050 結局は一人芝居

 一旦、メイド達を退出させ、別のメイド達を呼んで掃除させた。

「……おしっこを出さないメイド達も汗は滝のごとく流すんですね……」

「上半身は割りと新陳代謝は人並みの設定なんでしょう」

 階層守護者のアウラ達も漏らしていないか心配になったが、そういう事は無さそうだった。

 確認の為に床を見るのは少し恥ずかしい事だが。

「裏切りを抑止するならば我々に『支配欲』を湧かないようにすればいいのでは?」

 というデミウルゴスの提案にモモンガは『なるほど』と思った。

「そ、そうですよ」

 アウラ達も同調する。

 モモンガは実験内容を思い出してみる。

 一部の『設定』は確かに書き換えられる。だが、それが本質全てに適用されているのか、と聞かれればいなと答える。

 確かにデミウルゴスの意見は有用だと思うけれど。

「書く事は出来る。……だが、それは証明とか確証足りえるのかは分からない」

 ユリの設定でも半信半疑。

 アルベドも実はかなり性格が変わっている筈だ。それなのに何も変わっていないように見える。

 シャルティアも変わっている筈だし、アウラ達もだ。

 コキュートスは関知していないので分からない。

 行動に干渉は出来ても性格に干渉するのはまだ未検証だ。

 自己暗示に近いが、欲も設定の内で忠実に実行するようでは自我とは言えない気がする。

 ぷにっと萌え達は唸った。

 もしそうなると今までの議論は全くの無駄。徒労に終わってしまう。

 NPCノン・プレイヤー・キャラクターは所詮、与えられた設定から一歩たりとも逸脱していない事になる。

 あくまでだけ。

 それでは『支配ドミネイト』の魔法と大差ない。

「だが、疑問はある。お前達は知識を蓄積している筈だ。それは設定に書かれていない部分の筈……」

 知識を蓄積しない場合は記憶する事はほぼ不可能。

 今日の会議の内容は明日には綺麗に消えているし、同じ行動と会話が続く。

 今日まで見ていた中ではNPCはちゃんと物事を記憶しているし、自分の知識として吸収している。

 賢さについては個人差があると思うから除外するとしても。

 それらの知識を設定で改変する事は到底不可能ではないのか。

「方向性は書き換えられるけれど、その後の補正は改変できない……。その補正部分に各NPC達の欲が芽生える可能性がある、と……」

 つまり育て方次第で善にも悪にも転がる。

 それを創造主が操作する事は出来ない。

「だが、それはとても自然な流れだ。デミウルゴスの方法は短絡的だが……」

「そ、そうすると……、僕、達は……いずれは裏切ったりすると?」

「自分の欲に忠実になる、が正しいかもな。いつまでも従僕でいる事を是と出来るのか、と……」

 いつかは自由になりたいと言い出す日が来るかもしれない。

「それが早い内だとモモンガさんやギルドとしては不味くて、考える時間が欲しくなる」

「は、はい」

 と、ぷにっと萌えの言葉にモモンガが返事した。

 今の段階でNPCに反旗を翻されるのは精神的に困る。

 将来的な話題は一年とか十年くらい経ってから考えたいから。

 一番の問題は大抵の創作物は早い段階で激しい展開が起きてしまう。

 モモンガが慌てるのはそういうものの影響があるのかもしれない。

「最高権力者がこんな有様だが、各NPCは自分の創造主と話し合うといい。気にしすぎな部分もあるし、だからどうしたと気にしない奴も居る」

「はい」

「こういう疑心暗鬼がずっと続くかもしれないが我々も君達の将来については興味がある。どのように育っていくのか、とか。ただ設定のまま変化しないのか、とか」

「分かりました。至高の御方々の不安に対してあたし達も自分なりの答えを出したいと思います」

「僕もお姉ちゃんと一緒です」

 それぞれが言い終わって一分ほどの沈黙が場を満たす。

「各階層守護者よ」

 タイミングを逃さずにモモンガが一同を見渡して声を発する。ここを逃せばまたしばらく何も言えなくなると思った。

 ギルドメンバーが納得しても最高意思は常に不安で一杯だ。

 自分としては後回しにしたい話題が次々と展開されたのだから。

 精神の抑制は軽く二十回は超えた気がした。

「今しばらくナザリックの為に働いてほしい。急に独り立ちしたいと言われても困るのは事実だし、お前たちに裏切られるのは心苦しい。お前たちが信用されていないと思うのと同じかもしれないが……」

