喧嘩
船首へと向かう二人の姿を見送ると、僕は食堂へと戻った。中に入るとやはりそこにはマナの姿があった。
「あ、ミツル!」
彼女は僕の姿に気付くと席を立ち、こちらに向かってきた。
「部屋にもいないから心配しちゃったよ! どこに行ってたの?」
「ごめん、ちょっと色々あってね」
「色々……?」
これまでのことを話そうとした瞬間、なんだか罵声のような声が聞こえてきた。先ほどから目に入っていたが、食堂には他にも男女2人の姿があったのだった。ツンツン髪のガタイのいい男とポニーテールの女だった。2人とも上はTシャツで下は同じ作業着のようなズボンをはいている。先ほどまで何か現場で仕事をしていたという風貌だ。
「はぁ? 今の会社辞めるですって?」
「あぁ、地球に帰るのも久しぶりだしな。少しバイクにでも乗って各地を見て回りてぇんだ。住んでる場所も失ったし、いい機会だと思わねぇか?」
「いやいや、それってむしろ逆でしょ。地球に本社があるんだからそのまま働けばいいじゃない。住む場所も仕事もなくなったんじゃその先路頭に迷うことになるかもしれないわよ」
「大丈夫だって。貯金もあるし、しばらくゆっくりしたって誰も文句なんていわねぇよ」
「私が文句言ってるでしょ」
「……なんでお前が文句言うんだよ」
「あんたが非現実的なこといい始めるからでしょ。そのまま無職してるとスペアの代金も払えなくなっちゃうわよ」
「そんなのあと数十年は平気だろ」
「数十年って、あんたどれだけそのままでいる気なのよ」
「チッ……なんだよさっきから。お前にはそんなこと関係ないだろうが。何でそんな先のことばっか考えて生きていかなきゃならんのよ」
「……あんた馬鹿なの? 今まで何年生き続けてきたのよ。数十年なんて割りとすぐ過ぎちゃうなんてことくらい分かってるでしょ?」
「ば、馬鹿だとぉ? お前、馬鹿って言ったほうが馬鹿なんだぞ!」
「変なところに引っ掛かって話を逸らさないでよ大馬鹿!」
「な、なにぃ!? 何で大馬鹿にレベルアップしてんだよ!」
「自分が馬鹿だってことにも気付けないからよ!」
二人は食事をしながら何か言い合っている。何だか非常にクダらない言い合いになっているが、あれは僕より遥か年上ということでいいのだろうか。
どうせだからあの2人にも話しておいたほうがいいだろうか。僕が2人に話しかける機会を伺っていると、
『えー、乗員全員に告ぐ。わしはシュレイ・マスケードというものじゃ』
シュレイ博士による船内放送が始まった。
「ん? なんだ?」
2人は言い争いをやめ館内放送に耳を傾けている。
『緊急事態が発生した。船内にロウジンが現れたのじゃ。今すぐ全員ミーティングルームへ集合してくれたまえ。繰り返す……』
「え……」
マナが不安そうな顔をして放送の流れてくる方向へと目を向けている。
「ロ、ロウジンだぁ? 本当かよ」
「……もし本当だとしたらかなりマズいんじゃないかしら。こんな移動中の船に現れたとしたら治療なんて出来ないわよ」
「なんかのホログラムでも見間違えたんじゃねーのか?」
男女2人もロウジンについては知っているようだった。結構世間的には常識レベルの話だということなのか。それにしても2人は何だかロウジンが現れたということに関しては少し懐疑的なようだった。
「本当ですよ」
「え……?」
僕は2人のもとに歩み寄り声をかけた。
「ミツル……? なんでミツルがそれを知ってるの?」
マナも僕達のそばに寄ってきた。
「実はさっきこの食堂にいる時にそのロウジンって奴が現れたんだ。もう犠牲者も出てる」
「え……犠牲者って、まさか死人が出たのか?」
男女2人が眉をひそめながら僕を見つめていた。
「えぇ……そうです。ロウジンの分身、ファントムって奴をシュレイ博士や僕の数人で目撃していますし見間違えってことはないと思います」
「マジかよ……」
「……とりあえず詳しい話は博士がしてくれるみたいなんでミーティングルームへと向かいませんか」
「……そうね」
ミーティングルームは20畳ほどある大部屋で、天井には丸い窓が開いていてそこからは宇宙空間を覗き見ることが出来た。
部屋にいたのはサムライ、シュレイ博士の二人だった。まだ他の人は全然集まってないのか。
