投票を行う?

「ということで、一応自己紹介が終わったわけだが……まぁ、分からないな」


 皆の顔を改めて一瞥いちべつしてみたが、クメイの言うとおり僕にもロウジンが誰かなんて全然検討はつかなかった。


「確か地球にたどり着くまでにはあと10日掛かるはずだ。ロウジンが誰か分からないと言ってこのまま放置しておけば一日に一人が殺されてしまい地球の大地を踏めるのはロウジン一人だけになってしまうな」


「それは……さすがに何もしないというわけにはいかんでござるな……」


 サムラが細い目をさらに細めるようにして言う。


「それに関しては一応多少の対策はとれるんじゃないかな」


 その時ヒースがオールバックの髪を後に流しながら声を上げた。


「対策?」


「この船は途中、加速のない完全な慣性飛行の期間があるはずだ。その期間をもっと短くして加速させ続ければ航行期間はいくらか短くなるはず。スピードが上がる分デブリ衝突のリスクなんかは上がるけどね」


「……どゆこと?」


 僕はヒースの言っていることがイマイチ分からずマナに小声で尋ねた。


「要はこの船にもっと頑張ってもらって早く地球にたどり着こうってことだよ。早く辿りついた分生き残れる人数が増えるから」


「あぁ……」


 僕は合点がいき頷いた。


「みんなが反対しないなら、この会議が終わったあとにでも船を操作することにしよう」


「そうだな、それはやったほうが良さそうだ。デブリの危険性など元々あってないようなものだしな」


 ヒースの言葉にクメイがうなずく。


「だが、それを実行したとしてもこのままロウジンを放置すれば数人しか生き残ることは出来まい。やはり何とかロウジンを特定して殺すしかないな」


 クメイの殺すという言葉に場の空気が重くなる。


「しかし、実際動くのは本人じゃなくてファントムなんだし、特定するのは難しいんじゃないのか」


 ヒースは肩でも凝っているのか髪をかきあげた手をそのまま首の後ろに回して抑えている。


「そうだな。しかしそれが確実じゃなくても、とにかく殺してみるしかないだろう」


「ちょっと待って……そんなことしたらロウジンじゃない人を殺すかもしれないってことよね?」


 話に割って入ってきたのはエイリだった。


「あぁそうだ。だがそうであったとしても、そうしたほうが最終的に生き残る人数が多い可能性は高いはずだ」


「でも……そんなのって……」


「何か不満があるならその対案を出してくれ。あればもちろん検討する」


 エイリは口をへの字にして何か反論したいようだったが、何も言いだすことはなかった。


「……しかし、誰かを殺してもそれがロウジンだったとどうやって分かるのでござるか? ロウジンが死んだかどうか分からないままであればさらに別の者を無駄に殺してしまう可能性があるのではござらんか」


「それに関してはこちらも殺すのは24時間に1人にすればいいだろう。そしてロウジンの捕食の時間がやってきて誰もロウジンによる犠牲者が現れなければそれはロウジン本体を殺していたということになる」


「それは……確かにそうでござるな……」


「でもよぉ、その殺す人物ってどーやって決めんだよ……?」


 ジンが腕を組んで片眉を上げてクメイに尋ねる。


「まぁ、それは投票になるだろう。公平だし、みんながもっとも怪しいと思う奴がロウジンである可能性は高いだろうからな」


「投票……か」


 そんなあやふやな投票なんかで人の生き死にが決まってしまうなんて、そんなのでいいのだろうか。かと言って僕にもその対案なんて思いつかないが。


「でもいきなり投票って言われてもよぉ。今のところ誰が怪しいかなんて全然誰も分かんねーんじゃねーのか」


「そんなことはない。たとえば俺のこと、ロウジンだと思うか?」


「え……」


 クメイの言葉にジンは不意をつかれた顔をした。


「いや……思わねぇかも」


「そうだろう。俺がロウジンだったらこんなロウジンが不利になるようなことペラペラと話したりはしないだろうからな」


 なるほど。もしかしたら、これまでペラペラと話していたのは自分が投票による指名をされないためなのだろうか?