「モモンガ様……。確かに急な話しで我々も即答は出来かねますが……。貴方様を害そうだなどと、このアルベドは微塵も思ってはおりません」

「私モナザリックニ刃ヲ向ケル気ハ毛ホドニモ持チ合ワセテオリマセン」

「ありがとう」

「本来なら各NPCの創造者を立ち会わせた方がいいと思うけれど、今回はギルドの一メンバーの私見だ。それをどう受け止めるかは君たちの意思に任せる」

「ぷにっと萌え様の意見は胸に留めておきますよ」

 デミウルゴスの言葉に頷く植物モンスター。

 後で始末されても知りませんよ、と小声で死獣天朱雀に言われる。

 その時は死亡確認ができて丁度いいと切り返す。

「こんな会話はやめにしたい。アウラ達は戻るといい。いいですね、他の皆さん?」

 モモンガの言葉にメンバー全員が頷いた。

 それからデミウルゴスとコキュートスは退出したがアウラとマーレ、シャルティアは残った。

 アルベドは私室が側にあるので残っているけれど。

「至高の御方に……、もう一つ聞きたくて……。よろしいでしょうか?」

 アウラの言葉にぷにっと萌えが頷いた。

「至高の方々に攻撃した罰は無いものですか? 無ければ、それだけで疑いが広がる気がしますが」

「頼んで攻撃した事が分かっている。だから問題は無い。……だが、将来的には本当の意味で敵となるかもしれない。それはきっと、その時に考えるだろう」

「そ、それでは……示しがつかないって事に……」

「その辺りは……、モモンガさんが判断すればいい」

「えー、そこだけ丸投げ?」

「最高権力者が最終判断するのは当然だ。個人的に制裁する事はあるかもしれないけれど……」

 モモンガの知らないところでメンバーとNPCとの戦争が起きては一大事。

 そういう時はどういう判断を下せばいいのか。

 NPCかメンバーか。

 きっと物凄く悩むはずだ。

 ほとほとアンデッドで良かったと思った。もし生身であれば鬱病になってしまうところかもしれない。


 ◆ ● ◆


 本来は森で花弁人アルラウネを採集する会議だったはずだ。どこで間違えたのか、とモモンガは呻く。

 賢いメンバーと守護者達を同席させたのがいけなかったのか。

 だが、いずれはぶつかる問題だ。

 冴えない主人公として丸投げしたくても避けられない日がきっとある。

 それがたまたま今日だっただけだ。そう思う事にした。

「アウラ達の問題は確認したいメンバーの為におこなったのであれば、俺から言う事は無い。命令すれば簡単に従うような存在ではなくなった、ともいえるな」

「そうですね。二つ返事で自害するようなNPCではない、ということです」

 言葉ではどうとでもなる、ともいえる。

 だからといって死ぬまで待ち続けるのも陰湿だ。

 ほら、死ぬって言ったんだから早く死ねよ、と。

 さすがにモモンガとてそういう態度は嫌いだった。

「信賞必罰は絶対の掟。モモンガ様がお命じになられれば私が罰を与えます」

 アルベドが何処からともなく黒いバルディッシュという自身の身長ほどの長さがある物騒な斧を出した。

 見た目は清楚な女淫魔サキュバスのアルベドだが戦闘が出来るNPCである。

 騎士職を持ち、防御に厚い前衛型。

「罰については内容を吟味して伝える。そう簡単に部下を失うような命令は出したくない。……だから、武器をしまえ」

「分かりました」

「で、問題のバカ姉弟ぶくぶく茶釜とペロロンチーノは今はどうしているんですか?」

「酒を飲んだり、自室で寝転がっていたりしてるんじゃないかな。メイドの報告では特に問題行動は無いそうです」