「来たか。テキトウにその辺りに座ってくれたまえ」
2人が準備をしてくれていたらしく、部屋の中には既に人数分の椅子が中央を向いて並べられていた。僕たち4人は博士に言われ二手に分かれるようにして席へとついた。
少しすると部屋に七三分け、黒縁メガネの男が現れた。見たことがあると思ったら出航前にシズカと通話していた人物か。思った以上に身長が高い。
それからチラホラと人が増えていき、放送が終わってから30分ほどでセイラを除く11人全員が揃い中心に向かってみんな席についた。
11人いるのに、いつの間にか僕はほとんどの人物と顔を合わせていたらしい。ここに来て初めて見る人物はなんだか少しサイズが合っていないトレーナーを着ている身長の低い男くらいだ。
「全員揃ったようじゃな。そろそろ話を始めることにしよう。皆に集まってもらったのは他でもない。この船内にロウジンのファントムが現れたからじゃ」
「……それを目撃したのはあんただけなのか?」
黒縁メガネが鋭い視線を博士へと向ける。マナや言い争っていた男女と同じでロウジンが現れたということに対して少し懐疑的なようだ。
「いや、ワシを含め5人が目撃しておる。そのうち1人は既に亡くなっておるがの」
「なんだと……? ここに一人いないようだがまさか……」
「あぁ、亡くなったのはアイドル歌手のセイラじゃ」
「セ、セイラさんが……!? いねーと思ったら……マジかよ」
ツンツン頭が驚嘆の声を上げる。やはり、セイラはかなりの有名人だったらしくみんな衝撃を受けている様子だ。すでにそのことを知っているモモとサムライは視線を床へと落としている。
「それで、連邦の警察には連絡したのか?」
黒縁メガネによる博士への問答が続く。
「あぁ、一応な。まだこちらから簡単に電報を送っただけじゃが」
「……そうか」
「まぁしかし、分かってるとは思うが事件が起こったとはいえ警察はこんなところには来てはくれんぞ。少なくとも地球の宇宙ステーションにたどり着くまでは自分たちで何とかするしかなかろう」
「何とかとはいっても……とりあえずそのロウジンが誰か分からないとどうにもならんな」
黒縁メガネがお手上げと言った様子で両手を上げる。
「大体、この船の中にロウジンはいるのか? いないとしたらそれこそお手上げじゃないか」
「ふむ、これは現在地球におるロウジンの話じゃが、本体からファントムが何千キロも離れた位置にまで移動したという報告はない。それを考えればこの中にあのファントムの本体がおると考えてよいじゃろう。この付近に他の船などないのじゃからな」
「やっぱりこの中に……」
みんながその事実にお互いに目を向けあいざわめきだした。
シュレイ博士はメガネをクイと上げると、
「さて……この中で自分がロウジンだという者はおらぬか?」
眼光を光らせて言い放った。
しかし、しばらくしても誰も名乗り出ることはない。
「いてもそんなこと名乗り出るわけないだろ」
黒縁メガネがしびれを切らすようにそんなことを言い始めた。
「ロウジンだと分かったらそいつはみんなに殺されることになるだろうからな」
「こ、殺す? 殺すなんてそんな……」
ポニーテール女が声を上げる。
「状況が分かってないのか? 何とかするっていうのはそういうことだ。このままだと24時間に1人がロウジンによって殺されてしまうんだぞ。お前だって死ぬかもしれない。だがロウジン1人が死ねば皆助かるんだ」
何だか納得いかないという様子だったが、それ以上ポニーテール女は何も言い返すことはしなかった。
みんなに殺される、か。確かに黒縁メガネのいう通りではあるのだが……。果たして実際に自分がそれをやらなくてはならないという立場に立たされた時、僕にそんなこと出来るだろうか。
「自分で名乗り出ないのならこちらから特定するしかない。いい機会だ。ここで軽く自己紹介をしていこう。お前やあんたじゃ誰に呼びかけてるのかも分からん。しばらく喋っていれば怪しいやつを炙り出せるかもしれんしな」
いつの間にか司会進行役がシュレイ博士から黒縁メガネに代わってしまったように感じられた。
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