スペースコロニーからの脱出
中に窓はなく2段ベッドと机と椅子があるだけの簡素な部屋だった。トイレやら洗面所、風呂なんかは共有ということか。まぁ未来の世界とはいえ脱出艇であるのならこんなものなのかもしれない。
マナは手にしていたスーツケースを部屋の奥へと運ぶと、壁からフックのついたワイヤーを引っ張り出してスーツケースにある金具に取り付けた。
「そのスーツケースもちょうだい」
マナに僕の持ってきたスーツケースを手渡すと、それも同じように金具を取り付けられた。
「よしオッケー。じゃあ一応ベッドのパイプでも掴んでおいたほうがいいよ」
「え……? うん」
マナがベッドのパイプを片手で掴んだので、僕も真似をするようにそれとは反対側のパイプを掴んだ。飛行機なんかでは発進時席に座りベルトを締めるのが普通だと思うのだがこんなのでいいのか。
『お待たせいたしました』
しばらくその状態でいるとアナウンスが始まった。出発の時間がやってきたらしい。
『本船はこれよりコロニーセブンを出航致します。一時的な無重力状態にご注意ください』
無重力状態?
『10、9、』
そしてなにやら不穏なカウントダウンが始まった。
「えっと……何で無重力状態になるんだ?」
これから何が起こるのは未だに把握できていない僕はマナにそれを尋ねた。
『6、5』
「あぁ、それはこの船がコロニーから離れて遠心力から解放されるからだよ」
「え……っと、それってつまり……」
『2、1、』
「つまり宇宙に向けて落下するってことだね」
『0』
カウントダウンはゼロになった。
「うッ!?」
まさしく彼女のいう通り、それは完全に落下と同じだった。
「うわあああッ」
体が急に軽くなる。下腹部に大きな不快感を覚える。僕はベッドのパイプを両手で強く握り締めた。
あの大きな船全体が今宇宙空間に向けて解き放たれたということか。
「大丈夫だよ、すぐに楽になるから!」
楽になるって、なんだか物騒な物言いだ。
しかし彼女のいう通り、不快感は割とすぐになくなってしまった。
そして気付けば体にかかる重力が完全になくなっていた。足が床から離れている。それは初めての無重力体験だった。
「はは……すごい、無重力だ」
僕はパイプから手を離しベッドから離れて部屋の中ほどを漂った。無重力を体験すると本当に宇宙に来たという実感が湧く。
「そっか、ミツル無重力体験したことないんだよね」
「っていうか、何もかもが初体験なことばかりだよ」
少しこの時代にこれて良かったという気もしてきた。こんなことは僕がいた時代ではほとんどの人間が体験出来なかったことだ。
「ミツルー!」
その時マナがいきなりベッドを手で押し、その反力でこちらに向けて飛んできた。案外速い。
「うわっと」
とっさにマナの手を取ると、僕は彼女の勢いに巻き込まれるようにして二人で回転を始めた。
「あははは」
目まぐるしく背景が変化する中で、マナだけが止まって見える。彼女は200歳を超えているくせにまるで少女のように無邪気な笑い声をあげている。
「ちょ、ちょっと速すぎるって!」
僕たちはそのまま壁に衝突し、何とか勢いを殺すことが出来た。
「ふぅ……」
安堵のため息をこぼす。体は止まったのに視界だけが何だか左右に少し揺れている。
「あはは、楽しいねミツル」
「ま、まぁね」
マナがにっこりとした屈託のない笑顔をこちらに向ける。何だかご満悦のようだった。僕の記憶によると彼女はジェットコースターとかそういう絶叫系は苦手だったはずだが、克服したということなのだろうか。
するとその時、再び船内にアナウンスが響いた。
『これより地球に向けて加速を開始いたします。それにともない最大1Gの重力が発生いたしますので付近に倒れてきそうなものがないかよく確認をし、安全に十分ご配慮頂くようお願いいたします』
「1Gの重力が発生?」
「車が加速すると後ろに引っ張られる感覚になるでしょ? この船はその力を重力として利用するんだ」
「へぇ……」
「1Gっていうのはちょうど地球にいる時の重力と同じ強さだね。それだけの重力が出る加速度で地球に向かうってわけ」
地球に向かうのと重力を発生させることが一石二鳥になっているわけか。
「まぁでも1Gで加速し続けると数日でとんでもないスピードに達しちゃうから途中から人工重力に切り替わるんだけどね」
「人工重力?」
そんなことも可能なのか。
「それで後半は減速によって重力を発生させて地球までたどり着くって感じ」
「ほーん」
減速も加速もスピードを変えるという意味では同じということか。物理のお勉強って感じだ。
「おぉ……」
そこから次第に重力が掛り始め、僕達は床に足をつけた。
金具で止められていた荷物も少し浮いていたようだが無事着地する。体が重くなってきた。もう少し無重力を体験していたかった気もするが、まぁ仕方ない。
「にしてもこれってつまりさ、上に向かって進んでるってことだよな?」
そうじゃないと床方向に重力が発生するなんてことはないはずだ。
「うん、そうなるね。地球は今頭の上のずっとずっと先にあるよ」
なかなか予想外の動きをする船だ。まぁ宇宙空間には空気抵抗なんてないのだからどっちに向かって進もうが関係ないのかもしれないが。
それなりの時間を掛け重力は徐々に強まりアナウンスが1Gに達したとの報告があった。なんだか無重力を経験したせいか最初より体が重く感じるのは気のせいだろうか。
「ところで部屋はずっとこのまま一緒でいいかな?」
1Gという重力に再び体が慣れてきたころ、彼女は下段のベッドに座り上目使いでそんなことを尋ねてきた。
「え……」
マナと10日以上も同じ部屋で過ごすということか? それはちょっとマズいのではないのか。色んな意味で。
「い、いや、隣とかでいいんじゃないかな。部屋の数は余りまくってるんでしょ? だったらもっと有効活用しようよ」
「……そっか。そうだね」
スーツケースの中身は彼女の荷物が大半だったが、一応僕の着替えなんかも入っていたらしい。彼女が自分の荷物を取り出すと僕はスーツケースを持って彼女の部屋を出た。
「右の部屋は私の荷物置いてあるから左の部屋に入ってね」
「わかった」
「じゃあ私、荷物の整理とかあるから、全部終わったら、食堂に集合しよっか。いろいろまだまだ聞きたいこといっぱいあるでしょ?」
「食堂?」
「最初に入ったエントランスホールの横にあるよ」
「あ、そうなんだ」
マナに言われてた通り隣の部屋に入った。内装はマナの部屋と完全に同じのようだ。僕はとりあえずその場にスーツケースを手放しベッドの上に腰掛けた。
「ふぅ……」
長めの深呼吸をする。なんだかやっと少し落ち着くことが出来た。
マナは食堂で色々なことを教えてくれるらしい。確かにこの200年で世間や僕の身の回りで何が起きたのか、色々知りたいことはある。でもめまぐるしすぎる環境の変化に、すでに今日はお腹いっぱいという気もする。頭の整理が追いつかない。
頭の整理が追いつかないといえば、先ほどマナに同じ部屋でいいかなと尋ねられたが、あれには別に大した意味はなかったのだろうか。
彼女は現在、僕のことをどういう目で見ているのだろう。
以前、彼女の気持ちに僕は気付いていなかったといえば嘘になる。むしろあれで気付かない方がおかしい。でも、その以前とはもう200年も昔の話なのだ。200年なんて年月は15年程度しか生きていない僕にとって想像すらつかない途方もない年月だ。
彼女はもはやどこか達観してしまい僕を保護者のような目線で見ているのかもしれない。変に意識してしまうと、もしかしたら可愛げのある子どもだとかそういう風に見られてしまうのかもしれない。まぁ僕は実際子供なのだが。
スーツケースの中にはパーカーとジーンズが入っていたのでその二つを着てみた。アシストスーツだけではピッチリすぎて少し恥ずかしいような気がしたからだ。
しかしそれ以上この部屋にいても特に何もすることがない。仕方ないので僕は早くも部屋を出て食堂を目指すことにした。
エントランスホールに面した食堂。中に入ってみるとそこは200人も収容出来る船だけあって、学校の食堂並みの広さがあった。
中を見渡してもマナの姿はない。やはりまだ来ていないようだ。しかし中央辺りの席に別の乗員の姿があった。男女2人が席に対面して座り、女1人が少し後から見守るようにして立ってる。
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