文字数6000 ヒューマンドラマ 『オーブ・ファミリー』

「あー、くゥー、これは気持ちええェ!」


 俺はでこに載せたアイスノンに感謝しながら目を閉じた。風邪を引いているにも関わらず、快適に過ごせるのは文明の力に他ならない。風邪薬も飲んでいるので悪い症状はどこにも起きていないのだ。


 これを幸せといわず何というのだろうか。


「あー幸せだァ。昼間からゴロゴロできるのは幸せだァ」


 嫁が下のフロアで働いているにも関わらず、そんな叫び声が上がってしまう。


 俺は自営業で飲み屋と飲食の店をやっており、三階建てのビル一つを借りている。1階の飲食店を嫁に任せ、俺は二階の飲み屋のマスターをしている。今いる三階のフロアは従業員の休憩所だ。飲み屋は俺とバイトの二人でやっているから、今日は休みにする予定だ。


「パパ、だいじょうぶゥー? ちゃんと寝てるゥ? 痛い所ない?」


 下から嫁の声が聴こえる。年上の彼女はかなりの世話焼きで何度も俺の調子を尋ねてくる。


「ああ、だいじょうぶぞォー心配すなァー!」


 俺は返事を返しながら空咳を加えていく。もちろん演技でだ。


 風邪だけでは仕事を休む理由にならない。だが、そんな働き者の俺に幸運が訪れたのは三日前、右足の小指が原付に巻き込まれ骨折したのだ。その病院に通ったおかげで病原菌が体に入り、なんと10年ぶりに風邪を引くことに成功したのだ!


「よォし、今日は今まで働いた分の休みをォ、取り返すぞォォ!」


 小さく独り言を呟きながら、片足だけで布団の上から立ち上がる。休みなのになぜ職場のビルで休養を取るのか、その理由はただ一つ。ここにお宝が隠されているからだ。


 ……今日は自由だ、皆が働いている間、俺は遊び尽くしてやる!


  子供の頃にずる休みした記憶がふと蘇り、小躍りしたい気分になる。そのためにはまず、ある一冊のノートを取り出さなければならない!



「お、あったあった! じゃじゃじゃじゃ~ん、って汚ねえなァ!」



 誇り塗れの一冊のノートを取り出し中身を拝見する。そこには俺の願望リストが書いてあるのだ。懐かしくなり読みふけっていると、ある漫画を最後まで読まなければならないことが書いてあった。


「よし! 今日はこの漫画を読破するぞォ!」


 テンションを上げながら漫画が眠ってある本棚を物色する。そこにある漫画の一つ、めぞん一〇を探していく。高校時代、友人のすすめで読み始めたのだが、最終巻を今の今まで、結局読んでいなかったのだ。


 改めて初巻から順に揃えていく。時間には余裕がある、1巻から最終巻まで一気に、贅沢に読み上げてやろうではないか。



「んー、んん? あら、どこいったのけ?」


 1巻から9巻までは確かにある。だが、最後の10巻だけが見つからない。 

 


  ……確か麻衣子が読んどったよなぁ。確か。


 娘の言葉を思い出しながら吟味を重ねる。だがどこにも漫画はなさそうだ。下のフロアにあるかもしれないが、業務中の嫁に訊く訳にもいかない。


 ……そうだ、ちょっと連絡してみっか。


 福岡ふくおかで一人暮らししている娘に電話をしてみる。確か麻衣子はこの漫画を全て読破しており、俺に嫌味のように内容を話してきていたのだ。


 スリーコールを終えると、娘はすぐに電話を取った。


「どうしたの、パパ?」


「お前ェ、俺のめぞん一刻の最終巻どこにやったか知っとるけ?」


「え、知らないよ」


 娘は即答した。


「それよりパパ、足骨折したんだって? オーブ、しばらく休みにするんでしょう?」


「ああ、そうだァ。重症だァ……」


 なるべくひっそりという。もちろん同情を引くためだ。オーブとは俺がやっている二階の飲み屋の名前だ。


「……やっぱり。ママから聞いたよ。フック船長みたいに片足切断しないといけないんでしょ?」


「ちげェーよ、小指だけだァ!」


 大げさに突っ込みを入れる。空気を読んでやらないとすぐにいじけて電話を切る癖があるからだ。


「久しぶりの休みだから、漫画でも読もうと思ったわけ。ママには内緒ぞ!」


「うんうん。それより聞いてよ! あたし、一次オーディションに受かったんだよ!」


「おッ! ほんとかッ!!」


 嬉しさのあまり叫んだが、慌てて口元を抑える。嫁に元気だとばれてはいけない。


 娘の麻衣子は歌手になりたいという夢があり、その専門学校に通っている所だ。オーディションは毎月のようにあるが、倍率が高く一次審査でも受かるのは難しいらしい。


 夢に向かい何度も立ち上がる彼女はもういくじなしではない。


「うんうん、次は一般の人の前で歌うよ」


「おお、そいつはいいなぁ、行きてえなァ!」

 

 そういいながら右足の小指を眺める。この足では福岡まで行くのは難しい。嫁が高速で運転できないからだ。


「審査は来週だから骨折していたら無理でしょ。また録音したやつ、送るから聴いてね。早く足治してね」


「おお、ありがとうォ。待っとるぞォ!」

 

 娘が人前で歌う、それだけでなぜ心がこんなにも躍るのだろう。自分自身が歌うわけではないのに、自分が歌うよりも100倍、嬉しい。密かに俺の携帯電話の着信は娘の声にしてあるのだが、今の所、嫁以外気づいていない。


 それほどまでに麻衣子の歌唱力は高く、誰に聴かせても恥ずかしくはない。


 ……おお、今回もすげえいい曲じゃねえか。


 麻衣子の曲を聞きながら夢中になっていく。実際に現場で聴いてみたい思いに駆られていく。


 ……だが、今のままじゃもちろんいけねぇなぁ。


 再び自分の足を見て落ち込んでいく。この怪我さえなければ娘のオーディションを見に行けたかもしれないのだ。


 ……いやいや、それよりも今は自分の休みだ! 休みを満喫しなければ、もったいない!


 再び漫画を探し始めていく。押入れになければ本棚に紛れているかもしれない。本棚の方を探していると、一枚の写真がぽろりと落ちた。昔ここにいた料理人の大吉だいきちが映っていた。


 ……ああ、これはテレビの宣伝で来た時に撮ったやつだな。


 日に焼けて焦げた写真を眺めていく。そこには彼だけでなく俺と一階の料理店のメンバーで映ったものだった。今でも働いているメンバーが映っているが、大吉だけは自分の店を出したのでここにはいない。


 ……そういや、こいつも読んでたなぁ。

 

 麻衣子にめぞん一〇を薦めたのは大吉だ。俺が知らない名場面をやすやすといってのけた時には絶望のあまり、解雇クビにしてやろうかと思ったが、それも今となってはいい思い出だ。


 大吉の店もさほど遠くはないが、お互い忙しいため、話す暇がなかった。ちょうどいい機会だ、ちょっと電話してみよう。


 電話を掛けると、直様、元気のいい声が飛び出してきた。


「お疲れ様です、オーナー! どうしました?」


「忙しいとこ、すまんな。おめえ、俺のめぞん一〇の最終巻どこいったかしらんけェ?」


 単刀直入に訊くと、大吉は悩むような声を上げた。


「え、めぞん一〇? あのどうしようもない落伍者がアパートの年上の管理人さんと付き合う話ですか?」


「お、おめえ! 内容はふせてくんろ! まだァ全部読んでねえんだ、俺ァ!」


「そ、そうでしたか。すいません。どこにあるかは知らないですねぇ。それよりも聞きましたよ! 右腕と右足骨折して、半身不随になったって聞いたんですけど、大丈夫ですか?」


「そんな状態で漫画なんか探すかァッ! 右足の小指だけじゃ!」


 思いっきり大吉に突っ込みを入れる。飄々と適当なことをいう男だったが、今となってはこのやり取りも懐かしい。何だか昔の店の雰囲気を思い出すようだ。


「なんだ、元気じゃないですか、風邪だとも聞いてましたけど」


「ああ、そらそうよ! 久しぶりの休みを満喫しようと思って羽を伸ばしとる所じゃけんのォ」


「そうでしたか。そうそう、オーナー聞いて下さいよ! 実はオレ、新しい二号店出すことになったんです!」


「おお、そうけ! そりゃええこっちゃ!」


 宮崎弁丸出しで答える。


「お前の明太子カルボナーラ旨かったもんなァ。レシピが一緒でもお前のはちょびっと違ったんよなァ」


「そういって貰えると嬉しいです。でも決めてはやっぱりオーナーの言葉ですよ」


 何をいったのか忘れているため大吉の言葉を待っていると、彼は元気よく答えてくれた。


「井の中の蛙、大海に出らず。地元を愛していけば、それがいつかきっと日本一になる、そう教えてくれたのはオーナーでしたからね。俺はその教えを忠実に守っているんです!」


「おお、そうかぁ……」



 正直酒を飲んでいった言葉なんて、一々覚えていない。だが彼がどこに店を出すか躊躇していた時、俺は地元に出して欲しくて想いを語ったことは覚えている。


 今や宮崎は若手が足りない、俺一人が頑張った所で町を活性化することはできないのだ。


 だからこそ、彼のような熱い料理人にはここで頑張って欲しいと願った。


「嬉しいぞォ、大吉! おめえはやっぱり……」


 そういいながら大吉の周りが騒がしくなる。厨房でカンカンと鉄鍋を叩く音が聞こえる。


「あ、すいません。忙しんでまた! また連絡下さいね!」


「ああ、すまんなァ。またなァ」


 急いで電話を切った後、心の中がもやっとして落ち込んでいく。


 大吉は仕事に集中している時、方言を出さずに淡々とやっていたことを思い出したからだ。休みだといって喜んでいる自分が情けない。


 ……あいつの飯、食いてえなァ。


 大吉が作る火を通さないカルボナーラを想像した。彼の料理は丁寧で非常に緻密に作られていた。シンプルなものほど料理人の個性が味に出るのだ。それがひどく懐かしい。


 ……それでも俺はこの漫画を読破するぞォ。このまま寝てることはできん!


 それしか今はすることがないのだと自分を慰める。足を骨折して働いても、お客さんに迷惑をかけるほうがまずい。


 再び本棚を探していくが、やはり見つからない。どこにあるのだろうか。


 もう一度、願望ノートを捲ると、中から一枚の写真がふんわりと舞い落ちてきた。


 ……これはバーベキューの写真? そうか、もうあれから5年にもなるのか。


 一瞬にして当時の記憶を思い出し、写真をじっくりと眺める。そこにいたのは大吉を含めた5年前のフルメンバーだった。まだ一階の飲食店も始めておらず、飲み屋だけでぎりぎりの生活をしていた時期だ。今ではどちらも波に乗っているが、当時は客が少なくみんなでバーベキューをする暇さえあったのだ。


「楽しかったなぁ、あの頃は……」


 全員でいった宮崎海岸の夜景を思い出す。バーベキューの材料に海栗うにをとるため、皆でシュノーケリングをしたこと。今は海栗を取ることが禁止されているので、その背景が当時をいっそう懐かしくさせてくれる。



 ……ん、そういえばめぞん一〇を持ってきたのは確か――。


 写真の中にいる大学生の男を覗き込む。確か漫画自体、この男から譲り受けたのだ。新装版になったため、文庫調のものになり、休み時間に彼が読み始めたのがきっかけだった。


 その後、彼はちょくちょく店に遊びにきているため、彼が今、実家である福岡の花屋で働いていることも聞いている。


「お久しぶりです、オーナー。どうしました?」


「おお、たかし。元気しちょるか? 実はなァ……」


「右足の小指を骨折しているんでしょう?」


「ええ? おめえ、何でしっとると?」


「ああ、いえ、そんな気がしただけです」



 ……そんなピンポイントでわかる訳あるか。



 頭を働かせると、すぐに検討がついた。多分、麻衣子から聞いているのだろう。飲み屋のバイトが始まるまで娘の世話をしてくれていた彼だ、だからこそ定期的に連絡を取っているのかもしれない。


 同じ福岡という土地で都合よく娘をたぶらかしているのだ。憎たらしい!


「……まあ、よか。それで話なんやけど……」


「え、あ、はい。何でしょう?」


「……あー、すまん。やっぱり一言だけいわせてくれ」


「はい、だから何を?」


「このロリコン野郎ォォォッ! 娘はやらんぞォ! そん時はちゃんと挨拶にこなぞォ!?」


「ええ!? いりませんよ!? 何いってるんですか?」


「惚けても無駄や! でも、その前に一つ訊く。めぞん一〇の最終巻はどこにやったァ?」


「ああ、なんだ、それならおかみさんが……」


 そういって彼は突然、言葉を濁した。


「それよりもオーナー、報告があります! 実は……」


「だから麻衣子はやらんぞォ!?」


「入りませんよ! 付き合ってもないのに!?」


「付き合ってもないのに、たぶらかしとるんか!?」


「違いますよ!? 僕、東京の花屋に行くんですよ!」


 たかしの言葉に驚き、思わず尋ねてしまう。


「え? お前、自分の店を福岡で持つといっていたやないか。関東に出すんか?」


「いえ、それが……もっと修行したいなって思ったんです」


 彼は強めの口調でいう。


「今の所だったら楽にやっていけます。でも僕は……もっと技術を高めたいんです。それで東京につてがある人を頼っていこうと思ってます」


「ほぉ、そうかァ。そりゃええこっちゃ。しかしMな奴じゃなぁ、おめえはなァ」


「オーナーのせいですからね!」


 たかしは再び強めの口調でいう。


「井の中の蛙になりたきゃ、まずは大海を知れって教えてくれたじゃないですか!」


 え? どういう意味? とも訊けず、彼の言葉を待つ。


「井の中の蛙は井戸にいることも知らない。外の世界にでなければ、自分の立ち位置だってわからないって教えてくれたじゃないですか? だから僕は東京に行って地元を改めて知ろうと思ってるんです……」


「おお、そうやなァ。いったなァ、うんうん」


 全く覚えてない。ちなみに俺は東京に行ってその忙しさに疲れて帰ってきた出戻り男だ。だからこそ地元のよさを実感できた所もあったが、彼のように恰好をつけていえる立場じゃない。


 だがたかしが高い所に飛び立とうとしているのは純粋に嬉しい。


 ……あの頃はただの糞真面目な学生やったのに、変わったなァ。



 バイトをしていたたかしを思い出す。酒も飲めない癖にリキュールボトルを30本以上買い、大学の友人にシェイカーでカクテルを振舞っていたのだ。


「頑張れよォ、たかしィ! 俺も頑張るけのォ!」


「はい! オーナーも体には気をつけて下さいね」



 ……東京か、また行きてえなぁ。



 東京にいた頃の飲み屋を思い出す。あの頃は夢中で、何もかもがビデオの倍速のように動いていたような気がする。


 それが今、休みを貰ってほっと吐息をついているのだ。自分自身の老いを感じずにはいられない。


「パパー、入るね? ご飯持って来たよ」


「お、ママ。ありがとうォ」


「私も今、休憩に入ったから一緒に食べようね」


 クアトロのまかないを二人で食べる。いつもの黄身の入っていないチャーハンだ。白身は注文に使えないので自分たちのまかないメニューに入れているのだ。


 素朴な味がして旨い。これも確か大吉が考えたメニューだったなと思い返す。


「美味しい? 食べられる?」


「ああ、旨いよ」


 残さずに全部食った後、御馳走様をした。働かずに食う飯は確かに旨い。


 だが……の方が100倍、旨い。


「……なあ、ママ」


「どうしたの、パパ」


「本当の幸せっていうのは休むことさえ嫌いになることなんだな」


「いきなりどうしたの、パパ?」


 俺は幸せになりすぎている、と感じた。休むことが悔しくてたまらないのだ。


 俺はまだ動ける、若い奴らに負けたくない、皆と一緒に駆け出したいと。たった一日の休みでもそう思ってしまう自分に疑問を抱きながらも、この思いが消えないことに誇りすら感じてしまう。


 いつの間にか俺は、子供の時に仮病を使った幸せを失っていた。


「今日は出勤することにするよ。なあに、椅子に座りながらシェイカーを振ることだってできるんだ。俺は皆を楽しませたい」


「そんなこと、もちろんわかってますよ」


 ママは微笑んで頷いた。だがその後、すぐに生真面目な顔に戻った。


「でも私達もあなたの家族なんです。家族がきつい時こそ、皆で支えあわなきゃ。だから今はゆっくり休んで。私が疲れた時、きちんと支えてくれなきゃ嫌ですからね?」


「……ああ、そうだな」


 ママの顔を見て、敵わないと思った。普段なら彼女はこの時間に飯を食わない。それは俺に休んで欲しいから敢えて気を使ってきたのだ。


「それと……これも置いておきますね。私の方が先に全部読んじゃってごめんなさい」


「おお、お前が持ってたんかァ!」


 念願の漫画を掴み嬉しくなり頬ずりする。


「よかったァ! これで最後まで読めるぜ、デュフフ」



 ……だが、今ここで読んでいいのか?



 漫画のラストを想像して、再び悩み始める。今ここで最後まで読んで満足していいのか、漫画で満足していいのか。


 再び念願ノートを取り出してぱらぱらとめくる。今、叶えることができるものはここに確かに存在している。



 だが、自分一人で味わうなんて、そんな勿体ないことはしたくない。



「ママ、今、決めたことがある。訊いてくれ」


「はい、どうしました?」


「俺はこの三階の休憩所を店にする」


 願望リストに書いた内容を読み上げながらいう。海に行かずともバーベキューができる方法を思いついてしまった。


「……店を出した頃を思い出したんだ。今はバーベキューをする暇もないだろう? だから俺達が皆で楽しめるようにここは焼肉屋にする」


「……そうですか。あなたが決めたことなら従いますよ。どうせいっても訊かないでしょうし」


 そういってママは笑った。


「ありがとうォ、ママに出会えて本当によかったよォ」


「え?」


 ママは驚きながら俺を見た。


「あなた、まだこの漫画読んでないんですよね?」 


「ん? ああ。漫画よりもやらないといけないことがわかったんだァ」


 俺は熱を込めていった。


「俺ァは新しい店を出して、新しい家族を増やす! 大家族にして、皆を腹いっぱい幸せにしてやりたいんだァ」


「……そうですか」


 ママは溜息をつきながらも頷いた。


「じゃあ早く治して貰わないといけませんね。別の病気も発症しているみたいですし」


「別の病気?」


「ええ、ポジティブ病ですよ。この病気にとり付かれたら実行するまで治らないんです。薬を飲んでも治らないから、たちが悪いんですよ」


「ああ、そうみたいだ。でも俺はこの病気に一生掛かっていたいよ。俺もママも幸せにしたいからさァ」


「はいはい、わかってますよ。その代わり、私にうつさないで下さいね。私まで罹ったら店が傾いちゃいますから」


「ああ、違いない」


 そういって俺達は二人で笑い合った。ママの笑い方は出会った時から変わらない。品がよく見ているだけで幸せになれる。



 ……次に出会うのは死ぬ前にしてえな。



 俺はバーベキューの写真と大吉が映っている写真を願望ノートに挿し込んだ。これを読むのはまた立ち止まりたいと思った時だけだ。


 願わくば一生、これを見ないで走り続けたい、太陽オーブのようにずっと――。


 立ち上がると、頭につけていたアイスノンがぽとりと落ちた。


 手で掴むとそれはぬるくなっており、俺の熱を感じることができた。

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