第03章 モンスターキャプターナザリック

051 ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥハペヘット

 休み休みに冒険者の仕事を請け負い、ルプスレギナが鉄級へランクアップする頃には二ヶ月が経った。

 別に無理して昇進させなくても良かった気もするし、チームとして仕事を請け負う為には必要な事かも、とか色々と悩んだ事もあった。

「気がつけば苦悩していた日々もあっさりと過ぎ去るものだな」

 自室でアルベドに愚痴を言うモモンガ。

「最初から完璧なものは無い、という意味かもしれません」

NPCノン・プレイヤー・キャラクター達との懇談も終わってしまったが……。また機会があれば開きたいものだ」

「畏まりました。他の守護者達と独自に検討しておきましょう」

「任せる。手に入れた花弁人アルラウネはどうなったかな」

 株分けで手に入れた花弁人アルラウネは治癒魔法をかけると人型の部分が復活し、独自に喋り始める。

 意識は完全に分断されており、個体一つ一つが別行動を取る。

 今はマーレとブルー・プラネットによる飼育で調査などがおこなわれている。

 欲しいと言ったモモンガ本人は丸投げした事を少し気にしていた。

「あまり丸投げすべきではないな。なんか皆に迷惑をかけている気がする」

「お時間が出来ましたら様子を見られてはいかがでしょう。モモンガ様は少し働きすぎでは、とセバスも申しておりました」

「疲労しないアンデッドだからな……。考える事が多くて困る。何を優先するべきか、なかなか決めるのは難しいものだ」

「はい」

 反乱を危惧されていたとしてもアルベドはいつもの優しい笑みを見せてくれる。それが実は演技だ、とたまに思うけれど忙しくなると気にならない。

 気を紛らわせる趣味を作るのが今は一番の特効薬ではないかと想像している。

「メイド達はどうしているかな。一部は怖がっていたような気がするが……」

「ここでの会話を外部に漏らしてはいけない、と思っているのかもしれません」

「伝言ゲームのようにおかしな噂に変質しては困るから緘口令を敷いたのだが……。まあ良い、後でインクルードを含めた四人を呼んでくれ」

「畏まりました」

「では、今日は早速花弁人アルラウネの様子でも見てこようかな。共に来るか?」

「書類をまとめ終えたら向かいます」

「そうか。では、先に行ってくるぞ」

「いってらっしゃいませ」

 新妻のような挨拶を受けてモモンガは第六階層に向かった。

 部屋の中からの転移は出来ないので部屋から退出しなければならない。それが今は少し面倒だなと思わないでもないが仕方が無い。

 そういう風に作り上げてしまったのだから。


 ◆ ● ◆


 ナーベラルの調査そっちのけで冒険を続けているのだがキリイからは未だに連絡が来ないのは口止めでもされたのか、何かの事情があるのか。

 聞きたいところだが魔導国の干渉を受けるおそれがあるので今は待つしか無い。

 そんなことを考えつつ第六階層の畑に向かう。

 現地の農作物の一部を貰いうけ、実際に育てている。

 ナザリック地下大墳墓は丸ごとゲームデータで出来ている。

 それでも実際の土と同じように作物を育てられるのか実証実験がおこなわれていた。

 本来は不可能なはずだ。それを可能にすると外の世界がゲームの世界だと証明されてしまう。もちろん、同時にナザリック地下大墳墓はゲームから現実の素材にパラダイムシフトした、とも言えてしまう。