「確かにアバターの性能を確認する事は大事ですけどね。外に強いモンスターでも居ればまた違っていたんでしょうけれど……」

 外にモンスターが居ない上に強いモンスターがナザリックにしか今のところ居ない。

 だからこそ確認するのに階層守護者は打ってつけ。

 自分で判断しての命令にモモンガが口を出す権利は無い、という思いがある。だから酷い結果になるのかもしれない。

 適切な判断を下す自信が無いのが問題だが。

 今までギルドメンバーに任せていたし、今回はNPCの分まで考えなければならない。

 それぞれの主義主張を一人で吟味など無理だ、と大声で言いたい気分だった。

「ところでシャルティアは何故、待機している? 戻ってもいいんだぞ」

「……連帯責任という点で……」

「速やかに戻りなさい」

 と、面倒臭い空気を感じたモモンガが即座に命令する。

 消え入りそうな返事の後でトボトボと退出していくシャルティア。

 後でぶくぶく茶釜とペロロンチーノをぶん殴ってこようかな、と思った。

「人形から生命体にシフトした君達の扱いはこれからも混乱の種となる筈だ。私としては興味深いので、また疑問に答えてくれるとありがたい」

「出来るかぎり期待に応えたいです」

「嫌な質問ばかりですまなかった。ついつい興味が優先されてしまって」

「脳筋の連中は気にしないと思うが、我々の疑念は総意ではない。弐式炎雷とかに言っても無駄だぞ。ぬーぼーや音改も興味を示さないと思うし」

「全員ではない、というのは分かりましたが……。そういうものなんですか?」

「それぞれ趣味趣向が違うからな。我々は知識優先だ」

 分かったような分からないような。

 アウラは混乱していた。しかし、モモンガも混乱していた。

「アウラ達も戻らないと混乱したままになるぞ」

「は、はい。では、失礼させていただきます」

「いや、アウラ達はブルー・プラネットさんと行動してくれ。ぷにっとさん。何を相談したかったのか分からなくなってしまったじゃないですか」

「すまない、モモンガさん。そういえば、森の話しだったな」

 分かってて議論をすり替えやがって、と胸の内で恨み言を呟くモモンガ。

 悲しいかな。賢い彼らを論破する事が出来ない。


 アウラとマーレはブルー・プラネットと共に退出し、残ったメンバーは顔を突き合わせて唸り出す。おもにモモンガだけが。

「冴えない主人公への当て付けですか、ぷにっと萌えさん」

 骸骨の姿だが肉体があれば鋭い視線を送っているところだ。

「疑念は早い内に晴らした方がいい。私はそう判断しただけだ」

 それは同意できるが、質問する勇気の無いモモンガには途方も無い事だ。

「いずれ裏切るか、で言えばきっと否だろう。元々が自分たちで生み出したNPCだ。よそから勧誘した得体の知れない者ならまだしも」

 たとえそうであっても自由を求めたいと願うのが創作物ではよくあるネタだ。

 それがそのままナザリックにも同じ現象として起きるのかは未知だ。

 ただ、テンプレート的な事態が既にいくつか起きている。だからこそ、ありえない事態が少ない。

「束縛する気が無い事を示せば、もっと自由に意見を言うと思ったけど」

「……それは長く付き合って理解し合うものでしょう。いきなり結論あり気では……」

「テンプレートに従う気は無い。時には壁を破壊する事も有用だと思う。その点で言えばモモンガさんは敷かれたレールにわざわざ乗ってバカ正直に進んでいるとしか思えません。折角の献体なんですから、色々とチャレンジしないと……」