「こいつだと分からなくても、こんな風に消去法で候補を絞ることが出来る。さっきも言ったが別にこれ以外の方法があるならその方法でもかまわない。何かいい案がある奴はいないのか」


 その言葉に誰も何も発言しなかった。何だか流されているような気もしたが、僕にもこれ以上いい案なんて浮かばない。

 みんなに殺されてしまう可能性がある。誰かを殺すことになるかもしれない。でも仕方がない。どうやら投票ということで話が進みそうだ。


「よし、意見がないようなので、これで決定だな」


「で……その投票だけど、いつやるの? 今?」


 エイリが少し不満げに問いかける。


「博士、ロウジンが誰かを老化させるのは絶対に24時間に1度と思っていいのか?」


「そうじゃのう。少なくともこれまで現れたロウジンはそのようだったようじゃ」


「それで、セイラが襲われた時間はいつだったんだ?」


「あ……それはちょうど9時をまわった辺りだったと思います」


 クメイの質問にモモが手を挙げて答えた。


「ほう、本当なのか?」


「はい……私はセイラさんの健康の管理をしていましたから、時間は常に気にかけていたんです……」


「そうか……なら、投票の時間は次の21時の少し前でいいだろう」


「そんなギリギリにする理由があるの?」


「それまで自分たちでなるべくコミュニケーションをとる。人間嘘をつき続けるのは難しいものだ。今この場では分からなくても、長い時間話し合えばボロを出す可能性はある」


「そうね……分かったわ」


 エイリは納得がいったようだ。


「よし、とりあえず、話し合うことはこのくらいか?」


 クメイの言葉にしばらく誰も口を開かなかった。


「あのう」


 話が終わりこのまま解散しそうな雰囲気になってきたので僕は皆に質問をしてみることにした。


「どうした?」


「僕はいまだにロウジンというものがよく分かっていないんですけど、みなさんはよくご存知みたいですね」


「あぁ、まぁな。知らない奴はいねーんじゃねーか。初めて現れた当時は大ニュースになってたしな」


 僕の質問にジンが答える。確かにいつどこに現れるのか検討がつかないもののようだし、命に関わる問題だし、世間の関心を集めるのは当然のことかもしれない。


「ミツル、ごめんね」


 するとマナが僕に顔を向けてなぜか謝ってきた。


「置いてきぼりにしちゃってたみたいで。私が教えてあげるよ」


「あぁ……うん、ありがとう」


 マナに教えてもらうなら別に今じゃなくとも後から個人的に聞けばよかったような気もするが、まぁいいか。


「最初にロウジンが現れたときは地球だったわけだけど結構犠牲者が出たんだ。治療が間に合わなくてね。ファントムに本体がいるということが分かってからは、対策も色々立てられたけど」


「へぇ……」


 そういえば博士はこれまで5人ほどロウジンが現れたとかいう話をしていた。


「それでその今まで現れたロウジンって今どうなってるんだ?」


「あぁ……それは、誰も人がいない土地に追いやられて誰の若さも吸収出来ずに死んだり、その場にいた者に殺されたりしたみたいだけど、1人だけまだ生きている人がいるよ。まぁ、何とか政府とうちの会社が協力して、研究のために生かされているっていうのが正しいかな」


「へぇ……?」


 マナの会社がその生き残りのロウジンの管理をしているのか。


「今は太平洋のど真ん中にある浮島で一人暮らしてるはずだよ。そこなら予期せぬ被害者を出さずに済むみたい」


「そうなんだ」


 それってつまり予期する被害者は出てるということか? まぁ、被害にあったらすぐに治療を受けさせて死人は出さないようにしているということか。ロウジン一人を生かすだけでかなり大変そうだ。


「ま、それを考えるとここにいるロウジンも地球へ生きて帰れたとしても人生終わりに近いな。だったら早いところ名乗り出てほしいものだ」


「そう……ですね」


 クメイの言葉に僕は頷いた。ロウジンと一緒の船に乗り合わせてしまった僕達も不幸ではあるが、それ以上に不幸なのはもしかしたらロウジン本人なのかもしれない。


「じゃあ、続きは明日ってことで、そろそろこの場は解散することにするか?」


 僕の話もひとまず終え、みんながその言葉に合意するのかと思ったその時だった。


「待ちたまえ。ワシから重要な話がある」


 シュレイ博士がそんな事を言い出した。


「……何だ?」


 博士に全員の視線が集まる。


「ワシがこの中におるロウジンを一発で確実に当ててやろうではないか」


「え……?」


「な、何だって?」


「……そんなこと可能なのか?」


 予想外の博士の言葉にみんながざわついた。クメイの言う通りこんな情報が少ない中でロウジンを確実に当てることなど出来るとは思えないが。

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