ロウジンゲーム

良月一成

第1章 覚醒

死の病とコールドスリープ

 僕は割りとスポーツが得意な人間だった。小学校の時はサッカークラブ、中学校からはバスケットボール部に入り、チームの中でもエースとして活躍していた。


 でも中学2年の夏頃から、急に体力が持たなくなりレギュラーから外されてしまった。それだけではない、ただ歩くだけでもつらく、ボールすら満足に持てなくなってしまったのだった。


 さすがにこれは何かおかしいということで僕は医者に診てもらうことになった。すると筋ジストロフィーという病気だと診断された。これは筋肉の病気で、その型にもよるが僕がかかった型は病状が重いらしく、最終的に全身の筋肉が機能しなくなり呼吸不全か心不全かで数年のうちに死に至ってしまうのだという。


 隣の家に住む幼馴染のマナにそのことを打ち明けると、彼女は病気に掛かった僕以上に動揺しているようだった。まるで世界の終わりのように絶望した顔をしていた。


 そしてそこから1年ほどで僕は宣告どおり歩くことさえ出来なくなり、車椅子での生活が始まった。


 メガネを掛け、言葉はどもりがちで引っ込み思案、スポーツも勉強も得意ではない。そんな頼りないイメージのマナだったが、その辺りから次第に変わり始めたように思える。今まで以上に僕につきっきりになり身の回りの世話をしてくれ、頼りがいのある存在へと変わっていった。


 そしてそんな彼女はある日、僕の車いすを押しながらとんでもない提案をしてきた。


「ね、ねぇミツル……コールドスリープ……してみない?」


 コールドスリープ。それは体を冷凍させて長期の眠りにつくというものだ。そんなことをして何がしたいのかというと、現代の技術ではどうしようもない病気でもずっと先の未来なら治せるかもしれない。つまり治せる時代が来るまで眠っておき、その時代で治療を受けようということだ。


 しかしそんな技術はまだまだ始まったばかりで最近やっと凍らせた人体を元の生きている状態まで復元が出来る技術が実用段階に入ったらしい。

 僕はその技術に少し懐疑的ではあったが、同時に希望も沸いてきた。絶対に死ぬと思っていたのに、生き残れる可能性が出てきたのだから。


 しかし、そこでひとつの問題が発覚した。現在、マクロバイオテクスというアメリカにある会社でしかまともなコールドスリープは出来ないと言われているのだが、そこが今募集をかけているのは最大で12名。そしてその希望者は僕を含めると13人になるそうで、僕がコールドスリープを希望した場合は、希望者の中で一番病状の深刻なイギリス人が審査で落とされてしまう可能性が高いのだという。


「その人を蹴落としてまでコールドスリープなんてするべきなのかな……」


 僕が生きることを諦めようとした時、マナは激しい感情を僕にぶつけてきた。


「わ、私嫌だよ! ミツルがこのまま死ぬなんて。未来の世界でもいい。また元気になってもらいたいの! ミツルだって今死にたいわけじゃないんでしょ?」


「それは……」


 結局、僕は彼女に押し切られる形で正式にコールドスリープの申請をすることにした。

 その上で問題となったのはお金だった。コールドスリープを行うには高額な資金が必要だったのだ。


 すると、マナやクラスメイト、部活のメンバーによる募金活動が始まった。みんな駅前などで募金箱を手に持ち声を上げた。しかしそれだけではなかなか集まらなかったらしく、マナはインターネット上でのクラウドファウンディング、はたまたテレビにまで出演して資金集めに奔走した。


 コールドスリープをしようとする日本人など珍しかったし、病気の少年とそれを支える幼馴染という構図がウケたのか僕とマナは一躍有名になり、それに伴い募金額も増え、ついに必要な金額へと達した。そして僕は病状が悪化しすぎる前にコールドスリープに入ることになった。


 話によると、このコールドスリープは理論上大丈夫ではあるが、まだ前例が少なすぎて絶対に未来の世界で目覚めるとも限らないのだという。


 しかしここまできた以上引き返すわけにもいかなかった。みんなが僕のために頑張りお金を貯めてくれた。テレビで特集を組まれる程度には世間からの目もある。そして何よりあの候補から外れてしまったイギリス人は既に亡くなってしまったらしいのだから。


 僕たちはコールドスリープの会社マクロバイオテクスのあるアメリカへと飛び、ついにその処置当日がやってきた。


「いままでありがとう。父さん、母さん、そしてマナ」


 処置室の前には僕の両親、そしてこの企画の代表者であるマナが立ち会った。


「未来に行っても元気でな」


「しっかりとやっていくのよ」


「あぁ」


 両親の声に応える。


「ミツルぅッ!」


 マナは僕に飛びつきわんわん泣いていた。自分で企画したくせに「行かないで」と言って泣いていた。それにつられるように両親も泣く。


 僕はそのバランスをとるようになるべく気丈に振る舞っていたが、実際には多くの不安が、いや不安しかなかった。未来の世界なんて想像も出来ないし、そもそも僕の人生はここで終わりもう目覚めることはないのではないかという気がしていた。