「あっ、モモンガ様。ようこそ、第六階層へ」

 疑いの目を向けられていた事などもう忘れたようにマーレのいつもの笑顔がそこにはあった。

「アウラはジャングルの方か?」

「はい」

花弁人アルラウネの育成はどうなっている?」

「特に問題はありません」

 マーレの言葉の後で現場まで歩き始める。

 骸骨なので運動しても筋力に影響は受けない。というより筋肉自体が存在しない。

 という下らないアンデッドあるあるを思い浮かべつつ他愛も無い会話を続けた。

 第六階層は明るい世界だが光りは人工の物だ。

 それでも植物の発育には良いらしく、花弁人アルラウネ達から文句は出なかった。

 不平不満を実際に言ってくる種族なので便利だなと思った。

 普通の植物は喋らないのが当たり前だ。

 現場には緑と赤の花弁人アルラウネが植えられているが移動せよ、と命令すると足を引き抜き自分で最適な位置を探し出す。

 わりとシュールな光景に苦笑が漏れる。

「ただ現場に植えられて文句とか無いのか?」

 人間であればただ一日中立ち尽くすようなものだ。飽きたりしないのか、と。

「植物モンスターだから平気なのではないでしょうか。常に光合成できる環境ですし」

「その点、ぷにっと萌えさんはベッドで寝ているんだよな、確か」

 ぷにっと萌えは『死の蔦ヴァイン・デス』という植物モンスターだが地面に足を突っ込んで佇んでいたりはしない。

 人間と同じく歩いて行動するのが基本だ。

 そもそもプレイヤーが現場から動けないのはハマっているのと大差ない。

 かといって植木鉢に植えられて、自分で鉢を持って移動するような妙な種族でもない。

「ふ、不思議ですよね」

「全くだ」

 モモンガは花弁人アルラウネの一体に近づく。事前に何もするなと命令を受けているのか、大人しくしていた。

 見れば見るほど人間の女性の身体だが植物という事もあり、艶かしい外見にもかかわらず、モモンガは平気で見据えられた。

「胸があっても母乳は出ないんだよな」

 どうしてこういう姿なのか疑問だ。

 花粉を運ばせる為に進化する植物というのは知っているけれど、人型に進化する理由が分からない。

 明らかにゲーム的な発想のように思える。

 特定の神話生物は人間の姿を模したものが多い。

 それは神が自分の姿を似せて生物を作ったと言われているからだ。だから花弁人アルラウネもそういう理屈で人型なのかもしれない。

 けれども、神話生物であり空想の産物だ。

 しかも花弁人アルラウネは喋るし、動く。

「株分けした後にそれぞれ人格が宿るんだよな。どうしてだろう」

 その理由を花弁人アルラウネに尋ねても首を傾げられる。

 それはつまり、元々そういうものだと思っているので上手く説明できない。

 理屈が無い、とも言える。

「葉をむしらなければ触っても嫌がらないんだったか?」

「はい。身体の感覚は僕たちとは違うのかもしれません」

 脇を撫でても平然としている。

 たぶん、胸と尻を触っても平然としそうだ。

 ダメージを受けるモンスターなので叩けば痛いと言うかもしれない。

 傷を負うようなことでもない限りは反応しない、と。

「治癒魔法で増えるのは意外というか……。おかしなものだな」

 腕の部分を切り落として高位の治癒魔法をかけるとちゃんと再生する。

 根以外の部分が切り離された状態で腕を切断し、治癒魔法をかけると再生しない。いや、根から切り離された直後はなんとか再生する、可能性があるとか無いとか、だった。

 つまり根と繋がっている限り、治癒魔法を受け付ける事になる。そこは首を傾げるところだ。

 詳しい実験はこれから始められる予定だけれど。結構、残酷な実験だと思う。

 ブルー・プラネットに言わせれば培養技術ではありふれているから、研究目的であれば平気だ、とか。

 その実験体が自我を持つ花弁人アルラウネだから抵抗を感じるのかもしれない。特にモモンガが。

「もし、発育に異常を来たすようであれば外に出してかまわない」

「畏まりました」

「やはり……、花があると雰囲気も変わるな」

 気分を落ち着ける意味でガーデニングも悪くは無いかもしれない。

 今は人任せだが、いずれ部屋で育てられるか挑戦したいものだと思った。


 ある程度の観察を終えた後で第四階層に移動する。

 かなり広い地底湖の階層で海洋生物を多く配置しているが階層守護者以外のNPCが殆ど居ない場所だ。

 人気ひとけの無さは一番かもしれない。

 ここは瞑想するには打ってつけで一部のギルドメンバーがキャンプを張っていた。

 敵を迎撃するモンスターの大半が気色悪いもので構成されているので見目麗しいモンスターが恋しくなる。

 そもそもナザリック地下大墳墓に妖精系が居ない。

「ぬーぼーさん、ご無沙汰しています」

 るし★ふぁーと同じく動像ゴーレム製作に携わるメンバーの一人で刑部狸ギョウブダヌキという異形種だ。

 長く生きた動物が様々な能力を得てモンスターと化す。その点で言えば餡ころもっちもちと同様だ。

 時々、亜人との差が分からなくなる。

 顔が醜悪になるというペナルティで言えば亜人も異形も似たり寄ったりだ。

 タヌキだからといって下半身がとんでもないことになっていたりはしない。

 プレイヤーとしての姿に調整されている。

「存在を忘れられたメンバーって他にも居ると思います。テンパランスさんやガーネットさんとか」

「特に会話に参加しない者はね。それよりガルガンチュアはいつも通りですか?」

「はい。命令すれば動きますよ。流暢に喋ったりしませんから安心して下さい」

 それを素直に受け取れないから困るのだが。

 元々は運営が用意した攻城戦用の巨大動像ゴーレムだ。

 他のNPCと違い、拠点ポイントが割り振られていない。

「ここも溶岩地帯と一緒で下の階層に漏れ出たりしないんですかね?」

「そういう事は起きていないようですね。巨大な氷柱が出来たとは聞いてないです」

「……どういう物理法則が働いているんでしょうか?」

「それを知るのは僕でも怖いと思います。とにかく、何かあれば連絡しますよ」

 のんびり屋なのか、危機感が無さそうな顔で言われてしまった。

 表情などは全てアイコンが担当していたとはいえ、転移後に柔軟な変化をしてほしいものだ。

 NPCに全て割り振られてしまった気がする。

 とはいえ、柔軟に表情が変わる骸骨というのもシュールだとは思う。

 笑っただけで顔が砕け散りそうだ。


 一通り湖面の周りを移動した後、第八階層の荒野に移動する。

 荒地が広がる決戦場。

 安全地帯に生命樹セフィロトと呼ばれる地域があり、そこに階層守護者達が住んでいる。

 余計な建物が無いので思いっきり戦うのに相応しく、また課金モンスターを何体が配置している。

 通常のモンスターとは別に手に入れられる特別なものだ。

 プレイヤーが使役するので倒したところでレアドロップなどは落とさない。というか倒されると損した気分になる。

 統治者の装備品は万全だが、この階層にはプレイヤーと戦う為に用意した超ド級モンスターが居る。

 それらが制御下に入っていなければモモンガであろうとも撤退を選ぶ。

 今のところ仲間達の報告では歩いても大丈夫と言われているが、転移後に訪れたのは今日が初めてだ。

 ゲーム時代は千五百人の一般プレイヤーの大攻勢にこの階層で食い止めた歴史がある。

 今は綺麗に掃除されて痕跡が無いけれど、フルメンバーで迎撃した熱いバトルが展開された場所だ。

 肉体があれば目頭が熱くなる事受けあいだ。

「……しかし、戦場には相応しいが殺風景でいかんな」

 ここにはアウラのような元気なキャラが見当たらない。

 誰も居ないのではないかと思われるが大型モンスターの気配は感知出来ている。

 同士討ちフレンドリー・ファイアが解除されていなければ何の心配も無いのだが、戦闘の事ばかり考えるモモンガにとって今が一番危険だ、と身体が訴えている始末だった。

 しばらく歩いていると空を飛ぶ桃色の肉の塊を発見する。

 大きさは一メートルほどの小型の物体。

 背中から枯れ木の枝の様なものが翼のように生えている。見ようによっては刺さっているようにも見える。

 外見は未熟な胎児を思わせる。

 頭上に天使の輪が浮かんでいるので醜い容姿では歩けれど種族は天使エンジェル

 第八階層守護者『ヴィクティム』だ。

 移動に関して今は敵の脅威が無いので制限は無いが素で忘れていた事を気にしていた。

 様子見がてらモモンガ自ら赴くことで自分なりの謝罪とする。

「……えっと、なんて言うんだったかな。けんそう、じゃなくて……。壮健だったか」

 堅苦しい挨拶は咄嗟に言葉が出にくくて困る。

「壮健か、ヴィクティム」

 と、言った後で先に言うべきではなかった、と思った。

あおみどりひはい

 案の定、返事一つで終わってしまった。

 本来なら『ようこそ』から始まる挨拶が基本だったろうに。

 男性とも女性ともつかない声を発する奇妙な生物。

 レベルは階層守護者の中では一番低いが特別なスキルを持つ為、この階層の管理を任せている。

 通常の天使は機械的な外見を持っているが、ヴィクティムは中身だけ抜き出したような有様だ。

「か、変わりは無いか? モンスター達の行動とか」

ひあおむらさきときわくわぞめひとしろねりところあおみどりきみどりもえぎうすいろなにもうすいろはいやまぶきひ問題あおみどりぼたんうのはなあおむらさきちゃはいありません

 と、奇妙な言語を話す天使のヴィクティム。だが、モモンガの耳では同時通訳がおこなわれており、両方の言語が聞こえている。しかも、ちゃんと聞き取れている。

 これは『エノク語』と設定では書かれているのだが、どう聞いても色の名前だ。

 自動翻訳が無ければ解読に時間がかかるところだ。

「そうかそうか。今日は散歩がてら様子を見に来ただけで特別な事はない」

ぞうげだいだいあおむらさきうのはなあおむらさきだいだいやまぶきりました

 ヴィクティムの他にも階層を守護する領域守護者が居るのだが、今回は別の存在の様子を見ようと思っていた。

 ナザリック最強のモンスターの一つでありアルベドの妹『ルベド』だ。

 タブラ・スマラグディナが定期的に様子を見ているらしいが、今回は稼動している彼女がどういう状態か確認する。

 稼動実験では成功しているようだが、仲間すら襲い掛かる設定があるルベドが果たしてギルドマスターに対して大人しくしているのか、興味がある。

 実力ではたっち・みーより強い事になっているがモモンガとしては負ける気は無い。

 レベルは90台と高いけれど、物理攻撃を除けば脅威となりえない。

 戦い方を知らなければ勝てない無敵のモンスター、といったところだ。

「ルベドに異常は無いか?」

あおみどりひはいくわぞめたまごうすいろとてもくりくわぞめきみどり大人だいだいはだしくたいしゃひとだいだいたまごごしてひしろおうどだいだいくろひいらっしゃいあおむらさきたいしゃこくたんますよ

 暴れだしたら報告が来る筈だからヴィクティムの言葉に嘘は無い。

 それを未だに信じないのは駄目な上司の現われだ、と思わないでもない。

 いざ対面すると覚悟を決めると骸骨の身体でも緊張する。それほどルベドは特別な存在だ。

 まともに戦闘する事はギルドメンバーでも避けなければならないほどの危険なモンスターだからだ。

 逃げる分には問題は無い。その後が気になるけれど。

 少し唸りつつ歩いていると白銀の全身鎧フルプレートをまとう存在を見つけた。

「……おう」

 なんか武装してるんですけど、タブラさん。と胸の内で冷や汗をかくモモンガ。

 どう見ても完全武装形態。

 正しくルベドだ。

 見た目は人型の女性。

 アルベドの妹だからといって同じ種族という訳ではない。

 ルベドの姉であり、アルベドの姉でもある『ニグレド』は嘆きの妖精バンシーだ。

「……ヴィクティムは下がっていいぞ」

ぞうげだいだいあおむらさきうのはなあおむらさきだいだいやまぶきりました

 ふよふよと緊張感の欠片も無く飛び去っていく胎児。

 表情が全く分からないが緊張感を持っているのかどうかは分かりたかった。

 それはともかく、離れているとはいえ一足で距離を詰めてきそうな気配を感じるが気のせいであってほしいと願った。

 ルベドは金剛石動像アダマンタイト・ゴーレムという異形種で戦士職を持たされている。

 鎧の中身は緑色の綺麗な宝石のような透明感のある身体だ。

 鉱石で出来たモンスターで、とても倒しにくい。

 モモンガはまず手を挙げて挨拶の意思を見せる。

 設定がそのままであれば、これでいいはずだ。

 創造者以外が最初に声をかけると攻撃してくる、と言われている。つまり自動攻撃に特化している為、戦場に置いておくだけで戦闘が始まる。

 そんなルベドでも倒される事はある。

「……む、モモンガ様?」

 透き通る鉱石の響きが鳴った。

 そもそも鉱石で出来ているモンスターがどうやって稼動しているのか、不思議だ。

 内臓も無いし、完全な無機物なのに。

「久しいな、ルベド」

 軽い足取りで近付き、ルベドはモモンガから十メートルほどの距離のところで片膝を付く。

「……ようこそ、モモンガ様。……歓迎する」

 顔は姉妹に似せているようだが緑色というかミントグリーンという色合いなので表情が見づらい。

 眼球とか頬とか多少は色を着けてほしいが、逆に気持ち悪いかも、と思わないでもない。

 髪の毛もあり、炎のようなウェーブがかった赤い色で腰の辺りまである。

 こちらも鉱石で出来ている為に風に揺られる事が無いように見えるのだが、見ている分にはサラサラと流れるように揺らめいている。

 何というか極細のガラス繊維で出来ているような、一本一本ちゃんと分かれているらしい。

 互いにぶつかって砕けそうな印象だが、そういう事が起きない都合のいい外装となっている。

 ゲームだと地面に平然と埋まったり、設定によっては物理演算とやらが機能しない事は良くあるのだが、今のルベドや自分達は物理演算が十全に機能している状態だと今しがた気付いた。

 ここまで繊細な情報処理技術が運営にあったのか。

 体毛が赤い鉱石なら股間部分も。と、ついエロい方向に思考が行きそうになり、無理矢理追い払う。

 例えそうであろうとも見ても仕方が無いし、だからどうしたというレベルだ。

 そういえばまつ毛とかは赤くないな、という事に気付く。これは単純に設定し忘れたのか、緑一色の方が統一感があって綺麗だと思ったのか。

「……そうか」

 何処となく無感動な喋り方はシズ・デルタに似ているが戦闘力は圧倒的な差がある。

 動像ゴーレムに鎧を着せるのはナンセンスな気もするけれど、女性の裸をあらわにするのも問題だと思う。

 花弁人アルラウネの例があり、それほど気にならないかもしれないけれど、その辺りは創造者の判断に任せることにする。

「……おお」

 と、何かに納得したルベドがてのひらこぶしを落とす仕草をする。

 何も無い荒野に硬質的な音が響き渡る。

 柔軟に動くわりに鉱石としての存在は確立している。

 本当に関節とかどうなっているのか。

「……先制攻撃は解除されている。……先に喋っても大丈夫」

「そうか? それは助かる。……ふー。変わりは無いかルベド」

「……うん。……いつも通り」

 それだけで安心する。

 本来は自主的に喋らないのだが、NPC達と触れ合ったお陰でかなり慣れてきた。

 その分、無視する回数が減ってきたともいえる。

 シモベやNPCは声をかけなくても特に問題は無さそうだが、ギルドメンバーの方、というかモモンガ自身が特に気にしてしまっている。

 完全な翠玉エメラルドのような綺麗な顔にしばし見惚れる。それと炎のようであり血のようにも見える紅玉ルビーの髪の毛の揺らめき。

 自在に動く様はしばらく眺めていたくなるほど。

 白銀の甲冑は特別に用意した物だと思うが問題は彼女の扱う武器だ。

 腰に下げられているのはペロロンチーノの鎧のように光り輝いている鞘。

 暗闇でも照らすのだがまぶしいのは普通の人間であれば迷惑ではないかと思う。アンデッドの身体のモモンガは多少、わずらわしいと思う程度で済んでいるけれど。

 武器の名は『炎舞剣ラハット・ハヘレヴ・ハミトゥハペヘット』というルビが長い細身の長剣だ。

 その名の通り、刀身に炎が巻きついている。

 鞘に納めていて溶解しないのは、そういう設定だからとしか言いようがない。

 物理法則が覆される事は今更な話しだ。

「お前に預けたモンスター達は命令には従順か?」

「……呼んでみる?」

 口の利き方が少し気になるが無視する。

 彼女の個性かもしれない。

 これが新入社員なら頭を引っ叩いているところだ。

「姿だけ確認しておこうか」

「……分かった。……出て来い『虚空の門ヨグソトース』、『無貌の神ナイアーラトテップ』」

 彼女の呼びかけに姿を現すのは課金モンスター達だ。

 虚空の門ヨグソトースは天井附近で発光する小さな太陽のような姿をしている。

 この階層を照らしている元凶ともいえる。

 実際は複数の発光体の集合体だ。

 その規模は肉眼で確かめようとすれば盲目状態にされる可能性がある。

 もう一体はフラット・フットの影人シャドウに似た黒い不定形の存在だが、こちらが上位種に当たる。

 またの名を『這い寄る混沌』とも言われるが、多くの別名を持つモンスターだ。

 いくつかのテンプレート的な姿を持ち、決まった姿を取らない。

 邪神系モンスターの中でも最上位に位置する。

「……モモンガ様、ようこそ第八階層へ」

「我らが主の来訪を歓迎いたします」

 と、臣下の礼を取るのは無貌の神ナイアーラトテップで、虚空の門ヨグソトースは身体的に無理なので声のみだ。

 これらはもちろん、ゲーム時代ではありえない光景だ。

 彼らの様子からナザリック地下大墳墓の一員であり、統治者がモモンガであるからひざまずいている事になる。

 誰があるじかを全NPCは理解しているともいえる。

 モモンガ本人は初対面が多いのにNPC達は認知している。

「……ほとんど会わなかったのに俺がナザリックの統治者だと分かるのか?」

「もちろんでございます」

 不定形の存在が流暢に喋った。

 部下が上司を覚えていて、上司が部下の事はさっぱり分からない会社。

 ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』はギルドマスター以外は大丈夫だといえるかもしれない。だが、それはなんだか、とても情けない事だ。

