博士(女児)

「待たせたの」


 シュレイ博士と呼ばれた人物は小動物のようにかわいらしい声を上げると僕の隣までやってきてセイラの視診を始めた。


 この人達はマジなのか。僕はモモとサムライに目配せした。2人とも真剣な眼差しでセイラと博士の様子を見守っている。まぁ分かってはいる。どうせこのシュレイ博士とやらも僕なんかより遥かに年上なのだ。


「ふむ……彼女の中に老人のような姿の化け物が入り込んでいったというのは本当かね」


 彼女は僕に目を向け尋ねてきた。


「えぇ……その通りです」


「……間違いない。これはロウジンによる仕業じゃ」


「老人……って」


 まぁそのとおりなのだが。


「あれの正体を何か知っているんですか?」


「そうじゃな……」


 セイラは先ほどよりも病状が悪化しているようで、もはや呼吸をすることすらキツそうな状態に見える。


「どうにか出来ないんですか!?」


 そうだ。この時代の人間は不老なはずだ。その技術さえあれば彼女を助けることも出来るのではないか。


「ええっと、君はマナさんの……名前は確かミツル君だったかの」


「あ、はい」


 シュレイ博士も僕とマナのことを知っているらしかった。しかも何だかマナとは最初から知り合いのような口ぶりだ。


「ミツル君。少し話をしようじゃないか。こちらに来なさい」


 シュレイ博士は僕を部屋から外へと連れ出した。

 今まで床にヒザをつけて話していたが、立ってみると彼女と僕は頭一つ分の伸長差がある。見た目の年齢は12歳といったところだろうか。


「ミツル君。残念じゃが、この船の設備では彼女を救うことは出来ない」


「え……」


「過去の報告によると、ロウジンに取り憑かれた者はとり憑かれてから1時間も経たず衰弱死してしまうそうじゃ」


「衰弱死……」


 やはりセイラは死んでしまうのか。


「直接的な死因は心臓の機能低下により脳に血液が行き届かなくなるからじゃ。まぁ老衰による死と言っていいじゃろうな」


「……報告ってことは今までもあんなのが現れたことがあるんですか」


「あぁ。ちなみに勘違いしておるかもしれんがロウジンとは漢字の老人とは意味が違う。カタカナでロウジンと書くのじゃ。君が思っている本来の老人とは別物じゃよ」


「そうなんですか」


「ロウジンとは近年発生しておる病気のようなものでな。今まで5件の発症報告があったはずじゃ。この病気にかかると周りの者を老化させないと自身が老化して死んでしまうらしい」


「……えっと、あの年老いた幽霊のようなものがロウジンという病気にかかってるってことですか?」


「いや、あれはロウジンのファントムじゃ」


「ファントム?」


 だんだん覚えることが増えてきて少し頭が混乱してしまいそうだった。ファントムといえば幽霊とか幻とかそういう意味だったと思うが。


「ファントムとは言わばロウジンの分身のようなものじゃ。その本体は普通の人間。近くに他の船はおらんし、この船の中におる誰かじゃろう」


「本体……」


 本体がいて、それがファントムというあの幽霊のようなものを発生させている? そして自身が老化しないようにそのファントムを使って人を老化させていると……。


「それでセイラさんが狙われてしまったってことなんですね」


「まぁ、ロウジン本体もあのファントムを自らの意志で操ることは出来んらしいからの。彼女が選ばれたのはファントムの気まぐれじゃろう」


「気まぐれ……ですか」


 本体の意志とは関係ない、無差別な攻撃ということなのか。


「しかし、ロウジンはロウジンになった瞬間にそれを自覚出来るのだとか。おそらくこの船におる本体も今それを自覚しておることじゃろう」


 そのロウジンが生き残るためにセイラさんは死んでしまったということなのか。本人があれを動かしたわけではないらしいが。


「きゃあああああ!」


 その時、部屋の中から叫び声が聞こえた。


「!」


 慌てて部屋に入ると、部屋の中ほどの空中にロウジン、いやファントムの姿があった。

 セイラの体から出てきたのか。ベッドの前にはモモが腰を抜かしたようにへたり込みファントムを見上げている。なるべく距離を取ろうとしているのか壁にはサムライが張り付いていた。


 まさかこのファントム、また新たにここにいる誰かを老化させるつもりなのか。


「大丈夫じゃ」


 その時シュレイ博士が僕の後ろから姿を現した。


「ファントムが人を襲うのは24時間に一人、とりあえず明日のこの時間までは何も手出しはしてこんじゃろう」


「そ、そうなんですか」


 ロウジンに再び目を向けると壁をすり抜けていってしまった。どうやら博士のいうことは正しいようだ。それにしても、壁をすり抜けられるなんて、本当に幽霊のような存在だ。


「はッ……!」


 その時僕は気付いた。セイラは一体どうなってしまったのだろう。


「セイラさん……?」


 僕は彼女に近づいていった。顔を覗き込むが彼女はまったく動く様子はない。すると、モモが下を向いたまま言った。


「セ、セイラさんは……もう……」


「そんな……」


 セイラの若さを食い尽くしたからファントムは出てきたということなのか。

 モモは彼女の手をとり顔を伏せて嗚咽を上げ始めた。



--------



 とりあえず、モモをその場に残し、僕と博士、サムライは外に出て話し合いをすることにした。


「24時間は安心って言いましたけど、逆に言えばこれからも24時間に1度こんなことが起こるってことなんですよね……」


「そうじゃな……ここからじゃと地球が一番近い避難場所じゃし、何も対策を打たなければ地球にたどり着くまではこの無差別の老化は続くと思ってええじゃろう」


 次は僕やマナがあんな目にあっても何ら不思議はないということか。


「とりあえず、このことを乗員全員に知らせる必用がある。この船の前方にはミーティングルームがあったはずじゃ。ワシがコントロールルームにて放送で呼びかけ全員を集めることにしよう」


「彼女の遺体はどうするでござるか?」


「そうじゃな、今はモモが泣きついてるようじゃし、しばらくはこのままじゃろう。ロウジンが本当に現れたのかその真偽を確かめるため彼女の遺体を確認したいという者も出てくるじゃろうし。それが落ち着いたら1階にある霊安室に運ぶことになるじゃろうな」


 霊安室。そんなものがあるのか。まぁ、この船は救難艇であることだしあっても不思議はないことか。


「それで、お主らもワシと一緒に来るかね」


「そうでござるな、どうせみな集まることであるし」


「あ、すいません、僕は食堂に一度戻ってもいいですか?」


「ん? まぁ別にかまわんが」


「えっと、そこでマナと待ち合わせしていたんです。集合が掛かっても僕がいないと彼女は動きづらいかもしれないので会いに行こうかと思うんです」


 博士はマナのことを知っているみたいだったし、名前で呼んでも構わないだろう。


「そうか、では後程ミーティングルームで会うことにしよう」


「はい」

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