200年間見守り続けていた幼馴染
「に、200年!? ……う、うそだろ?」
「本当だよ」
いって50年程度だと思っていたのに、まさか100年単位だとは。
「で、でも200年も経ってるのになんでマナは生きてるんだ? それに全然姿も変わってないし……」
「あぁ……それね。時代は色々と変わったんだよ」
彼女は僕の手を離すと、医療器具の警告音を止め振り向いて僕にふんわりとした笑顔を向けた。
「もう人類は老化を克服したんだ。だから見た目も変わってないんだよ」
老化を克服? 今の時代の人間はみんなずっと若いままでいられるということなのか。
「そ、そうなんだ。すごいねそりゃ」
何もない空間に映し出されるホログラムくらいは想像の範疇だったが、さすがにそれは驚きだ。でもそんな荒唐無稽な話でも、彼女が言うのなら信じるしかないだろう。
彼女は僕に繋がった機器を外し始めた。腕に刺さった点滴の針までも。これ、いいのだろうか。看護士とかがやることじゃないのか。いや、もしかしてマナは看護士の資格でも持っていたりするのだろうか。
服装を見る限り仕事中という風貌にも見えないが。彼女は白くてぶかぶかなタートルネック型のセーターに黒くて少し短めのヒラヒラしたスカートという、今からお出かけにでも行きそうな服装だ。
「それにしても200年って、想像以上に時間が掛かったんだな。僕の病気って思った以上に手ごわかったんだ」
「あぁそのことだけど……ごめん、実はまだなの」
「え……」
まだ? まだってまさか、僕はまだ病気が治せないというのに目覚めさせられたということなのか。
「でもね、あと数年で実現可能だと言われてるんだよ」
「数年……か。でも数年も経ったらたぶん僕は病気が進行して死んでるんじゃ……」
「うん、そうだね。でもどうしても今起こさなきゃならない理由が出来ちゃって」
マナは僕の側から離れると。壁にあるパネルらしきものに手を触れた。
「見て」
すると、それがきっかけになったのか壁の一部が透過していき窓になった。それにも軽く驚いたが、それ以上に驚いたのはその窓の外に広がる光景だった。
「な、なんだこれは……」
僕たちは直径数百mはあろうかというとてつもなく大きなチューブの中にいるようだった。中は木々や建物が立ち並んでいてそれが遥か遠方まで続いている。チューブは上半分がガラスのような透明の素材になっており、その外は星が大量に輝く宇宙空間となっていた。
「どこなんだここは……」
チューブの奥を見ると、遠くの方ほどどんどん傾斜角度が上っていき、ここから見て直角、いやそれ以上になって地面が逆さになってしまっているようだった。どうやらチューブは一本の大きなドーナツのような形をしているようだ。そんなことってありうるのだろうか。
「ここはね、地球じゃないの。スペースコロニーなんだよ」
「スペース、コロニー……?」
「昔からその構想はあったと思うけど、知らないかな? このドーナツ型の構造体全体がずっと一定速度で回り続けて、遠心力を重力の代わりにしているんだよ。人間は重力がないとなかなかまともな生活が送れないからね」
そういえば映画なんかで見たことがある。この時代ではもうそんなSFチックなことが実現されているのか。さすが200年も経っているだけある。いやそれはいいのだが、なぜ僕はこんな場所に運ばれてしまっているのだろう。
色々と疑問が沸いてくる。しかしそれ以上になんだかその光景の中で気になる点があった。
「何かさ……向こうのほう、大きな煙が上ってるみたいなんだけど、あれ大丈夫なのか?」
チューブの奥が黒い煙に包まれている。そして赤い炎のようなものも見える。
「いや、大丈夫じゃないよ」
「え……」
「ミツルを今起した理由はそれなの。実は3日ほど前、このコロニーで爆破テロ事件が起こって甚大な被害が発生したんだ」
「甚大な被害……」
なんだかヤバいということは理解した。しかしそれで、ここが宇宙のどの辺りかなんて知らないが、ここからどこかに逃げることは出来るのだろうか。もしかして、もうすぐ死ぬから目覚めさせてみた的な感じなのか? 僕はまさかこれからこのスペースコロニーでマナと共に最期の時を迎えるのか。
「でも心配しないで。今から地球に向かうから」
「そ、そうなんだ」
僕はほっと肩をなでおろした。一応助かる道は残されているらしい。
「本当はミツルを起こさずに地球まで運びたかったんだけど、ミツルを凍眠させた状態で運ぶ機能を持った船がテロ犯達に奪われちゃったみたいで……ミツルを起すしかなくなっちゃったの」
「へぇ……」
何だか目覚めた瞬間から詰め込む情報が多すぎだ。
「はは……起きたら200年も経ってて、しかもスペースコロニーの中にいて、それがテロで破壊されてて……いろんなことが起こりすぎて頭がパンクしそうだよ」
「うん、それだけ理解出来てるなら大丈夫だよ。実はもうこのコロニーギリギリの状態なんだ。早く脱出艇に乗り込まないと」
「あ? あぁ……」
今すぐ移動するのか。僕は部屋を見渡した。しかし今の僕にとっての必須アイテムが見当たらなかった。あるのは部屋の隅に置かれたシルバーのトランクくらいだ。
「えっと、車椅子はないのかな」
まさかマナに背負われて移動するというわけにもいかないだろう。もしかしてまだしばらく起す予定はなかったからそんなもの用意していなかったりするのか。