 懸念していたルベドは問題が無さそうだが本質的な部分は疑問が残る。というより何故、武装しているのか。

 タブラが許可したのであれば仕方が無いけれど。

 四大邪神の内二体だけでも迫力がある。

 そういえば、と忘れていた事を思い出す。

窮奇キュウキはここには置いていないのか?」

「……知らない」

 素っ気なくルベドは答える。

 保存するには適した空間だと思ったが第五階層かもしれない。

 丸投げしすぎて何処に何があるのか分からないのは不味い。

 仲間が知っていればいいか、というのは管理できていない証拠だ。

「桜花領域に行くが……。特に用は無いな?」

「……無い」

 付き合いの無いNPCが多いと交流も難しい。

 何か面白い話題でもあればいいが、動像ゴーレムが喜びそうな事は思いつかない。

 最初は顔合わせで充分かと思い、モモンガは振り返る。

 統治者として知らなければならない事はたくさんあるけれど一度に全てを学ぶ事はいかにアンデッドでも無理だという事は理解した。


 ルベド達と別れ、階層の一角に存在する『桜花領域』に向かう。

 ここには普段ギルド武器を安置している。

 破壊を防ぐ為にレプリカを普段は持ち歩く事にしているのだが、つい忘れがちだ。

 領域守護者は七人組になる時の戦闘メイド集団『七姉妹プレイアデス』の末妹『オーレオール・オメガ』という。

 数少ない人間であり、不老の存在と言われている。

 主な仕事は階層転移の管理。

 世界級ワールドアイテムの所持を許しているNPCでもある。

 彼女の側には小さな子供に見えるシモベ達が付き従っている。

 主な系統は日本神話。

「広大な空間を歩くのは人間であれば疲労しているところだが……。全く疲れないのはありがたい」

 疲労はしないが飽きる気持ちはある。

 オーレオールは巫女ミコというよりアマに近い。

 スキンヘッドの女性で普段は金髪のカツラを被せている。それが世界級ワールドアイテムでもあるけれど。

 モモンガがオーレオールの館にたどり着くと頭に狐の顔の面を乗せた子供たちが集まってきた。

 見た目は人間の子供で精神系魔法詠唱者マジック・キャスター

 変身する事が出来るモンスターで『宇迦之御魂ウカノミタマ』という。

「ようこそ」

「モモンガ様」

 敵対行動は無いと言われているけれど自分で確かめようとすると身構えてしまう。

 それも一瞬かもしれないが、神経質な自分では相手の一挙手一頭足が気になる。

「特に用件は無いが様子見だ」

 事前連絡もせずに来たのだから相手方には失礼な話しだ。

 統治者である特権を行使するにはまだ抵抗はあるけれど。

 建物を一通り眺めた後はきびすを返す。

 気晴らしの散歩とはいえ各階層を定期的に見学する事は気分転換にはなる。

 転移してしばらく経つが一向に敵の気配が感じられない。当初ほどは緊張していないけれど、平和に慣れないのは遺憾だと思う反面、不測の事態が起きた時に自分はちゃんと立ち回れるのか不安ではある。

 メンバーの気楽さは何処から湧いて来るのか、知りたいところだ。

 続いて第五階層におもむき、保存している巨大モンスターの様子を確認する。

 階層そのものが冷凍庫のようなものなので保存するには最適だが、普段はそういう役目を負っていない。

 あくまで侵入者に対する備えのみだ。

 今は誰も来ないから他の使い方を模索している。

 洗濯物を乾かすのに第七階層が使えないか、とか。

 水泳なら第四階層で出来るし。

 改めてナザリック地下大墳墓は四季を通じた使い方の出来る万能の要塞だと思った。

 後はせいぜい新しい娯楽の創造だ。

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