第3話 みつだん

 USAGIに戻るとドアにはクローズの札がかかっていた。そっとドアを開けて店に入ると苦しそうにうなされている総一さんと、その横で眉間に皺を寄せてウィスキーを飲んでいるボスがいた。あのー、それウチで一番高いウィスキーですよね?眉間に皺寄ってたら何飲んでもいいわけではないことを教えて差し上げるべきか。

「おかえり」

「戻りました、総一さん凄いうなされてますね……どんな夢見てるんでしょう」

「多分だけど、人と人が絡んでぐっちゃぐちゃになったような悪夢」

「言い切りますか」

「さっきから何か人の名前っぽいの時々言ってんだよ。竹井のほうはどうだった?」

「総一さんは源氏名ソウ、ナンバーワンが筆頭になって店全体からイジメられてる状態みたいです。あと、ボス『まよいご』って映画知ってます?」

「知ってる知ってる、見たことある」

「その主演を総一さんがされていたそうです」

「こいつ芸能人なの!?え、主演のあの可哀想な男の子がコレ!?」

「いや、今ホストしてるくらいですしもう芸能活動はなさってないのではないかと。その辺は本人に聞けって竹井さん仰ってました」

 幾ら何でもコレ呼ばわりはやめてあげてください……。可哀想なくらい汗をかいているのでタオルと氷水をスタンバイして、総一さんが起きるのを待った。一時間ほど経った頃だろうか、がばっと起き上がって漫画みたいに周りをキョロキョロ見て私たち二人を見て時計を見て——

「ヤバい遅刻!」

 この人結構面白い人なんじゃないかなぁ。リアクションがとてもよろしい。漫画みたい。私もボスもリアクションが面白い人が大好きなのだ。

「そーいっちゃん、君は本日風邪でお店を休みます。アーユーオーケー?」

「お、オーケー……です」

「で、そーいっちゃんはどんな悪夢見てたの?」

 折角のイケメンが台無しなほど総一さんは間抜け面でボスをぽかーんと見つめた。うーん、やっぱり面白い。しかしまぁボスもド直球投げるなぁ……。翻訳しないとこれ総一さんに伝わらないよ。よし、タバコ式翻訳機能発動!

「あの、悩み事とかって人に話すと少しだけ軽くなるっていうじゃないですか。私たちに話してみませんか?ボスが言いたいのはつまりそういうことです」

「タバコ、正解」

「正解、じゃないですよ!ちょっとは竹井さん見習って下さい」

「やだーお前あいつに何かされたの?お赤飯炊かなきゃ~」

「されてないです!」

「何だよわざわざ借りるっつーからてっきり何かされてると思ったのにぃ」

「……ボスと竹井さんの共通の理想の女性って誰でしたっけ?」

「峰不二子」

「私と真逆じゃないですか!」

「竹井も守備範囲が広くなったのかなーって」

 バカみたいないつも通りのやり取りをしているとぐすっと鼻をすする音が聞こえ、ようやく私たちは目の前の総一さんが泣いてることに気づいた。慌ててタオルと氷水を差し出す。

「すみません、俺店ですげぇ嫌われてて……そんな風に誰かと話したことないからつい……」

「こちらこそ大変失礼しました、お話、聞かせてもらえますか?」

「俺子役だったんです。唐九郎監督の『まよいご』って映画でデビューして、結構賞とかもらっていけるかなって思ったんですけど、その後何やっても『まよいご』みたいだねって言われちゃって……ぐんぐんやる気も仕事もなくなって、半年前くらいに事務所クビになって。一緒に暮らしてた母親からも『稼がないお前なんかいらない』って言われちゃって、新宿にほぼ一文無し状態で来ました。店で元芸能人でスカしてるってすっげー嫌われてて、キツいんです……」

「ああ、竹井に拾われたのかー。タバコーお前と似てんなぁ」

「私の話は今はいいですから。総一さん、失礼ですがお幾つですか?」

「二十歳です」

 私より二歳おにーさんか。けれど、目の前で背を丸めて水を飲む総一さんはまるで子どもみたいだ。イジメられて意気消沈している子ども。ボスと私はアイコンタクトを交わし、総一さんの横に並んで立った。

「なぁ。何で今日ウチに来ようと思ったの?」

「いつもは晩飯ついでに居酒屋で一杯飲んでから行くんですけど、今日は食欲なくて……たまたまこの店の看板が目に入ったので」

「そっか。じゃあこれは運命だ。キツいかもしれないけど仕事はしばらく続けてもらえる?」

「はい……」

「俺たちが必ずそーいっちゃんを『正しい方向』へ『案内』するよ。俺たちを信じてくれ」

「ちょっと意味が……」

「今はわからなくて大丈夫です。私たちが必ず総一さんをお助けします」

「じゃー今日はもう帰んなー。『案内』が上手くいったらUSAGIにたくさんお金落としてね~」

 はてなマークだらけの顔の総一さんを帰し、『ジェミニ』の閉店後に竹井さんがUSAGIに来ることになった。それまで店を開けるのも億劫だとボスがおっしゃるので(働こうよ!)手持ち無沙汰の私はスマホで『まよいご』を検索してみた。うわ、凄い情報量……本当に有名な映画なんだなぁ。検索関連ワードに『主役 今』とか出てるし……。十年前の映画か。当時聡一さんは十歳だった、と。父親と二人暮らしの男の子が父親と事故で死別してしまい、色んな親戚の家をたらい回しにされるってストーリー。見ておいたほうがいいかなぁ。今の時間ならギリギリTSUTAYAで借りてくることが出来る。

「竹井さん何時頃になりそうなんですか?」

「店ハネてからだから一時かそこらじゃね?」

「『まよいご』見ておいた方がいいかなーと思いまして」

「俺内容覚えてるから大丈夫。どうしても見たいならお休みの日にどうぞ」

 変な先入観をもたないためにも私は映画を見ないほうがいいのかもしれない。総一さんは『芸能人』としてではなく『大人迷子』としてここに来たのだし、でも内容気になるし、うーん悩ましい。眉間に皺を寄せて見るべきか否か悩んでいると、入り口のベルが軽やかな音を立て先ほどの救世主がニコニコしつつ店に入って来た。

「竹井さん!?早すぎませんか!?」

「いや~早くタバコちゃんに会いたくなっちゃって店抜けてきちゃった」

「嘘つけ。本当は客入り悪かったから早終いにしただけだろ」

「うん。タバコちゃんにはさっきフラれちゃったから安心して、宮川ボス。タバコちゃんいつものちょーだい!」

 竹井さんの定番マイヤーズラムのロックを手早く作り、カウンターに置いた。悪びれる様子もなく、ボスと乾杯を交わす。

「こんなチビのどこがいいんだか」

 うるさいな。身長百五十センチしかない、胸もぺったんこ、そりゃーボスや竹井さんがお相手になさってる峰不二子系グラマラスなお姉さんとは天と地の差がありますけどね!一応私だって女なんですよ!

「えー、ストーカー寄せ付けちゃう危ういとことか?」

 脱力。もう酔っぱらったんですか竹井さん。

「竹井さん、それ魅力じゃないです……」

「こいつ自覚ないからタチ悪いんだよなぁ」

「タバコちゃん一つ大事なことを教えてあげる。世の中にはね、『ロリコン』と呼ばれる人間が一定数いるのよん。駅や街中でタバコちゃんを見かけて、そのままあと付けていって、まだクローズ状態のお店に入ったらそこで働いてるって普通は思うよね?開店したらまずは客として入ってみてタバコちゃんがいるかどうか確かめたら、はいストーカー予備軍の一丁あがり。怖いね~」

「……ロリコンの人ってこんな真っ赤っかな髪の女ストーキングしようと思うんですか?」

「髪の色とかはどうでもいいんだよ、あいつらにとっちゃ。お前チビで一見大人しそうだからなんとかすりゃモノにできるとか思われてんじゃねーの」

 へこむわー……。普通にへこむわー……。いっそギンギラギンにお化粧でもしてみようかな。超ミニのスカートとかはいて、ギャルになったら……USAGIの雰囲気には全く合わないよな。ロックバーのカウンターの中にギャルいたら絵面的にはちょっと面白いかもしれない。提案だけしてみるか。

「ギャルになったらストーカー寄せ付けなくなりますかね……」

「却下。タバコ、ウチのお店は?」

「ロックバーです……」

「俺見てみたいー。タバコちゃんのギャル姿」

 即却下のところを無邪気な竹井さんの発言に救われた気持ちになった。おっとバカ話を延々してる場合ではない、総一さんのことを話さなければ。その為に来てもらったのだから。

「大体のことはご本人から聞きました。竹井さんがスカウトしたんですね」

「お前さー自分で捕まえたイケメンくんだろー?お前が助けてやれよ」

「あのねー、俺だって何もしてないわけじゃないよ。アフターフォローなんかはしてるよ。でも、それがまたイジメに繋がっちゃうんだよね。学校であったでしょ?『お前せんせーにチクったろ!』ってアレ。悪循環、負のループ」

「まーそう言われりゃそうか……ナンバーワンが率先してイジメてんだって?」

「そう、それも良くないのよ。ナンバーワンがやってるから俺たちも!みたいな変な結束固めちゃってさ」

「ナンバーワン、どんな奴?」

「顔まぁまぁ、非常にマメ、そして女性の話を聞くのがとても上手い」

「なるほど、納得のナンバーワンか」

 恋愛経験ゼロの私にボスが説明してくれたところによると、グイグイ自分の話をするプレイヤーより聞き上手のプレイヤーの方が『女受けがイイ』らしい。竹井さんもボスもグイグイだから取っ替え引っ替えなのかなぁ。ボスは『俺は綺麗なおねーちゃんが大好きなの!』と豪語するくらい面食い。一方竹井さんは『エロい女の子が大好き!』と言い切る性豪。元々プレイヤーだった竹井さんはともかくボスは向いてないだろうなぁ。

