049 反旗を翻すNPC

 それがたとえ真実だとしても自分達で全否定するのは滑稽であり、不毛であり、バカバカしいにも程がある。

 頭脳派はしばし唸りつつNPCノン・プレイヤー・キャラクター達を見つめた。

 会話に参加していないがタブラ・スマラグディナも控えていた。

 アルベドの創造主だから、というわけではなく、ただの知的好奇心から参加している。

 重い空気に対してタブラの場合はトドメを刺すような事しか出て来ない気がしたので黙っていた。

 幻想生物が受肉したとかは別段どうでもよく、声優の声を取り込んで柔軟に喋るさまに感心していた。

 もう少し機械的な音声だと思っていたので。

「話しを戻しますが……。くだん花弁人アルラウネは現場から動きたくない、けれども株分けならば考えないこともない、という風でした。植物に詳しいわけではないのですが……、足を切るような事らしいんですが、合ってますか?」

 と、モモンガはマーレではなくブルー・プラネットに尋ねた。

「人型の植物モンスターで足が根になっていれば……、そうなるだろうな」

 厳つい熊が唸ると怒っているように感じてしまうが、感心しているような気配でもある。

 人間的な表情が取れないとなかなか言葉だけで読み取るのは難しい。

 モモンガは大体の姿を伝えていく。

「ゲームのモンスターはダメージ専用の音声はあるけれど、詳しく説明するところはイベントキャラみたいですね」

「はい。強引な手に出るよりは詳しく教えた方が無難だと思ったとか。もしそうなら随分と賢いモンスターですよね」

 元々はバレアレ国王が育てていたモンスターの子孫だとか言っていた気がする。

 ああいうモンスターを育てる人間とは何者なのか。それはそれで興味がある。

「メンバーを連れて行っていいなら私が調べたいところです」

 と、ブルー・プラネットが言った。もちろん、モモンガも彼に行ってほしいと思っていた。

 自分よりも丁寧に対応してくれるはずだと思って。

「足を切った後治癒魔法で治りますか?」

 人間や動物モンスターなら治るけれど、一部のモンスターは治らず消滅したり、ダメージに繋がったりする。まして、植物に治癒魔法というのは栄養とかどうなるのか不明だった。

 ぷにっと萌え、という植物モンスターが居るから治癒はおそらく出来ると思うのだが、相手は現地のモンスターであってアバターではない。

 ましてゲームの感覚のままでいいのか疑問だ。

「足はくっついてましたか? 二本足としてかれてましたか?」

「直立不動のような格好ですが……。分かれていたかも」

「根を大事に扱う分には大丈夫かもしれません。実際に現地で確認しない事にはなんとも言えませんが……。命に匹敵する根を傷つける事は植物にとって大きな事なんでしょう。だからこそ大慌てしたり、拒否したりしたのかもしれません」

