、1人の犠牲者は覚悟するってことだな。おいお前たち、全然喋ってない奴もいるが、これでいいのか」


 クメイはこれまでほとんど発言していないメンバーに目を向けた。よく考えれば僕も全然話していない。


「えぇ……その案以外になさそうなら」


「僕もそうだね」


「拙者も何も文句はござらん」


「わ、私も……そうして頂いてかまいません」


「私も問題ないよ」


「僕もそれでいいです」


 シズカ、ヒース、サムラ、モモ、マナ、それに僕、誰も反対する者はいないようだった。この中にいるロウジンは内心猛烈に反対したいのかもしれないが。


「よし」


 全員の意見は一致した。誰も殺さない。次はランダムで誰かが死ぬのを待つと決定してしまったようだ。


「ということで、皆から遺伝子情報の分かるものをもらうことにしようかの。しばしここで待っておれ」


 シュレイ博士は席を立ち、ミーティングルームから出ていってしまった。


「なぁ、一つ思ったんだけどよぉ」


 博士がいなくなり少しするとジンが何かボヤき始めた。


「なんだ……?」


 クメイがそれに応対する。


「博士がロウジンだって可能性もあんだろ? その場合、検査できるなんて言ってるがそれ、嘘かもしんねーぞ」


「いや、俺もさっきそのことについては考えたが、それはたぶんない」


「はぁ? なんでだよ」


「博士の言うことが嘘なら検査の結果通りに人を殺してもロウジンによる被害はそれ以降も止まらないということだ。そんな嘘次の日には確実にバレてしまう」


「それは……まぁ」


「そうなれば博士は怪しい人物筆頭になってしまう。次の日投票が行われ博士が選ばれて皆に殺されてしまう可能性が高い。博士は自分で検査が出来るなんて言わないことも出来たんだ。もし自身がロウジンなら検査できるなんてそもそも言い出さないだろう。何の情報もなく投票が行われたほうが自分が選ばれる可能性は低いはずだからな」


「……それもそーだな」


 ジンは腕を組んで上の天窓を見上げている。


「えーっと……つまりそれってよぉ、逆に言えば博士はロウジンじゃねーってことか?」


「あぁ、そう思っていいだろう。博士がよっぽどの馬鹿ではない限りはな」


 博士が馬鹿かと言われたら馬鹿ではないように思える。博士なわけだし。



 そしてそれから30分ほどで博士が部屋に戻ってきた。その手にはノートとテープ、そしてペンが握られている。


「さて、これから皆の髪の毛を頂くことにする」


「髪の毛……?」


「髪の毛があれば遺伝子情報は分かるんじゃよ。不正がないように一人ひとりからワシが今から抜いていくことにする」


 プチ


「いたっ」


 博士は席に座る皆のもとをまわり髪の毛を抜いていった。抜いた髪の毛はノートにテープで貼り付けていっているようだ。その下に各個人の名前を記載していく。

 全員から髪の毛を採取し終わると、博士はノートに一度目を通し、パタリと閉じた。


「これで確かに全員のサンプルは頂いた。あとのことはワシに任せたまえ」


 博士は皆から髪の毛を徴収すると、自分の部屋へと再び戻っていった。


「はぁ……」


 皆の間には微妙な空気が流れていた。まぁこの中には明日殺される者、そして殺す者もいるのだ。それも仕方のないことかもしれない。


「じゅ、11分の1で死ぬワケか……まぁ、低いといえば低い確率だけど」


 そんなとき、シムがそんなことを呟いた。


「おいあんた、シムとか言ったか。自分のことばっか考えてんじゃねーぞ。あんたが死ななくても他の誰かが確実に死んじまうんだからな」


「わ、分かってるよ……そのくらい」


「……一応言っておくが、ロウジン自身はファントムに選ばれる事はないのだから死ぬ確率は10分の1だ」


「そ、そうかい……」


 ジンとクメイに論されるようにしてシムは塞ぎこむようにうつむいてしまった。


「ふぅ……じゃあ、とりあえずあとは待つだけって感じだし、この場は解散ってことで?」


「残念だが、博士の提案によってそういうわけにも行かなくなったな」


 エイリの提案をクメイが止めた。


「え……? まだ何かあるの?」


「あぁ、僕もそれは思っていたことだ。むしろこれからが大変になるぞ」


 クメイに同意するようにヒースが顎髭を触りながら呟く。

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