 素直にゲームを最初から確実な順路で進むのは普通すぎる。

 いきなりラストダンジョンの魔王から倒そうぜ、とぷにっと萌えが言っているように聞こえた。

 身もふたも無い。けれども、それも一つの方法だ。

 別に正攻法で挑まなければならない規則は無い。

「未知の世界で大技を繰り出して混乱したくないだけです」

 それは不安だからこそだ。

 その不安が解消されればモモンガとて派手な行動に出るかもしれない。

 ぷにっと萌えが不安を解消する事に本来は礼を述べるところかもしれない。けれども、NPCの気持ちとか分からない内は刺激したくない気持ちが強かった。

 側に控えるアルベドに顔を向ける。

 これだけの話しが飛び交っても彼女は姿勢を正して座っている。

 何か意見があれば発言してもいいのだが、黙っているのは機会でも窺っているのか。それとも創造主のタブラが睨みを利かせているからなのか。

 表情が全く変化しない脳食いブレイン・イーターがどういう威圧をしているのか、同じく表情に変化をつけられないモモンガには窺い知れない。

 いや、同じようなものだから別に威圧とかはしていないのかも。

「守護者統括として……、裏切り云々うんぬんが飛び交っていたが……。質問があれば言っていいんだぞ」

「……いえ。至高の御方々の危惧されている通りだと思いますので……。NPCである私の意見は……」

「俺が許す。遠慮はするな」

 モモンガは優しく言ってみた。

 こういうのは無礼講に当たるのではないのか、と。ならば言った後でやっぱり駄目だ、はテンプレートだ。

 モモンガは覚悟を決めてアルベドの言葉を聞く事にする。

「……では……。正直に申し上げますが……。急なお話しなので反旗などは考え付きもしませんでした。自我を得た話しもあまり理解出来ない事ですし……」

 NPCにとっては至高の存在が言っている内容が突飛過ぎて理解が追いつかない。

 自分達はずっと普段通りに生活していただけなのに、何故、裏切りの話題に発展するのか。そういう内容を出来る限り伝える。

 モモンガは驚きつつぷにっと萌え達は何度か頷いていた。

「当人にとって転移前と転移後の差異が区別できないんだろう」

「なら、NPC達の反乱は考えすぎなのでは?」

 と、そうは言ってもモモンガも急に反旗を翻すかもしれないと恐れたのは事実だ。

 なにしろ勝手に喋りだしたりしないのが普通だったから。

 自分の意思を持つとは考えていなかった。だからこそ怖いのだが。

「都合のいい可能性ばかり求めるのは立派な冴えない主人公ですよ」

「……すみません」

 都合のいい結果だけで生活できるなら誰も苦労はしない。

 それはそうなんだけど、ついそういう思考をしてしまうのはきっと悪い事なんだろうな、と。

「去りたい時は見送ってやろう。それでいいですか、モモンガさん」

 いきなり結論が飛んできてモモンガは驚く。

「タブラさん。……いずれはそうなるんでしょうか?」

「今の内に道を示すのも大事かもしれません。それはNPC達の意思でしょうけれど……。将来的にひっそりと余生を過ごすのも悪くは無いかも」

 恒久的にギルドメンバーと生活できるわけはなく、いずれは去っていく。

 確かにゲーム終了時は多くのメンバーが去った。

 それぞれの自由意志は尊重しなければならない。

「モモンガさんの場合はここ数年以内にギルドが崩壊するかもしれない、という不安でしょうけれど……。そんなに簡単に早く潰れたりしないと思いますよ」

 確かに一週間以内にNPC達が暴れだしてギルド崩壊という手順は早急にしてバカバカしい。

 既に一ヶ月ほど経っているのに平和が保たれているのはのんびりしているメンバーが多かったからではないのか。

 まして反乱を恐れているのはおそらくモモンガただ一人。

 そう考えると赤面ものだ。

 ぷにっと萌え達は興味から質問しているようだし、実際は何の危惧も抱いていないのではないか。

 それはそれで興味深い事だ、とか言いそうだし。

「……あれー……。もしかして……、不安に思っているのって……、俺だけってオチでしょうか?」

「紛うことなく、そうだと思いますよ」

「モモンガさんが自力で真理にたどり着いたとは、これは凄い」

 ぷにっと萌えが相槌をつき、死獣天朱雀が驚いた。

 それはつまり、そういう事だといえる。


 自分ひとりが空回りして勝手にもだえていた。その事実は決して口に出来るものではない。

 ひたすら唸る白骨骸骨に仲間たちが苦笑する。

「……後でデミウルゴス達に謝らねば……」

「それはおいおい話していけばいいと思いますよ」

「アルベド。日を改めて守護者達と懇談したいと思うが……。気を悪くさせてしまい……、本当に申し訳ないと思っている」

 今日は随分と謝ってばかりだ。このままでは失望されてしまう。しかしながら、それでも謝罪の気持ちはある。

 NPCたちには今後とも良い働きをしてもらいたい、というのは嘘ではない。

「モモンガ様の不安を理解出来ない我々も悪いのかもしれません。懇談については我々で検討してもよろしいでしょうか?」

「任せる。メイド達も不安にさせたようだから食堂で賑やかに出来るものが望ましい。他のメンバーは……、欠席してください」

「おおぅ……。分かりました。NPC達とじっくり楽しんでください」

「もちろんですよ」

 はっきりとモモンガは言い切った。

 ギルドメンバーよりNPCを優先させる返事にアルベドは驚いた。

 下の者である自分たちを優先する統治者の覚悟を見た気がする。

「タブラさんは珍しく大人しいけど、何か意見でもありますか?」

「興味深く見させていただいていますよ。相互理解は時間がかかるものです。私からは特に言う事はありませんね。困った時は頼ってください」

「そうさせていただきます」

「アルベド。モモンガさんを頼むよ」

「はい。タブラ・スマラグディナ様」

 無い胃が痛む話しが一通り終わり、今後の活動について模索しなければならない。

 とりあえず、厄介な賢いメンバーを追い出すように退出してもらい、タブラとアルベドを残した状態にする。

 それだけで部屋が一気に広くなったような感じだ。

 本来なら賑やかな雰囲気は嫌いではないが、息が詰まる深刻な話題は勘弁願いたいものだ。

 大事な事なのは頭では分かっているけれど。

「……あー、恥ずかしい。いや、まあ、分かってはいたが……。情けないな、全く……」

「序盤から完璧な事って少ないと思いますよ」

 元気を無くすモモンガにタブラは優しく声をかける。

「では、私はルベドの様子を見てきます。ガルガンチュアも後で確認してきましょう」

「お願いします」

 軽く手を振り、タブラは退出していった。

 ため息をつく様子を何度か繰り返し、モモンガはアルベドに顔を向けて苦笑する。

「……参った。ギルドメンバーが居ると彼らに太刀打ち出来ない自分が情けなくなる」

「それは私もです」

「正直なところ、反乱は置いといて……。自らの自由を手に入れたいと思う時が来た場合、私は出来る限り叶えたいと思っている。それまでは……、よろしくお願いします」

「はい。全力で努めさせて頂きます」

 一先ずの問題は解決しなかったものの終わりを告げた。

 確かに即刻行動を開始するのは飛躍しすぎた問題だと今なら理解出来る。

 ナザリック防衛の為に生み出されたものが自由をそう簡単に望むのか、と言われれば首を傾げるのは当たり前かもしれない。

 アバターのまま異世界で生活できて現実から解放された、と大喜びしなかった自分がいい例ではないか。

 人数が減った途端に良く回る頭に辟易する。何故、ぷにっと萌え達が居る前で機能しなかったのか、と。

「……次はぶくぶく茶釜さん達を呼ぼう。もう少し常識人じゃないと精神的に辛い」

「畏まりました」

 とにかく、まずはデミウルゴスを改めて呼び戻すか、それとも冷却期間を設けるか。

 冷静さを取り戻す時間は今の自分には必要だと思った。今日一日はとにかく仕事はしたくない、と。

 あと、メイド達を労わねばならないと思った。


 ◆ ● ◆


 翌日からNPC達に声をかけて親密振りをアピールするモモンガ。

 メイド達に手を振ったり、声をかけていく。

 アウラ達は外出していて不在だったので第七階層に直接向かい、デミウルゴスと相対する。

「溶岩地帯という事だが、お前達は熱さは感じないのか?」

「住み慣れた我が家のように快適でございますよ」

 そうじゃないと継続ダメージを受けて死んでいる。

 当たり前のようで不思議な現象ではある。

 昨日の事はあまり言いたくなかったが不安要素がある以上、彼らとの交流は自分にとってメリット、デメリットのどちらに転がるのか。

 裏切りのおそれがあるというのならば会いに行くのは不味い、とNPC達に思われても仕方がない。

 ということを思っているとウルベルトが姿を現す。

 デミウルゴスの創造者なのだから居てもおかしくない。

「モモンガさんが第七階層を散歩に選ぶとは……。何かありましたか?」

 黒山羊の悪魔バフォメットのウルベルトは昨日の会議には参加していなかったので事情は把握していない筈だが、デミウルゴスから話しは聞かなかったのか、それとも言っていないのか。

 言う義務についてはそれぞれの判断だから、別に指摘するほどの事はない。ただ気にしすぎているだけ、とモモンガは思うだけにした。

「気晴らしです」

「気晴らしになるような階層ではないと思いますが……。今のところ溶岩による侵食は確認されていないですよ」

「分かりました」

 よくこんな悪魔系モンスターしか居ない世界に住めるよな、とモモンガは驚く。

 普段から入り浸っているウルベルトにとって住み易いのか分からないけれど。

「ウルベルトさんはNPCに対して危惧はいだかないほうですか?」

「危惧か……。自分で生み出したのだから、それほど不安とかは無いですね」

 デミウルゴスを一瞥しながらウルベルトは言った。

 至極あっさりとした解答にすごいな、という感想を抱く。

「神経質のギルドマスターは何が起きても不安なんでしょうね」

「……うう。何が起きてもって部分が今は何とも言えません」

 モモンガの言葉に苦笑する黒山羊。

 それだけ見ると大人物のように思えるから不思議だ。

 ウルベルトは後からギルドメンバーに加わった人物で悪にこだわりを持つのは知っていたが、転移後はそれほど目立った行動を取っていないので気にはしていた。

 家畜役は本当に申し訳なかったけれど。

「個性的なメンバーが創造したNPCが多く居ますから自我を得て何が起きるか不安になるのは理解出来ます。……ただ、個人での話しであればそれほど大それた事にはならないと思ってますけどね」

 メンバー一人分のNPCの問題はそれ程大きくなく、モモンガのように全部を気にするとギルド崩壊レベルになってしまう。

 実際は小さなレベルの問題に処理しておけば随分と不安は減るはずだ。


 そもそも一人で不安になる理由がおかしい。


 そうウルベルトは言った。そして、それはモモンガにとっても疑問となった。

 確かにNPCの反乱は危惧すべき問題だ。ただし、それを自分ひとりの問題にしたのは何故なのか。

 ギルドメンバーがフルで揃っているのに、と。

「……平行世界ネタが使われている事から、モモンガさん一人の問題がどこからか漏れているのかもしれませんね」

「今の俺の不安は別の世界の俺の不安……。混乱しそうですね」

「名称が違って聞こえるって奴もそうでしょうね」

「……ああ、そんな事がありましたね」

 ●●●村と聞こえる問題。

 それも平行世界の影響か。

「……魔導国のアインズなる人物もきっと同じように苦悩している筈です。仮にモモンガさんと同一の存在だと仮定して、ですが……」

 NPCへの不安は魔導国での同じく起こっている、ということか。

 それはそれで納得できそうな気がした。

「NPCに多少なりとも不安を抱いているからといってモンスターが怖いってわけではないんでしょう?」

「……ああ、そうですね。別段、モンスターとしては平気です」

 実際に悪魔たちがモモンガの側に来て一礼していくが、気持ち悪いだの恐ろしいなどのような恐怖は感じない。

 アンデッドの特性かも、と思わないでもない。ならば、不安を感じる事に矛盾が生じる。

「あれ? 俺……、今はアンデッドのアバターなのになんでこんなに不安を感じるんだろう……」

「解決のヒントかもしれませんよ」

 黒山羊が苦笑した。または微笑んだのかもしれない。

 悪を体現する男と呼ばれているはずなのに優しく感じるのが少し気持ち悪いけれど。

「デミウルゴスよ。昨日の事を改めて謝罪したい」

「いえ、滅相もございません」

「いやいや。守護者達とメイドを交えて懇談会を開こうと思う。そこで改めてお前達と交流がしたい。親睦を兼ねて。是非、参加してほしい」

 モモンガはNPCに頭を下げた。

 それ程深くではないが謝罪の意味を込めてみた。

「こちらこそですよ、モモンガ様。日取りが決まりましたら参加させて頂きますとも」

「NPCとの親睦か……。悪い案ではないが……。えらく下手したてに出ましたね。それ程気にしていたんですか?」

「……はい」

 ウルベルトは呆れ気味にため息をつく。

 モモンガとしても呆れられるのは仕方がないと思っていた。

 メンバーより下のNPCに媚びへつらう統治者は完全にかっこ悪い事この上ない。

 それでもNPC達と交流しようだなどと言っているのだから、頭がおかしくなったとしかいいようがない。

「ギルドマスターだからといって全NPCがモモンガさんを敵視するのは飛躍しすぎですよ」

「……ですよねー」

「……たぶん引退組みが居るせいでしょうね。何処かの世界ではモモンガさん一人だけの世界があって、全NPCと相対している。その影響を共有しているのかも」

 共有したくないな、と胸の内でつぶやくモモンガ。

 では、魔導国がまさにそういう状態ではないのか、と。

 それとも充分な人材が居るのか。

「そうなると実はモモンガさんが既に入れ替わっている事になりますね」

「ええっ!?」

 そんな想定をしていた気がするが、実感がまるで無い。

 普通ならば偽者だ。

 モモンガ本人は本物と思っている。

「偽者ではなくて、世界自体がげ変わっているタイプです。でも、転移のタイミングから考えて不可思議な部分はありますが……」

 一緒の転移なのにモモンガだけ別人になる理由。それはウルベルトには想像出来なかった。

「平行世界の記憶の共有というものなのか。そこら辺はじっくりと考えないと駄目みたいですが……」

「記憶の共有は出来ないと破壊神が言っていた筈ですが……」

「他人の言葉ですから、真に受けても駄目ですよ。案外、適当かもしれません」

「あらら」

 では、バカ正直に真に受けたモモンガは間抜け野郎という事になる。

 それはそれで赤面ものだし、もう何度精神が抑制されてきたことか。

 何をするにも裏目に出ている気がする。

「平行世界の転移を普通は一つくらいですが、今回はどうも複数起きている気がします。それはそれで凄まじいし、規模も想像しにくい。世界を解明するという事に匹敵するかもしれません」

 世界の謎は単純な異世界転移では済まないレベル、とウルベルトは思った。

 そもそも異世界への転移だけでも実は凄いのだが、何をどう解明すればいいのか、フルメンバーで取り組まないと駄目なレベルに思えてきた。

 ちょっと想像しただけでも計り知れない気がするので。

「ギルドマスターとギルド武器がちゃんと機能している分、実は他人ネタは考えない方がいいです。モモンガさんはモモンガさんでしょう」

「はい」

「私としては面白い題材ですけどね」

 モモンガとしては面白くないので唸った。

 苦悩するギルドマスターを苛める気は無かったので、その後は黙って散歩に付き合うことにした。


    『第03章 モンスターキャプターナザリック』へ続く

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