 3人と別れを告げ処置室に入ると医者から再び確認のための説明を受けることになった。


「冷凍されている間、脳は完全に活動を停止する。夢を見ることもない。長い眠りになるとは思うが普段の睡眠なんかよりもむしろ一瞬に感じるだろう」


 僕の病気が治せるようになるまでに果たして人類はどれほどの時間を掛けるのだろうか。10年か、50年か、もっとか。目覚めた先に僕の知り合いなど1人もいない可能性がある。もしかしたらその子孫くらいには会えるだろうか。もし仮に生きていてもその時には皆老人になってしまっているかもしれない。


 マナは僕の事を何よりも大切にしてくれていた。でも、それはいつまで続くのだろう。きっと長い月日と共に次第にその気持ちも薄れていき、誰か素敵な人が現れ、その人と一生を共にすることになるのだろう。なんだか少しその相手に妬いてしまう。


 そして僕は吸入麻酔によって眠らされることになった。なんでもそのまま人体を凍らせると体の水分が膨張して細胞が壊れるらしく、凍っても膨張しない人工血液に全身の血が差し変えられるのだとか。


 呼吸器から吸入される麻酔。それに耐えようかとも思ったが、どうやらそれは無理だったようだった。僕の意識は急激に失われていった。



--------



「ッ……!」


 次の瞬間、僕は意識を取り戻した。全然時間が経ったようには思えないが、これはコールドスリープに成功したということなのか?


 目を開けると白い天井、そして白い壁が見える。僕の口や腕、体にはいくつもの機材が備えつけられていて、頭上の方ある機材に繋がっていた。


 僕は呼吸器を外し肘をつき、腕を立て、なんとか上体を起し部屋全体を見渡した。


 そこは窓のない10畳ほどの部屋で、僕以外の人の姿はないようだった。入口らしき物は一つ。それ以外に目立つものといえば部屋の隅に置かれたシルバーのトランクくらいだ。


 次の瞬間、ビービーと警告音のようなものが鳴り始めた。おそらく僕が目覚めたことが原因だろう。この音に気付いた医者か看護師がここにやって来るのかもしれない。


 僕が目覚めたということは病気が治せるようになったということなのか。ここは未来の世界なのか。


 ふと僕に繋がった医療機器と思われる機械を見ると、心電図らしきものやらがモニターも何もない空中に表示されていた。これはホログラムというやつか。僕がいた時代ではあんなもの実現できていなかった。やはりこれはかなりの時間が経ってしまっているということだろう。


 自分の体に取り付けられた機材を自分で取るのもどうかと思い、しばらくその場で動かず待っていると、部屋の入口が横に開き、そこから女の子が飛び出してきた。


「ミツル!」


「え……」


 ドアから現れた女の子は僕の名前を呼んだ。そしてこちらに駆け寄り、僕の手を取った。

 少し地味で凹凸はあまりないが、丸くくりっとした目が特徴的な幼い顔、ふわっとした肩まである髪、華奢で顔と同じように凹凸の少ない体。彼女はメガネを外してしまっているが明らかに見覚えのある容姿だった。しかしそんなはずは……


「もしかして、マナ……なのか?」


「うん、そうだよ!」


 一瞬その子孫か何かとも思ったが、たとえ血が繋がっていてもここまで瓜二つにはならないだろう。彼女は紛れもなくマナ本人であるようだった。


「ひさしぶり、やっと会えたね……!」


 彼女は目じりに涙を溜めて僕の手を力強く握り締めてきた。


「う、うん」


 これは一体どういうことだろう。今のマナは僕の記憶のマナとほとんど変化がない。全然時間が経過しているようには見えなかった。


 まさか僕はコールドスリープに失敗してすぐに目覚めさせられてしまったのだろうか。それとももしかしたら1年くらいで僕の病気を治す技術が確立されてしまったのかもしれない。


 でも、それにしたっておかしな話だ、医療機器の前に浮かんでいるホログラム、1年程度でこんなものが開発され、製品化されるとは思い難い。


「えっと、僕はどれくらい眠ってたのかな」


 僕は頭に浮かんだ疑問を解決するために彼女に質問をぶつけてみることにした。


「そうだね……200年とちょっとくらいかな」


「えっ……」


 僕は彼女に言われた数字が一瞬頭に入ってこなかった。

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