「あぁ、車椅子はないけどあのスーツを着れば大丈夫」
「スーツ?」
彼女は部屋の隅に置かれていたトランクを僕のベッドのもとまで持ってきた。
「これ。今着せてあげるから」
角度的にここから見えないが彼女はトランクを開いたようだ。そして何か黒と紫のゴムのような布のようなものを取り出した。
「これは人工筋肉搭載のアシストスーツだよ。このスーツを着れば脳の信号を読み取って体を補助的に動かしてくれるから、今のミツルでも普通に動くことが出来るはずだよ」
「そ、そうなのか」
人口筋肉搭載? そんなスーツがあるのか。すごすぎる。
僕は薄い病衣を脱がされ下着一枚になってしまった。少し恥ずかしいが今はそんなこと言っていられないだろう。上半身用、下半身用、二つに分かれたスーツをマナに着せてもらう。それは少しキツめであったが僕の体に完全にフィットするように作られているように感じられた。
「これ……もしかして僕の特注か……?」
「うん、そうだよ」
最後に手袋をはめる。これで握力も出せるのか。
「もしかしてこれマナが用意してくれたのか? なんだかすごい高そうだけど」
一体いくらするのだろう。200年も経てば通貨の価値が大分変わってしまっているのかもしれないので言われてもよく分からないかもしれないが。
「大丈夫だよ。今の私はお金持ちなんだから」
「そ、そうなんだ?」
彼女は僕の背後に回ると、うなじ辺りにある操作パネルのようなものに触れたようだった。ピコリと音がなる。
「出来た。今電源いれたから、とりあえず手動かしてみて」
言われた通り動かしてみると腕、手首、指を簡単に動かすことが出来た。よく見ると僕が動かそうとした筋肉の外側にあるスーツの一部が収縮して少し膨らんでいる。
「おぉ……」
これが人工筋肉か。僕のいた時代にもこの基礎となる技術は既にあった記憶があるが、完全に実用性のあるものにまで昇華されている。
「よし、じゃあ今度は立ち上がってみよっか」
「うん」
彼女はなんだか以前よりも更に頼りになる人間になっているように思えた。どもりも改善されている。まぁ200年も生きれば成長しない方がおかしいのかもしれないが。でも、もうあのころのマナに戻ることはないなんて、少し寂しく感じる部分もある。
「おっと……」
彼女の肩を借りながらも僕はベッドから下りてみた。そしてそのまま徐々に彼女の補助をなくしていく。
「すごい……」
久しぶりに立ち上がることに不安もあった。しかし僕は難なくその場に立っていられることが出来た。
自分の力で立つのはいつ以来だろう、約1年ぶり……いや200年ぶりなのか。なんだか紛らわしいが、とにかくこれなら歩くことだって出来そうだ。
僕は彼女の元を離れ数歩移動し、
「うん、これならいけそうだ」
健康だった頃と変わらない感覚で体を動かすことが出来る。まるで病気が治ってしまったようだ。まぁでもこのスーツでは心臓の筋肉や呼吸機能まではアシスト出来なさそうだから病気が進行すれば死ぬと思うが。
「じゃあ、そろそろ行こっか」
「あぁ」
マナが僕の手をとり、部屋の出口に向かって歩き出す。
「マナ……ありがとう、色々と」
僕はその後姿に呼びかけた。するとマナはこちらを振り向きニコリと笑った。
「ううん、私がやりたくてやってることだから」
部屋から出ると、そこは僕がいた部屋と全然雰囲気が違っていた。言うならば海外ドラマで見るような富裕層の民家だった。中は結構な広さで重厚そうなソファーや大理石で出来たキッチン、気品のある木製のテーブルや椅子などを見てみてもなかなかお金が掛っていそうだった。
「ここって……」
「私の家だよ。気付けば40年もここに住んでたんだけど、今日でお別れだね」
僕はてっきり病院か何かの施設にいるのだと思っていたのだが、違うのか。
「準備はもうしてあるから」
玄関から外に出ると、マナと同じような雰囲気を持つ低層の住居が立ち並んでいた。目の前のアスファルトで出来ていると思われる道路に4輪の自動車が停めてある。完全に僕の目覚め待ちだったということか。
それにしてもその車、デザインは有機的で丸いフォルムをしているのだが、僕がいた時代のものと大きくは変わっていないように思えた。車は案外進化していないのか。まぁ、以前から完成されたものであったということなのだろう。
彼女は僕を引き連れて車のほうへと歩いていく。それにしても先ほどから少し思うことがある。
「なんか……ちょっと空気が薄い……?」
呼吸してもあまり効果がないような、そんな感じがする。
「うん、もう結構空気が流出しちゃってるからね」
見上げると、部屋の中からは見ることが出来なかったが、遥か上空にまでチューブが続いており、その中に地面が見えた。重力があるわけではないのでこちらに向かって落ちてくることはないと思うのだが、なんだか不安になってくる。それにしても全体的に薄暗いのはテロによって破壊されたからだろうか。それともそういう設定、つまりは夜ということか?
「さぁ乗って」
僕が補助席に乗り込むと彼女はアクセルを踏み込んだ。僕にとってはほんの数十分前まであどけない少女だったはずなのに、いつのまにかこんな車を乗り回すようになっているなんて。運転をする彼女の横顔を見て少しかっこいいと思ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます