老人

 それにしても、周りを見渡しても通りには誰の姿もない。みんなもう脱出してしまったのだろうか? まぁテロが起こったのは3日前だと言っていたしそうなのかもしれない。


「船を待たせてあるからそこまで向かうよ」


 意外にも自然豊かな環境を走ること15分、彼女は地下鉄の駅の入口のようなところの前で車を止めた。

 彼女は車を降りると車の後ろに向かった。僕もそれに続くと、トランクからスーツケースを取り出しているようだった。


「手伝うよ」


「あぁうん、ありがとう」


 少し不安になりながらもスーツケースを手にしたが、とくに問題なく僕はそれを車から降ろすことが出来た。

 二つの大型のスーツケースをそれぞれ手にし、僕達は地下の入口へと向かった。車はここで乗り捨てるのか。何だかもったいないが仕方ないか。


「まだエスカレーターは動いているみたいね」


「地下に行くのか」


「うん、この先に脱出艇を待たせてるの」


 地下に潜って宇宙に出るなんて、このチューブの構造を考えれば分かるのだが、何だか変な感じだ。地球の常識がまるで通じない。


 長いエスカレーターを下ると、そこからはまた長い通路が続いていた。しかし、通路の端は空港で見るような動く歩道になっているようで、僕達はそれに乗り込んだ。


 壁の横には等間隔で丸い小窓が開いている。どうやらその先はもう宇宙空間のようだった。

 しばらく壁とその外を交互に眺めていると、大きな爆発音と共に衝撃が伝わってきた。


「急ごう」


「あ、あぁ」


 前を歩くマナの足取りが早まった。その時、窓の外に大きな破片のようなものがコロニーから遠ざかっていくのが見えた。もしかして今の爆発によって外れて吹き飛んでいったのか。破片とは言っても、一軒屋くらいの大きさはありそうだ。これは本当にこのコロニーはそろそろ終焉を迎えそうだ。


「窓から斜め先を見て。あの船に乗るからね」


 今進んでいる通路は数十メートル先で突き当たり、T字路になっている。そこを右に向かった先に僕達が乗る船が停まっているようだった。なんだかレゴブロックを重ねたようなものが通路の先に接続されているのが窓から見える。地球上の飛行機なんかとは全然イメージが違うが、あんな形でいいのか。


 それにしてもビル一棟分くらいの大きさがあるのではないか。あんなもの地球に着陸できるのだろうか?


 T字路を曲がり、通路の先を見ると船の入口付近に2人の人物の姿が見えた。やっとこの時代でマナ以外の人間を見かけたことになる。


 近づいてみると、1人は黒髪でオカッパのような髪型をした目つきの鋭い女だった。僕と同世代くらいに見える。そしてもう一人は20代後半くらいに見える茶髪のオールバック、そして無精ひげを生やした男だった。どちらも薄手の宇宙服と言った感じか、白を基調とした割とピッチリした繋ぎの服を着ている。マナとは違いちゃんと未来人っぽい服装だ。


「よう、マナちゃん、やっと来たな」


 男が軽い笑顔で手を上げて声をかけてきた。


「ごめんね、待たせちゃって」


 どうやら3人は知り合いらしい。


「もうちょっとで置いていかなきゃならなくなるところだったわよ」


 オカッパ女は喋り方も見た目どおりクールな印象だった。抑揚の少ないしゃべり方で淡々と言葉を発している。

 それにしても、置いていかなきゃならなくなるところだったって完全に僕のせいなんじゃないか。きっと僕の解凍に時間が掛かってしまったせいでマナの出発は遅れたのだ。


「すいません、僕のせいで」


 未来人と言葉を交わすのは少し緊張したが僕は二人に向かって謝っておいた。


「……あなたがミツル君ね」


「え、えぇ……そうですけど」


 鋭い視線をオカッパ女に向けられてしまった。僕のことを知っているのか。まぁマナと知り合いならそれも当然か。


「良かったわね、ちゃんと解凍出来たみたいで」


「あ、は、はい」


 オカッパ女は、態度こそ素っ気ないが、別段悪い人間というわけではなさそうだ。

 するとその時、再び遠くから爆発音のようなものが聞こえてきた。


「……こんなところで立ち話してる暇もなさそうだな。早く乗り込もう」


 男は笑顔を抑えきびすを返して船の中へと入っていった。


「私達も行こう、ミツル」


「あぁ」


 スーツケースを引き、先行する2人に続くように宇宙船内部へと立ち入った。

 中に入ると、そこは大きなホールとなっていた。5mほどの高さの天井、左にはいくつかの間口の大きな扉、すぐ右にはかなり長い通路が続いている。


 オカッパ女が何か手首に巻かれた腕時計のようなものを操作している。すると手首の上に黒縁メガネを掛けた七三分けの男の顔が出現した。ホログラムだ。立体的ではなく、2Dで映し出されている。


「2人が乗ったわ。出航準備をお願い」


『了解した』


 するとその直後、後方の扉がゴインと重厚感のある音を出しながら閉じられた。あのメガネの男がこの船のパイロットなのだろうか?


『乗員の皆様へ申し上げます。本船はこれより10分後にコロニー「セブン」を出航し地球、宇宙ステーション「ブリーズ」へと渡航致します』


 アナウンスが船内に響いた。女性の声だが雰囲気的に人間ではなく合成音声のように感じられる。


『乗員の皆様はお荷物を船体へ固定して頂くようお願い申し上げます。なお航行期間は10日と4時間30分となっております』


「10日? そんなに掛るのか」


「そうだね。ここは地球から大分離れているから」


「ふーん」


 大分と言われてもどの程度なのか全然分からないが。


「ミツル、そっちの通路の奥に私の部屋があるから、そこで荷物を固定しよう」


「あぁ? うん」


 マナは入り口から入ってすぐ右にある通路を指さした。


「じゃあ、私たちも自分の部屋に向かうわ」


「うん、またね」


 オカッパ女とオールバック男の二人はエントランスホールの奥へ歩いて行ってしまった。その先にある開口部に向かっているようだ。


「あの二人は知り合いなんだ?」


 通路を進むなか、僕は横を歩くマナに尋ねた。


「うん。シズカは職場の同僚でヒース君はその旦那さんだよ」


「え……」


 普通に考えてオカッパがシズカでオールバック無精髭がヒースだろう。いや、それよりも、あの二人夫婦だったのか。見た目からすると高校生と中年一歩手前、犯罪レベルに歳が離れているように見えたが……。


「えっと……ちなみにあの2人の年齢は?」


「ん? シズカは150歳で、ヒース君は120歳くらいだったかな」


「ってシズカさんの方が年上!?」


「うん。まぁ、今の時代年齢なんて関係ないし」


「そ、そっか……そうだよね」


 何だか頭が混乱してしまいそうだ。ヒースはあの年齢の見た目が自分で気に入っているからそうしているという感じだろうか。


 マナと知り合いということは2人とはこれからも関わることがありそうだ。シズカとヒース。僕は頭の中に二人の名前を刻みつけた。


 通路には部屋の扉と思しきものが一定間隔で並んでいる。そんな中を迷いなく進んでいくマナを見て僕はある疑問が湧いた。


「部屋ってもう決まってるのか?」


「うん、決まってるっていうか、勝手に決めて使ってるって感じだけど。実はいろいろ荷物を持ち運ぶために何度かこの船には足を運んでるんだ」


「そうなんだ」


 テロがあって僕の目覚めを待ちながらもそうやってここと家を行き来していたのか。


「っていうか、すごい部屋の数だよな」


 この通路の長さは50mくらいはあるのではないか。そこに3mおきくらいに部屋の扉がある。もしシズカとヒースが向かった先もこうなっているなら相当な数だ。


「うん、確か200人は収容出来るはずだよ」


「へー、そんなに?」


「ま、でもこの船には今12人しか乗ってないはずだけどね」


「え……少なくない!?」


 確かに言われてみればこんなに部屋がたくさんあるのに全然人の姿がない。


「テロが起こってからもう3日も経ってるからね。ここまで車で来た時も誰もいなかったでしょ? もうみんな地球や他のコロニーに避難しちゃってるんだよ」


 やはり僕のせいで出発までにマナはかなり足止めをくらっていたようだ。


「ここだよ」


 マナは通路中ほどにある部屋の前で足を止めた。見るとドアの横にマナの名前が記載されたネームプレートが収められている。


 よく考えると部屋番号がない。このネームプレートで個々の部屋を判断するしかないのか。


 マナがドアにあるパネルに手を触れるとドアが横に開いた。マナに続き部屋に入ろうとした時、僕は横目で何やら黒い影を捉えた。


「ん……?」


 足を止め左に目を向けると、通路の先にローブのような物をまとった人物がいた。他の乗員か。それにしてもさっきまであんな人物いただろうか? 遠すぎてはっきりとその容姿は確認出来ないが、なんだか腰が曲がってしまっているように見える。老人なのか。

 僕がその人物に何となく目を向けていると、その人物は壁をすり抜けて行ってしまった。


「え……?」


 いや、そんなはずはない。たぶん見間違えか何かで、ちゃんと扉から部屋に入っていったのだろう。


「ミツル? どうかしたの」


 その時マナが部屋の中から顔を出して呼びかけてきた。


「あぁ、いや……別に」


 どうしたのかと言われても別の乗員を見かけただけだ。僕はさして話すようなこともないと思いそのままマナの部屋へと入っていった。

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