「自分の気持ちを言うモンスターを傷つけるのは……、けっこうキツイですね」

「自我を持つモンスターだらけか……。つまりは……、ナザリックだけの問題ではない、という事かも……」

 会話が成り立つモンスターが多いと安易に討伐が出来なくなる。特にモモンガとか気にするタイプは。

 自動的に襲ってくるようなモンスターの方が躊躇ためらいが無くて済む。

 もちろん、容赦の無い悪のロールプレイであれば関係ないけれど。

 少なくとも悪魔系やウルベルトは容赦しない方ではないか。

「そういえば、その花弁人アルラウネは……、エロいんですか?」

 と、タブラが尋ねてきた。

「見た感じだと素直に綺麗な姿だと思いました。全身が緑や赤ですから、あまり不純な気持ちは湧いてきませんでしたよ」

 本当にエロいモンスターなら冴えない主人公にして童貞のモモンガが持ち帰るだなどと言う筈が無い。

 とはいえ、自分タブラも現物を見たいのは事実だ。

「小さな妖精ピクシーとか羽妖精フェアリーは居ませんでした?」

「見かけませんでしたね。何でもかんでも神話生物が絶対に居る、とは限りません。というかまだ序盤の地域ですよ」

「居るといいな、と思って」

 可愛いモンスターなら見てみたいけれど、厄介なモンスターの問題があった。

 破壊神も危惧する無限に増殖するような存在だ。

 ゲームでは補正がかかる所で、制御できなければ本当に世界にとって危機に陥る、かもしれない。

 今のところ異常事態の気配はないけれど、悪乗りしすぎないことも大事だと思う。


 ◆ ● ◆


 花弁人アルラウネの回収にはアウラとマーレとブルー・プラネットを向かわせる事にした。

 治癒担当としてルプスレギナとメイド長のペストーニャの同行も許可しておく。

 他の冒険者に見つからないように最低限でも注意するように言いつける。

「それと薬草を手に入れたんだった……。これは大したものではないらしいが……、育てられるか検討してくれ」

 根ごと採集した薬草をマーレに渡す。

「向こうにはまだたくさんあったけど、根こそぎの回収は控えてください」

「畏まりました」

「分かりました」

 NPCとメンバーがそれぞれ了解の意を表す。

「コキュートス達にはいつも通りナザリックの防衛だが……。表での活動が無くて悪いな」

「イイエ、滅相モゴザイマセン」

「未知の敵に対して守護者不在では何かと問題がございましょう。我々も部下任せで放置するのは気になるところです」

 ここでモモンガは第八階層守護者を呼びつけるのを忘れていた事を思い出す。

 第四階層にも守護者が居るが体長が三十メートルもある巨大動像ゴーレムなので連れてくる事はほぼ無理。

 しかし、あれ第四階層守護者にも自我があるのか、確認していなかったが気になった。

「そういえば、ガルガンチュアは喋ったりしますか? 今まで忘れてましたが」

「口頭での命令を聞く分、自我がありそうな気もしますが……。その辺りは判断しにくいですね」

「例えば壁とか椅子は話しかけても喋りませんし、命令も聞きません」

 無機物に命を与える魔法が存在し、その影響下では喋りはしないが動く事はある。

 場合によれば喋る可能性もあるかもしれない。

「あの~、あたしも質問してもよろしいでしょうか?」

 と、手を挙げるアウラにモモンガはマーレと同じように頷きで答える。

「あたし達はともかくとして……。至高の方々はモンスターが喋る事に随分と慎重なんですね。何か問題でもあるのでしょうか?」

 至極当たり前の疑問だ。

 NPCが喋る設定はあくまで定型分的な挨拶くらいだ。自主的に会話をするような存在は本来は想定外の事だ。

 そもそも運営がそういう仕様自主的に喋る設定にしていない。

 今まで喋らなかったものが急に喋りだすのだからプレイヤーとしては驚いて当然だ。

「転移前の世界ではモンスターは基本的に喋らない。それがこちらに来ていきなり喋りだしたのだから我々ギルドのメンバーは驚いている」

 モモンガとしてはNPCが喋る事は教えない方がいいと思っていたが、やはりぷにっと萌え達は教えてしまった。

 何か考えがあっての事だと思うけれど、自分に出来ない事をされると素直に驚いてしまう。

 もちろん、結果を恐れているからだが。

「えっ? そうなんですか? あたしの記憶だと皆さんとたくさんお喋りしていた気がするんですが……」

「……都合のいい記憶に最適化されているのかもな」

 そもそも柔軟に表情が変化したりしないし、言葉に合わせて口が動くことも無かった。

 それを知るのはユグドラシルというゲームを長くプレイしてきたメンバーだからこそ分かる事だ。

「つまり我々が急に自発的に動いたり喋りだしたりして至高の方々は戸惑っているという事ですね。本来は人形に過ぎない我々が知恵をつけて反乱を企てる……、おそれが……」

「反乱だなどと!」

 と、デミウルゴスの言葉にアウラは大声で否定しようとした。

 マーレもコキュートス達も慌て始める。

 もちろん、モモンガも頭を抱え始めるし、壁際のメイド達も胸の辺りで両手を握り締めて心配の眼差しを向けている。

「ありえない話しではない。そういうシチュエーションを我々は多く知っている、というだけだ。忠誠はありがたいが、それが本心だと我々は知る事が出来ない。かといって自害で試す事は避けたいのだ」

 と、普通に喋るぷにっと萌えと頷く死獣天朱雀。

 タブラは二人の言葉に少し驚いていた。

「未来のナーベラルの様子から君達はナザリックの為に最後まで働いていた可能性が高い。モモンガさんがどういう教育をしてきたのかは分からないが……。この冴えない主人公が慕われるほどには君たちを信用したと思う。それは我々も尊重したいところだ」

「至高の御方々に逆らう気は毛頭ございませんが……。それを証明する手立てが無ければ疑われたまま……。自害も駄目となると……」

「君達の性格を設定したギルドメンバー各人に任せるのが一番いい選択だと思う。予想するにモモンガさん以外のメンバーが不在の場合は長い期間、彼は不安にさいなまれていた事になる。状況次第では最悪の結果も予想しなければならない」

「はい」

 裏切りを恐れられているとNPC達が知る事は信用されていないと言われているのと一緒だ。

 モモンガは彼らの反応がとても怖かった。

 もちろん絶対に信用できる、という確証がない。それが一番の問題ではないのか。

「もちろん、今の話しは私個人の感想であってメンバーの総意ではない事は言っておく」

「……大変興味深い意見に恐縮しております、ぷにっと萌え様」

「レベル100のNPCであるから可能性が無いわけではない……、ということでございますね」

 レベル100のNPCはここに居る階層守護者全員だ。ただし、現場に居るメイドは除く。

 ここには居ないセバスもレベル100だが。

 戦力で言えばほぼ同等。

 今ここで争いに発展すれば大きな損害をこうむる事は確実だ。

「ムウ……。ソレデハ一触即発デハナイダロウカ」

「落ち着きなさい。至高の御方々はあくまで不安を口にしているだけです。それだけでも我々に胸襟を開いてくれたと思うべきでしょう」

 落ち着いた様子でアルベドは言った。ついタブラが頷いた。

 よく言った我が娘よ、というセリフが脳裏でこだまする。

「モモンガ様の慎重な態度が我々に抱く不安の表れ……。それに応えられない我々の落ち度をお許しくださいませ」

 胸に手を当てて臣下の礼を取ろうとするアルベド達をモモンガは手で制する。

「よい。……確かに、不安は事実だ」

 アウラは少し残念に思った。

 自分たちが最初から疑われていたのだと全く思っていなかったから。

 裏切られた、というよりはただただ悲しい気持ちを抱く。

「なにしろ、メンバーが設定した性格が表に現れると誰も思っていなかったのだから……」

「モモンガ様?」

「アウラ達は既に各メンバーと触れ合っているが、何か嫌な事は言われたか? 今が一番かもしれないが……」

「い、いいえ! 意地悪とかはありませんでしたよ」

「は、はい!」

 と、マーレも続いた。

「アルベドは覚えているな?」

「第十階層の実験でございますね?」

 と、言うとモモンガは頷いた。

「裏切りというか反旗を翻すおそれなのだが……。我々がお前たちにと設定した。その責任はお前達NPCではなく、我々にある。だからこそ気にしないでくれ、と言いたいのだが……。うまく言葉に現せられなかった。ぷにっと萌えさんは俺の代わりに言ってくれたようなものだ。責任は全て俺にある。デミウルゴスもコキュートスもシャルティアも……」

 NPC達は悪くない。

 モモンガは言葉には出さなかったが本心からそう思った。

 反旗を翻す設定は実のところ殆ど存在しないし、自分が設定したNPC以外の事は関知していないせいもある。

 勝手に不安に思っている自分が一番悪いのは自覚した。

「設定なら仕方ないですねー」

 と、明るくアウラは言った。

「あたし個人としては至高の方々の役に立ちたいって気持ちは本物だと確信しております」

「ぼぼ、僕もそうです」

「私もそうでありんすえ」

 そうは言っても赤の他人だ。

 他人の言葉を素直に信用するのは基本的にバカだけだ。

 人は疑う生き物だから。そうモモンガは思っているし、メンバーの何人かも同意見の筈だ。

 それにもましてNPCだけではなく、ギルドメンバーの何人かも信用していないところがある。

 その点で言えばNPCだけを悪者には出来ない。

「設定が反映される事は誰もが想定外だっただろう。だが、私としては理想が現実になって嬉しかった。中にはまさか、と思って恥ずかしさ一杯の者も居る筈だ。受け取り方は各人様々だ」

 タブラの言葉にモモンガが反応する。

 NPCは基本的に設定を書いた程度で何もアクションを起こさない。そういうものだと思っていた。

 それが設定通りに動くようになってしまう事態になり、慌てる事となった。

 悪い事ではないのだが、ただただ申し訳ない気持ちになる。

「設定については正直、考えたくない。俺はただみんなが仲良くしてくれれば、それでいい。もちろん、様々な考え方があると思うけれど。今まで通りナザリックというかギルドの為に尽くしてくれる事を祈るだけだ」

「はい!」

「魔導国もおそらく、この問題を議論している、かもしれない。当然、それを逆手に取る作戦が練られていたりする可能性も否定できない」

「国が出来るほどの歴史を持つのだから、向こうは我々以上にきずなが固い可能性があります」

「我々は初心者も同然。付け入る隙はまだ広いということですね」

「NPCの問題さえ片付けば今後の活動はもっとスムーズかもしれません」

 特にモモンガさんが。と胸の内で言うぷにっと萌え。

 一番の問題は冴えない主人公たるモモンガだ。

 常に周りを気にしている張本人でもある。

 このNPC問題を一番気にしているクセに後回しにしようとしているし、今回は丁度良かったと現場に居るメンバーは思っていた。

「いずれ自由を与えるかもしれない。その時になってナザリックを攻める側になられると困るのがモモンガさんだ」

「……そうなんでしょうけれど……。その理屈だと防衛から攻勢に転じる理由が浮かびませんよ」

 モモンガの言葉にアウラ達は何度も頷く。

 自分たちが今まで防衛してきた拠点に攻め入る事が想像出来なかった。

 もちろん、コキュートスも同じだ。

 デミウルゴスは様々な想定をしているギルドメンバーの意見を興味深く分析する。

「ただ攻勢に出ても意味が無いんですけどね」

 ぷにっと萌えが言わんとしているのはギルドマスター権限の事なのはモモンガにはすぐに気付いた。

 ギルド武器が健在である限り、他人にナザリックを制圧される事はほぼ不可能に近い。

 制圧する条件はギルド武器を奪うか、ギルドマスターであるモモンガを倒すか、だ。

「……しかし、疑問なのですが……。被造物たる我々は創造主に逆らう……。いえ、逆らえるものでしょうか?」

「ありえるか、ありえないかで言えば、未知だ。命令に不服を申し立てたりする事が絶対に無い、と我々は断言できない」

 デミウルゴスの意見は理解出来る。

 自分を下に見ている内はおそらく逆らう事は無いかもしれない。それがいつまで続くかが問題だ。

「私の持つ神器級ゴッズアイテムがいずれペロロンチーノ様に向けられると……。ならばっ! 返還した方が安全でありんしょう」

 と、叫びつつシャルティアは室内に物騒な槍を出現させる。

 神器級ゴッズアイテム『スポイトランス』は攻撃した相手のHPの何パーセントかを吸収し、自分のHP回復に使う能力を持つ。

「武器はしまっておけ、シャルティア。お前たちに与えた武器は世界級ワールドアイテムでもないかぎり、それぞれの創造主に任せたい。ペロロンチーノさんが持っても良い、と判断するならば俺はそれを尊重しよう。他の者も。文句は無いですね、ぷにっと萌えさん」

「ギルドマスターの判断に任せるよ。私はただ疑問点を口にしただけだ。それをどう受け止めるかは各個人の判断に任せるさ」

「私もぷにっとさんを指示する。自我が芽生えたから処分する、というのは短絡的でバカな所業だ」

 死獣天朱雀の言葉にタブラは苦笑する。

 反旗うんぬんは良くある創作物の影響であり、それがそのまま自分達にも適用される保証も確証もない。

 それに折角の異世界転移だし、自我が芽生えたNPCを調査できる環境にある。

 それをすぐに手放せるわけが無い。

 貴重な献体でもあるのだから。

「……ぼ、僕……、この神器級ゴッズアイテムで、ぶ、ぶくぶく茶釜様を攻撃してしまいました」

「はあ!?」

 意外な告白にモモンガは驚き、精神が抑制される。それほどいきなりの事に条件反射的に驚いてしまった。

「あー、その話しは済んだ事なので……。示談は成立しています」

「示談って……。俺の居ない時に色々とあったような言い方ですね?」

「ドキリ!」

 と、わざと言うのはタブラだった。

 死獣天朱雀達は苦笑した。

「まあ、愉快な事が色々と……。だからこそモモンガさん一人で悩む必要は無いですよ」

「……ナザリックが廃墟にならないレベルの話しで済ませてください」

「……は~い」

「なんだか凄いレベルの話しに聞こえますが……。さすがは至高の御方々……。我々には想像すらできぬ境地に至っておられるとは……」

 そもそもナザリックが廃墟にならないレベルとは何なんだ、とデミウルゴスは驚いた。

 いや、むしろその程度のレベルの話しにしていいものなのか、と疑問に思う。

 マーレが至高の存在に攻撃をしたのは周知の事実となっている事だ。それを軽く流せる守護者やNPCは居ない。

「マーレが自発的に攻撃したわけではないだろう? お前が急に怒り狂う姿は全く想像できないんだが……」

 もし、そういう設定があればとんでもない事としてモモンガは十回以上は驚く自信がある。

 この卑猥な粘体スライムはやっぱり気持ち悪ぃ、と陰口を叩くとか。

「それは我々もですよ。ダメージ確認の為に攻撃させたそうです。あと、ペロロン君も」

「……姉弟って似るんですね」

「そのようです」

 ははは、と笑い合う至高の存在に対し、顔から滝のように汗を流すアウラ達。あと、とんでもない話題を聞いているメイド達も。

 本来ならば厳罰ものだ。特にNPCであれば自害か死刑レベルの出来事。

「まさか死亡確認まで行ったんじゃないでしょうね?」

「そこまでは行ってないと思います。せいぜい半殺しですね」

「自殺志願者が増えるのは勘弁してください」

 元の世界に戻るには死ぬのが一番の近道だ。

 モモンガとしては各メンバーの行動には一定程度は目を瞑る。しかし、隠れて死ぬのは無しにしてほしい。

 そう思うけれど、それを言葉にするのは凄く怖かった。

「隠しておけばいいものを正直に言った理由はなんだ、マーレ」

「えっ!? そ、それは……、考え付きませんでした……」

「そうか。驚いたのは嘘ではないが……」

 大事な事は守護者やNPCが創造主に攻撃が出来た事だ。

 同士討ちフレンドリー・ファイアが解除されているとしても今後の事が心配になってくる。

 少なくともNPCに攻撃を受ける事実が確認されてしまった、という事だ。

 モモンガ一人で恐れていても仕方がない。これは皆で考える問題だと思う。

 悪魔であるデミウルゴスやアルベドが本気を出せば何が起こるか分からない。もし、自分一人ならば苦悩し続けるところだ。

 仲間が居るのは心強い反面、自分の預かり知らない何事かが起きる怖さも内包している。

「至高の存在から解放されたい、という欲を出す事が一番の懸念材料かもしれない」

 その時はどうするのか。

 ゲーム世界から異世界転移した今はまだ答えが出せそうに無い。

 自由になる為に必要なのは『欲求』だと思うのだが、モモンガにはすぐには思いつかない。あくまで漠然とした言葉としてのみ浮かんだ。

 デミウルゴス達には独自に何かしたい欲求でもあるのか。

 階層の守護に飽きたので外の世界を満喫したい、とか。

 そうなるとNPCというか階層守護者としての存在意義が問われてしまう。

 元々がゲームキャラクターだ。それが急に生物的というか人間的に行動できるものなのか、と。

 まして子孫を残せる生命体なのかも不明だ。

「急にそんな事を聞いても仕方がないか……」

 つい先日まで階層守護者としての存在だったのだから。

 転移してすぐに自由が欲しい、というのは飛躍しすぎだ。

「……皆さんのせいで余計に考える事が増えてしまったじゃないですか」

「ごめんなさい」

 モモンガの言葉に素直に頭を下げていくメンバー達。

 はた目から見たNPC達はモモンガの言葉一つで謝罪に持ち込まれた状況に驚いていた。

 さすがはモモンガ様、という小声が聞こえてくる。

 確かにギルドマスターだからメンバーより少し上の立場だけど、という言葉は飲み込む。

「すみません、ブルー・プラネットさん。待機させてしまって」

「気にしないで下さい。興味深いやりとりに感心しておりました」

「アルベド達にもいらぬ混乱を招いたようで申し訳なく思う」

「い、いいえ。私達も何がなにやら……」

「そ、そうでありんす」

「ナザリック地下大墳墓の最高権力者が簡単に頭を下げないで下さい。モモンガ様のお言葉は至極当然の事だと判断いたします」

 真面目なデミウルゴスにモモンガは少し驚く。

 確かに簡単にペコペコ謝罪する最高権力者はかっこ悪いし、部下に示しもつかなくてめられる可能性が高くなる。

 しかしながら今のモモンガはそうであっても構わないと思っている。

 溜まりに溜まった不穏な膿みは出し尽くすべきだと判断した。だから、今日の会議はとても有意義に思える。


 人付き合いに関してモモンガは奥手のような有様だが、戦闘に関しては熟練のプレイヤーだ。そこはぷにっと萌え達も忘れていない。

 死霊系統を極める為に構築した職業クラス構成に破格の魔法。

 強大なNPCとて容易くはほふれない。

「こんなモモンガさんでも戦闘のプロだとは思うまい」

「……それは恥ずかしいですよ、タブラさん」

 たっち・みー達のような物理最強というわけではないけれど。

 手ごわい事には変わらない。

「真実を知ったNPCの諸君は我々に対してどういう思いを抱くのか。それは興味がある」

「……あたしは……難しい事は分かりません」

「我々も混乱している。君達が自我を得た事に対してどう付き合えばいいのか」

「自分が人工的に作られた存在だと知り、創造主に刃向かうネタはいくつか存在する。己の存在意義の為に、とか。アルベドはその点を理解している気がするのだが……」

 第十階層の玉座の間でコンソールを操作しているところを見ている。それに対して自分達の存在が脅かされているのだから、何も感じない筈がない。

 何とかして玉座を制圧するか、破壊するか、考えるかもしれない。もちろんそれはけれど。

 残念ながら玉座は世界級ワールドアイテムだから破壊は不可能だ。

 ならば奪取して秘密裏に隠匿するほかない。

 自分達の存在を守る為に。

 普通ならばそうする気がする。

「モモンガ様は我々を心配して様々な実験をおこなっている事は理解しております。確かに自らの存在を歪められる事が出来るのでしょう。ですが、それを分かって私共に見せてくださいました。尚且つ、とても心配してくれる方に文句など……」