「そもそも何で総一さんイジメられてるんですか……?」

「イケメンだから」

「はい?」

 一瞬竹井さんが何を言っているのか本気でわからなかった。要するに、ホストさんというのは『雰囲気イケメン』という何となく髪型や服装でルックスを誤摩化しているやつが多いそうな。そこに本物のイケメンが登場したら面白くない、だからイジメる。……ちょっと幼稚すぎやしませんかねぇ。総一さん何も悪いことしてないじゃん。芸能人だからスカしてるってのも本人と話してて全く感じなかったし、全くのデタラメだ。

「一応もう一度確認しますね、竹井さん、総一さんの『案内』私とボスにお任せいただけますか?」

「よろしくね、タバコちゃん」

「おい俺にも頼めよ」

「可愛い子にしかお願いしたくないんだよーん」

「眼科行け眼科。本人的にもキツいだろうし短期決戦で行くか。竹井、キャバの方に先月か?結構有名な映画監督が来たって言ってたろ。そいつの名前調べられる?」

「PCにリストあるからすぐ出せるよーん」

「それ貸してくれ。そこから唐九郎にたどり着けると思う。タバコはどうすっかなー」

 さくさく私抜きで話を進めて頼もしい限りですよ、ボス。私はあくまでアシスタントだからいいんですよ、ええ。ちょっとは私の意見も聞いてくれてもいいかなーとか思ったりはしないですよ。あと竹井さん『よーん』って語尾でかぶせるの非常にキモいです。

「さっきの話じゃないけどギャルに変装して客として店に来るとかどう?」

「客前じゃ下手なことしねーだろ。よし、タバコは男装して竹井の店で働いてこい」

「えっタバコちゃんうちのプレイヤーにするの!?」

「ちげーよ内勤として。プレイヤーにするには身長たんねーだろ」

 身長百五十六センチだと巷で噂の某ロックバンドのボーカリスト様にぼっこぼこにされてしまえ。もしくはスクリュードライバーかけられろ。もしくは……やめておこう。某ボーカリスト様はきっとそんな野蛮なことはなさらないはずだ。マイクスタンドでど突き回されるくらいかな。もしくはギターでぶん殴られるか。どっちかな。個人的には絵面が面白そうだからマイクスタンドでど突き回されるの希望。

「宮川くーん、男の群れに女の子としてタバコちゃん放り込むの嫌なんでしょ?」

「竹井くーん、親心ってやつだよ親心。こんなチビどうかされるとは思ってないよ~」

 親心は大変ありがたいが、さっきからチビチビ言い過ぎじゃないですかね。黙ってボスの脇腹に強めに拳を入れてみた。大丈夫大丈夫、よくボス綺麗なおねーさんに叩かれてるから。私見てるもん。痛みに耐性はありますよね!うずくまって動かないのは気にしない気にしない。これもボスが仕込んだんですよ?体感できて良かったですね!

「さっき入り口で揉めちゃったから顔割れてますよ」

「だーいじょうぶ、タバコちゃんの最大の特徴を隠せばいいのよーん」

「最大の特徴?」

「その髪の毛」

 え、これ最大のとまで言われるほどの特徴なのか。それちょっとショックかも……。初めてもらったお給料で染めてもらったお気に入りの色なのに。余りにがっかりした顔をしていたのか私を見かねて竹井さんがカウンター越しに頭をくしゃっと撫でてくれた。

「USAGI以外の店でUSAGIの話すると、タバコちゃんのこと知ってる人は皆んなこう言うんだよ『USAGIのバイトの子、名前なんだっけ髪の毛真っ赤なショートでちっちゃくて可愛い子』すごーく目立つのその頭。心配しないで、ウィッグ用意するから」

「竹井~話盛ったろお前~可愛いは言い過ぎだろ~」

 あ、復活した。結構早かったな。そして失礼だな。シカトしとこう。

「おバカさんなボスはほっとこうね。とにかく頭の色が変われば大丈夫。それにできるだけ俺が守るから」

「おう、ちゃんと守れよ。タバコいねーと俺の店の売りげが下がるからな」

 なぜか踏ん反り返っているボスは再びシカトしておくことにして、ウィッグの手配・USAGIのシフト諸々をすり合わせて三日後から『ジェミニ』で働くことになった。ボスは映画方面にアプローチをかけてみるそうだ。そうそう、唐九郎ってさっきネットで見たところかなり気難しいって書いてましたよ。頑張って下さいね、ボス!

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