「……それをすんなりと信用する事は出来ない。それは君達がNPCだからだ。それも自我を得た存在だ。造物主に危害も加えられる。それでもなお忠誠が誓えるのか?」

 畳み掛けるようなぷにっと萌えの言葉に対し、モモンガは止めたかった。だが、同時にNPC達の気持ちも知りたかった。

 自由自在に身体や性格をいじり回される事に嫌悪感は抱かないのか、と。

 自分なら嫌だ、と言う気がする。

 なんとかして設定変更を止めようとするかもしれない。

 本来ならばそれが自然の筈だ。

「ぷにっと萌え様。なればこそです。ナザリックで生まれた我々は拠点防衛の為に粉骨砕身するのみでございます」

「では、仮に我々がナザリックを捨て、新たな拠点を築いた場合は残るのか?」

 さすがにこの疑問にアルベドは唸った。

 何らかの事情でナザリックを捨てる場合は想定していなかった。

 もし、残る場合は自分達は捨てられたものとなる。

 仮に共についていけるならば着いて行きたいと言うかもしれない。

 選択の難しいジレンマにアルベドが唸り続ける。

 金色の瞳が大きくなり、動悸が激しくなるような状態になってきた。

「……それが……ご命令ならば……。……私は恐らく……死を……選ぶでしょう。守るべきあるじの居ない場所に守る価値など……」

 ぐうぅと唸りながら血反吐を吐く思いでアルベドは言った。

 NPCであり守護者統括という任についている者の責務が身体から溢れんばかりに膨らんでいく。

 一言『死ね』と言ってくれ、と言わんばかりだ。

「今の言葉は私の私見だ。それを忘れるな」

「……は、はい……」

「では、モモンガさんはどうしますか?」

 創造主の一人の言葉ではあるがアルベドはかなり取り乱した。それがNPCの本性のような気がしたが、アウラ達も拳に力をこめて言葉の意味を考えていた。

「いざとなればナザリックを捨てる事も想定内です。そこはぷにっと萌えさんと同意見でしょう」

 モモンガの言葉にただでさえ白い顔が更に真っ白に変わるアルベド。

 色素が完全に抜けたような状態になってしまった。

 凄い顔になったな、とタブラは呆れながら眺めた。

「だからといってNPCごと捨てるのは可哀相です。新しい拠点にちゃんと連れて行きますよ、俺は」

「……も、モモンガ様?」

「拠点などどうとでもなる。無くすには惜しいが……。誰も居ない拠点に置き去りは可哀相だ。それと引退組みの皆さんは少し責任を持ってくれないと困ります」

「あー、それは……、すみません」

 運営終盤はモモンガ一人でナザリックを維持してきたのだから、少しはメンバーにも働いてほしいところだ。

 モモンガが憤慨すると部屋に居るメンバー全員が頭を下げた。

 ギルドマスターのささやかな特権でもあるけれど、アルベド達は捨てるには惜しい。

 本格的に敵対でもしない限りは大切にしたいと思う。


 ◆ ● ◆


 NPCの反乱理由はだいたい『自由』だ。

 厄介な命令を聞かなくて済む。またはそれ命令を防ぐ為。

 大抵はそういう事で争いが始まる。もちろん、今すぐ行動に起こす事は無く、虎視眈々と計画が進む。

 それがアルベド達にも起きないとは限らない。

 いずれ自分達の尊厳を守る為に立ち上がることもありえない話しではない。

「……いずれ自由を求める戦いが起きるかもしれない。一つの生命体が欲を持たない事は無い」

 野望を持ったり、食欲を持ったり。

 生きる為には食らう事だ、という格言があったような気がするが、それがNPC達にも適用されるのかは未知だ。

 一般メイドは確実に飢えるし、おそらく争いが一番起き易い。

 全員に『維持する指輪リング・オブ・サステナンス』を支給しても無くしたり、奪われれば混乱が起きるのは想像にかたくない。

「それはもっと未来で議論しましょう、ぷにっと萌えさん」

「んっ?」

「ナーベラルの話しでは各NPCに世界を与えるそうですから。反乱とかの問題はきっと解決しますよ」

 ただ、戦闘メイドの話ししか聞いていないので、アルベド達にも世界を与えたのかは不明だ。ただ、与えない事はない、とは思う。

「……よくあるテンプレートだからね。危惧は検討しないといけない」

「至高の御方の『てんぷれーと』というのは様々なシチュエーションが想定されているのですね」

 特殊な単語を使いながらデミウルゴスは言った。

 彼らが使う言語にはどの程度まで設定されているものなのか。

 一部の和製英語やモンスター名でも運営が実装していない部分があるはずだ。それに対してどういう受け取り方をするのか死獣天朱雀などは興味を抱いている。

「歴史の勉強は大切だからな」

「……分野がかたよってますけどね」

「しかしまあ、集めておいてなんだが……。これから君たち裏切るよね? と聞いて、はいそうですと答える訳ないよね」

 タブラの言葉にモモンガは唸る。

 今の言葉はとても分かり易かったので、驚いた。

「ははは。確かにそうだな」

「ただ、君達の意見として聞きたかった、というのは本当だが……。いきなり戦闘になるのは勘弁願いたいところだし」

「いずれナザリックから解放されて自由になりたい、という日が来るかもしれない。モモンガさんはその時、繋ぎとめますか? それとも見送りますか?」

「……将来的には……、見送ると思います。自我を持つ以上はNPC達の幸せも俺は考えたいと思いますから」

 ナザリックはNPC達の牢獄にしてはいけない。そうモモンガは思った。

 無闇に戦闘になるのは嫌だがNPC達の意思は尊重する用意はある。

 いきなり自由になりたいと言い出すのは困るけれど。

「各守護者達よ。いきなり嫌な話しで申し訳ないな。そういう事を議論するつもりは無かったのだが……」

 全部ぷにっと萌え達のせいだが。

 心臓に悪い話題はモモンガとしてはしたくなかった。大事な話しだと分かってはいるけれど。

 森に行く話しで終わるはずだったのに。

「裏切りは分かりませんが……。自由については考えておきます」

 アウラは元気なく言った。

 さすがに信用されていないだの、裏切りだのの話題はNPCとて辛い筈だ。

 デミウルゴスも大人しいし、アルベドも血の気が引いているような白さに見える。

 コキュートスは外見からは全く変化が分からないが、一生懸命に考えているのかもしれない。

 シャルティアは手で顔を覆っていた。

 モモンガは壁際にいるメイド達に顔を向けた。

 顔面蒼白に失禁までしているのではないかと心配になった。

「……おぅ」

 全員がびしょ濡れ状態だった。

 誰かに水でもかけれたような有様に驚いた。

「ぷにっと萌えさん。メイド達が酷い事になってますよ」

「まるで罰ゲームだな」

「……他人事のように言うな。メイド達よ、後で風呂に入ってきなさい」

「……はい」

 消え入りそうな弱々しい返事。

 お互いの現状を把握し、更に元気を無くす。

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